108 『急展開』
「もっとスピード出して!!」
「言われなくてもやってます!」
突如街中から聞こえた轟音に気づいたユウとイシェスタはバイクに乗って街を駆けていて、真っ先に轟音が鳴り響いたところへ向かおうとしていた。
こんな何もない中でいきなり雷の様な音が響くだなんてあり得ない。それこそ街中で大きな戦闘が起っていない限り。そして威力から見て恐らく魔術師か隊長クラスで電撃を使う人達の攻撃だろう。それ程の威力が出る戦闘なのだから何がいるか分からない。
何度も映画さながらのカーブを繰り返すイシェスタの運転は中々に安定していて心から安心する。と言うよりバギーの時の方が激しいってどういう事なのか……。そんな事を考えつつも振り落とされない様に彼女の背後へ抱き着いた。
やがていくつかのカーブを得て直進路まで辿り着くと異常な光景を目にして驚愕した。
歩道どころか車道にも飛び出した謎のロボットの数々。そしてそこに集合する何人ものリベレーターとレジスタンス達。
イシェスタは横を向いてブレーキをかけるとロボットを巻き込むギリギリの距離で停止し、ユウはそこから飛び出してリベレーターの中にいたリコリスの元へと駆けつけた。
「リコリス!!」
「ユウ、来てたの?」
「今来たんだよ! それよりこれって……」
既に戦闘は終わった様で、リコリスは特殊武装を外してやって来ていたエルピスに話していた。だから何が起こったのかをユウにも話してくれる。が、それはあまりにも大雑把かつ驚愕な物で。
「恐らく今朝事故を起こした奴が仕組んだ物だと思う。相手は私達があの方法で追うのを既に知っていた。知っていて、こんな量のロボットを用意してた。私が代わりに調査してなかったらユウがこの量を相手にする事になってたんだよ」
「なっ――――!?」
どのカメラにも顔が映らない所からかなり用心深い奴だとは思っていたけど、まさかそこまで考えこんでいたとは思わなかったから驚愕する。
けれど驚くのは向こうも一緒で、話の腰をよく理解してないエルピスは問いかけた。
「どういう事? その話し方だとユウ君を狙ってるみたいな言い方だけど」
「実際狙われてるみたいなの。理由も何も不明だけどね。私が今朝の件を追うって言わなかったら、きっと今頃ユウはこいつらに襲われてたから」
「なるほど。要するにその人達からすればユウが動ける事は不都合になるって事か。一体何しでかしたっての?」
「何もしてないよ。ね」
一応ミーシャの事は隠すからそれに乗って頷く。まぁ彼女の件はまだ公には出ていないし、ベルファークにすらも相談していない。となればみんなに話す訳にはいかないのだろう。感染者を引きこみたいって言うような物だし当然な気もするが。
するとエルピスは機能停止したロボットの武器を握って持ち上げる。
「少なくとも作業用じゃない。となれば元から対人戦闘を想定して作られたか、あるいはこれ専用に作られてるか」
「これ専用って?」
「リコリスは戦ってて気づいたでしょ。こいつらが人を殺す為に設計されてる事くらい」
その言葉を聞いた瞬間から深く驚愕する。だって人を殺すだなんて、そんな事をする意味が分からなかったから。現状でもこの街の人々は死の恐怖に怯えているというのに殺す為に作られるだなんて、どうして――――。
そう思っていると既にその事を見抜いていたリコリスは平然とい言う。
「やっぱそうなるかぁ……。明らかに対人の出力じゃない事から予想はしてたけど、最終的にその意見に辿り着くよね」
ふとある場所に視線を向けると、そこには粉々になったアスファルトに武器が突き刺さってる光景が広がっていた。最初はリコリスがやったのかと思いきやロボットがやったらしく、彼女はその光景を見て軽く肩を落とす。
だからこそ明らかに普通じゃないと知れた。
「つまり奴らの目的はユウ君の排除、って見てもいいのかな」
「大丈夫だと思う。信じ難いし信じたくもないんだけどね」
「っ――――」
そうして話し合うと一斉に視線を向ける。だから全身を硬直させて緊張感に支配される。だって、殺す為に作られたロボットをこんなに放たれたら絶対に無事では済まされないだろうから。それだけじゃない。これから先こんな奴を相手にするんだと思うと身震いがする。
両腕を押さえているとリコリスは苦しそうな眼でこっちを見る。まるで自分の事の様な眼をしながら。
「俺を、排除……」
可能性ならいくつかある。ユウをよく思ってないからこそこうしてるとか、今まで助けた人の関連で因縁を突き付けられているのかとか、そもそも根本的から因縁があるとか。ここまでの行動力があると言う事はこれからも狙われるだろう。その時、独りならどうするべきか。
考え込んでいるとリコリスは頭をわしゃわしゃと撫でながらも言う。
「大丈夫だよ。私達が守って見せるから」
「……うん。ありがとう」
今だけはその優しさに甘える。でも、きっとこの先で優しさに甘え続ける事なんて出来ないだろう。いつまでも夢を見続ける子供のままではいられないから。
果たしてどの組織がユウの命を狙っているのか。それが全てを分ける。
「操作してる張本人は?」
「残念ながら見えなかった。顔の部位にカメラが付いてる所から見て、恐らく遠隔操作をしてるはず。厄介な事に捕まえるには至らなかったよ」
「そっか」
二人は難しそうな現状に深く考え込んだ。そしてたった今駆けつけたアルスクやボルトロスも同じ話を聞いてすぐに深く考え込む。ユウも考えてみる訳だけど、ユウよりも数多くの事を知ってるみんなに追いつける訳なんて無く、すぐにつまづいたから諦めて思考を止めた。
するとイシェスタが問いかけて来る。
「ユウさん。大丈夫ですか?」
「正直言って少し怖いかな。でも、映画の主役とかになれた気分でそれはそれで大丈夫!」
「軽口を叩ける余裕はあるんですね……」
意外とえげつない状況下でそう言うとイシェスタは苦笑いを浮かべる。といっても強がりなのだけど。みんなの優しさに甘えると言うのも十分いいけど少しくらいは強がる顔も見せたかったのだ。
それはそれとして問題はミーシャの事だ。これだけの数を動かせると言う事は大きな機関なのは間違いない。そんな組織に狙われた状態でミーシャを安全に送り届けるだなんてまず不可能。場合によればその組織に奪われる可能性もある。
「とにかくこれを動かしてる輩を捕まえないとね。解析を急がないと」
「そうだな。よかったらこっちで預かるが?」
「今はまだ大丈夫。厳しくなったら手を借りるよ」
そう言ってボルトロスの提案を断る。“もしかしたら”の可能性もある訳だし、完全に向こうに頼る訳にはいかないのだろう。
しかし、厳しくなったらとは言っても既に厳しい状況なのは変わりない。今はユノスカーレットの力を借りてもギリギリの状態。ミーシャの件がいつ終わるかも分からないのだ。そんな中で余裕があると言ったら嘘になるだろう。早い所どっちの件にも終止符を打たないと。
「猶予はない、か……」
「作戦、どうします?」
「――――」
これ以上ミーシャと関わっていたらいつか見つかるだろう。だからと言って今回襲って来たからと言ってこの前からって訳でもないだろう。相手の戦闘パターン。行動パターン。それらを見てようやく奇襲をするはずだ。だって、監視する機会ならいくらでもあったのだから。
それらを垣間見てもユウが森の奥に入って密かに何かを進めているのも知られているはず。だからこそミーシャと一時的に離れ離れになる事も出来ない。
選択は迫られるばかりだ。エルピスやボルトロスが思っている以上にユウ達は危ない橋を渡っている。それも、自分自身でもどれだけ危険なのかを察せない程の。
状況から見て決行するのは早い方がいいはず。
そうして深く悩み続けるユウを、エルピスはじっと見つめていた。
「……賭けるしかないと思う」
するとイシェスタは驚く表情を浮かべては即座に納得して頷く。感染者だからと言って恐れてちゃ何も始まらない。きっと、迷っているばかりじゃ守りたい物も守れないだろう。
リコリスは振り向くと瞳で問いかけた。どうするのかって。
だからこそユウは頷くと彼女は察してくれた。
「とにかく回収班が来るまで待機かな。ユウとイシェスタはもう戻って大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「いや、無事でいてくれるならそれだけでも嬉しいよ」
「言う様になったじゃん」
本部に戻って作戦会議でもしてろって事なのだろう。二人はリコリスの指示通りに本部へ戻る事を決めると強気な笑みでこっちを見た。その表情を背後に浮けながらも再びバイクにまたがって本部へと戻る。
「でも、大丈夫なんですか? 色々と……」
「だからこその賭けだ。出来る限りの手を打つしかない。クロストルとラディにも手伝ってもらわないと」
そう言いながらもどんな手を打てるか考え始める。
昼にするのは無謀にも近いだろう。戦闘になれば見えやすいというメリットもあるけど、戦闘を前提に考えると必ず作戦は破綻する。隠密主体のステルスミッションとして考え直さないと。それにミーシャを守りながらとなると、やっぱり打てる手は……。
「っ――――」
「ユウさん、どうしました?」
「いや、今一瞬、誰かに見られてた様な……」
咄嗟に振り向いては建物の影を見る。今まで後を付けてる人達はラディを除いて見抜いているけど、今回はまた別の視線を受けた気がした。憎悪や憎しみの籠った視線ではない。強いて言うのなら、実験動物……モルモットを見る様な視線を。
だからこそ察する。今のがユウを殺そうとしてる奴なんだって事を。
「これは……どうやら一筋縄じゃいかなさそうだな」
「みたいですね」
ユウの反応から感じ取ったのだろう。イシェスタも状況の深さを理解して頷いた。
奴と真正面から立ち会った時、きっとユウは無事じゃ済まされないだろう。行動不能になるまでボロボロにされて監禁されるか、本当に殺されるかのどっちか。
――もしかしてなんて、無いよな……。
そんなフラグにも近い事を考えながらも本部へと戻った。未だモルモットを見る様な冷たい視線を背後に浮けながら。