101 『対策法』
数時間後。
ユウはユノスカーレットに連絡を取って「相談したい事がある」と伝え、なんとか約束を取り付ける事に成功した。最初は彼女もドクターだから忙しいと思ったのだけど、今日は非番だと言って会う事を決めてくれたのだ。
だから彼女の指定された場所に向かっている最中、脳裏では少女の事を考える。
「完全適応者、か……」
まだ確定したという訳ではないけど、もしそうだったのならどんな感覚になるのだろう。初期症状は身体能力の異常向上と体の一部に腐敗した跡と痣が出来る事だ。でも完全適応者というからにはデメリットなしに身体能力が上がったって何らおかしくはない。
しかし、ならばどうしてあの時にユウとリコリスは追いかけられていたのか――――。
ユウは聞いたことしかないけど、中には感染者のみで戦闘集団を作ってる所もあるらしい。といってもそれは正規軍の事らしいが。その戦闘員たちは誰もが地上から一軒家の屋根まで飛べる身体能力を手に入れるという。
デメリットなしでそれが出来るのならあの時にユウ達の事は撒いてもおかしくないけど、なぜあの時は隠れたのだろうか。
そんな事を考えながらもユノスカーレットがいる研究施設へ入って行った。予想通りかなり大きな施設でセキュリティも本部より一層強く、どれだけ外部の人を警戒しているのかが目に見えて分かった。
やがて案内人の指示通りいくつものセキュリティを抜けて待ち合わせ場所の芝生までたどり着く。のだけど、そこで予想外の光景を見て立ち止まる。
「…………」
待ち合わせ場所の芝生はユノスカーレットの家の一部みたいで、彼女が事前にシステムにユウの事を登録していたからユウだけが入る事が出来た。つまりここにはユウとユノスカーレットしかいない訳なのだけど、彼女は意外な待ち方をしていた。
……大の字になって芝生で寝るという待ち方で。
「えっと、何してんの?」
「んにゅ……」
「駄目だ、完全に寝てる」
確かに待ってると言われたのだけど、まさかこうなっているとは。予想外の事態に困惑しながらもユウは隣に座って軽く体を揺すった。しかしそれだけじゃ起きず、最終的にユウは頬を軽く叩いて意識を引きずり戻す。
「起きてください、約束通り来ましたよ~」
「ん……あれ、ユウ君?」
「そうですよ。ここが待ち合わせ場所なんで来ました。っていうか、なんでこんな所で寝てたんですか」
目を覚ますと寝ぼけたような目でこっちを見てくる。すると周囲を見て状況を把握し、次に彼女は真上を見ると空から差し込む光を見た。
この場所は一部の天井が硝子張りになっていて、そこから日の光が当たる所だけに芝生が作られている。となれば理由はある程度絞られる訳で、ユノスカーレットは緩い声で理由を答えた。
「今日は最高の天気に最高の気温なんだよ。こんな日は昼寝するに限る」
「左様で御座いますか……」
適当な理由に半ば呆れる様な喋り方で答えた。でも確かに今日は温かいし、雲ひとつない快晴だ。内心じゃ呆れつつも昼寝をしたいという意思は理解できる。
だからだろうか。ユノスカーレットはそれを思いっきり引っ張るとユウを横たわらせた。
「君も寝てみたら?」
「えっ、ちょ、やっぱり寝ぼけて――――」
けれどそう言った時には既に横たわっていて、目の前にはぐっすりと眠ろうとしているユノスカーレットが映る。だからすぐに立ち上がって本題に入ろうとするのだけど、芝生の感覚に見覚えのないモノを抱いて停止する。
暑すぎず寒すぎない適切な気温。上から降るのは綺麗で美しい日の光。真下には手の込んだ柔らかい芝生のベッド。そんな穏やかな空間にユウは意識を奪われた。
そう言えば、この世界に来てからこんな穏やかな空間に居合わせるのは初めてだっけ。いつも寝るのは決まって近未来的な部屋だし、ゆっくりするにしても街中か【労いのバー】だけだ。だからこんな穏やかな場所にいるのは初めてでふと芝生に体を横たわらせる。
するとユノスカーレットが話しかけた。
「こんな風にゆっくりするのは初めてじゃないかな?」
「初めてっちゃ初めてですけど……。まぁ、悪くはない、です」
「そうでしょ。なんたってここは一番心が落ち着くようにデザインされてるからね。疲れただろうし、今はゆっくり寝たら?」
「それは駄目っ。今は、聞きたい事が……」
そうは言っても意識は次第と睡魔に刈り取られていく。最近はずっと戦い通しで体を酷使していたんだ。当然、気づかぬうちに限界の領域へ踏み切っていてもおかしくない。故に夢の世界に入るまでそこまでの時間は必要よしなかった。
寝ちゃ駄目だという事は分かっているのに意識は暗闇に引き落とされる。
最後にユノスカーレットがやさしく頭を撫でてくれる事で完全に意識は……。
――――――――――
「って、ちっが――――う!!!」
一瞬だけ意識が途切れた後、ユウは即座に目を覚ましてはその瞬間に起き上がりつつもそう叫ぶ。その勢いで眠気を吹き飛ばしながらもユノスカーレットを見ると少し頬を染めながらも言った。
しかし彼女はそれを知っていたかのような反応をして。
「俺はユノスカーレットに相談したい事があって来たの!!」
「うん。だからこそ君を寝かせた」
「え?」
「最近凄く焦ってたみたいだからね。たまにはゆっくりしなきゃって事で」
そう言うとユノスカーレットはあくびと背伸びのダブルセットで起き上がる。今ので理解した。ユノスカーレットはただ自分が寝たいから寝かせたんじゃなくて、ユウの精神を安定化させる為にこうしたんだって事を。
だから実際に落ち着いた事もあって礼を言う。
「……ありがとう」
「別にいいよ。二時間も寝ればすっきりするでしょ」
「えっ、二時間!?」
咄嗟にスマホを確認すると確かに二時間が経過していて、時刻は既に十五時を回っていた。そこまでぐっすり寝ていたなんて思わずに驚愕する。
けれどユノスカーレットはそんなユウを放って問いかける。
「それで、相談したい事って何?」
「ああ、えっと、さっき……じゃなくて三時間くらい前であった作戦の事なんだけど……」
「正体不明の影が発見されたってヤツだね」
さり気なく敬語を無視しつつも話しかける。
最初こそ彼女に話そうかと迷い果てていた。けれどユウの知っている中で唯一頼れるのは彼女だけだし、今のところ十七小隊の次に信じられるのが彼女だ。だからあの時に掛けてもらった言葉を信じてユノスカーレットに話す。
「……森の奥で少女を見つけたんだけど、その子は自分の事を感染者だって言うんだ。その証拠として肌には醜い痣があった。でも頭に角と腰に尻尾があって、とても感染者とは思えなくて」
「角と尻尾、ねぇ」
そう言うとユノスカーレット顎に手を当てて深く考え始めた。こればっかりは彼女にしか頼れない事だし、むしろ彼女以外の誰かには任せられない事だ。
それが何を意味するのかを彼女は即座に悟る。けれど同時にどれだけ危険なのかも察知し、ユウがまた大きな事件に首を突っ込もうとしてる事に気づいた。
「要するに完全適応者かも知れない子を保護しようって事だ」
「……全くどうして、君は本当にお人好しだね。下手をすれば研究者間で抗争が始まるかも知れないって言うのに」
「俺はその子を助けたい。――リコリスみたいに、誰も彼もを救えるような希望になりたいんだ。それを差し引いてもこれは俺自身の意志になるんだけど」
するとユノスカーレットはユウのあまりの馬鹿さ加減に微笑んだ。そりゃたった一人の女の子を巡って研究者同士が戦力をぶつけ合う可能性がある。その余波は想像できない。
でも助けたいと思ってしまった。彼女を助ける理由なんてそれだけで十分だ。
普通なら協力してくれと言ったって手は貸してくれないだろう。そんな大きな事件に自分から首を突っ込む人なんていないし、何よりも厄介事を持ち込まれるのは面倒だろうから。
でもまぁ、ユノスカーレットもお人好しなのは変わらなくて。
「いいよ。私も困ってる子がいるのなら助けてあげたい。その為なら、私は出来る限りの事をするよ。それに、君みたいな人が助けたいって吠えるのなら尚更ね」
そう言いながらもユウの頭をわしゃわしゃと撫でる。冷たさなんて微塵もない。優しく、温かく、涙が出てしまいそうな手で。何だか彼女の手は母親の手に似てるな、なんて事を考えながらもユウは話しかけた。
しかしその言葉を彼女は遮って。
「じゃあ――――」
「でもその方法は考え着いてるの? 安全に、見つからず、その子が嫌がらない方法で」
「…………」
そこが一番の問題でもある。彼女を包む環境を見る辺り、少なくともまともな衣食住は送ってないだろう。更には一般人に触れる事を嫌がり、自ら距離を開け、恐怖の顔を浮かべるまでに育った絶望。いきなり街の中に連れ込むのならそれはもはや拉致だ。
彼女が嫌がる事は極力したくない。
他の研究機関が彼女の存在に気づいているかどうかも問題だ。リベレーターの話はユノスカーレットには当然として、関わりのある何かしらの組織に横流れしている可能性も高い。それこそ研究機関その物がラディのような情報屋を雇っているとなれば話は更に変わって来る。手を打たれる前に手を打つと言うのが最善手なのだけど、その最善手自体が難関であって。
「その様子だとなさそうだね」
「ああ。全く」
するとユノスカーレットも一緒に考え込んでくれた。ユウが何に悩み立ち止まっているのかを、まるで自分の事の様に考えてくれる。
だからこそ一つの案を出してくれる。
「その子、君に対してはどんな感じだった?」
「取り合えず話は聞いてくれてる。また近い内に来るって事も伝えてあるし、ある程度は対応してくれるはずだけど……」
「なら可能性はあるかもね」
「え?」
そう言うと人差し指をおでこに当てて考え始める。
直後に彼女はユウの情報を元に様々な仮説を立て、その仮説を元に更なる可能性を計算して可能性を探り出す。どれだけ例の少女について真剣に考えているのかを仕草だけで理解した。心の底から救いたいんだって思ってる事が、すぐに伝わってくるから。
やがて計算が終わると彼女は指を鳴らして言った。
「……血液」
「え?」
「血液を採取する、って言うのはどうかな。いきなり街に連れて来るんじゃなくてその場で血を採取する。それだけでもその子が完全適応者かどうかを探る事は出来るはずだよ」
「あ、そうか!」
ナイスアイデアに手をポンと叩いて豆電球を光らせた。確かにそれなら無理やり連れだす必要はないし、後々迫る彼女の保護へも繋がる。だから納得してユウも可能性を計算した。
……行ける。この作戦なら、時間は掛かるけど行ける。
そう確信してユノスカーレットの手を握った。
「それだ! ありがとうユノスカーレット! 一人だったら絶対にその考えは出なかった!!」
「えっ? うん、よかった。そこまで褒められると少し照れちゃうな……」
すると彼女は少し頬を染めながらもそっぽを向いた。けれどそんな反応を無視してユウはひたすらに考察を続ける。
その後も二人で意見を交換し合いながらも対策を練った。
完全適応者を助ける方法を。