部活動(5)
涼しいと言うよりは、肌寒い風が吹き抜けている河川敷に、私達はいた。ほうきで落ち葉を纏めていると、部長が声をかけてきた。
「茜ちゃん、袋取ってー」
「どうぞ」
「ありがとうねっ」
「そういえば月島君は何をやらかすつもりなのかしら」
「うーん、私達に好ましいものとは思えないよね、経験則的に」
「そうですね、あんな顔を浮かべている時の彼は本当にろくでもないですから」
男子にはそう言う感情があるのは知っている、それに女子だって無いわけでは無いのだ。ただ相手を選ぶだけの違いなのかもしれない。部長はどうなんだろうか。思春期特有の男女差や男子の行動をどう思っているのだろうか。ーーもっとも気にはなるが絶対に聞かないけど。思えばこの3人が出会ってから半年以上が経過したのかと、季節を感じさせる寒気のせいで不意に考えてしまう。彼は出会った時からこんなだった気がする。
まだ私と彼の関係がぎこちなく、部長を挟まないと会話が出来なかった頃、彼はポツリと話しかけてきた。
「ーーもう体力測定はしたのか?」
「ええ、ちょうど今日だった」
「そうか......、記録、聞いてもいいか?」
あまり言いたくなかったけれど断る気にもなれずに、淡々と呟いていく。
「すごいな、全部平均を大幅に上回っているじゃねえか、運動部にでも入ればエース間違いなしだろうに......あれ?握力は?」
勘のいいガキは嫌いだよ、なんて台詞が頭に浮かぶ。
「一応50よ」
「高っ、俺の倍あるじゃねえか」
「あなたは低過ぎるのよ」
なんて少し打ち解けたと思ったら彼は特大の地雷を踏み抜いた。
「あれ...でも噂では握力100キロオーバーで測定計を壊したって言うのを聞いたんだけどな......流石にデマか」
なるほど、それが原因で聞いてきたのね。誤魔化そうと口を開いたその瞬間ボソボソと独り言が聞こえる。
話し手を見るとやっぱり月島君だった。彼は自分の世界に入り込み。
「ーーこんな細腕の女子が握力100キロオーバーだったら完全にゴリラか。まあ50キロでも女子の中では化け物か。一応機嫌を損ねないように過ごそう......」
聞こえていないと思っているのか失礼な言葉を連発する。握力測定は最初だったから力加減が分からなくてやり過ぎてしまっただけで他は上手く調整できたと自負してる。それにしてもゴリラは酷いでしょうとムッとして。
「ーーゴリラで悪かったわね」
なんて言うと。
「うおっ聞こえてたのか、!?耳良過ぎだろ!」
「五感にも多少の自信があるのよ」
「やっぱり測定計を壊したのはデマだよな?常識的に考えてゴリラが学校に潜入出来るわけ無いし」
あなたはまず目の前の女子をゴリラだと言うのをやめなさい。
「......」
「どうした?聞いてるのか?」
「ええ、そうよ、私は握力計を破壊したわ、片手で」
本来は隠すべき事なのに......何をしているのかしら、私は。
「いやいや、変な見栄を張らなくても良いよ、別に50キロでも十分やばいよ、お前は。それともなんだ?証拠でも出せるのか?」
「ーーーー、証拠ならある。握手をしましょうか」
「乗ってやるよ、一応握力53の友達のパワーを味わった事あるからすぐバレるがな」
「まったく、あなたが一方的に思ってるのは友情じゃないでしょ」
「やかましいわ!お前はどちらの手の方が強いんだ?」
「利き手という事なら右かしら」
「へー、俺も右だし、丁度いい」
そう言って互いが互いの右手を握り合う。
「そういえば、女子と手を握ったのは初めてだな、プニプニで柔らかくてちょっと緊張すrぎゃああああああああ」
気持ち悪いことを口走り出した彼の手の平を容赦なく潰す。グシャメキメキバキっ。あ、折れたーーというかすり潰したに近い気がする。少しやり過ぎてしまったと後悔する。
「茜ちゃんやりすぎだよ。しょうがないなぁ、えいっ」
「痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいーーーーあれ少し治った気が......」
部長が力を使ってくれたおかげで粉々の骨が、軽く折れた骨ぐらいまでになった。本気を出せば軽く全治させられるけど大っぴらに力を見せつけるのも......という葛藤が表情に現れていた。それでも十分に不自然な治り方だったーー部長は本当にいつも甘い。
「部長すげええええええええええええ!?!?」
「部長の『えいっ』が可愛くて治った気になっただけ、ただの思い込みーープラシーボ効果みたいなものよ、それにもともと軽く折れただけだったでしょうね」
軽くフォローしておく。
「えへへー」
「さっきよりは痛くないけどまだめちゃくちゃ痛い...」
「そう、帰ったら病院にでも行けば?あ、赤羽病院に行くと良いわ、無料で診てもらえるように話を付けておくから」
「病院にコネがあるのかよ...それならこんなバイオレンスなのも納得がいーーひっ何でもない。保健室で応急処置をしてもらうわ」
とぼとぼと出て行った彼を横目で見ながら。
「部長、流石に不自然すぎます」
「本当は完治させたかったよ......」
「弁えてください。もし、彼が気付いたらどうするつもりだったんですか?」
「それは......でも茜ちゃんもやり過ぎだよね、どうしたの、なんだからしくないな」
痛いところを突かれる。確かにあの時の私は少し変だった。感情の出どころを探す。
「ーー私は、彼が話しかけてくれたのが、嬉しかったのかもしれません」
「もお、あなたがーーあの貴女がそんなことを言ったら怒れないじゃない」
悔しそうに、そしてそれ以上に嬉しそうに微笑む桜に告げる。
「よろしくね、赤羽病院で」
「分かったよっ」
思えば月島君が部長を神聖視し出したのもあれがきっかけだったし、私達の距離を一気に縮めたのもあれだった。何て昔ーーといっても半年前、を懐かしく思っているとプルルルと携帯が震えた。