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幸色の残光  作者: 白藤あさぎ
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前編

春月5月 幸色の残光




家の一室に置かれたままになっていた映写機。壁のスクリーンに向けて、布を被せられている。妻がこまめに掃除してくれているからか、フィルムを入れればすぐにでも使える状態だった。

なんともなしに指先を滑らせて、布を取る。


カチリと音をさせてスイッチを切り替えた。


動く事を確かめるだけのつもりだった。

けれどその瞬間、パッと強い光が映写機から飛び出した。

光線が眼球から頭の後ろまでを突き刺すように入り込んで、白い残像が長い事消えずに後ろに引き伸ばされていく。


フラッシュバック。

一瞬の光が意識を過去に連れ去った。


ー*ー


『こっちくんなバケモノ!』


その瞳とあって、思い出したのはあの森での出来事だった。



もう10数年前だろうか。当時住んでいた小さな町のはずれに森があって、そこに少女が住んでいた。朝日に溶け込んでしまうほどの薄い金髪に、ルビーのような真っ赤な瞳。その人間離れした容姿のせいで、町の住人は大人も子どももみんな年端もいかないその少女のことを、気味悪がって遠ざけた。

特に子ども達は容赦がなかった。攻撃することになんの抵抗もなく、そこに愉悦すら感じていた。


自分もその1人だった。


何をしても、その少女は表情を崩さない。死んだような暗い目で、重苦しい真っ黒な服を着て、魔女と蔑まれ罵倒されても、石を投げられ転ばされても、泣くどころか痛がるそぶりもみせなかった。

表情というものがない。それが余計に不気味さを増して見えた。


ある日、町外れの森で遊んでいるうちに迷ってしまった。いつもなら目印を境に奥にはいかなかったが、その時は夢中になって昆虫を追ううちに帰り道がわからなくなってしまった。長い事歩き続けたせいで疲れきって、日も暮れてきた薄暗い森の中で転んで膝を怪我した。

ひとりの心細さと、帰れないかもしれない不安で胸がいっぱいになって、うずくまったまま泣きそうだった。


日はどんどん暮れて、森は闇に落ち始める。そのうち頭上でカラスが鳴き始め、肌寒さに震えた。今頃両親は心配して、探しているかもしれない。でも、この森の奥まで探してくれるかどうかは不安だった。なんたってここは、あの魔女が住む森と言われているから。


少女の姿を思い出した瞬間、目の前の木陰で何か白いものが揺れた。


はっと顔を上げる。様子を伺うように幹から顔を覗かせていたのは、例の少女だった。

赤い瞳と白金の髪は、この暗い森の中でもやけに光って見えた。


『…大丈夫…?怪我したの…?』


彼女の声を聞いたのはその時が初めてだった。か細く震えた、弱い声だった。


人がいた事に安堵するどころか、目の前にいるのが彼女だったことが気持ちを落胆させ、理不尽な怒りが湧く。


『こっちくんなバケモノ!』


さっき思い出した言葉はその時のものだ。

想像してしまったせいで、引き寄せたかのようにタイミングよく最悪の状況で出くわしたその少女に、本気で何かをされると怯えた。いつも大勢で意地悪をしていたから優位に立って好き勝手に罵倒できていても、今回は疲れ果ててひとりで、おまけに怪我をした心には本気で防衛本能が働いていた。


その言葉で、彼女の瞳が強く光った気がした。怒ったのかと思った。魔女の目の力で、石にでもされるのかと反射で目をぎゅっと瞑った。


けれどしばらくしてもなにもない。

おそるおそる目を開けると、信じられないものを見た。


頬に流れる一筋の雫。それを、ただ驚いて見つめる事しかできなかった。


彼女はそっとしゃがみこむと、足元になにかを置いた。


『みんな心配してるよ…?出口、こっち…』


ふわりと髪を翻して、少女は返事を待たずに背を向けて歩き出す。

一瞬見ただけの涙は…あれは何かの見間違いだったのかもしれない。


そう思いたかった。


少女が置いたものを拾って、慌てて追いかける。ついていったらもっと奥に連れて行かれるとか、行った先で呪いをかけられるかもしれないとか、そんな考えは頭から消えていた。

ただついていけば森から出られる。家に帰れる。それを確信して、見失いようもない金色を追った。


森の出口が見えると、駆け出して少女を追い越した。両親がすぐそこで探している姿が見えて、迷わずその胸に飛び込む。あたたかい腕に抱かれて、ようやく紐解かれたようにゆるゆると心が溶け出していった。

それに安心して身を委ねたのもつかの間、甘く名前を呼んで心配したと言っていた母の声が、急に低く唸るような声音に変わった。母の腕が庇うように体に絡みつく。


『あんたがうちの子を森に迷わせたのね!?』


その言葉にはっとして振り返ると、出口まで案内してくれた少女は父親に髪を鷲掴みにして無理やり上を向かされ、木の棒で叩かれていた。

その光景を見て体が硬直していくのを感じる。心臓が静かに冷えていくのを自分ではどうにもできずにいた。


そのうち母親も暴力に加わり、ヒステリックになにか叫びながら頬に平手打ちを繰り返した。やがて少女は髪を乱して地面に突っ伏したまま、動かなくなった。


違う。

その子は、ここに帰してくれたんだ。


それだけの言葉が喉に張り付いて出てこない。すんでのところで鉛玉に遮られて、出てこない。


怖くなって、逃げ出した。

背を向けて家に駆け込んだ。自室のベッドに潜り込んで、全ての音を遮断した。

森にひとりでいたときよりずっと体は震えていて、ずっと心は苦しかった。


ぎゅっと柔らかい何かを手の中に握りしめて、それに縋るように体を丸めて時間が過ぎるのを待った。まだ外で、微かに両親の喚く声が聞こえる。

乱れた髪の間から覗いた色を失った瞳が、自分の方を見つめていた。責めるでも、恨むでもない視線が脳裏にはりついたまま、しばらく消えることはなかった。



その一件からだ。彼女のことが気になり始めたのは。

けれどいろいろなことが遅すぎて、その時々の自分のしてきた選択はもう変えられない。



ある日、友だちの1人が少女の根城を見つけたと言ってきて、数人で忍び込むことになった。

手を出すつもりはなかった。屋敷がわかれば借り物を返せる。そう思って自分もついていった。


テラスで静かに本を読んでいただけの少女に、一行は石を投げた。その1つが鉢植えにぶつかって、彼女の頭に直撃して割れた。金の髪が陽に透けて、扇のように広がる。じわりと赤い血が滲んでそれを染め上げていく。

その一連の流れを、自分はただ見ていただけだった。また、何もしなかった。


咄嗟に友人たちと逃げてしまったけれど、この間のような得体の知れない恐怖と後悔にまた勝手に胸を痛めた。


白を染める赤色が、怖かった。

同じ赤でも、キラキラした宝石みたいなあの瞳の赤とは大違いだと思った。


それ以来、少女のことを見ることはなかった。

友人は魔女を倒したと自慢げに言いふらしていたし、誰も深刻にはしなかった。

彼女は魔女じゃない。自分たちと同じ年頃の少女。そう思うようになったから、殺してしまったかもしれないと不安で仕方なかった。


あのあと何度か森に確かめに行ったけれど、少女の屋敷はなぜか見つからなかったし、もちろん少女に会うこともなかった。森で迷子になることもなかった。


現れなくなった魔女に誰も不信感を募らせることなく、誰もがその存在を忘れていった。


自分以外は。


ー*ー


今、目の前にいる彼女。


その瞳を間近で見るまでは気づかなかった。

彼女の落とした帽子を拾おうとお互いに身をかがめて、顔を上げた瞬間、息が止まった。


「すみません、ありがとうございます」


帽子を受け取った彼女は俺にそう礼を言った。

惜しげも無く昼間の太陽に晒した金色の髪は眩しいほど輝いて、柔らかく風に舞う一本一本が絹糸のように細く繊細な艶を乗せていた。


忘れもしない、昔の記憶が一瞬で脳裏を埋め尽くす。思い出なんて綺麗なものじゃない、俺が一方的に覚えている彼女の姿と自分が犯した過ち。その全てが、赤い瞳に呼び起こされた。


「ねえ、花束はどのお花で作りたい?」


すぐに顔をそらして、隣の幼女に優しく微笑みかけて尋ねる。

小さい頃と変わらず柔らかく細いけれど、知っている声音より明るくて朗らかだった。


薄い金髪も、ルビーの瞳も、容姿は間違いなく魔女と蔑まれていたあの少女なのに、少しばかり成長した顔つきと、纏う雰囲気そのものがまるで違っていた。明るい薄亜麻色の服を着ているのも一因かもしれない。

その姿は魔女というより、もっと神聖で…


「んー…どれもかわいくってわかんないよぉ」


幼くたどたどしい口調でその子は答えた。そばにいた俺に気付いて見上げてくる。目深に帽子を被っていたせいでさっきまで分からなかったが、片目に白い眼帯をしていた。


「おにいちゃんは、どのおはながいいとおもう?」


眼帯で覆いきれてない頬に不自然に引き攣れた皮膚が見えて、なんとなく見てはいけないものを見たような気がした。


「これ、とか。いいんじゃない…」


訳もなく焦って、そばにあった一輪を適当に掴んでしまう。薄黄色の薔薇。

陽の光に透けると、透明度が増して少女の髪の色に近く見えた。花束にするならもっと濃い黄色を選ぶのが普通だ。失敗したと思った。けれど、俺が選んだ花を見てまず幼子が声を上げる。


「かわいい!やさしいいろだね!」

「本当ですね。じゃあそれをメインで花束を作っていただけますか?」


ふたりとも思いのほか気に入ってくれたらしい。

正直適当に選んでしまったものだったから不安だったが、そのとき目があった少女の瞳があまりにも綺麗だったから、それでいいことにした。


店主である叔父に花を持って行って、出来上がる間店内で待っていると言った少女をカウンター越しに盗みみる。

場所さえあれば壁にも花が売られているこの店の中で、少女の姿はとても絵になった。まるで花に飾られた額縁の中に描かれた妖精のようで、とても綺麗だった。



いろんな花を混ぜた花束にするのに、他に少女が選んだものはどれもセンスがいい。薄黄色の薔薇の周りに同系色のガーベラ、サーモンピンクのダリアと白のレースフラワー。それから反対色の薄紫のベルフラワーを少し添えて。

上品で控えめな色合いだけど、花がいっぱいに花弁を広げた豪華さのある一品に仕上がった。

花1つ1つが、彼女が手に取った瞬間に喜びを表すように輝きだした気がして、同じ種類の花を選んだとしても、他の客のオーダーではこんなふうにはできないんじゃないかと思う。


「はい、これ」


花束を差し出す。普通に商品としての受け渡しなのに、なんだか妙に緊張して不必要に無愛想になってしまう。

一方的に気にしてるのは自分だけだというのも落ち着かない。


「まぁっ」


花束を見た瞬間、少女はぱぁっと笑顔になった。

この店のどんな花より綺麗で、どんな花も霞んでしまうほど。

初めて見た彼女の可憐な笑顔に静かに鼓動が早まっていく。


「とっても綺麗!」

「うんっ。きれーっ」


色のない表情ばかりだった彼女が、今目の前でこんなにも明るく笑う。

知らなかった。


なんて、可愛いのだろう、と。

思ってしまった後で、急に耳の後ろが熱くなる。


「ありがとうございます!みんな喜びます」

「…それはよかった」


渡した後で、被っていた帽子のツバを摘んで顔を背ける。


「実は以前、ここで作ってもらった花束をいただいたことがあったんです。それでとても気に入って、機会があったら絶対ここって決めてたんですよ」


抱えた花束を柔らかな視線で見つめながら、嬉々として彼女はそう語った。

心なしか、彼女の腕の中で花束は淡く色づいて見える。金色の髪から反射する光がそうさせているのか、それともやっぱり彼女には不思議な力があるのか、わからないけど、花は嬉しそうに見えた。


「また、来てもいいですか?ここのお花はみんな素敵だから、ぜひ家にも飾りたいです」

「…ああ。いつでも来て」


ふわっとひとつ笑みを落とす。

それから一緒に来ていた子と手をつないで、少女は店を後にした。



ー*ー

お久しぶりです


考えていた長編がなかなかまとまらず…

しばらくはこちらを更新していこうと思います

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