部活動(4)
僕は今、ボロボロと泣きながら一心不乱に走っている。彼らの魔の手が届く場所から逃げないとーーあいつの努力が無駄になってしまう。必死に走り続ける。逃げている先にA高校の制服を着た ーー少女が2人いる。あいつもA高校の制服を着ていた。罪悪感から、彼女達から目を逸らして走る。自分の後ろを振り返っても、少年が逃げている様子が見えない。無論まだ人質を使った均衡状態が維持されている可能性がある。あの少年は特に鍛えていないようだった。もしも羽交い締めがなんらかのせいで解かれたらーー、もし意識が戻った女が背後から襲ってきたらーー、悪い予感がキリキリと心を締め付ける。少女2人を通り越してから、20分が経った頃だろうか。ここまでくれば大丈夫だろうと安堵し、無理に動かした足の疲労、殴られた痛みに耐えきれなくなってバランスを崩し転ぶ。ちょうど隣にコンビニがあった。絆創膏を買おうと、のろのろと立ち上がるとーーその時後ろから声がかけられた。
俺はタバコが切れ、コンビニに補給しに行った。職務中のタバコはダメだと花畑、紅葉谷あたりは怒りそうだ。月島はーー内心呆れるだろうな。ただまあこんな真冬に学外活動をするんだ。タバコぐらいのお目こぼしをくれても良いだろう。大体、花畑がボラ部に入ってからというもの、どんどん活動時間が増えているな。あいつはボランティアの案内を見かけたら片っ端から申し込むわ、無ければ無いで、自主的に地域清掃をやろうだなんてーー優しいという度を軽く越している。と会計を済ませて外に出ると、ボロボロの少年が泣きながら立ち上がろうとしていた。おいおい、まじかよ。打撲の痕が身体中にあるじゃねえか。誰がやりやがったんだ。
「おい少年、大丈夫か?」
「ーーっひい」
怯えた目で俺の方を見つめてくる。子供がそんな目をするんじゃねえよ。
「安心しろ、危害は加えない。俺は教師だ。何があった?」
「ーーそうだ、警察を呼ばないと、あの子を助けなきゃ」
「警察沙汰とは物騒だな。場所はどこなんだ?」
「餐杜川の河川敷の赤い橋の辺りです」
ーーー。悪い予感がする。こいつ今なんて言った。餐杜川だと。それにあの子ってことは当然子供だよな。俺がいた時は、生徒達以外に子供なんていなかった。それどころか、人一人いなかった。この気温だ。この短時間で子供が遊びに来るなんて偶然は有り得ない。つまり、今危機的状況にあるのは3人のうちの誰かだ。花畑は紅葉谷と一緒にいるから安全だろう。紅葉谷は言わずもがだ。ーーつまり今危険に晒されているのはーーー。
「おい、殴られている奴はA高校の制服を着た男子だったか?」
「はい、そうですが…。どうしてあなたがそれをー」
俺が今から走っても河川敷まで15分はかかる。携帯電話を取り出す。頼む…出てくれ。何度かのコールが鳴り響いた後目的の相手とつながる。
「もしもし、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、ああ、とにかく急いでくれ」
「ふう、これで安心だ、坊主はもう家に帰ってもいいぞ、あと警察は呼ぶ必要が無いーーというか呼ばないでくれ。」
「教師ってことはあの僕を助けてくれた子の教師ーーつまりA高校の先生ですか?」
「そうだ。他にも女子が2人いただろう。3人ともうちの部員だ」
「それに、警察はいらないって」
「今最強の助っ人が向かってるから大丈夫だ。一応、状況を教えてくれ」
「えっと、僕がカツアゲに遭ってるところをその子が助けてくれて、僕を逃がしてくれたんです。彼は女を盾にして交渉してましたが、悪い意味で均衡が破られるのは時間の問題だと…」
なるほど、女を盾にねえ。あいつらしいな。ただ解せない。自分第一のあいつがこんなリスキーな人助けをするとは。メモ帳を取り出し。
「オーケー、分かった。お前は早く家に帰りな。一応名前と学校名、電話番号を聞いても良いか?」
「僕は、C高校の一年、須貝大河です電話番号はーーーーです」
「ーーーー、C高校の須貝大河っと。よし、一応、落ち着いたら事後報告として連絡するよ。じゃあな、ちゃんと病院行けよ」
「はい、ありがとうございます」
河川敷へ走り出す。
一体どれだけの時間が経っただろうか。財布は抜き取られ、手足を4本とも折られた。身体中に血を流し、打撲、骨折の箇所は数知れない。視界はもう見えないし、声も聞こえない。チンピラへの怒りが身体中を染め上げる。ああ、今度は憤怒か。大罪を3つか、あとは暴食、色欲、強欲、嫉妬の4つでコンプリートだ、いや、これはエロ本が原因だから、色欲も犯したのか、なんてどうでも良いことが浮かぶ。やばいな。意識が朦朧としてきたーーーーー意識が落ちる。
ーーーーハッーー生命の危機を感じ意識が覚醒する。川に顔を突っ込まれた。また殴られる。
ーーーー意識が落ちる。
ーーーー意識が覚醒する。殴られる。
ーーーー…
ーーーー…
ーーーー…ーーーー…ーーーー…ーーーー繰り返される覚醒と気絶。今は一体何回目だろうか。