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三度の飯よりやっぱりお肉

高校生の頃書いた作品に加筆修正したものです。軽く読んでいただけたら幸いです。

ロミオとジュリエットにタイタニック号のジャックとローズ。この身焦がすような恋がしてみたい。

なんて言ったってローマの休日。ヘップバーン並みにかわいらしい私だもの。

 恋愛映画を見るたびに私の気分は主人公。二十年も前の超大作、けれども私の大切なバイブル。テレビの画面に大海原が映り、それからきらびやかな船の上。おいしそうなご馳走たちとけばけばしく着飾った貴婦人たち。百年以上前の話だから仕方がないのかもしれないけれど、過剰に飾られた帽子が重そう。

 私が決まって耽ってしまう場面はキラキラの宝石やいかにも悪役そうな婚約者じゃなくて誰でも知っている有名なあのシーン。船首だか船尾だか良くわからないけれど、鳥が羽ばたいたように手を広げ、主人公が窮屈に思っていた世界がいきなり広がっていくのだ。それも身分違いの労働階級の男が。元々惹かれあっていた二人は互いの気持ちが通じ合いキスをして。なんという幸せだろう。けれども二人の幸せは長く続かない。歯車の狂った運命に奔流されていく恋人たち。

 嫉妬に狂う婚約者に、体裁を何より大事とする貴族らしい貴族の両親。そして世界で一番安全だと言われた船は冷たい海へと沈んでいく。

 これからがクライマックス。盛り上がってまいりましたと妄想に入り浸っていた私の耳栓代わりであるヘッドフォンを唐突に取り上げたのは弟であった。


「さっきから何度呼ばせるの。ご飯だって言ってるじゃん。姉貴、来年受験だっていうのに頭がお花畑状態で大丈夫?」

「どういう意味よ」


息を荒げて質問すれば、答えの代わりに長い溜息を吐かれた。


「察しが悪いというかなんというか。ラブロマンスが好きなのは結構だけど、たまには勉強しなよ。せめて子供のころから何十回も見てる映画位字幕で見た方が蜘蛛の巣張ってる脳みその運動になって良いんじゃない」

利依(りえ)、あんたね。姉である私を少しは敬いなさいよ。ちょっとばかし頭が良い位で馬鹿にしないでよね」

「敬うべき点が出来たのなら年下だろうが何だろうが敬うよ。大体姉っていってもたった三か月しか違わないくせに。でもそうだね、数か月早く生まれたくらいしか俺に勝てるものが無いっていうなら仕方ないよ。今度からは姉貴でなくてカレンお姉様とお呼びしましょうか」


完全に馬鹿にしている態度である。海のように広く日本海溝よりも深い心を持つ私の堪忍袋がぶちりと音を立てて切れようとした瞬間、新たな母親(ちんにゅうしゃ)が現れた。大きい張りのある声で私と利依(りえ)の名を呼ぶ。


「あんたたちいつまでじゃれ合ってるの。ご飯冷める。夕飯食べないっていうなら良いわよ。今日は(国産牛肉)料日(ステーキデー)なのに残念ね。父さんと母さんとであんたたちの分は山分けするからいつまでもやってなさい。大丈夫、一口分くらいは残しておいてあげるから」

「すみませんでした」

「ごめんなさい」


異口同音に謝罪の言葉を述べると本日の母さん(我が家の支配者)はご機嫌らしい。それ以上お小言を食らうことなく「手洗いうがい絶対」という非常に真っ当な台詞を残して階下へと降りて行った。


利依(りえ)、あんた後で覚えてなさいよ」

「思考回路単純な姉貴が忘れていなければね」


どこまでも小憎たらしい言い回しをする弟に怒髪天を衝く状態の私であったが、きゅうとなる腹の虫のせいで気力が萎えてくる。ステーキと聞いて完全に制御(コントロール)を失ってしまった食欲が、早く早くと身体を急かした。お陰様で日頃から鈍臭いと言われている私が見事世界新記録(非公式)を打ち立て食卓まで辿り着くことが出来たのだった。

 一か月に一度食卓に上がる上質な肉を目の前に胃腸が盛大な喜びの声(でかい腹の音)をあげて打ち震えた。レアで焼かれたそれは肉汁を滴らせ、食べて食べてと言わんばかりの表情をする。いざ口の中へ肉を誘えば、至福の瞬間が訪れた。肉うまい、高い肉ってなんでこんなに美味しいのだろう。鶏肉も豚肉も大好物であるがブランド牛には叶うまい。食卓を見回せば同じように顔を緩ませた父さんと母さん。心なしか口の悪い利依(りえ)までもが綻んでいるように見える。いや、見えるのではなく実際幸せの絶頂に居るのだろう。私の家族、田中家は美味しいお肉が何よりの好物である。

父さんの給料日に合わせ、近所にある肉の大山(精肉店)でいつもよりランクが上の肉を注文するのは最早毎月恒例である。というよりも物ごころついた頃からの習慣であるので、ゆくゆく私がどこかへ嫁いだ暁には田中家の伝統と化すのだろうと考えている。

 まあそんなことを言ったところで結婚何てものは未だ遠い先の未来のことだ。小学生の頃は十六歳で結婚したいだなんてのたまっていたけれど現実は甘くない。目先の目標は燃え滾るような恋。高校二年になって未だ恋の味を知らない。

ラブロマンスを主題にした映画は沢山見てきたけれどもどう考えたって王子さまは降って湧いてくるものじゃない。ひねくれ者の弟なんかは私がお気に入りの映画を語り思いを馳せる度、「結局それって悲恋じゃん」と元も子もないことを言う。華の高校生、時代の大波(ビッグウェーブ)は来ている筈。それなのに選ばれるのはいつだって周りの友達で私は蚊帳の外。

 めくるめく想像の世界、映画の中の私なら何にでもなれる。落ちぶれた貴族のお嬢様に王女様。不遇なお姫様だけれど最後はハッピーエンド。彼女たちの恋をしている姿や幸せそうな表情を自分に置き換えてみるとお腹や胸がぽかぽかしてくる。

しかしいざヘッドフォンを取ってテレビを消し、現実に戻ればこれよこれ。月イチの肉を楽しみにする一般家庭。ご飯に困ることは無いけど煌びやかな物なんかには縁の無い生活。平凡な毎日がこの先がずっとずっと続いて行くんだ、そう思うとちょっと悲観したい気分になってくる。


「姉貴、箸が進んでないみたいなんだけど残すんだったら、肉頂戴」

「何言ってんの。渡すわけないでしょ、馬鹿。美味しいお肉に体内から聞こえる喜びの声に耳を澄ましてたの。五臓六腑に染みわたりますわ。父さん、来月もお願いします」


センチメンタルな気分は吹っ飛んで行って、柔らかな肉に噛り付くと、家族はそろって呆れたような顔をし、母さんからは「慎みを持ちなさい」と苦言を呈された。それでも仕方がないと思う。中流階級に生まれつこうが、上流階級だろうがお肉の魅力には逆らえない。食い意地が張っていると言われるけれど、王子より何より今大切なのは目の前にあるステーキなのだから仕方がない。



「俺、ちょっと悲しくなってきた。学校に居る女子も家じゃこんな感じなのかな」

利依(りえ)、諦めなさい。多かれ少なかれ女の子だって気を休める時間は必要よ」

「でもさ、母さん。色気より食い気を優先する娘ってどうなの」

「良いのよ。今はこれで。私たちが心配したってどうせ変わりやしないんだもの。温かく見守るのも家族の役目よ」


外野がなんやかんやと言っていたけれど気にならなかった。だってこの世で一番好きなものを味わっているのだから。



 至福のひと時を終えて部屋に帰るとかけっぱなしの映画は終盤に差し掛かっていた。私はすっかり腹が満たされごろりとベッドに横になり、肩ひじを突きながら緊張感のある画面の中を見つめた。

食欲が満たされたせいなのか先ほどまでの熱情はすっかり胸の中に納まってしまっていてどうも集中が出来ない。けれども少しばかり名残惜しくて、集中力を取り戻すため眼を閉じてみた。それからくっついていた瞼を開けば白で統一されている自分の部屋。壁紙も机もほとんど白。だけど所々日焼けして黄色くなってたたり剥がれていたりして汚い。

当たり前だ。テレビの中に映される映像はどうであれ、一等船室でも美しい令嬢の部屋でも、ましてや王女様の部屋でもない。ここは幼いころから慣れ親しんでいる部屋。

結局映画の世界に入り込めなかった私はリモコンの停止ボタンを押してから電源を落とした。現実はあんまりにもドラマが無さすぎる。

比較的都会に近い、ベッドタウン言われている私の町は緑の多いところである。銀杏通りと銘打ったメインストリートは秋になると一面黄色になってある名画に似ていなくもない。けれどもただそれだけだ。学校にだって王子様と騒がれているような男はいない。利依(りえ)は幾らか女の子にモテているようだけど、姉の私にはそれすら縁遠い世界である。

どうせならロマンチックでドラマチックな世界に生まれついてみたかったものだ。勿論恋に破れて心中だとか気が狂っちゃうなんて真っ平御免だけど。ロマンスとは違うけれどファンタジー溢れる世界なんて中々素敵だ。空飛ぶ天馬(ペガサス)に翅の生えた妖精(フェアリー)たち。それからずんぐりむっくり気のよさそうな小人(ドワーフ)が私を不思議な世界へと誘ってくれる。魔法使いの話とか、冥王の指輪を捨てる旅だとか。特に指輪の話に登場するエルフの王子様なんて滅茶苦茶格好いい。

あんな人がもしも私の目の前に現れたら一発で一目ぼれ(フォーリンラブ)間違いなしである。映画や小説を見る時の胸躍る高揚感、恋をするならそんなときめきがほしい。現実から離れ頭の中で想像した世界にふけっていると、白いドアがバンっと音立て乱暴に開けられた。


「姉貴、さっきからぶつぶつ煩い。勉強に集中できないから、静かに出来ないんだったら風呂でも入れよ」

「ちょっと、折角良い気持ちで居たのに雰囲気ぶち壊さないでよ」

「どうせあり得ない妄想ばっか膨らませてたんだろ。馬鹿馬鹿しい。現実見ろよ、現実を。ハリウッドスターとか小説の王子様の幻影追ってないで、自分の置かれてる状況鑑みたら。俺、今回は助けないから」

「何よ、それ。ちょっと前まではカレンちゃんって可愛い弟だったのにいつからか小生意気な態度になって。お姉さん悲しいわ。序でに学校であんたの外面に騙されてる女の子たちが哀れで仕方ない」

「外面すら被れない姉貴の方が哀れだわ。頼むから風呂入ってきてくれない。また時間被ってぎゃあぎゃあ喚かれるの疲れるんだ」


そう言って長い溜息を吐く弟は先ほどの台詞を聞いていなければひどく絵になっている。私たち姉弟は似ていない。それもその筈、そもそも血なんか繋がっちゃいないからだ。眉目秀麗、文武両道を地で行くこの男は昔から方々で人気だった。鼻筋が通った高い鼻、さらさらで癖のない髪の毛、極めつけはクォーターだか何だかで全体的に色素が薄い。典型的な日本人顔の私と比べるとその差は歴然である。ただし、私が決して不細工なわけではない。そりゃモデルのような綺麗な顔立ちとはいかないけれど、良く愛嬌があるねとは言われる。

だけど利依(りえ)と並んでいると相対評価のせいでどうしたって地味と評されるのだ。相対的に判断するのじゃなく絶対評価にしてほしいと切実に願う。これは決して弟だけのせいではないけれど、私はいつからかコンプレックスを抱いていた。彼と居るとまるで自分が醜いアヒルの子に思えてくるのだ。

思いがけなく自己嫌悪に陥っているといつまでも返事をしないで黙りこくる私を不審に思ったのだろう。利依(りえ)が部屋に入ってきて私の転がるベッドの前でしゃがむ。


「食べ過ぎたの?」


問いかける内容が相変わらずひどい。仮にも年頃の女の子なのに、「食べ過ぎ」はない。けれども眉根を寄せて困ったような表情はなんだかとっても気分がいい。


「風呂入ってくるわ」


質問にあえて答えず、がばりと身を起こしてドアの方へ向かえば、少しすねたような口調で「心配して損した」という弟に私は落ち込みがちな気分が浮上していくのを感じた。

思えば、これが最後のひと時だったのかもしれない。嵐の前の静けさを前に私は一人で上機嫌だった。波乱の幕開けはすぐそこまで忍び寄ってきていたのだ。

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