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2話 異世界のわたし



「知識……なんだって?」

「知識チートです。異世界人にしかわからない知識を駆使して、お金やら褒美やらを得ていく、異世界モノの醍醐味の1つですよ」


 ほほほ、賢者様も甘いぞい。たとえ特殊なチートが無かろうが、わたしには引き籠もり生活で得た豊富な知識があるのだ。

 それもただの役に立たない知識ではなく、異世界モノの小説やマンガが授けてくださった、選りすぐりのチート知識。


 異世界の歩き方を熟知していることこそ、真のチートなのである。


「というわけで、なにか困ってることはありませんか?」

「ようするに手伝いをして金を稼ごうってことだな。……困ってること、か」


 さあさあ何でもござれ。どんな問題でも現代知識で即時解決よん♪


「そうだな。じゃあ、肩でも解してもらおうか」


 おっと、子どもの親孝行みたいなのがきた。


「了解しました。ストレッチの知識は、お父さんで検証済みだから得意なんですよ」


 日曜のお昼にはいつも家でゴロゴロしていたお父さん。その横でお菓子を食べているわたし。そんな2人はいつだってテレビを見ていた。

 うちの家は特別に見たい番組があるわけでもなしに、常にテレビが点いたままの家庭である。ストレッチの知識を得たのも、ワイドショーのコーナーで流れたのがきっかけだ。


 それからは「ストレッチしてやんよ」と、ゴロゴロしてるお父さんに関節技を決めたりしてじゃれあうのが日曜日のお決まりとなり、お陰さまでわたしのストレッチ技術はメキメキと鍛えられていったのである。


 予想してたのとは違ったけど、こんな知識でもチートになるのかな? 親孝行バンザイだね。


 門番さんが言う詰め所の裏口に回るようにとの指示に従って、薄暗い建物の間に入っていくと、木製の扉から別の門番さんが出迎えてくれた。

 細長い部屋に敷き詰められた机や本棚には何かしらの書類や資料が散乱していて、飾りっけなく整理整頓ができない男の部屋だという印象がする。


 そこで僅かに驚いたのは、この中世ヨーロッパっぽい異世界には紙がありふれているということ。しかも羊皮紙(見たことはない)じゃなくて、質が悪そうだけど普通の紙だった。

 まあ初っ端に魔道書を手に入れたときから薄々と思っていたけど、この世界には製紙の技術が広まっているらしい。紙が広まっているなら、もしかすると他にも技術が進歩している分野があるのかも。


 そんなことを考えてキョドっているわたしを見かねたのか、部屋の中にいた2人の大男が威圧感もたっぷりに睨み付けてきた。

 国際的俳優もさながらの強面にちょっと尻込みしつつも、わたしはコミュニケーション大事を合い言葉に、早速営業スマイルを振り撒いてみる。


「さあ、首・肩・腕、なんでもござれのストレッチです。書類業務で肩がこった、立ち仕事で腰が痛い、そんな方は遠慮なく申し出てみてください。わたしが的確なストレッチを伝授して差し上げますよ!」


 わたしの言葉を聞いても、皆さんは胡散臭そうに口を歪めているだけ。誰も彼もガタイが良く、目つきが鋭いのが門番の条件なのだろうか。

 誰も立候補してくれないので、わたしはおとなしく始まりの門番さんのところへ歩いていく。

 絶賛見張り中な門番さんは人通りの無い門を見つめて、またもあくびを披露すると退屈そうに振り返ってくれた。


「おう。じゃあオレは椅子に座って見張りを続けるから、その間に肩を解してくれ」

「かしこまりました! では、肩こりコースを開始いたしますね」


 どこからか引き出してきた椅子にドッカリ座った門番さんは、カウンターに凭れ掛かって肩の高さをわたしに合わせてくれる。

 お父さんとは比べ物にもならない逞しくて広い背中だけど、手順は変わらないので慣れた手付きで門番さんの肩に触れた。


「うわ、ムッキムキ」

「門番ってのは外側から悪党が現れたら真っ先に対処しないといけないし、内側から現れたときにも通路を封鎖しないといけないんだ」

「体力仕事なんですね」

「それに加えて、書類手続きを円滑に行う能力だって要求される」

「門番さんって意外にハイスペック?」


 ガタイが良くて頭もいい。もしや門番さん、モテるのでは?


 雑談をしつつも手は動かしていくけど、筋肉のせいでツボに届いてるのかもわからない。

 これは早くも秘策を出すしかないか。外がダメなら、中から刺激するのみ。


「よし、肩甲骨はがしをしましょう」

「肩甲骨はがし?」

「肩こりを改善したいのなら、肩甲骨を意識して動かすのがポイントなんです」


 門番さんにチョイチョイと指示を出し、右腕を上に、左腕を下に持ってこさせて、背中側で手を繋ぐように近づけてもらう。


「いててて……」

「無理はしないで、できる範囲で動かしてください(グイグイ)」

「嬢ちゃん、痛てぇ」

「肩甲骨が閉まるのを意識してみましょう(ググー)」


 わたしはあくまでも補助として押している程度なのに、門番さんは「痛い痛い」と指をじたばたさせている。

 次は反対に組み直してもらい、同じように絞めていく。他にも一通りのストレッチを試してもらった。


「終わりましたよ。肩が軽くなってませんか?」

「……ああ。なんか、回りやすい気がするよ」


 ストレッチが終わったと聞いて、腕を回して効果を確かめている門番さん。

 さすがに劇的な変化のある施術はできないけど、表情から満足してくれたみたいでよかった。


「でも門番さんも訓練とかしてるなら、効果的なストレッチも知ってたんじゃないですか?」

「知ってたところで面倒くさくてやらないし、ましてムサイ男同士でやりたくもないさ。だから、嬢ちゃんにはありがてぇと思ってるよ」

「そうですか。お役に立てたようで嬉しいです」


 知識チートにはならなかったけど、喜んでくれたならいいや。


「お嬢ちゃん、そいつが終わったんなら次はわしを頼む」

「ズルいっすよ。そん次はオレもよろしく!」


 おお、以外に好評。これじゃあただのお小遣い稼ぎだね。




 門番ズ4人の施術が終わるころには日が赤く傾いていた。個人でもできるストレッチを教えたり雑談したりしていたら、時間が経つのも早くてここに来た目的も忘れてしまう。


「嬢ちゃん、今日はありがとうよ。これを受け取ってくれ」


 お爺ちゃん門番の長話に相槌を打っていると、横から逞しい手が差し出された。

 受け取れと言われた手のひらには、キラキラした数枚のコインが。


「なんですか、このコイン」

「何ってお前、カネだよ。ストレッチをしてくれたお礼のカネだ。そういう約束だっただろう」

「え、これがおカネですか! 随分とシンプルですねぇ」


 元の世界で言うなら10円玉みたい。銅みたいな金属でできたそれには、両面に揃いの紋章が彫られている。


「光の紋章だよ。てか、カネくらい見たことあるよな?」


 おっと危ない、不用意な発言には気をつけなきゃ。


「これ、全部わたしにくれるんですか?」

「ああ。大銅貨10枚で5000コルン。中銀貨1枚と同じだが、銅貨で小分けした方が使いやすいだろう」

「5000コルン……」


 おカネの単位が『コルン』で、銅貨とか銀貨とか言われた。あとで調べておかないと。


「知ってるよな。まあ、知ってるとは思うが教えておくぞ。5000コルンは、大体の安宿で一泊できるくらいのカネだ。飯だけなら10食分。それだけあれば、生活が整うまでの食い意地を繋ぐこともできる」


 わたしはこの10枚の大銅貨を使い切るまでに、異世界で生活する術を見つけなきゃいけないんだ。


「これってそれなりの大金ですよね。少なくとも、肩たたきで貰える金額じゃ」

「それはオレ達全員からのお礼だと思っておけ」

「お嬢ちゃん、また話相手にでもなってくれ」

「オレも! また困ったら何でも言ってくれよ!」

「あう……。皆さん、ありがとうございます……!」


 わたしは何度もペコペコとお礼を言った。この恩は、必ず返さなきゃ。


「そうだ嬢ちゃん。『マイカード』は登録したことがあるか?」

「マイカード……。ありません」

「ここにも登録用魔道具があるから、町に入る前に登録しておかないとな」


 魔道具だって! 魔法の道具だよ! なんかわくわくするね。


「国や領地が個人を管理するためには、この『マイカード』が必要になる。まあ、身分証だと思っておけばいい」


 始まりの門番さんが自分のマイカードを見せて教えてくれる。ほうほう、マイナンバーカードみたいなやつだ。

 名前はジェイコブさん。続いて生年月日が記載されていて、職業、備考欄が並んでいる。


「住民は本来なら生まれたときに教会で登録しておくんだが、訳ありの住民のなかには必要になった段階で登録したいと申し出てくる場合がある」


 訳ありの住民。隠し子とか、旅の途中で生まれた子どもとかかな。


「その要領でわたしも登録してくれるんですね」

「まあ、その、なんだ。生年月日が分からなくても、名前さえ登録しておけば問題ないからな」


 生年月日か……。元の世界のじゃあ、ダメだよね。


「……名前は分かるだろうな」

「それは大丈夫です! わたしにも親が付けてくれた、立派な名前がありますから」


 ニッコリと微笑んだわたしを見て、なぜか安堵の溜め息をついたジェイコブさんが専用の紙を渡してくれる。

 名字は必要かな? 名字があるのは貴族の証とか言われても困るし、名前だけでいいよね。あとは年齢も書けるかな。


 魔道具は地球儀みたいに丸くて大きい物だった。名前と年齢だけが書かれた空白だらけの紙をジェイコブさんに渡すと、魔道具の挿入口に入れてくれる。


「それじゃあ嬢ちゃんの魔力を測定して登録するから、この球体に手を置いてくれ」

「魔力ですか……」


 鼻血を出したイメージしかない。身分証に魔力を登録する必要があるなら、この世界の全員が魔法を使えるんだろう。

 わたしも生活に不便しない程度の魔力があればいいなと願いながら、魔道具に手を置いた。


「これはマイカードに魔力を登録すると同時に、世界各地の記録媒体にも情報が共有されるようになってる。町に出入りするだけでも必須のアイテムってことだな」


 ジェイコブさんの話は右から左に。それよりもわたしは、自分だけの身分証が手に入るということで頭が一杯だった。

 わたしの身分証といえば生徒手帳しかなかったからね。なんだか大人の階段を登るみたいで嬉しい。


 そんな興奮を表すように、手を置いたときには真っ白な球体だった魔道具が、橙色の光を放って少しだけ染まったかと思うと、その光が集まるようにして一枚のカードが挿入口から出てきた。


「出来たみたいだな。適性は土属性、魔力総量は少し多めか」

「お! わたしって魔力が多いんですか!?」


 鼻血――は、もういいか。


「球体の底に溜まった量を見るとそれなりにはある筈だ。濃い橙色に光ったことからも土属性にかなりの適性を持ってることが分かる」

「おお! じゃあ、わたしも魔法使いになれますよね!」

「いや、そこまでじゃない」

「へあ……!?」

「あくまでも平民の中では多い程度でだな……、あ~、だが努力すれば適性属性も魔力総量も増えるし、可能性もなくはない……かもしれん」


 努力すればいいのか。筋トレならぬ、魔トレだね。


「マイカードにも問題はないな。ほらよ」


 白銀のカード。カッコイイ。わたしの名前もちゃんと書いてあるよ。


「じゃあ改めて。この町へようこそ『Lina』」

「発音いいな……。リナです、よろしくお願いします!」



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