107 『重なり合う違和感』
「あれ、リコリスさんは?」
「今日起った事故の件を追ってくれる。もっと頼る事を忘れるなってさ」
「リコリスさんらしい言葉ですね」
本部に戻った後、真っ先にお出迎えをしてくれたイシェスタにそう言う。すると彼女はリコリスの事を知り尽くしているからこそ軽く噴き出しながらも呟いた。
しかし、リコリスもかなり鬼気迫っていたはずだ。いくら二人で追っていた件から離れるとは言え、考えなきゃいけない事は沢山あった。それなのにいきなり外れるだなんて、普通なら少しでも迷ってから決断する事だ。
だからこそリコリスという人間の優しさが浮き彫りになる訳なのだけど。
「血液検査の結果は届いてる?」
「バッチリ届いてますよ。それから既にみんなで考えでミーシャちゃんを安全に移動させる手段も考え着いてます」
「お、おぅ……早いんだな」
ユウとリコリスが揃ってから考え始めるとばかり思っていたから少し面を食らう。でもまぁ、みんなも既に二人の事は知っているからこそ出来た事なのだろう。ユウならこうする。そう言った事をみんなは既に理解してるんだ。
故に扉を開いた時には既にそれ用のルートも書き込まれている地図が目に入る。
「あ、ユウ。ようやく来たか」
「俺達で自分なりに彼女を運ぶルートを考えたんだけど、検証して欲しいんだ。ちなみに情報についてはラディとクロストルから貰いながら書いた」
「分かった。え~っと……?」
そうしてガリラッタがドヤ顔をかます中で地図を覗きこむ。指定されたルートは森からまず路地裏に入り、そこから大通りと路地裏を何度か経由して研究所へと辿り着くルートであった。確かに人通りや発見される確率を重視するのならこのルートであるのが理想的。
ラディに運ばせるという手もあったのだけど、ラディとクロストルは上から見て緊急事態があった時の為に待機させるらしい。
その他にも様々な事を予測して「ここならこうされる可能性がある」と言うのを十分に検証して書き込まれていた。奇襲の考えについてはテスやアリサが書いた様子。
安全と言えば安全なルートに口元を覆って考え込む。
「どうだ?」
「う~ん。良いと言えばいいけど、やっぱり大雑把かな。ここはもう一捻り入れた方がいいかもしれない。と言っても、今のままじゃこの作戦も必要ないんだけど」
「そういう事言うなよ……」
直後に閃いて脳裏に電球が付く。それからマーカーを使って別のルートに幾つかのルートを書き足すと計四個のルートを増やした。
まぁ、これもこれで最終手段みたいな物なのだが。
「囮作戦ってのはどうかな。もし他に狙って来る奴がいるのならこうした方がいいかも知れないし」
「そっか、その手もあったか。でも囮役はどうするつもりだ?」
「それは……」
直後にテスからそう問いかけられて反射的にイシェスタとアリサの方を見る。だから即座に視線を戻して考え込むのだけど、その時には既に殺意が向けられていて。
「そうだな……」
「おい。何でこっちを見たのか言ってみろ」
しかし全力で彼女の事を無視しながらも考え続ける。街の子供達を危険な事に巻き込む訳にはいかないし、かと言って兵士の中にミーシャの様な小さい子供がいる訳ではない。となれば何か別の物にローブとかを被せて抱えるしか……。
そう考えているとアリサがある事に気づいて問いかけた。
「あれ、そう言えばリコリスは?」
「ああ、言ってなかたっけ。リコリスは今朝起った事故の件を追ってくれてる」
「へぇ。意外ね」
「意外? 何で?」
けれどアリサから意外という言葉が出て来て首をかしげる。意外も何もそう言った行動は予測できるはずだ。だって困ってる人がいれば手を差し伸べずにはいられないタチなのだから、アリサだってそれくらい理解してると思ってたのに。と、考えていたけど少し違うらしい。
「ほら、先の戦闘が終わってからリコリスってよくいなくなるじゃない。だから意外だなって」
「そう言えば確かに……」
言われてから思い返す。確かにリコリスは先の戦闘があってからずっと忙しそうにしていたし、どこか余裕がなさそうに見えた。しかしそこに結びつくものなんて何も――――。
そう思っているとアリサは言う。
「私さ、時々考えるのよ。リコリスは何かを知ってるんじゃないかって」
「知ってるって、何を?」
「何かは分からない。ただ私達には見えない何かに気づいてる気がするの。リコリスは、私達には見えない遥か彼方を見つめてる」
「――――」
瞬間的にベルファークの言葉が再生される。
何を選ぶのか。何を見据えるのか。そんな意味不明である言葉を。と言う事は、リコリスはそれを見据えているのだろうか。ユウ達に見えない物……ベルファークが見据えている物を、彼女も見ているのだろうか。
そう思ってすぐ近くにはいない彼女に問いかけた。
――リコリス。一体、何を見てるんだ?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
管制室で要望したデータを貰った後、リコリスはユウの言っていた例の男が歩きそうなルートを巡回していた。実際に歩いて監視カメラの位置や死角を確かめる為に。
今までのデータじゃどうやら建物が倒壊したルートを歩いていたらしい。今は確認出来るカメラに映っているルートを歩いているだけだけど、本当にこんなルートで逃げたのか――――。そう思っているとある場所に辿り着く。
「あ、ここ……」
それは例の魔術師が大暴れをした所だ。最初は追跡の方が重大だから無視しようと思ったのだけど、やっぱり妙な“予兆”を感じ取って立ち止まる。
何度も来て何度も体感しているのにこの感覚だけは一向に慣れないままだ。
――何で。どうしてここに来るとこんなにもどかしいの。心が滅茶苦茶に掻き回される様な、ナイフで突き刺されてる様な……。
脳裏で呟きつつも胸の前で手を握りしめる。ここには既に五回以上はやって来てこの感覚の正体を明かそうと奮闘した。けれど得られた結果は何もなく全てが徒労に終わっている。それなのにどうして、こんなに苦しいのだろうか。
そろそろ怪しまれるかも知れない。先の戦闘からずっとこう言った所に来てばっかりだし、理由もかなり無理やりだから、いくら信頼されていると言っても限度がある。気になると言っても気にし過ぎるのはここまでが限度――――。
ユウとミーシャの顔を思い出してその思考を無理やり断ち切った。
「……行こう」
今はあの男を追う事を優先しよう。そう思い至って歩き始めた。だってまだまだ手掛かりすらも掴めていないのが現状だし、ユウの為にも早く解決しなければいけない。それに他の研究所の件だって残っているのだからやる事は一杯だ。
そう思っていた。誰かの視線を感じるまでは。
「――――」
咄嗟に振り返って視線を感じた方角を向く。けれどそこには誰一人として歩いておらず、人がいる雰囲気も全くなかった。だから首をかしげて気のせいかと思い込む。確かに見られている気配を感じたのだけど、まぁ、最近は疲れていたしそれくらいの勘違いなら許容して当然の――――。直後に大きく前へジャンプすると何の前触れもなく大きなロボットが足元を攻撃し、リコリスの立っていた地面を粉々に破壊する。
だから腰から光線剣を取り出して構えるとそのロボットを見た。
「予想はしてたけど、やっぱりアンタも追ってたんだね」
けれど立ち尽くすロボットは何も答えない。完全に人型をしている上に、如何にも人が入ってそうなガラスの位置をしているから登場しているんだと思ったのだけど、どうやら少し違う様子。って事はコレは無人でリコリスを見ていた誰かが動かしてるって事なのだろう。
「本来ならユウがこうされるんだろうけど……私に変わったのが運の尽きだよ」
すると複数の物音が響いて周囲を見回す。何だと思えば建物の陰や脇道から数十体の同じ無人ロボットが現れ、全てが人型に薄緑のフォルムで武器を持つという、いかにも面倒くさそうな見た目をしていた。でもそれも全て倒せば問題なしだ。
原理的に勝てない勝負であれば、負ける事は絶対にない。
「それに部品からでも制作場所がある程度絞れる。私をここで仕留めるつもりなら大間違いと思っておきなよ。なんたって私、無為に人を傷つける奴が大嫌いだから!!」
そう言って光線剣の出力を上げると思いっきり振り回して詰めて来るロボットを吹き飛ばした。同時に粉々にしては様々なパーツを周囲にまき散らす。けれどロボットの数は止まらず増え続け、待てば待つほど歩道を埋め尽くすほどに増えて行った。
だからこそリコリスは軽く腕を振り回して準備運動をする。
どこのだれかは知らないけど、そこまでしてリコリスの存在をねじ伏せたいのだろう。いや、この場合は邪魔されたくないとでも言った方がいいか。どの道これだけの数が出せると言う事は小さな組織ではないだろう。これだけの数を収容出来てかつ外に出せない組織。それだけでも正体は暗部に踏み入ってると予測できる。
更に思考を重ねる事で奴らの狙いも見えて来る。
ユウの排除。それが目的のはず。だから事故を装ってユウをひき殺そうとしたはずだ。一般人を狙ったのは庇いに来るのを確信していたから。下手をすれば一般人すらも巻き込みかねない事故になるのに、それすらも躊躇しない手当たり次第さは相当の物だ。
じゃあユウを狙う理由は? 生かしておくとどんな不都合になる?
「ま、考えるのなら倒してからでいっか」
荷物を降ろしてから腰に括り付けると特殊武装を起動させる。それから光線剣の出力を調整するとリコリスを囲むロボットに向き直る。
本来ならユウにこれをぶつける気だったのだろう。確かにこれなら気絶くらいなら持っていけるかも知れない。と言ってもユウの事だからボロボロになっても抗い続けるだろうけど。
「正体を見せてもらうよ。科学者さん」
そう言ってロボットに向かって微笑むと腕を振りかぶった。それも天空に向けるのと同時に激しい放電を発生させ、普通なら使用者さえも巻き込んでしまうかのような威力で。
やがて全力で振りかざすと激しい雷撃音を轟かせた。
十七小隊の本部にも届くくらいの音量を。