6話 いざ、異世界探検へ!(町)
「買い出しですよ……?」
なにせ町で見たのは、門番の詰め所と真っ暗な表通りだけだから、異世界の町をきちんと見回るのは今回が初めてなのだ。浮かれるなと言うのは無理難題。
それに、乙女としてはヨーロッパ(風?)の町並みに憧れるもんなんだよ。
宿屋の前で待つようにと言われ、わたしとソフィアはエプロンを外した仕事着のままで、日差しの明るい通りに待機していた。
「よお、待たせたな」
「ロナルドさん、それは?」
宿屋横の馬小屋から現れたロナルドさんは、わたし達に手を振りながら、なにか大きなモノを引っ張っている。
「これは調達した食材を入れて運ぶためのリアカーだ。荷台の箱は冷蔵の魔道具。傷みやすいのは全部この中に入れていく」
リアカーを見ると、モッフモフのイヌと画家を目指す少年がルンルン歩いているオープニングを思い出す。……ルンルンじゃなくて、ラララーか。
重たい荷物を乗せられるリアカーには、荷台の半分を占めるように水色の箱が取り付けられていて、ロナルドさんによると氷の魔石を用いた冷蔵の魔道具だという。
魔石には電池の役割があって、必要なときに魔力を込めれば魔力が切れるまで魔道具を起動させ続けられるのだそう。ちゃんとスイッチみたいな機能もあるんだね。
元の世界での冷蔵庫が、小さな魔石とその力を調整する装置だけで再現されている。
手のひらに乗るような魔道具を取り付ければ、どんな箱でも冷蔵庫に早変わりしてしまうのだ。
やっぱり魔法はすごいなぁと感心すると同時に、知識チートの意外な難しさを痛感する。
「お前たちも冒険者を目指すなら、リアカーの扱い方は覚えておかないといけないぞ」
「リアカーは冒険者の必需品なんですか?」
「おいおい、魔物を討伐したり採取を終えた後、どうやってギルドまで運ぶつもりだ? その小さな手で持てる量なんて高が知れてるだろ」
そうだった! わたし、アイテムボックスも持ってないんだ!
おのれ賢者様、今度会ったらアイテムボックスの重要性を懇々と力説してやる。
「帰りはこのリアカーを引いてもらうから、ちゃんと扱い方を見てるんだぞ」
「りょ、了解です!」
「がんばります!」
持ち手を上げてリアカーを引く体制を取ったロナルドさんは、一息の力を加えると軽々と引っ張り始める。
車輪の付いたモノは最初に入れる力が重要で、1度動かせれば後は楽に引いて行けるらしい。
カタカタと木の車輪を鳴らすリアカーに続いて、わたし達はようやく初めての異世界探検へと出かけるのであった。
怒濤の朝食ラッシュが終わり昼食にはまだ早い時間帯の町には、昨日見たような人集りは無くのんびり落ち着いた光景が広がっている。
特に門に程近い表通りには宿屋が軒を連ねていて、それも町の中心に向かうにつれて高級感を漂わせる外観が目立つようになっていた。
「馬車だ! ねえねえ、馬車だよ!」
幌の被せられた荷台を引いているのは間違いなく馬だ。その御者台にいるのも小太りで裕福そうな人。
映画やゲームでしか見たことのない行商人の登場を知ってほしくて、つい2人に呼び掛けてしまった。
「ああ、行商人だな。それがどうかしたのか?」
「え……、初めて見たので、つい……」
そうか、異世界の人には当たり前の光景だったみたいだね。
わたしの興奮をわかってくれる相手がいないので、拗ねて1人で凝視する。
「リナさんも初めて見たのですか!? わたしも一昨日に見たばかりなのですよ!」
「え、ソフィアにはお馴染みの光景じゃないの?」
「わたしは訳あってお部屋の中で過ごす時間が長かったのです。今は本で読んだ世界を実際に目の前に体感できて、すごく楽しいのですよ!」
そう言ってソフィアは、キャピキャピと嬉しそうに瞳を輝かせた。
「そ、それじゃあ、あの建物は!? おとぎ話のお家みたいでカワイイよね!」
「わかります! 色も明るくて、お庭の花もキレイなのですよね!」
高い塀で仕切られた豪邸は、ウサギが住んでいるミニチュアのお家にそっくりだった。今にも玄関が開いて、洋服を着たウサギが歩いて出て来てくれるのかなぁ、なんて。
「あれはただの宿屋だよ、富裕層向けのな。借りてるヤツもさっきみたいな小太り商人とか、化粧の濃いマダムくらいさ」
「はぁ、これだから夢の無いオジサンは……」
「……幻滅です」
「そこまで言われなきゃいかんのか!?」
こんなときに現実的な話なんて誰も求めてないよ。もっと夢を持ってキラキラな想像を膨らませなきゃ。
「リナさん、そろそろ中央広場が見えてきますよ! きっと驚くと思います!」
「おお、中央広場! なんとなくヨーロッパっぽい響き」
無言になってしまったロナルドさんの向こうには、次第に中央広場と呼ばれる場所の全景が露わになってくる。
いくつもの通りが合流するように位置づけられた広大な広場。その中央でわたしを迎えたモノは……。
「時計塔だ……」
石のレンガが無数に積み上げられ、町のどんな建物よりも高く聳えた塔。そこには大きな時計板が町を見下ろしていて、さらに先端の黄金の鐘が時を告げる。
麓には花壇が広場を彩り、町の人たちが自然と訪れて思い思いの時間を過ごしていた。中には絨毯を広げている人まで。
「鐘が鳴りますよ」
圧巻の存在を見上げていると、丁度10時の鐘が鳴った。
ゆったりとした鐘の揺れに反して、身体の芯から震えるような音色が、町の全てへと鳴り響いていく。
耳を澄ませば通りを幾重にも反響した音色が、どこまでも遠くへ広がっていくのがわかった。
「こういうのって、いいよね……」
時計塔は生活する上での指針であり、憩いの場であり、町を繋ぐ場所でもある。
みんながこの時計塔を見上げることで、心も繋いでいるのかもしれない。
「なんてね。わたし、映画の主人公になったみたい」
「……何に浸ってるのか知らないが、そろそろ買い出しをだな」
「そ、そうですよね。忘れていたわけではありませんよ?」
「ええ、ありませんとも!」
町には主に3つの大通りがある。
宿屋、食堂を中心とした表通り。
市場や専業店からなる商業通り。
そして、工場が建ち並ぶ職人通り。
3つの通りはどれもが中央広場から伸びており、わたし達が向かうのもその1つ。
八百屋が無数に建ち並んだ商業通りを訪れたリアカーには、さっそく様々な食材が積まれていく。
ロナルドさんが贔屓にしている店舗では、予定どおりのやりとりが行われ、手際良く取り引きが済まされた。
「その2人は……、またか?」
「まあ、ジェイコブのやつがな。暫くは自立できるまで面倒を見てやるさ」
「はぁ……。お前、見た目の割に美人に恵まれるよな……」
「なんか言ったか?」
「べつに……。日頃の行いの大切さを痛感しただけだよ」
それからは珍しい輸入品やお買い得品を探したり、昨今の物流事情を交えた世間話が繰り広げられた。
大人の話はソフィアに任せて、わたしは異世界の品物事情を調査してみることにする。
「トマト、ブロッコリー、豆類、ジャガイモ……、う~ん……」
次はお肉屋さん。
「牛肉、豚肉、鶏肉、各種ミンチ……、む~ぅ……」
なんか違う。わたしが求めてたのは、これじゃない。
「リナさん、どうかしましたか?」
「うん。お店の品揃えが普通なんだよね……」
「ふつう、ですか」
わたしが求めていたのは、これじゃないんだぁ~!
「よし、そろそろ帰るぞ」
「もう帰るのですか?」
「使い切れないものを買っても仕方ないからな」
この商業通りで見たものは、どれもこれも色も形も、ぜ~んぶ元の世界にあったものだ。せめて色形が違っていたら満足したかもしれないけど、このまま帰るのはなんか負けた気がする。
「ロナルドさん。この辺りには魔物肉とか、変わった食材はないんですか?」
「リナ、お前、魔物肉なんかが食いたいのか?」
「そういえば、見かけませんでしたね」
ここは異世界、ファンタジーなのだ。それなら、ご当地ならではの食材があっても良いではないか!
「魔物肉……この町にもあるにはあるんだがな……」
「おお! あるんですか!?」
「まあな。魔物の食材は毎日、冒険者が新鮮なものを卸してくれている。数もそれなりに豊富だから、養殖ものより安くて節約家の一般家庭では重宝されてんだよ」
魔物肉があるんだって! しかも安いらしいよ!
でもそれなら、なんで見かけなかったんだろ?
「臭いだよ。魔物の食材には下処理が面倒なのが多くてな。もっと深い通りでしか売られてねぇ。その独特な特徴があるから、わざわざ外食で頼んでくる物好きもいないし、買い出しに向かう必要もないのさ」
独特か。ジビエみたいな感じかな(食べたことはないけど)?
「さあもう時間だから早く帰るぞ。魔物の食材は、また機会があれば取っといてやる」
「うん。早く帰らないと女将さんに怒られちゃうね」
「じょ、冗談を言うなよ……」
あら、意外に。
「さあ、帰り道はリアカーを引いてもらうぞ。補助はしてやるから、きっちりとコツを掴んでおけ」
「はい!」
「がんばります!」
まずはわたしから。持ち手の内側に回って……水平に持ち上げ――
「おも……!!」
「荷台が山積みだからな。振り回されないように、重心を低く保て」
うぉ、動いた。ソフィアが後ろから押してくれてるけど、これはキツい。道が傾いてると勝手に方向が変わっちゃうよ。
「坂道には特に気をつけろ。加速させたら制御が奪われるからな」
「あいあいさ~!」
狩りをするときは荷物の量に気をつけないとね。
慎重にを心掛けてロナルドさんの指示に従っていると、ようやく半分の中央広場まで戻ってきた。
ここからはソフィアと交代。準備が整うまで、わたしは広場の様子を再確認していく。
「絨毯を広げてる人がまだいるね。なるほど~」
これはついに、わたしの真価が発揮される予感♪
「いや、その前に筋肉痛か。もう腕がプルプルしてるよ……」
さあ残り半分、あいあいさ~。