111 『信じる勇気』
「そろそろこうやって目覚めるのも飽きて来たんじゃないかな」
「――――」
目を覚ました瞬間に映り込んだ真っ白な天井。そして動き出したのと同時に聞こえたユノスカーレットの声。既に結果は分かり切っている訳だけど、ユウは一縷の希望を夢見て起き上がった。もしミーシャを奪還する事が出来たのなら今ここにミーシャもいるはず。つまり、いなければ――――。
視界に映ったのは一人で椅子に座りこっちを見るユノスカーレットだった。
「……作戦は」
「失敗した。君は肋骨を四本やられ、体内出血を起こし、脳震盪を起こして気絶したんだよ」
「そっか」
分かっていた答えを聞いて黙り込む。そのまま体育座りになると顔をうずめて考え始めた。今は何をするべきか、どう動くべきかと。
あの男が使用して逃げた大型ロボットにはEMPが搭載されている。となればリコリスとテスの武装も無意味となり、人が走る速度で追いかけられるのは絶対的に不可能であろう。ミーシャが連れ去られるのは必然の結果。
でも、何よりも重苦しい物がユウの背中にのしかかっていた。この作戦はユウ自身が助けたいと願い自分勝手に引き起こした作戦だ。第三者がベルファークに報告しない限り“ユウが襲われた”と誤魔化す事は可能で処罰は免れるだろうけど、ミーシャを護り通す事が出来なかった責任はユウ自身に問われる。
だからその重さに押し潰されそうになっていると彼女は問いかけた。
「随分と冷静なんだね。君ならすぐにでも助けに行くのかと思ってた」
「立案者じゃなければそうしてたと思う。でも、今は違うから」
「…………」
とにもかくにも今は手掛かりを探すしかない。既に証拠を全て隠蔽してるであろう相手を狙い、自分達の打てる手で。
奴はミーシャを使い人体実験を行うと言っていた。つまりあの幼い体に無数の刃物が刻まれる事になる。そんな事は絶対にさせないと言いたい所だけど、それをさせない為の力はどこにもない。
そうしているとユノスカーレットは問いかける。
「君はどうする?」
「助ける。俺のせいで怖い目に合ってるんだ。それに全ての責任は俺にある。なら、俺だけで行かなきゃ……!」
直後に悪い癖が出ているのだと即座に察する。彼女の優しい瞳に射られてようやくそれに気づけた。前みたいに全て一人で抱え込みどうにかしようとしていたんだって。
一緒に抗ってくれる仲間がいる。その言葉を思い出すけど、これ以上みんなを巻き込む訳にはいかない。だって今回の件で明らかに普通じゃないと他の隊に知られてしまっただろうし、これ以上独断で動くのなら処罰対象にされかねない。それぞれの願いを持ってここにいるみんなを巻き込む事は――――。
ああ、そうだ。
そうだった。
ここには味方がいてくれる。どうしようもないくらい馬鹿で、愚かで、無力なユウを信じてくれる人たちがいる。向こうからは無条件の信頼を投げつけているのに対し、勝手に決めつけて勝手に絶望し人間不信になった、自分の過去すらも話せないユウを。
この世界は、あの世界ではない。
「……手を、貸してくれないか。こればっかりは俺だけじゃどうにもできない。本当は一人でやりたいけど、でも、無理なんだ。だから、手を―――――」
「よく言えました」
するとユノスカーレットの手はユウの頭を優しく撫でた。それから前を向くと泣きたいくらいの優しい表情を浮かべた彼女がそこにいて、自分の事の様に頼ってくれた事を嬉しがっていた。だからこそ思い出す。ここにいる人は馬鹿が付くくらいのお人好しだったんだって事を。
そうしていると胸の中に熱い物が込み上げて、それは涙に形を変えて――――。
咄嗟に目を逸らして涙を流すのを堪えた。
「あれ、泣かないんだ」
「……泣くのは最後。ハッピーエンドになってから。それまで、涙はいらないし流さない」
それに、こんな程度で泣いてしまっては男としてプライドがどうにかなってしまいそうだ。他にも色々とあるけどとにかく涙を堪える。
涙が流れるのはハッピーエンドの時だけでいい。そう言い聞かせて涙を隠す。
やがて彼女に問いかけた。
「みんなはどこにいる?」
――――――――――
「ユウ! よかっ――――へぶぁッ」
「えっと、おはよう、でいいのかな」
みんなは既に研究所に集まっているみたいで、ユウがユノスカーレットの部屋から出るなり全員が反応した。そしてリコリスに至ってはタックルする勢いで突っ込んで来るのだけど、それを見事に回避しては顔面からドアに激突する。
普通なら気にする所だが全員で無視しし、話を続けようとするのだけど、みんなは既にユウの思考を読んでいて。
「状況は既に聞いてる。で、早速なんだけど……」
「助けに行きたい、だろ。分かってるよ」
「早い方がいいもんね」
だからそこまで理解してくれてるんだって事を肌で感じながらも頷く。やっぱりあれだけ暴れまくっていれば次の行動くらい読めて当然だろうか。
でも次の問題がつまづく原因でもあって、ユウにとっては既に予想出来ていた結果で。
「一応聞くけど奴らの根城とかって……」
「――――」
そう問いかけると全員が同時に顔を横に振った。そりゃ、向こうはEMPを放つクセに高速移動が出来るのだから見付けられなくても当然か。クロストルとラディがいない所からみて二人は今も調査中なのだろう。その結果に全てを委ねるしかない。
ユウの予想通り、テスは肩を竦めながらも二人の動向について語った。
「クロストルとラディが必死に追ってくれてるけど、それでも微妙な所だ。少なくとも今日中には無理だろうな」
「そっか……」
あまりよくない現状に奥歯を噛みしめる。発見するのが遅れれば遅れる程ミーシャが酷い目に合う事は確実だろう。出来れば今すぐにでも見付けたい所だけど、全力で隠蔽している相手を情報屋の足で追いかけられるかどうか。
特に日にちも言われてないって事はまだ一日も過ぎてないはずだ。それでも見付けられないとなると余程の事だ。
「あの二人は屋上から状況を見てた、でいいのよね?」
「ああ。緊急事態が起った時の為に屋上から見て敵が逃げる様なら追いかけてくれって頼んである。それが切り札でもあったんだけど、それすらも免れるとは予想外だった。どうにかして手を打たないと」
「でも頼れる人なんて……」
そうしてみんなで考えこむ。他の人達を巻き込む訳にはいかないし、問題的にもこれはユウ達だけでどうになきゃいけない。けれど流石に敵が悪いわけで、ユウ達だけでは行き詰っているのが現状だ。他に頼れる人なんて――――。
その時にアリサが呟く。
「……ネシア」
「え?」
「あいつなら何か分かるかも知れないわ」
確かに以前ネシアは集合会議の時に暗部の組織を追っていると言っていた。それを知っているのかは分からないけど、まさかアリサの方からネシアの話を切り出すだなんて思ってもいなかった。だって彼女にとってはまだ捻れたまま再会できていないのだから。
問いかけたい事はあったけど、なんとか堪えて彼女の話を聞いた。
「どうして、そう思うんだ?」
「ただの直感。あいつ、前々から妙に人が知れない事を知ってたりするから」
アリサはそう呟いて思い出に浸り始める。それなら確かに信じてもいい気はするけど、アリサ的にネシアを巻き込んでもいいのだろうか。まぁ、誰かを巻き込む事に関しては頭一つ抜きんでているのだから個人的に慣れっこなのだろう。
みんなは彼女の選択に少しだけ戸惑うもののすぐに順応する。そしてユウにもある程度は信頼できる人をすぐに思いついて、その人の元に向かう為に喋り出した。
「俺も心当たりが――――」
「「指揮官じゃないだろうな」」
「何故見抜かれた!?」
しかしその考えは既に見抜かれていた様で、言葉を遮られつつも考えていた事をみんなから当てられる。だから驚愕しているとリコリスが背中をポンと軽く叩きながらも言う。
「ユウの考えはみんな読めてるからね。それに指揮官と仲がいいのも知ってるし」
「いつの間に……」
「ま、ユウの行動は読めやすいってこった」
するとテスからそう言われて今一度思い返す。今までの行動ってそんなに読めやすい物だっただろうか。確かに行動原理はこれでもかってくらい単純な物だったけど、だからと言って考えを読まれるまでみんなにとっては簡単な物だったとは……。
と言っても、読まれてはいたけど止める気まではない様で。
「でもユウは決めた事は曲げない人だからねぇ。助けられる手段があるのなら助けたい、だっけ?」
「……うん。ミーシャを助けられる手段があるのなら助けたい」
真正面からそう言うとみんなは「やっぱりか」みたいな表情を浮かべて肩を竦めた。どうやらユウはそんな認識になるまで単純で、そして強欲らしい。
でも、だからこそ、ミーシャを助けてしまいたいと思ってしまう。それ程なまでにユウはこの世界で強欲と言わんばかりの希望を抱けてしまうから。
もちろんベルファークに頼った所でどうにかなる問題じゃないかもしれない。この件はもし成功させれば世界その物を大きく動かせるかも知れない事だ。ベルファークならそれに手を貸してくれると信じたいけど、同時に正規軍が突っ込んで来るかも知れないという危険性も秘めている。
こっちはスパイを放っているのかは分からないけど、人の動きは向こうに筒抜けのはずだ。そこでパスト病の薬が開発されたと報告されれば大変な事になるのは間違いなし。
それゆえにあまり大きな動きをする訳にはいかない。彼らに見つかってしまっては守るどころの話ではないのだから。理想と共に現実も見ているベルファークがどっちを選ぶか分からない。
最後の手段として独断で動くと言う事も出来るけど、その場合は絶対に処罰対象となる。指揮官の指示に背く事は戦場では何よりもタブーであるべき事だからだ。
「手を取ってもらえなければどうするつもりなんだ」
「……全ての責任は俺が持つ」
ガリラッタから問いかけられた言葉にそう返す。するとみんなは一瞬だけざわついた。
別にそこまでしなくたっていつかは助けられるだろう。でも助けるまでの間にどれだけの痛みがミーシャを襲うだろうか。約束だってして、誓って、人道的に間違った事をしてる奴らの下で怯えてるはず。そんなの、見逃す事なんて出来ない。
「あの時に言われたんだ。この世界を、なんて言わない。みんなの希望になってくれないかって。……俺はみんなを、赤の他人だって守りたい。その為なら何度だって立ち上がれる。何度だって戦える。だから、俺は行く」
みんなに告げた覚悟。これだけは心の底から生まれた本物の覚悟だ。
やがてリコリスはその覚悟に触れて軽く微笑む。そして呆れた様な、期待する様な表情をしながらも言ってくれる。
「きっと、ユウみたいな人が本物の希望になれるんだろうね。……信じてるよ」