エピローグ
ー*ー
意識の上を撫でる、水面に広がる波紋のような声に揺られて目を覚ました。
瞼の裏に焼きついていた白い残光が少しずつ晴れていく。
おぼろげに形を成し始めた視界の中の影に、無意識に手を伸ばして触れた。
「…どうしたんですか?こんなところで眠って。ずっと探してたんですよ」
身近なようで懐かしい、明るく細い声。まだ頭がぼんやりとしたまま、夢を引きずっている感覚が不思議で何も言えなかった。
過去を、見ていたような気がする。
いや…過去というより、未来…だろうか…いつどのタイミングで変わったのか、ありえたかもしれない自分の未来を、まるでそのときに降り立ったかのように体験していた。
指に触れた彼女の髪の感触が、どうしようもなく愛おしく思えた。
寝転がったまま抱き寄せて、首筋に顔を埋める。
日の光を避けたこの部屋の中で、淡い金髪が視界いっぱいにやわらかな光を届けてくる。
「昔のこと…夢に見てた。お前と喧嘩して仲直りした後、もといた街を離れようと…お前に、プロポーズしたときのこと」
「…ずいぶん前のことですね。幸せな記憶でしょう?どうしてそんなに泣きそうなんですか?」
額がつくほど近くで、微笑んだ彼女に見つめられる。燃えるような赤い瞳がきらきらと優しい輝きをたたえて、その中に情けなく映る顔があった。
もしも、彼女に幼いころのことを詫びてなかったら…俺の両親に叩かれてた彼女を、庇ってなかったら…森のこの家で、怪我した彼女を見捨ててたら…
教会で再会することも、一緒に暮らすことも、想い合うこともできなかったのだと思うと、とても苦しくて辛かった。
他の誰かが彼女を幸せにしていたのかもしれないと思うと、どれほど勝手な感情だったとしても、嫌だと思った。
「いや…今が幸せで、良かったと思って」
そう言うと、彼女はとても可憐に笑う。もう何度も見た愛おしい笑顔。泣き顔も怒った顔も、心全て、今はこの手の中に抱いている。
あの世界の自分の思いは報われただろうか。夢は夢でしかないとしても、彼女なしで生きられる自分の姿はうまく想像できなかった。
「お茶会の準備、もうできてるんですよ。子どもたちが待ち切れないって」
腕を引かれ立ち上がる。そういえば、今日は何人か昔馴染みも招いてお茶会をするんだった。さすがに子どもたちと言うにはずいぶん成長しただろうと思ったが、違った、と思い直す。
まだ夢から覚めきってないらしい。数ヶ月前、またもう一人家族が増えたんだった。
「あとで写真を撮ろうと思って、あれの様子を見にきたんだけど…いつの間にか寝てたみたいだ」
「ふふっ。きっと賑やかな写真になりますね!」
彼女の言葉に頷いて、それからふたりで映写機のある部屋を出た。
たくさんの思い出が詰まったあのフィルム。また、幸色に染まった瞬間が閉じ込められていく。
もしかしたら…誰かが今を大事にしろというメッセージを送りたかったのかも知れない。
たどり着いた先の未来が、どれほど尊く幸せなものなのか、教えたかったのかも知れない。
部屋の扉が閉じ、空気が微かに揺れた。
僅かな光が、映写機の先から淡く零れて消えた。
12月の戀紬 第6弾。これにて終了になります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
短編で終わるはずが収まらず数話編成になってます…
次回未定です。
またどこかでお見かけしましたら、覗いていただけると嬉しいです。
白藤あさぎ