105 『新たな問題』
「で、どうだった?」
『うんにゃ、ここ数日は特に大きな動きはないぞ』
『こっちもないな。ただ数人が出入りするだけだ』
翌日。早朝。
ユウはスマホを片手にユノスカーレットの研究所へ向かいながらも二人の報告を聞いていた。けれど返って来た報告は予想通りの言葉。その現状に安心と疑惑を覚える物の、動きがないのなら今はそれでいいと納得させた。
数人が出入りするだけと言っても二人は凄い隠蔽術を持った情報屋だ。ただ出入り口を監視するだけじゃなく、何かしらの手段を使って中までも見ているはず。となれば本当にここ数日の動きはないのだろう。
……流石に少し警戒し過ぎだろうか。
『そっちはどうなんだ?』
「順調と言えば順調かな。今はユノスカーレットに血液検査の結果を聞きに行くトコ」
『確か魔術が関連してるんだっけか。上手くいくといいな』
「そうじゃなきゃあの子は根本的に助けられないし、そう願っててくれ。……?」
軽口を叩きながらも周囲を見つめる。まだ先の戦いで残った傷は癒えない中で悲惨な光景なのは変わらないけど、それでも流れる人々の表情だけは笑顔のまま何も変わらない。だからそんな街の生き様に安心して歩き始める。
しかし、その瞬間に何かが迫っている事に気づいて。
咄嗟に音がする方角へ向くと大型のトラックが走って来ていて、何か重そうな物を運んでる様な動作をしていた。けれど問題はそこではない。散乱している瓦礫をタイヤが踏んでしまい、大きくバランスを崩して歩道の方へ傾いたのだ。
だから手を伸ばして武装を飛ばそうとするのだけど、まだ修復されてないのだから飛んで行かないのは当然な訳で。
「――――ッ!!」
仕方なく全力で駆け出して手を伸ばす。あまりの重さ故かトラックの動きその物が通常と比べて遅いから、全速力で駆け抜ければ間に合うかも知れない。
ユウがいる側の歩道に突っ込んで来たのもあり、咄嗟に飛び出しては轢かれそうになった人達を押し出して何とか足を掠る程の距離で回避に成功する。やがてそのトラックは横転して電信柱へ衝突し真ん中からへし折れた。
「大丈夫!?」
「は、はいっ」
「ならよかった。しっかし、何でいきなり……」
トラックに視線を向けてから道路の方へと移す。リコリスからは道路の補強や物資の運搬を最優先に修復すると聞いていた。となれば、仮に建物を修復中だとしても瓦礫を道路に落としたまま放置なんてしたりしないはずだ。そして何よりもおかしいと確信できたのは周囲の建物は一つも修復されてない所。
明らかにおかしいと合点がいくのは当然の結果だった。
今の事故を見ていたレジスタンスが一斉に駆け寄り軽く指示を出す中、ユウは視界を巡らせて周囲の人達を見つめていた。
トラックが横転して突っ込んで来たのはともかく、問題なのは瓦礫の方だ。瓦礫が落ちたのなら少し通行止めをしてでも即座に撤去するはず。何より、瓦礫に近い建物には誰も手を付けてないので人為的に起こされたのは明白。
となれば周囲にこの事故を引き起こした張本人がいるはずだ。それは――――。
「あいつか……」
一応見つける物の、バレない様に横目で見つめ続ける。
建物の陰からじっとこっちを見つめて来る白衣を着た男。どうやらその男が張本人の様で、こっちを見つめながらも眉間にしわを寄せてユウを睨み付けていた。
やがて見つかる前にと陰に隠れて行ってしまう。でも、そんな奴をほったらかしにする訳にはいかない。
「……テス。今いいか」
『おう。どした?』
「少し調べてもらいたい事があるんだ。本筋とは少しかけ離れるかも知れないけど、放置したら人が死ぬかもしれない事で」
『っ! それって何なんだ』
《A.F.F》でテスに通話をかけて話しだす。
最初は陽気に返して来るけど、ユウがそう言うと彼は声のトーンを変えてそう言う。そりゃ人を助ける立場にいる以上、人が死ぬかもしれない事は無視できないのだから当然か。
だからこそユウは立ち上がって白衣のがいた所を見ると概要を伝えた。
「今、事故が起きたんだ。誰も助けに入らなかったら二人が死んでたくらいの。それで張本人っぽい男がいたんだけど、えらく睨んで来てさ」
『OK。それで?』
「その男は白衣を着てた。身長は百七十くらい。その他の情報はなし。……後々監視カメラの映像を借りてデータを送るけど、検索を頼めるか?」
『そんだけしか情報がないのか……。でも大丈夫だ! なんたってリベレーターの検索力は通常の物と比べて――――』
『興に乗るなっての』
するとアリサの拳骨を食らってテスの言葉が遮られる。その後にもイシェスタの声が聞こえて何かとバタバタした音声が流れ込んで来る。一体向こうで何が起こってるのか……。
そんな気になる心境を堪えて一時的に通話を切った。
本来ならここでユノスカーレットの所へ向かうつもりだったのだけど、今は予定変更して別のものを追う為に動き始めた。
「とりあえずリコリスに連絡入れなきゃ」
そう言って彼女に通話をかけては用事が出来た事を伝える。急な事だから少しくらいは怪しむと思ったのだけど、リコリスは特に怪しむつもりもなくユウの変わりに研究所へ向かってくれることを決意する。だからそれにありがたさを感じつつもユウは監視カメラを見つめた。この状況の中じゃ、唯一あいつの手掛かりを掴めるかも知れないカメラを。
「さーてと。追わせてもらうぞ、科学者さん」
――――――――――
「事故が起こる前だから、もうちょい前でお願いします」
「了解」
監視カメラの映像が集められているリベレーターの監視映像記録施設にお邪魔している中、ユウはあの男の足取りを追おうとしていた。どうやらあの道には三つの監視カメラがあった様で、三方向から事故の瞬間をとらえていた。
しかし相手も向きと死角を理解しているのか、上手い具合に顔を隠して妨害工作を施していた。
「いた、けど顔が映ってないか……。他のカメラは?」
「全てのカメラに映ってはいますが、素顔は確認出来ません。強いて言っても服装と体型程度です」
「完全に死角を理解してるのか」
地味にもどかしい位置で隠れる彼に悩まされる。顔さえ見れれば探すのはもっと楽になるのだけど、顔が見れないのだからどうする事も出来ない。せめて解像度が荒くても映像さえあればデータベースから探せると言うのに。
白衣を着ているからと言っても完全に科学者な訳ではないし、全ての科学者が決まって白衣を身にまとっている訳でもない。中には和服を着て実験する人もいる。だからこそ上手くデータベースで割り当てられず時間を食っていた。
するとテスから通話が掛かって来てすぐに開く。
『ユウ。今映像チェックしてるとこか?』
「そうだけど、何か分かったの?」
『そう言う訳じゃないけど手掛かりっぽいのは掴めるかもしれない。送られた映像を見たけどどこにも表情が映ってないんだろ。なら、警備ロボットやシステムのカメラから見るのはどうだ』
「そっか、その手があったか!」
テスから相手を見付ける為のヒントを貰って即座に実行してもらう。監視カメラだけではなく街中に設置されている様々なカメラを使って正体を確かめた。ドライブレコーダーから警備ロボットの視界まで、見れる映像なら手当たり次第に探して正体を確かめようとした。
……でも、相手の方が一枚上手だったようで。
「駄目です。見つかりません」
「どんだけ死角に隠れるのが上手いんだよ……!」
その言葉に愚痴を吐きながらも必死に考える。調べられる全てのカメラを見れても素顔を見付けられないなんて、そんなのもうラディと全く同じと言ってもいいだろう。何をしても見付けられないなんて最早『影』も同然。
何だかラディが《影の情報屋》と呼ばれている理由が分かった気がする。
ここまで死角を知り尽くしてるだなんて明らかにおかしい。それも道路に工作を施した時にも素顔は見えていないし、そんなのクロストルの様にマスクを被らなければ絶対に不可能だ。
せめて影から解析できるようなシステムでもあれば――――。
いや、わざわざ影に頼る必要はない。もう一つの可能性があるじゃないか。
「反射だ。どこでもいいから白衣を着てる奴の反射した姿を探すんだ」
「了解」
そうして全てのカメラに映っている車のフロントやボディ、窓、警備ロボットの側面、全ての反射する物を詳細に調べ始めた。これで見つかってくれればかなり探す手間が省けるのだけどどうだろう。そんな風に祈っているとついに見つける。
「見付けました。が、髪型しか分かりませんね……」
「それだけでも絞れる情報の一つだよ。えっと……って、黒髪……」
色んな髪色の人がいるから特徴的な物を期待したのだけど、まさかのオーソドックスな黒髪。オーソドックスと認識されている限りデータベースでも探すのは時間がかかるだろうし、最悪見つからない可能性だってある。こればっかりは祈るしかない。
そして、運命は牙をむく事を選んで。
「データベースの検索は?」
「残念ながら該当者はいない様です」
「そっかぁ~……」
その結果に思いっきりうなだれる。これで分かればかなり調査が楽に進んだ物の、ないものはしかたない。そう決めつけて椅子に沈み込んだ。
やっぱり白衣と黒髪じゃ情報不足の様で、データベースでの検索は【No hit】という結果に終わった。といっても当然と言えば当然の結果のだけど。
となれば地道に足跡を追っていくしかないだろう。ラディかクロストルがいてくれればいいのだけど、二人は研究施設の監視をしているからこそ動けない。
ミーシャの件は最悪リコリスに任せればいいわけで、もしこの件を追うとするのならユウが単独で追うしかないだろう。人数的にもそれが最善なのは確実。
「上手く説得できるかどうか、か」
そう呟きながらもモニータに映る男を見つめた。白衣に黒髪という、いかにも科学者っぽい見た目の彼を。