110 『離れ離れ』
夜の街中を駆け抜ける中、ユウの背中にしがみつくミーシャは周囲を見回していた。彼女にとっては初めての都会みたいな物だし、街中を見つめるのはとても珍しい事なのだろう。感染者だから当たり前の気もするが。
なるべく人混みの多い道を選んでルート通りに走り抜ける。
既に森から抜けて数分が過ぎた。みんなも順調に進んでいる様で、異常があったとの連絡は特に来ていない。このままユノスカーレットの元まで行ければユウ達の勝ちとなる。
そうしていると背後でミーシャが呟いた。
「みんな、大丈夫かな……」
「平気だ。ああ見えて無茶苦茶強いんだから!」
ユウも戦闘力で言えばそこそこ強い部類に入るのだろうけど、逆立ちした所でみんなには到底届かない。実戦経験が乏しいユウにとっては遥かな距離を離されているのだ。それを毎日必死になって追いかける訳だけど、それでも一向に届く気配はない。
まぁ、何を言いたいかと言うと、滅茶苦茶強いと言う事だ。
作戦についてだが、みんなはダミーである事からユウが呼んだらすぐに駆けつけると言う約束をしてある。合図は信号ではなく素早く出来る銃声。みんなは常に互いの位置情報を知れるからこそ、それをうまく利用した戦法だ。
更に緊急事態が起きても見えない所で追って来ているラディとクロストルが何とかしてくれる。正直言ってかなり安心する作戦と言っても過言じゃない。
――さて、来るとするならどこから来るか……。
昨日の襲撃から見て隙があり次第攻撃するのは確かだろう。相手はこっちの微細な動きすらも読む様な連中なのだからピンポイントで狙われたっておかしくない。と言ってもユウが走っているのはリコリスが襲われた場所から遠いし、あのロボットに裏路地を通させるにしても必ずカメラに映って証拠が掴める。そこまで下手な真似は出来ないはずだ。
そう思っていた。つい一秒前までは。
通り過ぎた路地裏の陰から見えた微かな光。咄嗟に振り向けば昨日見たばかりのロボットがユウの脳天に向かってバールっぽい武器を振り上げていて、未来予知にも等しいタイミングで振り下ろした。
だからこそ即座に大きく飛ぶとギリギリの距離で回避する。
「――っぶな!?」
転びそうになるのを堪えながらも着地する。左手だけでミーシャを抱える中、右手で腰にあった拳銃をホルダーから引き抜いて上空に弾丸を放つ。直後に銃声が鳴り響いてみんなの耳へと届いた。
これでしばらくすれば増援が駆けつけて来るはず。それまでの間どうにかして耐えなければ。
にしてもまさかこんなに早く攻撃されるとは思わなかった。もっと様子を見てから攻撃すると思い込んでいたから驚愕する。
と言うのもあるけど、何よりもマズイのが本当に攻撃された事だ。これでミーシャを運びづらくなってしまったし、最後の手段としてはラディかクロストルに運んでもらうしかない。……そう考えていたのだけど、例の男が姿を表しては驚愕する事を言う。
「まさか初見で躱すとはね。大した反射速度だ」
「お前、あの時の……」
「そうだ。最初は君を殺そうと思っていたが、まさかこんな大玉を連れているとはね。――その完全適応者を渡して貰おう」
「ッ!?」
ミーシャが完全適応者である事はユノスカーレットと十七小隊しか知らないはず。それどころか今背負っている少女が感染者である事すらも知らないはずだ。なのにどうしてバレているのか。どうやらその驚愕は表情に出ていたらしく、彼は嘲笑う様な表情を浮かべると解説してくれた。
「どうして知ってる、と言う顔をしているね。君がその子の血液を持って来た時、案内をしたのは僕だ」
「なっ!?」
「それから話を盗み聞きして完全適応者がいる事を知った。その少女が森の奥底にいる事も。それから君の行動は逐一確認させて貰ったよ。この作戦を立てている事も含めてね!」
要するにこの機をずっと伺っていたという事なのだろう。ユウを殺し、ミーシャを奪える一石二鳥のこの時を。警戒はしていたけどまさか本当にミーシャを狙って来る組織がいるなんて。
あらかじめ上空に待機させていた双鶴を構えつつも問いかける。
「一応だけど、俺を殺してこの子を奪う理由を教えてもらってもいいか……?」
「いいだろう。ま、君は単に邪魔なだけだ。我々は感染者を用いた人体実験を繰り返している。要するに暗部と言う奴だ。そして情報屋を味方に付けた君は非常に邪魔な存在となる。だから殺そうと言う訳だ」
「なるほど。つまりお前にとってこの子は都合のいい実験材料でしかないって事だな」
「その通りだとも。完全適応者からは取れるデータは未知数だ。ソレさえ奪えれば様々な研究が出来る。そしてそれを公表して情報提供を促せば資金も名誉も与えられると言う訳だよ。その為にも、君は死んでもらおう!!」
すると周囲から数々のロボットが現れて圧倒言う間に周囲を包囲する。リコリスの時程ではないものの、ユウが相手をするのなら十分多いと言える数だ。
だからこそ本気を出さねばなるまいと気持ちを入れ替えて怯えたミーシャに言う。
「ちょっとしがみ付いてて」
「うん」
そう言うとミーシャは素直にしがみついてくれる。右手で剣を引き抜くと早速放電させ、双鶴も発射準備に入り臨戦態勢を整えた。
次の瞬間、彼が腕を振るのと同時に全てのロボットが一斉に駆け寄り、急降下して来た双鶴に次々と吹き飛ばされる。
「なっ、何だそれは!?」
「俺の特殊武装だ。丸腰だからって対策してないと思ったか!!」
背中にいるミーシャには当たらないように放電させ、目の前にいるロボットへと振り下ろした。すると直後に機能停止させてはその場に倒れ込む。やっぱりロボット系は雷に弱いんだ。
雷撃を振り回して回転すれば周囲のロボットは次々と機能を停止させていき、そこに双鶴も加わる事で粉々になって行った。雷の刃を放っては一直線に双鶴を飛ばして幾つものロボットを破壊する。そんな事を繰り返していると順調に数も減って行った。
――せっかくだ。第二武装を起動して……!
そう念じるだけで双鶴はシステムを変更して姿を変える。出力部分は細くなって速度を上げると両端からはアークの翼が出現し、先端にはドリルの様な物が加わり一直線にぶつけた時の破壊力を上乗せする。多少不格好な見た目にはなった物の、それでも性能が大幅に変わったのは本物の様だ。
実際にぶつける事でその真価が発揮される。
「うわっ、貫いた……」
速度は数倍以上に跳ね上がり、貫通力が増した事で全力で放つとロボットの胴体を撃ち抜いて粉々に破壊する。あの時に渡された紙にならもっと詳しい操作方法とか機能が載っているのだろうけど、見れる状況じゃないのだから手探り状態で性能を感じ取る。
「何だソレは!?」
「要するに第二形態って事だな!」
上手く操作すると翼でも粉々に破壊する事が出来る様で、横に回転させながらも周囲に回す事で一瞬にして蹴散らされていく。今ならこうやって双鶴の第二武装に頼る事が出来る訳だけど、これがなかったら今頃追い詰められていただろう。こればっかりはガリラッタに感謝するしかない。
だから予想外の事態が起こって男は驚愕する。
「馬鹿な、そんなはずは……」
「あり得るんだよ。今目の前で。じゃあ、これで――――」
そうしてユウはM4A1を構えて彼を撃とうとした。ユウの目的はこうして彼を捉える事ではなくミーシャを研究施設まで届ける事だし、ここで行動不能にする事が出来れば後々来るリコリス達がきっとなんとかしてくれる。今はそう信じる事が出来る。
けれどユウが引き金を引くのと同時に巨大な物音と同時に何かがこっちに飛んで来るのを察し、熱源探知が強く反応した事でダメージを食らう事はなかった。でも足元に撃ち込まれたのがあまりにもあり得ない物で。
「なっ、ミサイル!?」
「残念だったね。手を打ってるのは君だけじゃないって事だ!」
「っ――――!?」
直後に二体の大型ロボットが登場する。動きからして人が乗っているのは確実。そして移動手段がタイヤである事からして機動力はかなりの物のはず。何より搭載されているミサイルとミニガンが生命的危機感を覚えさせた。
だから双鶴を片方だけぶつけてもう片方に乗り逃げようとするのだけど、想像以上の機動力で回り込まれるから逃げ場を失ってしまう。
このまま空に逃げると言う手もあった。けれどそれじゃあミーシャもろとも撃ち抜かれる可能性があるし、そうなれば相手の手に渡る可能性がある。となれば残った可能性はただ一つ――――。
けど、それすらも実行する事は許されない。
「あれ、ちょっ、なっ!?」
突如《A.F.F》の全ての機能が失われ、同時に双鶴もショートを起こしてユウは地面に叩きつけられる。その反動でミーシャは地面を転がり少し離れた位置で停止する。当然即座に起き上がって拾い上げようとするのだけど、直後に倒し損ねたロボットの一体が近づいて来てバールを腹に叩き込み、骨を何本か折られつつも壁まで吹き飛ばされる。
「お兄ちゃん!? だい――――っ!」
「捕まえたぞ。これでもう逃げられまい」
「くそッ、逃がすか!」
右手を伸ばして双鶴を起動させようとする。でも即座に反応しない事を知って《A.F.F》を再起動するのだけど、それも全く反応がないまま終わってしまう。まさかそんなはずが。と嫌な予想が脳裏を過るものの、実際にはその通りであって。
「EMPだよ。これには直線状にEMPを飛ばせる能力があってね。それで君の武装を破壊させてもらった」
「は!?」
「じゃあ、死んでくれたまえ!!」
そうして彼が手を振りかざすと残ったロボットと二体の大型が一斉に動きだし、骨が折れて動けなくなったユウに襲い始める。そして男が一目散に逃げるのは当然の事で、ユウはロボットをどうにもできない事を察するとM4A1を構えて彼の足を撃ち抜き、ロボットは攻撃される直前に現れたイシェスタに一任する。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
彼女の声と共に大量の雷が地面に放たれ、目の前まで接近していたロボットは全てが機能を停止させてその場に倒れ込む。
やがて真上から落下してくるとユウの前に立って庇ってくれる。
「よくも私の後輩に手を出してくれましたね。その借り、今返しますよ!!」
すると色んな所から十七小隊全員が駆けつけるのだけど、彼は大型のロボットに掴るとそのままミーシャを連れ去ってしまう。だからこの中で一番機動力のあるリコリスと武装を使って移動が出来るテスが追いかけた。残りのメンバーは周囲のロボットを振り払ってユウを守ってくれる。
その中でアリサはユウの肩を掴んで必死にゆするのだけど、骨が折れてる状況下で立ち上がる事なんて出来なくて。
「ちょっ、大丈夫!?」
「俺は平気だ。それより、ミーシャを……!」
動こうとしてもアリサに止められ身動きが出来なくなる。だからユウは見ている事しか出来なかった。ミーシャが連れて行かれる中、みんなが追いかけていく光景を。
今回のサブタイトルは『別離』というタイトルでも良かったんですが、それだと後々重大な回のサブタイトルに被ってしまう気がしたので『離れ離れ』というタイトルにしました。ま、まぁ、そっちの方がまだ軽かな……?
前編に限ってはそこまでの絶望感を強調する気はないのでここら辺がちょうどいい気がします。