部活動(2)
3人から離れた俺は、茂みへと入る。清掃範囲は餐杜川に架かる赤い橋から黄色い橋までの間だろう。
いつもやっていることだ。るんるんな気持ちで赤い橋の下まで辿り着く。皆さんはゲームをやったことがあるだろうか。毎日経験値稼ぎ用モンスターがリポップするお宝スポット、ここはそんな場所だ。橋の影、名前は分からないがよく道路の脇に生えている長い植物の枯れ木がベールとなって、その穴を隠している。
そして、その穴の中には健全な男子高校生にとっての必須アイテム、桃色の聖書がわんさかと入っていた。この穴はそういう場所だ。風水に取り立てて詳しくない俺が単純明快に説明するのは難しいが、おそらく、偶然人に見つかりずらい配置の穴があった。そしてそこに誰かが処理に困っていた成人向け雑誌を捨てた。そして、エロ本はエロ本を呼び…今に至る、とういうわけだ。このご時世、ネット通販を使えば容易に手に入る、しかし、いつまでも所持しているわけにはいかない、純粋な飽き、人間関係の変化、理由は幾らでもある。
手に入れることに困らなくても、捨てる場所に困る。世界は孤独な男に優しくはならなかった。そんな悩める諸君への世界からのお目こぼしがこの聖地なのである。昔の人も含蓄のある言葉を残している。
捨てる神あれば拾う神あり。ーー捨てる男あれば拾う男あり。
「さあさあ、何があるかな〜〜」
1週間に1〜2回ここで活動しているが、別に常に茂みの清掃に当たれるわけではない。だから、正確な予想をすることは難しいが、定期的にここに捨てている人の中でもやはり癖というものが存在する。要は好みである。日付けによって、本のジャンルに偏りが生じる。そして今日は…
「やっぱりあった」
肩口までの黒髪、クリクリの瞳、やや部長に似ている人の出ているものを手に取ってみる。ペラペラと中身を確認、ふむ今回のは、少しばかり、趣が違う。
手の中の本を穴に投げ入れるとごそごそと漁ってみる。そしてふと目に留まった、その本は、赤味がかかった明るい毛並みで背中まで伸ばされた長髪の色っぽい女性が表紙に飾られていた。紅葉谷に似ている…。いや、まあ別にこの本でなくても良いんだが、いつもお世話になっている人の良作がなかったし、中身を物色し直すのが面倒くさい。
仕方ないがこれを持ち帰ろう。あくまでも、消去法的に選んだのであって自分から、進んでこれを持ち帰ろうしているわけではない。ーーー別にちょっと好みの髪型だったとか、スタイルが好みだったとか、そういうわけでは断じてない。大体この人がタイプならそれに似ている紅葉谷がタイプということになるじゃないか。と誰かに釈明をする。
手に取った本はそのまま持って帰るわけにはいかない。バレたら本当にとんでもないことになる。恐らく頭蓋骨陥没、全身複雑骨折、部長からの悲しいフォローと冷たい視線、三村先生からの教育的指導。リスクが高すぎる…。だがそれはバレたらの話だ!バレなければいいのだ。
いつもならカバンに入れるのだが、今日は地域清掃だと思わなかったため、移動用のカバンとカモフラージュ用のブックカバーを持って来ていない。さあ、どうするか。何にせよ道具が必要だ、ちらちらと辺りを見渡す。いくつか捨てられた参考書が転がっている。冬休み始まってすぐに参考書が捨てられている。今までサボっていて冬休み、ついに焦り出したが内容がわからない、そんな受験生が目に浮かぶ。大丈夫だ、お前の意思は決して無駄にしない。
俺が引き継ごう。継ながれた聖火は今、固い決意とともに1人の少年の手の中へ。ちょうどサイズがぴったりな参考書のカバー、まだ爛々と日差しを反射する目新しいそれを外し、エロ本へ装備させる。さて、一旦このまま戻ろうかと思った矢先、ふと声が聞こえる。野太い男の声だ、橋の奥、裏側から怒鳴り声が響く。
「おい、金出せよっ!」
「すみませんすみませんもうありません…ごばぁっ」
「こいつ、ごばぁっ、だってよ。受けるぅー」
「お前が調子乗った所為でこっちは迷惑してんだよ。」
「別に僕は何もしてな……ぐっ」
「ぁあ?なんか言ったか」
「「マジー受けるー」」
橋の裏側では恐喝しているボス格の男とそれを取り囲む男が2人それを囃したてている女が3人、
そして、殴られているもやしのように痩せた小柄な男子がいた。そっと彼らに見つからないように逃げよう。彼は可哀想だが仕方のないことだ。弱者が強者に搾取されるのは、弱者側からはどうすることも出来ない。ここで出ていけば俺が同じことをされる。せめて警察に通報してから逃げよう。
それまでは頑張ってくれと無責任に願いながらスマホを取り出す。圏外、嘘だろ。あのまま有り金全部持ってかれて、そのうえ、終わりの見えない暴力に潰され続けなければいけないのか。残酷過ぎる。一瞬止めさせようと、バカな考えがよぎるが、すぐに思考放棄する。
大体なんで俺があいつを助けないといけないんだ。俺にとってなんの得にもならない。たかが他人のために体を張れるほど俺はお人好しじゃないんだ。後ろ髪を引かれながら反対方向へと歩みを進めようとする
『情けないわね…』
今朝の会話が脳裏をよぎる。もしも、あいつならどうするだろうか。考えるまでもない。だが俺とあいつは違う。運動能力も考え方も。それに、流石のあいつも自分が敵わない相手には挑まないんじゃないか。まああの紅マッスルデビルを凌ぐ化け物なんてそういないか。
ーーー再度振り向きながらぼんやりと考える。
僕は今日聖地にエロ本を捨てにここに来た。お?まだ減っていないな。いつも黒髪のセミロングの女優のものだけを取って行く奴がいる。前回、内容がずれた、僕の好みに反する作品を捨てたんだけど、まだ残っていた。
位置も変わっていない。今日辺りにでも来るのかな。そいつはそれを見てどう思うだろうか。少し聞いてみたい気もする。今回は明るい毛のロングの女優が主役の本を捨てる。これもそいつは好きそうだ。何となく今までの経験から今日来そうだと思った僕は1時間ほど橋の側で時間を潰していた。
「金使い果たしちまったな」「そうっすねー」「どこかに、手頃なやつでも居るといいんですけどねー」「ねえねえ、あたしお腹空いたー」「もう奢ってこれないのー?」「あ、あそこにいるぅー」そんな声が聞こえた。
不味い逃げないと、そう駆け出そうとした時にはもう遅かった。頭部にゴツリと重い衝撃が走る。
ああ、何をしても僕はとろいな。