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果ての西天  作者: 藤野佑
序章
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部活動(3)

橋の裏側ーー恐喝グループから見て裏側からそっと覗くと現在進行形で殴っているのが男3人、それを見て笑っている女が2人、暴行シーンにスマホを向ける女が1人だ。

動画か、ライブか、それはまずいだろ。少年のこれからの人生が一変してしまう。幸い距離的には女1人が一番近い、その後ろに女2人、男3人と少年の順に位置している。河原から鋭い石を、茂みからは辞書ほどの厚さの参考書を片手ずつに持つ。ーーちなみにピンク聖書はごちゃごちゃ悩んでいた時に置いてきた。

紅葉谷と先生の位置を確認しようと振り返ると、紅葉谷は50m以上先ーー黄色い橋の近くにいた。別れ際、紅葉谷は俺を怪しんでいた。あいつは定期的に俺を見張っているだろう。

最悪の想定として作戦が失敗しても、俺がボコボコにされている現場を見つけてくれるはずだ、ただ、そうなったら俺は、紅葉谷が見つけてくれるまでの間、暫くボコボコにされる。できればそうはならないように頑張ろう。先生はーーーいない、タバコが切れたのだろうか、職務中にタバコ買いに行くなよ…。





獲物を捕食する食虫植物のように無音でスマホ片手でニヤついている女に近づいていく。

十分に腕を振れる範囲に入った。参考書を思い切り振りかぶり、落とす。ゴッと鈍い音が響き悲鳴もあげずに倒れた。頭から少し血が出ているが命に関わるほどではないだろう。ここからはスピード勝負だ。こちらの気配に気づいた女2人に全力疾走で近づくと片方の頭に参考書を叩きつける。

そして驚いている女の首をヒジ関節でギリギリと締め上げながら男3人から少し距離を取る。女を盾にし、鋭利なナイフを想起させる鋭い石を首筋に押し当てる。ツーと血が垂れてくる。

「お、お前らっ、動くな!その子を離せ!命令に背いたらこの女を、こ…殺すっ」

「あ?なんだてめえ」

「あ、兄貴、どうしましょう…」

「やばいですよ。」

下っ端2人はいざ事が重くなるとやばいと思ったのか、動揺する。よしーーこのまま、

「早く、離せっ!」

「お前、おもしれーな、ほらよっ」

「ひいっ、ーーー君、ありがとうっ、じゃあっ」

少年はそのまま走り去っていく。さて、ここまでは良い。流石に向こうも、少年の有り金は全部取った、と思い始めていたのだろう。

だが問題はこの後だ、もちろんこの女を殺せるはずもない。あとはこの女を突き放し、紅葉谷の下まで走り切る。最悪追いつかれてもあいつが気づいてくれれば俺の勝ちだ。問題は女を犠牲に突っ込んで来たときだ。なんとか女を突き飛ばしてすぐに逃げ出せばなんとかなるだろうか…。

「これで満足か?ミチコを離せよ」

ちらりと別の方向ーー俺の少し後ろを見てニヤつくボス。なんだ、俺の後ろになんかあるのか、と後ろを見そうになるが、すんでの所で思い留まる。この距離で余所見は命取りだ。というかこいつみちこって言うのかよ。

「ああ、」

ドンと突き放し向きを変え走り出そうと半歩踏み出したその時、下から()()()()。え?驚愕の表情とともに下を見ると気絶させたはずの、虚ろな目で女が俺の足を掴んでいた。

ドザザアアアアッと派手に頭から落ちる。

2番目に気絶させたはずの女がすでに目を覚ましていた。振りが甘かったのか。ドカドカと殴られ、蹴られる。身体中に針を刺されたような痛みが足先から脳天まで突き抜ける。

「ああああああーー殺すうううう!」

「きゃはははは、死ね死ね死ねぇ!」

「おい兄貴、こいつ本当に殺しましょうよ。チカコとハナコの仇です」

「そうですよ、やられっぱなしでいられるわけないです」

「まあ、待てよ、今殺せば俺たちまで足が付きかねないだろ。あのガキを逃さなければよかったぜ、ただまあ、やられっ放しも癪だよなぁ」

被害者を見る殺人鬼のようにニタリと、ボスが笑う。

「オラァァ!」

どがぁっと腹部に衝撃が走る。彼の柱のように太い足が俺のみぞおちにめり込む。呼吸が数秒止まる。

「ガハッーーハッーー紅葉谷ああああああああ、助けてくれえええええ!」

なりふり構っていられない。恥も外聞も無く一番助けを求めたくなかった相手に救援を求める。50メートル以上離れているが、あいつなら聞こえるだろう。10秒とかからずに到着する。そうすればこいつらもおしまいだ。

ーーー30秒以上が経過した。

おかしい。野生動物並みの五感を誇るあいつがどうしてーーーー。

「誰も来ねえええ、はははは」

「ダサい、ダサすぎるっ」

「そのお望みの紅葉谷君とやらは来ないようだぜ、っと」

「がああああああああ」

ボスの腕が俺の右腕をギリギリと踏み付ける。大柄な彼の重量が何も鍛えていない枯れ木のような腕に体重を集中させてくる。ーーーボギッ!!折れた。腕が歪に曲がる。痛い痛いーーー痛いっ。

どうして俺はこんな目に遭っている。確かに出会い頭に女の頭を辞書ほどのサイズの参考書で殴りつけ、人質にした女の首筋に鋭利な石を押し付けて、状況を打開しようとした。これは決して褒められたやり方ではない。しかし、人助けをしたのも事実だ。ここまでの事をされる謂れは無い。

行き場のない怒りがフツフツと湧いてくる。いや、行き場はあるーー悪いのは俺だ。日頃、怠惰に過ごしている俺が悪いのだ。もしも俺に能力があったなら、もっとスマートに、もっと安全に解決出来たはずなのだから。そして、身の程を弁えずに身の丈に合わないことをした思い上がりーーー傲慢さこそが原因で俺は今殴られている。俺は、傲慢と怠惰ーーこの2つの大罪を犯した。今朝の会話ーーあいつは注意喚起してくれていた。それを俺は自分の正当性を自己満足で信じ、楽観的な思考で聞く耳を持たなかった。確かに『甘い』な。


ボスの足が俺の左手にも向く。ーーーボギッ!!おかしい、最悪の想定を俺はしていたはずだ。ーーもしも俺が捕まっても、あいつが気づくまで耐えるだけだ、と。

しかし、俺と彼らがぶつかってから優に10分以上経っている。流石にあいつが気づかないのはおかしい。霞む視界を黄色い橋の方に向く、しかし黄色い橋は()()()()のだ。赤い橋と土手が見えるだけだ。俺は一つ致命的な勘違いをしていた。作戦を考えた時俺はどこにいた。ーー赤い橋の側である、そこは黄色い橋から一瞥できる位置だ。しかし、争いが起こっているのはどこだ。ーー赤い橋の側である。そしてそこは黄色い橋からは絶対に見えない場所だ。

つまり今いる場所は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。紅葉谷が俺に気づくことはーー俺を見つけることは、土手と赤い橋が邪魔して見えないのだ。もちろんあいつは俺が見当たらないことを怪しむだろう。だが、緊急性のある事案だと思わないのではないだろうか。



ーー紅葉谷茜は、来ない。





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