112 『助ける為に』
「やぁ。数日かな」
「そうですね」
まだ退院してなかったのか。そんな事を考えつつも病室でベルファークと顔を合わせる。彼も彼で戦ってはいた様だけどそこまで大きな怪我もしてないみたいだし、果たしてここまで長期入院する程なのか……。そう考えているとベルファークは心を読んだかのようにユウの思考を当てる。
「いつまで入院してるんだって顔をしているね」
「まぁ、はい」
「せっかくこうしてゆっくり出来るチャンスが生まれた訳だし、もう少し便乗してここにいようという魂胆だ。と言っても、軽い指令はここでも出しているが」
「はぁ……」
意外とあざとい彼に半ば呆れる様な表情を浮かべる。そこまでして休みたいのかって考えとよくそれで指揮官が務まるなって考えが浮かんで来る。まぁ、指揮官も指揮官で色々と大変なのだろう。
するとユウが何の用で来たのかを察していたベルファークは早速話を切り出す。
「君の用件は分かっている。例の事件についてだろう?」
「分かってるんですね……」
「ああ。情報はあらかじめこっちにも来ているからな。と言っても抜けている所もあるが」
彼は何もかもを見通すような目をこっちに向ける。やっぱりベルファークを出し抜こうなんて考えは無駄みたいだ。
そりゃ、あれだけの事が起きればベルファークにも伝わっているのは当然で、第三者からの報告では疑問に思うのも当然の事だろう。そしてユウが狙われ当人がこうしてやってきているのだから。
「隠している事、あるんじゃないかな」
「やっぱり無駄ですか……。てか、どうやったらそんな事如くまで見通せるんですか」
真実を突く様な問いに観念する。これ以上隠し通したって何も良い事はないし、むしろ疑われる可能性だってある。だからユウは大人しくミーシャの事について話し出した。
と言ってもある程度は察していたみたいだけど。
「……あなたの事だから完全適応者がいる事は知ってますよね」
「ああ。話には聞いている。君が森の奥でその少女を見付けた事もね」
「怖っ……」
「素直にそう言われると流石に傷つくな」
今までずっと隠蔽していた事なのにどうしてそこまで筒抜けになっているのか。プライベートすらも覗かれてそうな状況に小さく呟くと軽いツッコミを入れられる。
けれどこれに限っては全員が黙って第三者にも話してない事だ。そんなの十七小隊の誰かがベルファークに報告していない限り。
軽い茶番を挟みつつも気を取り直して彼に問いかけた。ミーシャの事を知っているのなら話は早いし、彼の選択によっては手を貸してくれるかもしれないから。
「じゃあ話は分かってますよね」
「もちろん。君の用件はその少女を助けたい。だから手を貸して欲しい、だろう?」
その言葉に頷いた。こうしている間にもミーシャが酷い目に合ってるかもしれないし、本当にそうなので在れば到底見過ごすなんて事は出来ない。ベルファークも根底にあるのはユウと全く同じもののはず。だからソレを信じて彼の選択を待った。
やがてひとりでに語り始める。
「彼女さえいればパスト病への薬を開発できる。そうすれば争奪戦が始まるだろう。当然、私がリベレーターを動かせば正規軍にもその情報は筒抜けになる。少なからずテロが起る回数は増えるだろう」
「――――」
「私でも彼女を奪った組織の居場所は特定できていない。同時に、君達が倒したロボットの解析を進めても特別な手法で作られていない為、機関の特定は困難を極めている」
「――――」
「更に言うのなら二人の情報屋でも依然居場所は見つかっていない。そして、彼女は刻一刻と人体実験の被害にあいそうになっている。私とて見過ごせない」
何をどうすれば正解なのかなんてユウには分からない。だからこそ、彼の言葉を聞きながらも彼ほどではない頭で必死に考えた。ベルファークの指令でリベレーターを動かす事は可能であれどハイリスクな賭けとなる。となれば、残った方法はたった一つで。
彼はユウに視線を向けると宣言した。
「ハッキリ言おう。私は、君に力を貸す事は出来ない」
「――――」
当然の選択とも言えるだろう。この街を守る為にもリベレーターを大きく動かす事は出来ない。予測出来ていたからこそ衝撃は少なかったものの、やっぱり分かっていても心に来る物があり、それを必死に堪えながらも彼の問いに答えた。
「君はどうする」
「……全ての責任は俺が持ちます」
「それがどういう意味なのか分かっているのか。私は君に肩入れしているからと言って特別扱いは出来ないぞ」
「知ってます。それでも、助けられる手段があるのなら、絶対に助けたい。――こんな世界の絶望なんて、受け入れたくはない」
それがユウの答えだ。
この世界の絶望は誰にも抗えないだろう。例えリコリスであっても、運命すらも操作してしまうカミサマには絶対に抗えない。だからこそ絶望なんて受け入れたくなかった。誰も彼もを助けたいと誓ったというのに、希望を抱けないと言うのは絶望を受け入れているのと同意味なのだから。
すると彼は軽く微笑むと言った。
「……強欲だな。君は。いや、強欲だからこそ君で在れるという物か」
「え?」
「君に力は貸せない。だが、知恵を貸す事は出来る。――ネシアを頼るんだ。彼女なら何かしらの手掛かりを掴んでいる」
そう言えばアリサも似たような事を言っていたっけ。人が知らなさそうな事を知ってるみたいな事を。それを教えて貰ったのならやってのけなければならない。これ自体が既におかしな事なのだし、指揮官が黙認するだなんて異例中の異例と言ってもいいだろう。
彼の意志を無駄にしないようにユウは軽く頭を下げると病室を飛び出そうとした。でも、その時に声をかけられて。
「ありがとうございます。じゃあ!」
「あ、ちょっとまってくれ」
なんだろうと思って扉に手をかけつつも振り返る。するとそこには穏やかな表情を浮かべるベルファークがいて、彼は期待するかのような眼差しでこっちを見つめていた。やがて小さく呟く。それも、彼にしては弱みを見せる様な声で。
「信じているぞ」
「――――」
きっと、これからも多くの人に信じられる事となるのだろう。今よりも多くの人と触れ合い、絆を結んで、信じ合って――――。まだ『信じる』という言葉に慣れない所はあったけど、ユウは真正面から彼を見据えると期待に応える為にハッキリ告げた。
借りっぱなしは、絶対に嫌だから。
「絶対に助けます。もう、誰も絶望させたくないから」
――――――――――
一時間後。
十七小隊全員の情報提供を得てユウはある所に向かっていた。と言ってもマップでアリサの位置を把握すればそれで済んだ話なのだけど。
彼女はネシアと接触している様で、ある場所に留まってはも動いていなかった。だからユウもそこに向かう訳なのだけど、二人がいると思われる場所はマンションではなくまさかの公園。殴り合ってなきゃいいけど、なんて思いつつもその場に足を運んだ。
「マップだとここら辺だけ――――。いた……」
探す手間すらもなく二人を見付ける。だって大きな公園の真ん中でガミガミと騒ぎながらも口論していたのだから。
傍から見ると関わりたくない人達となるのだけど、ミーシャの為にもここはグッと堪えて坂道を滑り下りる。
「二人共~!」
「何よ! って、ユウ? 何でここに?」
「あれ、ユウ君?」
話しかけるなり二人から途轍もなく怖い目線が投げかけられる訳なのだけど、話しかけた相手がユウだと認識すると一時的に喧嘩を止めて素に戻る。だから一瞬だけ大きく怯みながらも二人の元まで走り寄る。
「よかった、ネシアを探してたんだ」
「それは例の件で?」
「そう。ベルファー……指揮官からもネシアを頼れって言われたから」
そうして彼女を見ると面を食らった様な表情をする。ネシアは前々から暗部の組織を追っていたし、その案部の組織って言うのが何なのかまでは分からないけど、少なくとも情報は持っているはず。そんな期待をしながらも彼女の瞳を見た。
けれどその瞬間にアリサが言って。
「無駄よ。だって私達の身を案じてばっかりなんだから」
「え? って事は場所は分かってるのか」
するとネシアは小さく頷いた。身を案じて教えてくれないのは一通りアリサから話しを聞いているからだろう。そりゃ「赤信号みんなで渡れば怖くない」の精神で「規則違反みんなんでやれば怖くない」をやろうとしているんだから当然な気もするけど。と言うよりかは「規則違反みんなでやっても連帯責任」だが。
でも、諦める事なんて出来ないからこそネシアに訴えた。
「じゃあ頼む! 今はネシアだけが頼りなんだ!!」
「知ってる。でも駄目」
「なっ、何で!? こうしてる間にも連れ去られた女の子が――――」
「死ぬよ、みんな」
しかし鋭く放たれた言葉に喉を詰まらせる。これは憶測で言ってるんじゃない。実際に戦って苦戦したからこそ言える言葉で、ソレには途轍もない重さが加わっていたから。
ユウは力を抜くと肩から手を離して少しだけうろたえる。
「あいつらはEMPを使ってこっちの機械を壊して来る。でも向こうはバリバリに使って来る上にEMPを無効化する特殊装甲も纏ってる。その強さは君でも分かるでしょ」
「――――」
その言葉で思い出す。昨日の夜はあれだけこっちが優勢だったというのに、たったの一手で全てが覆された戦況を。双鶴の第二武装も解禁して順調にミーシャを守り切れていたのだ。でも、EMPを食らった瞬間から全てが覆されて――――。
あの時の感覚を思い返しながらも彼女の言葉を聞く。
「そんな敵に……君を殺そうとしてる相手に、どうやって挑む気?」
「――――」
珍しくアリサが黙りながらもユウの返答を待った。
確かに、ユウが自ら行けば相手は鴨がネギを背負って来たと思うだろう。ミーシャを使えてユウも殺せる。一石二鳥でしかなく得以外の何物でもない。
実力差は絶望的。機械に頼り切っているこっちからすれば不利でしかない。
イシェスタみたいな魔術師に頼ると言う手もあるけど、何せ相手は数が多いだけじゃなく武力もかなり高い。そのくせ隠蔽だけはしっかりできるのだから本当に厄介な事この上ない。
総合的に判断しても負けるのは確実。
……でも、それでも、諦める訳には行かない。
「こればっかりは俺達じゃどうにもできない。完膚なきまでって訳じゃないけど、既に一度敗北して逃げられてるんだ」
「ユウ……」
「だからこそ俺は信じたい。いや、信じてみたい。――みんなの事を」