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5話 いらっしゃいませ~♪



「お待たせ致しましたー!」

「ご注文を承ります!」


 食堂をいそいそと駆け回りつつ、注文を取っては料理を運んでいくわたしとソフィア。

 ジャンクチェーン店に通って培われたスマイルの奥義を駆使しての接客は異世界のお客様にも好評で、特に仕事前の冒険者からは夕飯にも寄らせてもらうとの言葉まで戴いた。


「お会計を承ります!」

「またのご来店をお待ちしています!」


 なぜわたし達がこの食堂でウェイトレスをしているのかというと、それは昨日の夜に遡る。





「じゃあ、嬢ちゃん達はここで住み込みのバイトをしてくれるのか?」

「「はい! よろしくお願いします!」」


 ダンジョン巡りの旅へ出るには、どうしても資金が必要になる。

 資金を稼ぐには、その間に定住する場所も必要になる。


 しかし、どちらもわたし達は持ち合わせていなかった。


 そうして4人で話し合いを重ねた結果、わたしとソフィアは食堂を兼ねた宿屋で働かせてもらえることになったのである。


 この恩に応えるためにも、がんばって働かせていただきます!




「個室を用意してあげたかったんだけど、うちも宿屋だから、客室を減らすわけにもいかなくて」

「いえいえ、2人分のベッドを用意して戴けただけでも申し訳ないですから」


 2階の客室ではなく1階の家族スペースにある個室に案内されたわたし達は、ブロンド美人過ぎる女将さん(ロナルドさんの奥さん)から、この部屋を自由に使うようにと言われて仕事着を貰った。


「今日は疲れたでしょうから、お風呂に入って早く寝なさいな」

「はい、ありがとうございます」


 中世ヨーロッパっぽい世界なのに、お風呂場なんてあるのかなと思っていたら、浴槽まで付いているからビックリ。

 蛇口らしき物はあるけどその使い方がチンプンカンプンで、試行錯誤しながら謎のアイテムを叩いていると、隣で見ていたソフィアが『魔道具』の使い方を教えてくれた。


 なんだ、マイカードの魔道具と同じ感じだったのね(恥ずい)。


 普通に紙がありふれていたことといい、なにか違和感を感じていたのをソフィアに聞いてみたら、どちらも『六星教会』が推奨し始めた技術なのだそうな。


 六星教会は世界全ての首都に聖堂を置いていて、神子候補の選定の他にも、治安の維持から衛生管理の徹底まで、幅広く活動をしているらしい。

 現代っ子のわたしからすればそんなに権力を持たせて大丈夫なのかと思うけど、教会の象徴は星の創造主である6人の賢者であり、その賢者たちによって創られた教会だから絶対の信頼があるんだって。


「その信頼に応えるためにも、神子になるには心構えが大切なのですよ」

「なるほど。ソフィアはすごい人になろうとしてるんだね」


 ベッドに倒れるように眠り、一夜が明けきる前に目を覚ましたわたしは、仕事着に着替えながらあるモノを抱えて頭を悩ませている。


「どうかしたのですか?」

「え、うん……。この服をどうにか大切に保管できないかなって……」


 わたしが異世界に来たときから着ていたこの服は、今では元の世界を感じられる唯一のモノになってしまった。

 ダンジョン巡りにどれくらいの時間が掛かるかもわからないし、厳しい旅を続けていれば、この服は間違いなく傷んでしまう。

 その前に、どうにかして守ってあげられないかなと考えていたのだ。


「少し変わった服ですからね。特別な思い出でもあるのでしょうか」

「まあね……。お金になるなら売るのも考えたんだけど、やっぱり……ね」

「それなら、後で殺菌の魔法陣を描いてあげますよ」

「魔法陣……、殺菌の……?」


 どこぞの錬金術師みたいに、魔法陣を派手にバチバチと放電させながら服を殺菌させるのか。なにそれシュール。


「日常使いの他に、水汲みの井戸も定期的に魔法陣を描いた布を被せて殺菌するのです」

「もしかして……それも」

「六星教会が推奨したものです」


 徹底してるね、六星教会とやらは。

 まあ、防虫問題は解決しそうだし、後は荷物にならないように真空パックができないか女将さんに相談してみよう。ビニールは無いだろうけど、革でなんとかなるのかな? 魔法に期待しておくしかないね。


「他にも役に立ちそうな魔法陣があるか考えておきますね」

「いいの!? ありがとう!」

「大切なモノは、いつまでもそばにあってほしい。その気持ちはわたしにもわかるのです」


 もしかして、ソフィアも1人っきりで旅をするのが寂しかったのかな……


「着替えたのなら早く厨房に行きましょう。食堂の朝は早いのですから」

「そうだね。これから一緒によろしくね!」




 野菜を洗ってテーブルを拭き終えると、ちょうど外が明るくなってきた頃合いに食堂は開店。同時に若い年代の冒険者たちが争うように席に着いていく。

 それはまさに途絶えることのない嵐。ラフな軽装鎧が鳴り響き、今回の獲物の話と注文が飛び交う食堂は料理人の戦場。息をつく間もなく必死で頭と足と客を回転させた朝食ラッシュは、無心のままにいつの間にか過ぎ去って終わりを告げた。


「……終わった? ……終わったよね?」


 人生で初めてのバイト。あまりにも忙しすぎて、噛み締める余裕が全くなかったよ……。でも、やってみると意外にできるもんだね。楽しいし。

 なんだか、いい汗かいたなぁ。と、店内が落ち着くのを見計らったかのように、新たに4人組の冒険者が入店してきた。


「よう。ちゃんと働いてるみたいだな」

「リナちゃん元気~? ソフィアちゃんも制服、似合ってるわよ」

「……あ! 昨日の常連さん達じゃないですか。さっそく来てくれたんですね」


 現れたのは、昨日の夜にわたしの前でお肉を屠っていた冒険者たち。

 ロナルドさんとの話を聞いていた4人は、わたし達を心配して様子を見に来ると約束してくれていたのだ。


「ごめんね。朝は忙しかったでしょう? もう少し時間を空けようって言ったんだけど」

「様子を見に来たついでに飯を食うだけさ。大将にも代わりに挨拶しといてくれ」

「席は空いてるかな? 4人だけど、大丈夫かい?」

「はい。4名様、ご案内でーす!」


 テーブルに着いたのは、緑髪の戦士セドリック、黄髪の剣士ジャン、赤髪の魔道士エリーヌ、青髪の回復術士コレット。

 二十歳くらいのメンバーの中で唯一子どもっぽい容姿のコレットが、セドリックの隣を常にキープしていることに、わたしはニヤリとした。


 ふむふむ、そういうことか。でも、ここで深く聞くのも野暮ってものさ。……ぐへへ、甘いねぇ。


「リナさん、どうかしましたか?」

「ぐへ? べつに♪」


 厨房のソフィアから水の入ったグラスを席に届けて、4人から注文を聞いていく。


「あたしはパンとサラダ」

「オレはパンとスープで。セドリックは?」

「ホットドッグを1つ」

「わたしも同じのを」

「ふふ。『セドリックさんと』同じものですね。承りました」


 強調なんてしてませんよ? お、なんですかロナルドさん、厨房から出て来て。からかっちゃダメ? さいですか。承りました……。


「それにしても、朝は冒険者の方が多いんですね。お仕事前にしても、偏り過ぎな気が」

「ああ、若手は割のいいクエストを取るために、早起きが基本だからな」

「ギルドの掲示板が更新されると同時に受注を済ませて、それから直で食堂に来てるのさ」


 曰わく、冒険者ギルドに掲示されるクエストは早い者勝ちだそうで、ランク貢献度の高い依頼や、難易度に対して報酬が良い依頼を受けたい若手の冒険者たちは、クエストを先取りしようと朝早くから支度を整えているらしい。冒険者も大変なんだね。


「あの、皆さんに相談があるんですけど……」

「なに? 何でも聞いてちょうだい」

「わたし、ダンジョン巡りをしたいんですけど、わたしでも冒険者になれますか?」


 冒険者になると、その者の所属はギルドが証明・保証してくれるようになるため、国境を越えるのがスムーズになるとされている。

 ダンジョン巡りをするにしても、冒険者になっておいた方が融通が利くのだが、当のわたしは体力は言わずとも、魔力すら平凡を抜けていなかった。

 こんな状態で、わたしに冒険者なんてできるのかな……


「大丈夫! 回復術士のわたしが言うんですから間違いないよ!」

「コレットさん……」

「そうだな。冒険者は戦闘職だけでは成り立たない。怪我をすれば回復する必要があるし、ダンジョンに潜ればトラップを見抜く知識が必要とされる。天候を読むのだって命に関わる重要なスキルだ。……どんな人だって必ず役に立てる。その努力さえ続けていれば、誰もが冒険者になれるんだよ。コレットみたいにな」


 努力か……。


「そうね。コレットは魔力の乏しい村娘だったけど、パーティーに入るために必死で努力を重ねて、今は回復術士として頼もしい冒険者になってくれた」

「だからさ、リナちゃんも諦めることなんてないよ。なんならオレが付きっき――」


 誰だって、努力を惜しまなければ冒険者になれる。それはどんなことにだって言えることだ。

 むふ。わたしが冒険者になるなら、どんなジョブがいいかな? 近接はムリだから、弓使いとか、投擲専門のアサシンなんてのもいいね。


「リナちゃん? 聞いてるかい?」


 ふふふ、勝負は決まったな。そこはわたしの領域だ! シュシュシュ……投擲、投擲、ナイフ、フォーク!


「お~い、リナちゃ――」

「悪くない。わたし、冒険者になります!」

「うん。あたしも応援するよ」

「分からないことがあれば、何でも聞いてね」


 冒険者になるには、冒険者ギルドに行けばいいんだよね?


「リナちゃんはまだ未成年だろう。魔物の討伐経験は?」

「ありません」


 見たこともね。


「なら、来月の講習会に参加するといい」

「講習会……、ですか?」

「町の中には、森へ出て採取で家庭の稼ぎを手伝う子どもがいる。冒険者ギルドではそういう子ども達に向けて、定期的に森で講習会を開くんだ」


 町を出て森へ採取に行くには、子どもは必ず1度、講習会に参加する必要があるらしい。

 森は浅い場所でも魔物が出てくるため、緊急時の対処方法や討伐を経験させるのだそう。

 裕福な家庭の中にも、子どもの教育を兼ねて講習会に参加させる話が多いみたい。


「講習会に参加した後なら子どもでも冒険者になれるようになるし、ギルドの支援が受けられるのはありがたいんだよ」

「つまり、わたしが冒険者になるには講習会に参加しないといけないんですね」

「そういうこと」


 ならまずは来月の講習会に向けて、資金を溜め込んでおこうか。


 どうやって資金を稼ぐかを考えると、どうしても知識チートがしたくなる不思議。

 ようするに、元の世界にはあったけど、この世界には無いものを作ればいいんだよね。

 ここには無いもの……、う~ん、1度は町を回ってみないとわからないかな……。


 出来上がった料理を取りにも行かず、お客様のテーブルに張り付いたまま、謎の唸り声を零すウェイトレス。


「おい、リナ、ソフィア。これから追加の買い出しに出るから着いて来い」

「ナイスタイミング! いざ行かん、異世界探検へ!」

「リナさん、買い出しですよ……」


 異世界の町を見聞して、チートのヒントを手に入れるのだ!


「で、オレ達は放置かよ……」



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