部活動(6)
電話をかけてきた相手は顧問の三村先生だった。何かあったのかーーすごい焦った声音で。
「もしもし?」
「もしもし、紅葉谷か。今、月島どこにいる⁇」
「どうしたんですか?そんなに焦って。彼なら定期的に見張っているので変なことはしていないと思いますよ。今はーーーー見えませんね。しゃがんで休憩でもしてるんじゃないですか?」
「見えないーーーーそうか、今すぐにあの馬鹿の所へ行ってやってくれ!警察沙汰に発展するレベルのことが向こうで起きているらしい」
警察沙汰?チキンで軟弱な彼はそういう事件とは無縁でしょう。疑問符が頭の中を占領していく。
「じゃあ事情は後で話す、切るぞ」
一方的に通話が切られた。よくわからないけど、あの先生が焦る程の事態が進行している。
「行くよっ、茜ちゃん!」
会話を聞いていた部長はもう走り出している。全力で駆け出す。土砂が舞い上がり、走るたびに軽いクレーターができていく。あっという間に部長を追い越し70メートルほどの距離を一気に駆け抜ける。もしかしたら、さっき私達と泣きながらすれ違ったボロボロの少年が関係しているかもしれない。こんな事なら部長が治そうとするのを止めなければよかった。グングンと赤い橋が近づいて来る。とそこで川に人を突っ込んでる人相の悪いチンピラ、それを笑いながら見る出っ歯の男、一歩引いた所から2つの財布手の平で弄ぶ大柄な男、川に突っ込まれた少年を蹴り付ける女が2人。血を流して倒れている女が1人。頭から川に入れられた少年のズボンに見覚えがある。ーーA高校の制服だ。更にスピードを上げる。
走ってきた勢いで人相の悪いチンピラを蹴り飛ばす。
「きひひひぃぷぎゃっ!」
「「「「な!?」」」」
急停止すると手を離され水面に沈みかける彼の足を引っ張り上げ、そっと草の上に置く。敵は残り4人。向こうからの刺客でない事に気づき安心する。制圧は容易。大まかな状況を推察する。恐らくボロボロだった少年を彼が助けた。倒れた女はその過程発生したもの。腑に落ちない。ーーここまでなる前に彼は私に助けを求めなかったのか。ーーなぜ携帯で私達に連絡せずに突っ込んだのか。ーーそもそも彼なら警察に通報して逃げるーー思案を巡らせていると部長が来た。
「茜ちゃん、倒れている女の人は負傷率15%、月島君は85%!?」
ーー85。相当痛めつけられている。もう少し遅かったら命を落としていたかもしれない。結界を張って部長が治療に当たっているから死ぬことはないでしょう。安心を軽く上回る怒りがふつふつと湧き上がる。
「あなた達、彼に何をしたの?ーー答えなさい」
「あ?先に手を出したのはこいつだぜ、あそこに転がっている女を見ろよあれをやったのがそこのーー月島秋風だぜ」
生徒手帳を見ながらその名前を口にする。
「しかも不意打ちだぜ、卑怯ったらありゃしねえ」
......不意打ち。彼らしい。
「その割に何とも思ってなさそうだけど」
「おいおい、ひどいなぁ。大事な女が背後から殴られたんだぜ、溢れる正義感に従った結果がこの現状だ」
「では彼が助けた少年についてはどう釈明するつもりかしら?」
「ーーそれはだなぁ」
後ろに蹴りを三発いれる。
「ぐべえっ」
「キャアアアアア」
「アアアアアアアアアア」
出っ歯と女2人が向こう岸まで吹き飛ぶ。骨が折れた。多分肋骨あたり。罪悪感を微塵も感じない。
「不意打ちは卑怯なんじゃないの?」
「はははっらあ!」
大振りの拳を頭を傾け躱す。続け様に放った蹴りを腕で弾く。この腕とこの足が彼の両手両足を折ったのか。拳を顔面に叩き込む。吹っ飛ぶ寸前、腕を掴むとそのまま地面に叩き付ける。「がはっ」足で腕を踏み付ける。ーーギギギッメシャリ。折れた。
「あなたよね?腕と足を折ったのは。折れた箇所、あなたの靴跡くっきり残ってたわ」
「はははっお前が紅葉谷ってやつかーーどうして今頃来たんだあ?」
「何を言っているの?」
「あいつ、惨めに叫んでたぜーー『助けて、紅葉谷ーー』って」
「そう......」
グシャッ。もう片方の腕を折る。
「ーーがあ゛っ。あいつが気を失う度に川に押し付けてやったよ」
「......そう」
ギリギリバギッ。今度は足。
「ぐうぅ゛。あいつは震えながら、『命令を聞かないと殺す』だってよ。ガハハハハハハハーーっく」
無感動に最後の足を折る。
「っっはああぁ゛あ゛。絶対に殺してやるっ!絶゛対゛に゛だあ゛あ゛あ゛あ゛」
胸ぐらを掴みソフトボールのように向こう岸まで投げる。
「やり過ぎだよっ。茜ちゃん」
部長がいつもの様に注意してくる。
「ーーけど、止めなかったってことはーー」
「その先は禁止ー、言っちゃ駄目っ」
部長は確かに異常な程優しい。けどそれはーーーー。
「ところで茜ちゃん。良い話と悪い話があるんだけど」
「ーーはあ、良い方からお願いします」
面倒臭い先輩を軽く流し、先を促す。
「月島君の命は助かったよっ」
嬉しそうに言ってくる。何を当たり前の事を。貴女の腕なら死んだなければ大体治せるでしょう。と心の奥底でほっとしながらも言おうとするが、それが言葉になることはなかった。悪い話を割り込まれたから。
「悪い話なんだけど。完治させられないの、全力でやっても」
「ーーーーえ?」
頭が真っ白になる。あり得ないことに戸惑う私に桜は不思議そうに話を続けてくる。
「最初は死なない程度に治癒したんだよ?でもちょっとぐらいなら良いかなぁって120度ぐらい曲がってた手足を90度ぐらいまで治したの。それでね、もう少し治してもバレないかなぁって事で治癒魔法を使ったんだけど何かに、遮られたというか、弾かれたというか。不思議に思って全力で治癒しようとしたんだけど少ししか治らなかったの」
「ーー他の痣でも試したんじゃないですか?」
「うん。それも同様に弾かれちゃった、負傷率が80%を下回った辺りから急に治癒が弾かれたの。それでもすごーい頑張って今70%だよ。」
弾かれてなおそれだけ治した桜を褒めるべきなのか、桜の全力を抑え込んだ『何か』を褒めるべきなのか私には分からなかった。