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不協和音と予感

聞く、聞く。音楽を大音量で流す。真夜中のお風呂は好き。スマホを持ち込んで防水のイヤフォンでノイズキャンセル。大好きなバンドの歌を軽く口ずさむ。義弟は読経だと鼻で笑うけれど夜型人間の私は右から左に受け流す。悪癖だと自覚はあるけれどやめられない。ぬくいお湯に浸かりながらありとあらゆる想像を巡らせるは至福の瞬間だ。得も言われぬ心地よさを知らないはかわいそう。

口にすればきっと現実主義の義弟は馬鹿も休み休み言えと一蹴するだろう。でも、夜中テンション上等。

陽の光の届かない夜は誰も知られぬ時間。やや妄執に近い恋に心を逸らせる姿は月明かりくらいしか知らない。

映画のような恋。人生って短いものなんてわからないけれど自分の好きなことだけを考える時ってのは案外少ないものだ。

目先の欲にとらわれがちな私は母が今夜はステーキだと言えばロマンチックな気分は一気に霧散してしまうし、皮肉めいた言葉をかけられれば楽しい気分は萎んでしまう。

今夜は考えたかった。初めて義弟とだけで過ごす夜は酷く気詰まりだったから。


地方の大学を希望していると言った瞬間、彼の態度は一変した。私たち姉弟は数ヶ月しか変わらない年齢の癖、仲は決して悪いものじゃなかった。反発は覚えるし、喧嘩もするけれど友達が話すように無視したり心もない暴言は吐かない。言葉尻は厳しいけれど芯から冷える悪口を義弟から投げられたことはない。

だからこそ今日の態度はやけに堪える。夕飯をリクエストした癖、一言も感想なく義務のように口へ運ぶ彼の姿は私を苛つかせた。

馬鹿にされるのは日常的なことだが毒の舌を引っ込めて黙々と食事をするのは田中家じゃ珍しいというか初めてだと思う。

私の六口はこんな時に力を発揮されず、頑なに私を見ようとしない弟に憤りと少しの哀しさを覚えていた。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。高校最後の春休みだ。しかも親がいない特別な一週間。少しの不安と余りある楽しみを覚えていた時間が初日にしてつまづいた。

進路の話なのか。それとも全く預かり知らぬところで義弟の気分を害したのか。見当がつかない。


「あー、もうやめ。やめよう。堂々巡りだわ」


微妙に落ち込んでいる時に考えても纏まらないに決まってる。大体頭が良くないのだ。直接聞く他、手立てなんかないに決まってる。明日、問いただしてみれば良い。無理矢理納得させて心のもやを打ち消した。

利依の虫の居所が悪かったのかもしれない。将棋をテレビで見てた時から妙な行動ばかり取っていたし。あんなにくっつくなんて平生の彼ならば余りないことだ。明日になれば案外けろり、何事もなかったような顔をするかもしれない。

いや、存外に気分屋の義弟だ。凄く有り得そうだ。喧嘩の次の日だって、一夜明ければ怒りが無くなっている、なんてこともあった。

そうに違いない。考えないように、私も普通にしていれば皮肉屋が戻って来るだろう。

彼の毒が無いと妙に落ち着かない。好きなわけじゃ無いけれど調子が狂う。ましてや学校だけの関係じゃなく一生続く姉弟関係だ。

だんだんと楽観的になっていく思考が悩むなと叱りつけている気がした。

何事もなるようにしかならないのだ。


気持ちよく起きた朝、目覚ましを見て飛び起きる。時計の針は既にお昼の時間を指していた。学校が無いとはいえ、寝過ごしすぎだろう。パジャマを脱ぎ捨て、最近きつくなってきたジーパンに足を押し込める。

パタパタと急ぎ足で一階に下りれば、優雅にコーヒーを飲んでいる男が一人。大きくため息をついて、おはようと話しかければいつも通り、気だるげな返答をされた。


「休みだからってちょっと寝すぎじゃ無い?」

「ごめん」

「ゴミ捨てに洗濯、洗い物。俺がやったんだけど」

「面目ございません」

「まあ、もう良いや。今日から俺友達のところ泊まるから。戸締り、しっかりしてよ。姉貴抜けてるからさ、心配」

「はいはい、て。聞いてないんだけど」

「そりゃそうだろ言ってないし。よく平気な顔で居られるな。俺、そんなに神経図太くないから」

「何で、え、解んない。喧嘩は継続しなくちゃいけないの。利依の考えてること全然分からないよ」

「好きだから。姉貴のこと、好きだから。俺、今頭に血が昇ってるんだ。進路のことだけじゃない。姉貴の、カレンの危機感のなさにも腹立ってる」

「いや、何言ってんの。弟だよ。あんた、家族じゃん」

「血繋がってないけどね。兎に角そう言うことだから、出来れば母さんたち戻ってくるまではこの家に帰らない。良い機会だ。姉離れしなくちゃね。それじゃあ、また」


そう言って利依はリビングのドアの方へ向かっていく。私は、呆然と突っ立って後ろ姿を見ている。まずい、まずいでしょう。このまま行かせればもう戻れない気がした。

私は、よく分からなくて理解も出来なくて、それでも靴を履いて出て行く義弟の肩を掴んだ。


「何?」

「駄目だよ。起き抜けに爆弾落っことしてきて、そのままはいさよならって不意打ちもいいところだ」

「大袈裟。一週間経てば戻ってくるよ。不遜な弟役やってやる。あんたが卒業するまでね。姉貴は忘れて良いよ。不都合なこと忘れるの得意だろ。居もしない王子様を夢見て、普通に恋して忘れちゃえば」

「そんなこと、出来るわけないでしょ。そうやって憎まれ口叩いて何なの、私のこと好きなんでしょ。もうちょっと尊重しなさいよ」


私が激昂し、言い募ると利依は僅かに身体を引く。私はバランスを崩してからの方へと倒れ込んだ。


「あんたねえ、フェイントかけるのやめてよね」

腕の中にダイブした私は顔を上げ文句を言う。すると義弟は少し困った表情をして。あれあれあれと思う内に顔が近づいて、視界は肌色でいっぱいになり、唇に柔らかな感触がした。


「ごめん」


どんと突き返されて、私はそのままドアマットにへたり込む。がちゃんとドアの閉まる音がして、漸く我に返った。

ぬいぐるみでも犬でも猫でもない人間な感触。私は頭がいっぱいで。

その日利依は帰ってこなかった。その次の日も、本当に帰って来なかったんだ。

爆弾を落としたまま宙ぶらりんで、私はちょっと泣きそうになった。

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