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果ての西天  作者: 藤野佑
序章
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序章

誤字脱字、慣用表現ミスなどありましたらご指摘ください。

 凍えるような寒さの冬。街灯にぼんやりと灯され怪しげに揺らぐ細道を1人の少年は歩いている。

 彼の名前は月島 秋風。 某動画サイトの広告に惹かれて日も暮れている中、本屋に漫画を買いに行くも品切れで無残に引き返している最中である。コートを着て、己の持ちうる最強の防寒装備を固めてきたのだが、分厚い生地をすり抜けて襲ってくる冷気は存外冷たい。

路上の石をつまらなそうに蹴りながら

「ついてないなぁ」

とポツリと呟く。しかし、逆に衝動買いを未然に防いだのだと言えなくもない……。

 自分を慰めながら歩いていると、ふと違和感に襲われる。空気は張り詰め、ジジジジと幻聴まで聞こえてくる。背中に強烈な圧を感じ振り返る。しかし、そこには何もなかったーーーというと語弊があるが何もなかったのである、光さえも存在しない。ただただ黒いそれは形状としては丸だろうか、光がないため輪郭からの推測でしかないが。半径1メートルほどの黒円がぼうっと(たたず)んでいる。およそ、距離は五メートル。これだけの近さまで接近を気づけなかった。突然現れたようにしか思えない。冬場にも関わらず陽炎の揺らぎでぼんやりとしか捉えることが出来ず、目を細める。……熱い。熱気とは違う、何かもっと根本的なところで空間が暖められている。不味い。明らかに常軌を逸した何かだ。とにかく離れなければーー。

「やばい、やばい、やばい!というか超怖い。何あれえええええっ!」

悲鳴を上げながら、一心不乱にその円形の闇から逃げる、逃げる、逃げる。スーパーの前を走り抜け、馴染みの百均で曲がる。グニャグニャと追っ手を巻くスパイ映画の主人公の気分だ。

足がガクガクと震える。ついに息も絶え絶え、足が疲労で悲鳴をあげているのを感じながら振り返る。

しかし、そこには円形の闇などどこにもなかった。追いかけて来たかさえも分からなかった。あれはなんだったのだろう?恐怖で心臓が不自然に脈打つ。手足は先から震えていきやがて全身へ至る。漫画がなかったショックで見た幻だと自分に言い聞かせる。


 


家へ帰るまでの道のりはよく覚えていない。




 家へ帰っても誰もいない。両親は共に働いており、帰りは遅いからだ。誰もいないソファーで体を休ませ、風呂に入る。

ゴシゴシと身体を痛めつけるように洗う。冷や汗を流すように、さっき見たものを忘れてしまおうと入念に湯をかける。

程よく温められた湯船に飛び込む。

「ぷはぁー」

風呂に入っている間は何も考えずにいられる。


どれだけの時間が経っただろうか。すっかりのぼせてしまった。頭がグワングワン揺さぶられる。そろそろ出よう......。






停止していた動画の続きを見ようとパソコンに向かう。

動画の内容は頭に入ってこない。

すっかり身体は冷えて頭が冴え始めた。

先ほどの奇怪な出来事で頭が埋め尽くされるーー本当にあれは何だ?俺の家系は普通である。両親は勇者でも魔法使いでもない。中学の黒歴史ノート・ブラッディーストームを書いていた頃から多大な成長を遂げている俺は、あの黒円をファンタジーの産物だと思わない!……いや、ちょっとは、『実はあなたは勇者に選ばれました』みたいな展開を望んでなくはない。

あれこれ理屈をこねくり回して考えてみる。

例えばあれは、政府が秘密裏に開発している光学兵器。光を放つ兵器があるなら、光を吸収する兵器があっても良いんじゃないかーー理論で完成させた。そして、周囲の温度が上がったのは光を吸収する際に気圧が上がったから。あれ?ちょっとありそう……。

「もしこれが当たっていたら、『秘密を知った以上生かしておけない!』パターンに突入じゃね?」

自分で言ってて悲しくなるな。なかなか現実的な案のくせに結末がバッドエンドなせいで、気分が悪くなる。パチっと頰を両手で叩いて。

「よーし、もっと現実的でなおかつハッピーな理屈付けをしますか」

動画を閉じて、政府の予算の使い道、猿でも分かると銘打った物理講座、精神疾患の症例など、考え付く限りの可能性の検討を始めてーー予想外の退屈さに、まぶたが重くなり、寝言を(こぼ)すまで1時間とかからなかった。







 夢を見た。

夢では茶髪に赤眼の少女が泣いている。年齢は10歳ぐらいだろうか。ぼろぼろに擦り切れた服。手、足、首に繋がれた手錠や鎖。 映画でみたことのある、外見から使い道を容易に想像できる拷問器具から、まるで使い道の分からない代物まで、この世の残酷さを見せつける部屋の有り様。

凄惨な光景。もし現場を目撃したらどんな人間でも助けてしまう。そんな散りかけの花の儚さを浮かべさせる。一切の救いのないその光景に寒気、吐き気を感じる。

ん?残酷さにばかり目を向けていたが、より、異様なものを見つけてしまう。生物学的にあり得ない。人間には絶対に生えてないーー幻想の部位。

少女には()が生えていた。鳥類特有の羽毛で包まれた翼ではない。コウモリのような剥き出しの硬い翼だ。ところどころに傷がある。少女には牙も付いていた、オオカミのように鋭い牙だ。外見的に人間とは、とても思えない。現実世界に存在しない、空想上の生物。ーー吸血鬼に酷似していた。

 こちらを見た「たうけえ…」助けてだろうか。

手を、伸ばせない。()()に俺はいないから。視覚的情報として見せられているだけ。一体誰に?どうして?その疑念に答える者はいない。ただーー少女を拷問した人間とはいつか、会える気がした。





 



眼が覚める。朝から気分が悪かった。変な夢を見たから。拷問されている子供……顔は腫れていてよくわからなかったが、おそらく少女。どうしても忘れてはいけない気がする。思い出そうとするがどんどん記憶は薄れていく。早く、早く、書き取らなければ……。焦る気持ちで勉強机にあるノートをひっ掴み書けるだけ書いていく。

「『…茶髪…吸血鬼…たうけえ……』おそらく助けてか?っと」

書き終え、ふと何用のノートか確認するために表紙を見る。

 これ冬休みの宿題用ノートじゃん…まあやってないから関係ないけど。










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