部活動(1)
花畑桜は俺と紅葉谷の所属しているボランティア部の部長。高校2年生である。肩口ほどで切りそろえられたふわふわの黒髪。くりくりの黒い瞳の可愛い系美少女である。
学力、運動神経、ともに平均値なのだが性格がずば抜けて良いのだ。頼みごとを気軽に引き受け、相談にも献身的に対応する、どんな人間でも絶対に嫌わない。悪意の対極に位置する、私立A高校が誇る最強のアイドルである。
そんな彼女がボラ部に入るのは、離したりんごが床に落ちるがごとく、当然の心理だろう。もちろん大の人気者だが、浮ついた話ーー恋愛関連の噂は不思議と聞かない。これだけ可愛くて性格が良いのに彼氏の影が見えないのは、噂では親衛隊のようなものが存在するかららしい。彼女の下駄箱は常にチェック、登下校時も影から見守っているらしい。悪い虫が近づいて来たら校舎裏に呼び出し、ボコボコにする。被害者の数は数百人を超えるそうだ。っていうかストーカーじゃん。
ちなみにボラ部の身長は花畑<月島<紅葉谷である。
「あなた失礼な想像をしてないかしら。部長の方が背が高いでしょう?その跳ねた髪を身長に含めるのは見栄っぱりよ」
「事の真相あっさり暴露するな。なんで分かるんだよ」
「あなたいつも考えてること、顔に出てるわよ。例えばこの前、部長と話してた時、足を見て……」
「ひっ、マジで勘弁してください。思春期の男の子にとって仕方のない感情なの。ドアの片隅から様子を伺っている親衛隊の先輩がめっちゃ睨んでるから。ただでさえボラ部の男子は俺だけで38回注意されたんだから」
これからどんな制裁が待っているかと生まれたての子鹿のように怯える。
っていうか部長に言ってないよね?流石の部長でも引いちゃうかもしれないでしょ。
「さあ、どうかしら」
「おい、早く準備しろ。花畑が待ってるぞ」
いつのまにか背後に回り込んていたボラ部の顧問ーー三村 勇がドスの効いた声で催促してくる。この人は体育教師でゴリゴリの筋肉ゴリラである。備考※無し
「月島、失礼な想像をしてないで制服を正せ。外に出るんだぞ」
「失礼な想像なんてしてませんって」
このゴリラにまで察せられていたとは、家に帰ったら鏡の前でトレーニングをせねば。この危険地帯で考えていることを読まれていたら命がいくつあっても足りない。
「ったく、お前も反省しないな。ーーよしお前ら行くぞ」
「はあ」
「ため息を吐かないで、こっちまで不幸になるわ」
「憂鬱だよ」
「確かに月島くんみたいな体力のないヒョロガリにとってはきつい作業かもしれない、っていうか鍛えないの?一般の男子高校生ぐらいの身体能力は維持しなさいよ」
「なんか面倒くさいんだよなぁ、きついし」
「だらしなさすぎでしょ。筋肉と体力は今が一番付く時期なのよ。それに運動しないと骨密度が低下して将来困るのはあなたよ」
「骨密度が低下するとどうなるんだ?」
「骨折しやすくなる、壁に手を付いたら骨折した、なんて話はよく聞くわ」
流石紅葉谷だ、俺のツボをよく分かっている。確かに運動意欲がメキメキと湧き上がってきた
「それに、喧嘩に巻き込まれた時はどうするのよ」
「クラスで喧嘩が起きた時は乱闘から離れた女子グループに混ざってるよ」
「情け無い……」
「仕方ないだろ、運動部の鍛えあげられた肉体はやばいぞ。ダンプカーだよ、あれは」
「あなたのクラスはそんな乱闘が起こるの?l
「まあ、ちょくちょく」
「私のクラスは全然ないわね。最初の頃はたまにあったかしら」
「あー、聞いたことある、お前が原因らしいぞ、肉体派の男子達の殴り合いを鎮圧しまくってそれで1組の男子はお前を恐れているって」
「そうだったの、道理で私にだけ運動部の男子が敬語を使っていたのか」
周り見てなさすぎだろ。たまに廊下で敬礼してる奴までいるのに。
「乱闘時は是非とも我が2組に来てほしいものだ」
そうすれば紅葉谷と同じ部活って事で俺の学内の安全が保障されるのに。
「相変わらずの姑息さね、ではもし殴り合いを避けれない状況だったらどうするの?」
「学校だったら常に先生が見回りをしているだろ」
「先生が来るまでは?」
「それは大人しく殴られるだろ、相手を刺激しないように。というか学校みたいな人の多いところで格上が俺みたいなもやしをいじめる状況なんてまず起きない」
「じゃあ学外だったら?月島くんのようなもやしは真っ先にカツアゲの対象にされそうだけど」
「普通に警察を呼べばいいだろ、何だよさっきから」
「そう、甘いわね…」
この時、紅葉谷が伝えようとしたことを俺は身をもって体験することになる。
着いたのはボラ部にとって馴染みの場所。A高校から徒歩で10分のところに位置するとある河川敷である。
中央の太い川とその外の茂みを土手が囲いそのさらに両端に並木道がある。
茂みとずらりと並んだ並木が真夏は荘厳な景色になり例年多数の観光客を呼んでいる。もっともそれと比例して冬の枯れ葉の量が多くなり俺達の作業が増えるので手放しに喜べないが。
「じゃあ今日は餐杜川から手前ーー校舎側をやろっか」
「いつも思うんですけど晩餐の餐に杜の都の杜で餐杜川なんて普通読めませんよね。特に杜、これで杜とは読めないでしょ」
「知性の無さを公開しているわよ。もっともこの男の無知さは口を開かなくても顔に書いてあるけど」
お前は俺の悪口を言わないと会話に参加できないのか。性格悪すぎだろ。
「何だ、じゃあお前は杜と読む言葉を知っているのか?」
「杜撰、杜漏、杜多…このくらいかしら」
「確かに杜撰の杜か、言われてみればって感じだな」
「ねえねえ、杜漏と杜多ってどういう意味なの?」
「杜漏は手抜かりが多いことです。杜多はまあ仏教の修行の一つですね」
「へー、さすが茜ちゃん、物知りだね」
タイミングを見計らいそっと挟み込む
「じゃあ俺は茂みをやりますね」
「うん、じゃあ私と茜ちゃんは並木道だねっ」
「この男何か企んでないかしら」
「いやいや、別に何も」
危なかった。分かってはいたがこいつまじでやばいな。