009 『不確定な存在』
「えいっ」
「あだだだだだだ!!!」
翌日。
昨日の疲れが取れないままうつ伏せで寝ていると、リコリスが肩のツボを強く押して来るからそれで強制的に起こされる。
そのまま咄嗟に起き上がると背中を抑えて言った。
「何すんの!」
「起こしに来ただけ。気持ち良かったでしょ?」
「死ぬかと思ったわ! 気持ち良かったけど!!」
するとふんすと自慢げな表情をしてドヤ顔を見せた。
でも話す時間はそこまでないらしく、リコリスはユウの来ていたパーカーとは別に亜麻色の上着を渡すと親指を通路に向けながらも言った。
「ささ、兵士の朝は早いよ。それ来て射撃場に行きなさいな」
「早速ですか……」
「いざと言う時に起きれない兵士はそうそういないからね。呑気な人もいるけど」
「それってリコリスの事?」
「私は違うよ。ただ起きるのが苦手なだけ」
「一緒じゃん!!」
そうツッコミんでから渋々その上着を羽織る。思ってたより触り心地が良い所から見てそこそこ高いのだろうか。
これも兵士になる為。そう言い聞かせて立ち上がる。
最初はリベレーターの事を民間軍事組織~みたいな感じで捉えていたけど、どうやら自衛隊とかの部類に近い様だ。だから一般人から自衛隊に放り投げられた感覚に陥ってしまう。
確かに何も特技がない人も入る事は出来るだろうけど、それはかなり厳しい物となるはず。気合いを入れて行かなきゃ。
……まぁ、そう上手く行けばいいのだけど。
――――――――――
「あ、ユウさん!」
「イシェスタ! 何でここに?」
昨日と同じ様に携帯端末の指示に従って射撃場へ向かった所、その先でイシェスタが待ち受けていた。てっきり短い赤髪の大男がいるかと思ったけど、今回は彼女が色々と教えてくれるのだろうか。
そう質問するとイシェスタは肩に下げていた銃を手に取って自慢げな表情をして見せる。
「私、十七小隊の中じゃ一番銃に詳しいので!」
「そ、そうなんだ」
意外と物騒な物言いなのにはツッコまず聞き流す。
射撃場と聞いたから外でやる物かと思っていたけど、建物の中な上に数え切れない程の銃が揃えられている事に驚愕した。それに射撃場の形状も仕切りと台があって離れた所に的、というオーソドックスな見た目をしているし。
だからそれを見つめていると彼女は話し出した。
「ところでユウさんは銃って触った事ありますか?」
「一度も無い。向こうは守られる側にいたから実銃に触れる機会すらも無かった。モデルガンは二、三回触ったけど実銃とは全然違うって言うし。ただミリタリーは大好きだから名前は知ってる」
「そうなんですね。じゃあ一日は覚悟しないと……」
「え゛っ」
一日は覚悟という言葉を聞いてあまり出さない声を出す。もしかして銃の適正検査ってそんなに時間掛かる物なのだろうか。実際に撃って馴染む物見付ければいいんじゃないの?
そんな事を考えているとイシェスタがジト目でにらみながらも説明してくれる。
「そりゃそうですよ。銃って言うのは沢山種類があんです。撃って撃って撃ちまくって、その上でアクセサリーとかも試さなきゃいけないんですから。更に組み合わせは無限大ですし」
「うへぇ~」
すると他の机の上に広がった多くのアクセサリーを見せてくれる。スコープとかの基本的な物からサプレッサーの様な物まである。この中からの無限大の組み合わせ……。考えただけでも知恵熱が出そうだ。
しかしそんなユウを放って一つの銃を取るとイシェスタは元気よく言った。
「百聞は一見に如かず。根気よくやってみましょう! まずはAKから!」
「はぁ……」
そう言ってよく見る形の銃を渡した。
AK-47。1949年にソビエト連邦軍が正式採用した自動小銃だ。あまり狂う様に好きって訳じゃないから詳しい事は分からないけど、世界で最も多く使われた軍用銃としてギネス世界記録にも登録されていたとか何とか。
「実銃って意外とずっしりするんだな。思ったより重い」
「それでも軽い方ですけどね。凄い人なんか対物ライフルを片手で振り回したりしますよ」
「それなんて化け物?」
「びっくりしますよね」
そんな会話をしつつもAK-47を眺める。ゲームとかネットでしか見た事がなかった銃だけど、まさか本当に実銃をこの手で握る時が来るとは。更にそこが異世界なんだからもっとびっくりする話だ。
やがてイシェスタが取るポーズに合わせてアイアンサイトを覗きこんだ。そして引き金を引けば信じられない程の高得点が――――。
―――――――――
取れる訳もなく、コテンパンな結果になりつつも机に両手を叩きつける。使用した銃は約十丁。時間的にはもう二、三時間が経過していた。
イシェスタもその命中率に驚く。
「これは中々……」
「だから言ったじゃん! ヤバイって言ったじゃん!」
総合してマガジン全弾を撃ったとしても命中したのは両手で数え切れる程度。対して慣れているイシェスタは八割がた命中させていた。更に本気じゃなくその内の五割はヘッドショットである。
しかしまだまだ結果は分からない。そう言い聞かせて次の銃に手を伸ばした。アサルトライフルは大体終わったし、次はカービンの欄に移動して一番最初の銃を取った。
「まぁ文句言ってても仕方ない。早く自分が使えそうな銃を見付けなきゃ――――」
これが終わったらサブマシンガンとかの銃も試さなければ。もしかしたら連射系が苦手なだけで、スナイパーライフルを好んで使う人もいるらしい。中には前線でスナイパーライフルの近距離射撃を行う変な人もいるのだとか。
……そう思っていた。カービンの最初の銃を手に取るまで。
「ユウさん、どうしたんですか?」
イシェスタがそう問いかけるけど答えない。答えられなかった。
銃を手に取った途端に電撃の様な物が腕を伝って流れ、魂に確かな感覚を揺さぶっていく。今までとは違う、慣れた感覚だ。
「それは……M4A1ですね。セミとフルオートのセレクティブファイアですけど、これがどうかしたんですか?」
「何と言うか、こう、知ってるって言うか……」
確かに名前は知ってる。そこまで気にしてるって訳ではないけど。
M4A1。M4カービンのバリエーションで、セミオート(三点バースト)だった物にフルオートを付け加えた銃だ。今となっては色んな国の陸軍兵士とかが好んで使用しているとか何とか。
しかしそれとこれとは関係ない。また違ったものを知っている。詳しくは知らないけど、何故かそんな気がしたのだ。実銃なんて触った事すらも無いのに――――。
その瞬間、脳裏に大量のノイズが流れ込んで来て思いっきりバランスを崩した。背後の机にぶつかってAKを落とすくらい。
【■――■■■――■―■■――】
「っ!」
「ユウさん!?」
額を押さえてそのまま座り込む。
初めてリコリスと会った時と同じ反応だ。数々の声と映像が流れるけど、それらは大量のノイズに阻まれてただの雑音と化する。ただその中ではこの銃を握っていた様な気がした。
息が整うまで待つとゆっくりと立ち上がっては銃を構える。
「ちょっ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫。ちょっと、離れてて」
「はい……」
そう言うと素直に離れてくれる。だからユウは手に持ったM4A1を構えては的に照準を向けた。何でかは分からない。むしろ分からないことだらけだ。でも、もしかして今なら――――。
感覚だけで引き金を引いた。この銃だけは引き金を引く事が容易だったから。
すると三点バーストで発射された弾はさっきとは格段に違い的に命中し、イシェスタまどとはいかずともそれなりの得点を叩き出した。だからその事実に二人して驚愕する。
「ええぇっ!?」
「は!?」
右にあったモニターを見ると平均値と同等の記録が載っていた。今さっきの破滅的な点数とは違いいきなりこんな点数を取るのだからユウ自身も困惑する訳で。
「ゆっ、ユウさん本当に触った事ないんですよね!?」
「ない。特に実銃なんか指一本たりとも触れた記憶がない」
「じゃあどうして……」
ユウがたたき出した点数。これはまがいも無く実力が示した物だ。バグなんて一つもない。だからこそ自分でも困惑した。どうして自分がこんな得点を出せたのかって。
確かに銃は一度も触ったことがない。
事がない、けど……。
「手が覚えてる」
「え?」
「銃の反動。グリップの握り方。引き金を引くタイミング。全部、手が覚えてる」
「…………」
実銃なんて触った事すらない。でも、これだけは確かな事だった。
どこかでこの銃を使った事がある。この銃で戦闘して、誰かを守って、誰かを撃って、そして殺した事もある。
本当は軍人で異世界憑依したって訳じゃない。だって前世の記憶はある訳だし、そこら辺はカミサマに説明された訳だし。ならどうしてこんな事が。
――どこでこの銃を使った? いつ、この銃で人を? ……やっぱり今のノイズが原因なのか。
それしか理由はないだろう。だってそうじゃないと理由が付かないのだから。
やがてユウは深く考えつつもリロードして銃を撃ち続けた。何度やっても感覚は色褪せず、むしろ精度は次第に増していく。自分でも訳が分からず恐ろしい程に。
すると後ろでそれを見ていたイシェスタが呟いた。それもユウには聞こえない程の声で。
「これは……もしかしたら、推薦試験に……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「で、どうだった。ユウの調子は」
「何裏のボス感出してるんですか」
夜。
リコリスは部屋の電気を消しロウソクに火を点けて如何にも裏で全てを操っているボス感を出していた。それもイシェスタが呆けた顔をしながら電気を付けるから意味がないのだけど。
だから両手を後頭部に持っていき背もたれに寄りかかると椅子を揺らしながら言う。
「だってこういうのカッコイイじゃん?」
「まぁ気持ちは分からなくもないですけどね。これ、記録です」
するとイシェスタは昨日の分と今日の分の記録を机に出した。それをマフィアのボスがやってそうなポーズで手に取りめくって内容を見る。
どれもボロボロかと思いきや要所要所で突き抜けている箇所があり、一般人の記録としては少々妙だった。イシェスタもそこを気にしている様子。
「基本は平均よりも低いんですけど、要所要所で群を抜いている記録を叩き出してるんです。それも反射速度と射撃能力が……」
「確かに。これだけ見ると明らかに不自然だ。まるで――――」
隊の中で一番の戦闘能力を誇るテスが見極めているのだ。見誤るなんてありえないし、数値の記録は全て機械が導き出している。つまりこれこそがユウの実力。
リコリスは口元に手を持って行きながらも続きを言った。
「まるで、記憶喪失みたいに」
「記憶喪失?」
「そう。そう言うのって大抵記憶はなくても体が覚えてるって聞くし、それならこの報告書に描いてる事も頷ける」
他の点数はボロボロだけど、数値が良い所だけを見ると一般兵と同等かそれ以上の記録だ。だからこそリコリスはその数値を見つめながらも呟いた。
それも、普通ならあり得ない事を。
「もしかしたらユウは本当に何か特別な力を持ってるのかもね」