109 『作戦開始』
「ユウ。ちょっといいか」
「ん?」
翌日の夜。
この日は十七小隊全員で半日かけて作戦準備を整えていた。もちろんユウも完全武装を施して何が起きても大丈夫な様に備える。行動前の食事もとって準備万端と言うところなのだけど、その時にガリラッタから声をかけられる。
ちょいちょいと手招きをするから彼に近づくとある所まで誘導した。
「どうしたんだ?」
「お前に渡したい物があってな。遂に完成したんだ」
「完成って、何が――――」
けれどこの状況で完成する物なんて一つしかない。だからユウは瞳に期待の色を宿らせた。するとガリラッタはその様子を見て微笑み、工房まで到着すると真っ先に布を被せた物に歩み寄った。大きさから見てアレに違いない。そう思っているとガリラッタはその布を取ってついに姿を見せた。
「長らくお待たせしたな。遂に完成したんだ。ユウの特殊武装、双鶴のMk-IIが!!」
「おぉ~! って言いたい所だけど双鶴って何?」
すると形状その物は前の特殊武装とは変わらない物の、配色や細部のパーツが微妙に変化していた。黒をベースにしているのは変わらないけど、何か道具でも入ってそうな所と変形しそうな所が追加されている。鶴と入っているから何かしらの関係があると思っていたのだけど見た目だけではそうではないらしい。
彼は双鶴を軽く叩くと自慢げに言う。
「こいつにはいくつかの新機能が搭載されててな。ユウは今までこいつに名前を付けてなかったみたいだから、今回は俺が勝手に付けさせてもらった」
「って事はその新機能が鶴に関連してるって事か?」
「多少な。でも言葉の響き的にかっこいいだろ?」
「さいですか……」
多少と言う事はさして関係ないのだろう。鶴との関連性を見いだせずに若干呆れながらもそう返した。って言うかこの世界に鶴とか普通に存在するんだ……。こんな殺伐とした世界だからこそついてっきり絶滅したのだとばかり思っていた。
そう思っているとガリラッタは新機能を雑に紹介する。
「で肝心の新機能なんだが、何と変形機能が付いてます」
「変形!? それってこう、グワーッってなって合体とかしちゃうやつ!?」
「それは見てからのお楽しみだ! 今は時間もないしな!」
しかし彼はその機能をシークレットにしながらもそう言う。だから面を食らった様な気分になりながらも納得して頷く。まぁ、今は作戦開始間近だし、悠長に説明を受けている暇はないから当然か。
そして彼は一枚の紙を渡しながらも言った。
「非常用の武器とかはここに入ってて、残りは前とほとんど一緒だ。性能が強化されたくらいかな」
「ありがと。ほんっとうに助かる!」
「別に良いさ。それに、俺がコレを作るのを遅らせたせいで、お前さんには結構迷惑かけちゃったからな」
ガリラッタは双鶴を撫でるとしみじみとした声で呟く。確かに、双鶴さえあれば危機を抜けられる場面はあった。それがあれば瓦礫に潰されずに済んだし、クロストルとの戦闘でも傷つかずに済んだ。アリサやネシア、ラディにも危険な目に合わなかったかもしれない。
でも全て結果オーライ――――いや、助ける事は出来たのだ。そこにユウの自己犠牲があったのは事実だし、ガリラッタのせいで傷ついたと言っても過言ではないけど、ユウはその結果に一度も文句を言った事はない。だからこそ言った。
「それが事実なのには変わりない。確かに、武装さえあれば何とかなったかも知れない。……でも、俺は武装がないからってガリラッタを恨んだ事はないよ」
「ユウ……」
「知らない事を自分なりに知って行く。そう教授してくれる人達がいたからさ」
ユノスカーレットは何も話さないユウの事を自分なりに理解して優しくしてくれた。リコリスもベルファークも、怖くて何も話せないユウを自分なりに理解して、知ったつもりになって、それでも尚信じてくれるんだ。
どんな事情があったのかも知らないのに無責任に叱るのは違うんじゃないのか。
「……ありがとう」
「別に良いよ」
そう言って《A.F.F》と双鶴をリンクさせると二つ同時に浮遊させる。性能が強化されたのは本当の様で、ユウのイメージに対してより鮮明で微細な動きをする様になっている。これなら戦闘時にもっと多くの戦術を取れるかもしれないし、ありがとうと言わざるを得ないだろう。
だからこそユウは礼を言おうとするのだけど、その時にガリラッタは拳を突き出して来る。
「……そう言う事か」
言葉はいらないの意だろう。彼と一緒に拳を合わせるとそれで感謝を伝えた。まぁ、彼の性格上こういうのは似合わないだろうし、こうやって男の合図みたいな物の方が嬉しいのだろう。その証拠に少し照れた微笑みも浮かべているし。
「じゃ、行こうか」
「そうだな」
ガリラッタがそう言うから頷いて歩き出す。
といっても、作戦らしい作戦とは到底呼べない極秘作戦なのだけど。
――――――――――
「……ミーシャ。いるかな」
「うん。ここにいるよ」
十七小隊全員で森に入った後、ユウとリコリスだけで奥まで進みミーシャを呼び出した。すると彼女はひょいっと木の陰から現れる。それも親同伴で。リコリスは彼女が出て来るとは思わなかったからか、少し驚いたような表情を浮かべた。
「あれ、普通に起きてる……?」
「この時の為に今朝からクロストルに手紙を出してもったんだ。届いてるか不安だったけど、届いてるみたいでよかった」
ここまでは順調と言っていいだろう。しかし第一の難問は既に目の前まで来ている訳で、ミーシャの父はこっちを見ると遠慮なしに睨み付けた。それも如何にも本当だろうなと言うような感じで。
だからじわじわと威圧感を受けながらも話し合う。
「えっと、話は聞いてると思いますけど……」
「ああ。娘を連れ去るんだろ」
「言い方……。まぁあながち間違いでもないけど……。と、取り合えず納得してくれてるみたいで嬉しいです」
「不本意だがな」
こればっかりが不安だったけど、ガードの固い父が許してくれてよかった。娘に危険が訪れるとなると放っておけないだろうし、助ける手段があるのならそれに賭けるはず。そんな考えは正しかった様だ。
なんか子供を使って脅してるみたいな感じになっているけど作戦は持続しているのだから問題ないだろう。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「確証はないです。偏に絶対とは言えない。狙われてる最中での作戦ですから、彼女が連れ去られる可能性は大いにあります」
「お前……!」
「でも絶対に傷つけさせはしない。信じて」
絶対的に安心ではないと伝えた途端から大きく睨まれる。けれど守り通すと言った直後から彼は少しだけ態度を変え、ユウの瞳をじっと見つめた。真っ直ぐに嘘のない、純粋で漆黒の瞳を。
だからだろうか。彼が素直に受け入れてくれたのは。
「娘を、頼んだぞ」
「任せて下さい」
するとミーシャは一気に駆けよって両手を広げるのだけど、自身が感染者だと思い出して咄嗟に距離を離す。そりゃ向こうからすれば近づくだけでも感染させるかも知れないのに、触れたら即座に感染してしまうと思っているのは当たり前の事だ。
それでもユウは彼女の手を取り言った。
「大丈夫だよ」
「え……?」
「前も言ったけど、君の体は特殊でさ。体内の免疫細胞がパスト病のウィルスみたいなのを完全に食っちゃうんだって。だから血液検査の結果から出た感染確率はゼロ%。触っても大丈夫って訳だ」
もし彼女が普通の感染者だとしたらユウは既に感染していただろう。そしてリコリスも感染して後戻りが出来ない状況になっていた。でも、彼女は完全適応者だからこそこうして触れ合う事が出来る。
そして同時に、彼女が熱源探知に引っ掛からなかった理由も明かされる。
「……手、冷たいんだな」
「うん。私達感染者はどうしてか分からないけど物凄く冷たくなるの」
「なるほど。だから熱源探知に引っ掛からなかったんだ。確かにこの冷たさは生物が放つには不可解過ぎるからね」
リコリスも実際に触れてその冷たさを確かめる。《A.F.F》の熱源探知は低体温症以下の体温でも検知するはず。つまりミーシャ達は普通の人間なら凍死する冷たさでも死なないって事なのだろう。それがパスト病の影響なのか、その根幹にある魔術に干渉されてこうなっているのか、ユノスカーレットなら凄く気にしそうな事だ。
取り合えず冷たい体を抱いて持ち上げると父に頭を下げて移動する。
「じゃ、行こう」
「うん。……パパ、待っててね!」
それ以降は何も言わずに手を振って三人を見送った。しばらくの別れとなるのは分かっているのに互いに悲しい顔は一切せず、ただお互いの無事を祈って微笑みを浮かべていた。その祈りを通じさせるためにも頑張らなきゃいけない。
やがて森の入口に到着すると情報屋二人を除いた十七小隊全員と合流する。
「この人達は?」
「俺の仲間だ。安全にミーシャを運べるように協力してくれた」
するとミーシャはみんなの事をじっと見つめ、同時にみんなもミーシャの事をじっと見つめ返した。互いに数秒間だけ停止すると自ら降りたミーシャはみんなに近づき、差し出された手を優しく掴む。
「君がミーシャだな。俺はテス。よろしく」
「俺はガリラッタだ」
「私はイシェスタ。よろしくね、ミーシャちゃん」
「アリサよ。まぁ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
ユウの仲間と聞いたからなのか、彼女はやや緊張しながらもみんなの事を受け入れた。前まではそのと世界の人達をあんなに怖がっていたのに、今となってはここまで慣れるだなんて、凄い変化だ。丁度リコリスも同じ事を思っていた様子。
「大丈夫そうだね。ユウのおかげだよ」
「え、そう?」
「そりゃユウが率先して触れ合ったんだもん。あの子が安心してみんなと触れ合えるのも、完全適応者の真実を掴んだのも、全部ユウのおかげだよ」
そう言われるとは思わずに少し照れ笑いを浮かべる。何と言うか、ここまで褒められるのは久しぶりだ。最近は無茶な戦いを押し通していたから怒られてばっかりだったし。と言ってもそれに関しては自業自得な訳だが。
二人は渡された真っ黒なローブを羽織って姿を眩ます準備をする中でミーシャを見つめた。
初めて会ったのにも関わらず既に馴染んでいる様で、彼女の表情には笑顔が灯っていた。それ程なまでに外の人達と触れ合うのが嬉しかったのだろうか。
やがてミーシャは振り向くと笑顔で言う。
「お兄ちゃん。ありがとう!!」
「えっ? ああ、うん……」
「お、ユウが照れてる。珍しい事もあるモンだな~」
「うるせぇやい!」
咄嗟にそうツッコミつつもミーシャに同じローブを着させる。それから彼女を背負うとみんなで一斉に頷き行動を開始する。
ちなみにみんなは子供の等身サイズの人形にローブを着させる事で誤魔化そうとしている。完全な準備が整うとユウの掛け声でようやく作戦の本番が開始された。……が、そこで少し茶番が入る。
「よし。みんな丸太は持ったな! 行くぞォ!!」
「行くか――――ッ!!」
直後にテスからドロップキックをかまされて倒れ込む。上手い具合にミーシャだけを助けつつも全力でツッコミをかました。
「丸太持ってどこ行こうとしてんだ!」
「いやちょっと彼岸島に……」
「どこだ彼岸島あんのか彼岸島!!」
そんなやり取りをしているとテスの腕に抱かれていたミーシャが軽く噴き出す。その後ろにいたリコリスも笑い始めてはみんなに伝染していき、ひと時ではある物の周囲に小さな笑い声が響き渡った。
そしてある程度まで収まるとようやく本番に入って気を入れ直す。
「……じゃあ、まぁ、行きますか!!」
「「応ッ!!」」
そんな閉まらない始まり方でこの作戦の本番は始まったのであった。