102 『信じてくれる人』
数時間後。
すっかり夕方になった空を見つめながらもユウは研究所を出て情報屋二人に電話をかけていた。壁に背を預けてそれっぽいポーズを取りながらもスマホを顔と肩で挟み、VR上で様々な資料を見つつも二人に何をしてほしいかを伝える。
「……ラディ。今クロストルと一緒にいるか?」
『ああ。いるぞ。どうしたんだ?』
「実は二人に少しやって欲しいことがあってさ」
彼女が気軽に答えるとすぐにクロストルも反応して妙な声を出す。
こればっかりは断られても仕方ないと思うけど、ユウは緊張しながらも二人に重大な任務……と言うよりかは頼みを言った。
「今日の昼に言った事、あるだろ」
『あの完全適応者かも知れないってヤツだな』
「そうそれ。その件でユノスカーレットの研究所に邪魔してたんだけど、そこで一つだけ案を見付けてさ。それをする為にって訳じゃないんだけど、二人も分かってる通り、抗争の対策として動いてもらいたい」
『なるほどね』
見ているのはこの街に存在する研究所の数だ。どうやら思っていたよりも数が多いらしく、それぞれの分野に別れて場所も分けられているらしい。
例えばユノスカーレットの場合は薬品を研究したりする所で、他にはアンドロイドやロボットの製作をする研究所、今だ完全には明かされていない魔術を研究する所もあるらしい。中には機械生命体を研究する所とかもあったりする。
だからあらかじめ完全適応者を欲しがりそうな所をピックアップして二人の質問に答えた。
『要するに施設の監視をしてろって事だな。アテはあるのか?』
「一応首を突っ込みそうな施設は目星がついてる。でもそれだけも二つ。場合によればさらに増えるかも知れない」
『意外とあるもんなんだな』
ピックアップ出来たのは三つの施設。【人体医療研究所】と、【魔術総合探究施設】だ。片方は如何にもって感じがするし、もう片方はパスト病自体が何かしらの関係があると言われているから。
ユウもまだ理解出来てないけど、現在まででパスト病には何かしらの魔術が関連してると言われている。だからこそ完全適応者のあの子を狙う可能性は存分にある。
やがてラディは少しだけ間を開けると答えた。
『……いいぞ。その頼み引き受ける』
「いいのか?」
『そりゃ、お前がそこまでして助けたい子なんだろ? ならお前の助けたい人達は俺達も助けたい。そう言う事だ』
すると二人から頼もしい言葉を貰って勇気を得る。やっぱり情報屋が味方に付いてくれる事ほど頼もしい事はないし、何よりも精神的余裕が生まれる。それだけでも考え方が変わるって物だ。
だからホッとしながらも言った。
「ありがとう。凄い助かる」
『いいって事よ。それに、これくらいじゃ君への恩はまだ返したりないんだからな』
そこでさらに情報を送ろうとするのだけど、ユウはこっちに向かって来るある人物に気づいて話しを一時的に中断させる。
同時に表示していたウィンドウもすべて閉じて壁から離れた。
「それじゃ……。あ、ごめん。情報はまた後で送るから」
『OK。待ってるぞ』
急に話しを切ったのにラディは一切疑う事無く信じてくれた。
次にこっちに走って来るリコリスを見ると何か収穫があった事に気づいて表情を変える。だって彼女の肩にはバックにいくつかの資料が入っているのだから。
やがてリコリスは大きく手を振ると全速力で駆け寄った。
「ユウ~! 何してたの、こんなところで?」
「例の事をユノスカーレットに相談してたんだ。それで対策の為にラディとクロストルに連絡してた。リコリスは?」
「私も私で色々と情報収集。色んな隊を渡り歩いて資料持って来たの」
するとそう言いながらもバックからいくつかの資料を取り出した。そこにはパスト病に関しての情報が載ってあって、普通の兵士じゃ知らないような事まで書かれている。だから本当に他の隊から持って来たのかと不安になるけど、端っこには確かに各隊の番号が書いてあって納得する。
けれどリコリスの行動はあまりにも大胆な物でそれ自体にも不安を抱いた。
「それ、大丈夫なの? 他の隊から怪しまれたりとかは……」
「そこら辺は大丈夫なのです。近々パスト病について研究施設が何かしらの発表をするみたいでさ。その復習ってことで!」
「よくそれで怪しまれなかったな……」
「まぁ、コネがある隊しか頼ってないんだけどね」
「でもそれだけ集まるのなら凄い方だよ」
そう言いながらもリコリスが渡してくれる資料を見た。どうやらパスト病関連の資料は一通り持って来たみたいで、内容が重複してたりしてなかったりしている。けれど軽く見比べただけでも知らなかった単語や解明してる事が浮き彫りになっていく。
せめてデータに纏められればよかったのだけど、こうして紙媒体として持って来た以上本部に戻って照らし合わせるしかないだろう。
「みんなには話したの?」
「いいや、これから話す。流石に避けられるかなって思ったから」
「避けられる、ねぇ」
突如問いかけたリコリスの問いにそう返す。だってこんな面倒事に首を突っ込みたくないだろうし、避けたいと思うのは当然の事だ。だから――――。
でもそんなバカみたいな考え、もうしない。
「と、今までの俺ならそう考えてた」
「え?」
「単に考えが纏まるのに時間が掛かっただけだよ。この事はきちんとみんなに話す。だって“今は”みんながいるから」
「…………」
そう言って空を仰ぐ。けれどリコリスは何か納得出来なさそうな表情をしていて、その視線はユウに刺さり続ける。まぁ、無理をしてると思い込まれても無理はないだろう。だってつい最近まで色々と拒絶したり絶望してたりしたんだから。
だからこそユウは笑顔を向けると言った。
「行こ、リコリス。返ったら情報を纏めないと」
「うん。そうだね」
前までは笑顔なんて空っぽの物しか作れなかった。故にようやく中身のある笑顔を見た途端、リコリスは安心した様に一息ついて頷いた。
今一度思うけど、ユウってそんなに内側は空っぽだろうか。
と考えているとリコリスはバシンと背中を叩いてユウを急かし、自分は我先にと本部の方まで走っていった。本当、活発という言葉しか似あわない様な人だ。――そして絶望と言う言葉が最も似合わない人でもある。
その姿にユウも一息ついて追いかけた。形はどうであれ、彼女の背中を追うのは、“今だけ”は楽しかったから。
――――――――――
二人で本部まで戻った後、クロストルとラディを含めた全員を作戦会議室まで招集して話し合いをしていた。もちろん例の少女についてで、ユウは一通りの資料を並べて集まったばかりのみんなに宣言する。
「えっと、今回はみんなに話したい事があって集まってもらったんだ。まずは集まってくれてありがとう」
「ユウが自分から声をかけるなんて珍しいからな。で、何があったんだ?」
「ああ。今日行った森の調査、あるだろ? そこで一人の少女を見付けたんだ。それが――――」
今日あった事を一通り説明する。少女に出会った事や、その少女が感染者だという事、そして完全適応者なんじゃないかっていうのを、ラディとクロストルの言葉を借りて。
その間みんなはじっと聞いてくれていた。
やがてある程度の説明が終わるとみんなは納得し、状況は呑み込んでくれた。そしてそこから導き出されるユウの考えも。
「……なるほど。要するにユウはその子を助けたいと」
「そう。で、その子を助ける為には保護しなきゃいけない。もし保護する事が出来るのならパスト病の薬も開発されるかも知れないんだ。それを差し引いたとしても、俺はその子を助けたい」
「何だかリコリスに似て来たわね。どうやって影響されたんだか」
するとアリサはニヤニヤと笑いながらもリコリスに向けてそう言う。そして当人は眼を背けて下手な口笛を鳴らす。まぁ、リコリスみたいになりたいと思ってこうしている訳だし、そう思われても当然か。
そうしてるとイシェスタが手を上げて問いかけた。
「でも、保護すると言ってもどうするんですか? 見つかったら……」
「そこが一番の問題なの。他の機関に見つかる訳にはいかない。そこで!」
「最初は血液を取って調べようって事になった。完全適応者って言っても仮定だし、もし普通の感染者だとしたら本末転倒だから。それまでの間クロストルとラディには気になる機関の監視をしてもらう」
「な、なるほど……」
当然そこを危惧するべきだろう。だって他の機関から見れば手柄を独り占めして利益を得ようとしてる様にしか見えないはず。となれば色々と手を打って止めに来るのは当然の事だ。それが法的措置か物理的措置かは置いておくとして。
しかし本題なのはここからだ。
「上手く行けば何も起こらずに済む作戦だ。でも、もし失敗したとしたら」
「戦闘は逃れられないだろうな」
「だからみんなにはそうなった時に手を貸してほしいんだ。お願いできる、かな」
何事もなければ密かに彼女をユノスカーレットの所まで送り保護するだけだ。研究機関にも気づかれずに無事作戦は終わる。でもこの世界はあのカミサマが運命を操っている。百%上手く行くなんて事はないだろう。要するに対策は練っていても不利益はないという事だ。それもみんなの意志で変わってくのだけど。
……でも、みんなは起ったら面倒な事なのに喜んで受け入れてくれて。
「いいぜ。それくらい」
「まっ、リコリスの無理難題に比べたらずっとましだからね」
「それに初めて俺達を頼ってくれたんだ。喜んで引き受けるさ」
テスを初めにアリサ、ガリラッタと続いてみんなが承諾してくれる。だからユウは込み上げる物があって必死にそれを堪えた。
分かっていた事だ。きっとみんななら受け入れてくれると。みんながそう思わせてくれたから。ベルファークやユノスカーレットの言葉は嘘じゃなかったって事だ。
そうしているとリコリスが肘でつついて耳打ちする。
「独りじゃないでしょ?」
「……うん。そうだな」
その言葉に静かに答える。
昔の自分ならきっと今もみんなを疑って独りだと決めつけていたはず。でも、今は違う。ユウを信じてくれる人がこんなにもいるんだから。
そう思う事が出来たからこそユウは話を続ける。
「それで具体的に何をするか何だけど……」
その後、話し合いは二時間にまで続き、最終的にユウの立てた作戦にみんなが賛同する形で収拾がついた。これによりある程度の準備は整ったという訳だ。
作戦開始は明日から。少し気が速いかも知れないけど、そう決意する。
だってこれはユウが心から望んだ選択肢なんだから。
と言っても、不安は抜けきらなかったが。