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旅人達のお話  作者: KINA
9/20

4話 「羊飼いと収穫祭」 本編


 "ふー、これでよし。"

 

 羊飼いの娘は鈴がついた杖を木の立てかけて、一息ついた。

 

 

 先程まではなかなか言うことを聞いてくれず、娘のまわりをグルグルと回っていた羊達も、いまはのどかに草を食んでいる。

 

 

 見下ろせば娘が住む村が見える。

 さらに先へ目をやると両親が宿を営んでいる麓の小さな町も見えた。

 

 

 山頂から吹き下ろしてくる風は少し肌寒いがもう少し陽が昇れば気になることはない。

 羊飼いの娘は休憩用のベンチが置かれた木陰に座り、朝ごはんの準備をはじめる。

 今日はサンドイッチ。ちなみに昨日もサンドイッチ。大体サンドイッチだ。

 

 夕方までのんびり過ごす。それが娘の日課だった。

 

 

 

 「ふぁ~ぁ。」

 

 大きなあくびが出る。

 昨日は両親に手紙を書くため少し夜更かしをしていた。

 

 両親は将来羊飼いの娘に宿屋を任せたいらしく、商売の計算や読み書きの本を、娘が山に戻る時に持たせてくれた。お爺も読み書きを教えてくれる。

 

 まだまだ挿絵の多い本のほうが好きだが、夕方までのんびりするのには読書が最適だった。

 少々お行儀は悪いがサンドイッチを頬張りつつ読みかけの本に目を通す。

 

 「おうさまとさんぼんのつるぎ」

 

 綺麗な挿絵と難しい言葉が少ないので娘のお気に入りである。

 内容は諳んじているが、何度も読んでしまう。

 

 いつしかサンドイッチを食べるのも忘れ、本に没頭する娘であった。

 

 

 

 リンリン、リリリン。

 

 羊の鈴が鳴る。

 羊飼いの娘は本を置いて大きく伸びをし、辺りを見渡した。

 

 

 

 ドーン! ドーン!

 

 パンッ パパンッ!!

 

 

 娘の目に飛び込んできたのはお祭り騒ぎであった。

 

 

 羊飼いの娘は慌ててベンチから立ち上がった。

 

 "ここは、どこ?"

 

 遠くに羊達が見える。あいも変わらず草を食んでいるようだ。

 

 

 "これは、なに?"

 

 もう一度まわりを見渡す。

 

 娘が寝ていたベンチのまわりで沢山の人が力比べ、荷運び競争といった遊びに興じている。

 それらを応援する人々、笑い、食べ、飲む。まるで麓の町で見た収穫祭のようであった。

 

 

 娘には訳がわからない。

 しかし人々はそんな娘にはお構いなく陽気に飲み食いし踊っていた。

 

 

 山の暮らしは質素であり、お祭りは町に降りた時ぐらいしか参加したことがなかったので、はじめは驚いて固まっていた娘も次第にまわりの雰囲気にあてられて、祭りの中へと足を向けた。

 

 

 

 「さぁさぁ この雲にもとどく大男と力比べをしたい者はいないかい!」

 

 

 「美味しいパンとお肉は要らんかね!なかなか手に入らない極上の逸品さっ!」

 

 

 「さぁて二人の剣士のどちらが勝つか、あなたならどっちを応援する?! さぁてお立ち会い!」

 

 

 呼び込みが大きな声で人を集めている。

 あちこちの屋台からはいい匂いが漂っている。

 

 羊飼いの娘のお腹が"ぐぅ"となる。

 

 

 

 「お姉ちゃん、お腹が鳴ったね!」

 

 たまたま娘の横にいた小さい男の子にお腹の音が聞こえたようで、コロコロと笑いながら言う。

 

 

 「お姉ちゃんのお腹が鳴ったぐー ぐー!」

 

 男の子はそのまた隣の男の子にそう言うと、またコロコロと笑う。

 いつの間にか見た目がそっくりな男の子達が娘のまわりでコロコロと笑う。

 

 「ぐー ぐー ぐー!」

 

 羊飼いの娘は真っ赤になって立ちすくむ。

 

 

 

 「こらこらお前達、レディ向かってなんてことを言うんだい!」

 

 

 娘の背後からそんな声が届いた。

 振り向くときらびやかな衣装に身を包んだ背の高い女の人がこちらへ歩いてくる。

 

 

 「恥をかかせちまって済まなかったね。この子らまだまだ世間知らずの怖いもの知らずなのさ。」

 

 

 そう言うと最初に囃し立てた男の子の頭をコツンと叩く。

 男の子はまだコロコロと笑っているので痛くはないのだろう。

 

 

 「お姉ちゃんごめんない!」

 「僕もごめんなさい!」

 「僕も僕も!」

 

 娘のまわりの男の子達が次々と謝る。

 

 

 子供達が全員謝ったところで背の高い女の人が娘に話しかけた。

 

 「私はこの祭りを取り仕切ってる女主人。そしてこの子らは私の子供達さ。無作法を許してやってくれるかい?」

 

 そう言って頭を下げる女主人。

 あわてる羊飼いの娘。

 

 「お腹が鳴ったのは本当ですし、ちょっと恥ずかしかっただけです。それにみんな謝ってくれましたので気にしていません。」

 

 それを聞いて頭を上げニッコリ微笑む女主人。

 

 「ありがとうよ 娘さん。せっかくの貴方の祭りを台無しにするところだったよ。ここからは私が饗すとするよ。この子達と一緒に楽しんで貰えると嬉しいね。」

 

 

 「さぁ祭りを楽しむ前に先ずは腹ごしらえだ。娘さんにも沢山食べてもらわなきゃね。」

 

 女主人はそういうと祭りの中央の大きなテントへ向かって歩き出した。

 

 

 「僕も沢山食べる!」

 「僕も僕も!」

 

 男の子達と一緒に羊飼いの娘もついていく。

 

 

 お祭りは更に盛り上がっている。

 

 

 

 テントの中は綺麗な絨毯が敷き詰められていた。

 模様はとても細やかで羊飼いの娘がいままで見たことがないほどの美しさだ。

 

 女主人の子供達はそんなことにはお構いなく絨毯の上でゴロンゴロンと寝転がる。

 

 「さぁ好きにくつろいで娘さん。私は料理を持ってこよう。そのあいだはすまないがこの子達の相手をしておくれ。」

 

 そういうと女主人はテントの奥のそのまた奥へと歩いていった。

 

 

 「お姉ちゃんは何処に住んでいるの?」

 「お姉ちゃんはいつもひつじと一緒なの?」

 「お姉ちゃんは本が読めるの?」

 「お姉ちゃんは食いしん坊?」

 

 羊飼いの娘は質問攻めに合いながらも男の子達とおしゃべりをしたり、本で読んだ話を聞かせたりしながらくつろいだ。

 

 

 

 「お楽しみのところ失礼するよ。さぁお待ちかねのご馳走だ。」

 大きな盆を器用に五つも持った女主人が戻ってきた。

 

 大きなお肉に新鮮な野菜、沢山のパンにキレイに透き通った黄色い飲み物。

 

 「娘さんのおかげで収穫祭も盛り上がっていたよ。こんなに嬉しいことはないね。さぁ恵みに感謝していただくとしよう。」

 

 女主人はご馳走を並べるとどかっと腰を下ろしてそういった。

 

 

 みんなで食べるご馳走のなんと美味いこと。

 女主人も男の子達もモリモリ食べる。もちろん羊飼いの娘もモリモリ食べる。

 黄色い飲み物はハチミツのように甘いがスッキリとしていて、これまたみんなでゴクゴク飲んだ。

 

 

 ただ、目の前のご馳走が、不思議と朝に食べたサンドイッチの味に似てい気がする羊飼いの娘であった。

 

 

 

 「もうお腹いっぱいだ!」

 「僕もいっぱいだ!」

 「僕も僕も!」

 「私も私も!」

 

 子供達と羊飼いの娘は笑いながらお腹を擦る。

 

 「さぁ次は祭りを楽しもう! 陽はまだ高い、収穫祭はこれからだよ。」

 そう言って女主人は皆を急き立てテントの外へと歩み出た。

 

 

 

 お祭りは絶好調。

 

 子供達にせがまれて雲にもとどく大男さんと力比べをし、投げ飛ばしてしまう羊飼いの娘。

 

 「お祭りは楽しんだもの勝ちだ。お客に華をもたせるのも芸のうち。」

 と、女主人が娘の肩を叩く。

 

 しかし、手を抜くにもほどがある! と羊飼いの娘は思った。

 

 

 まわりの人々は大いに笑い、手に手をとって祭りを楽しんでいる。

 女主人も、子供達も、もちろん羊飼いの娘も心から祭りを楽しんだ。

 

 

 

 

 リンリン リリリン。

 

 羊の鈴が鳴る。

 お祭りの熱気の中に澄んだ音色が響き渡る。

 

 

 リンリン リリリン。

 

 羊飼いの娘は自分の仕事を思い出した。

 

 

 リンリン リリリン。

 

 

 「私、仕事に戻らなきゃ。」

 

 娘は女主人にそう告げる。

 

 

 「そうかい、主賓が帰るなら祭りも終わらなきゃね。」

 

 女主人は子供達の頭を撫でながら娘に笑いかける。

 

 

 「今日の糧をありがとうよ 娘さん。」

 「お姉ちゃんありがとう!」

 「僕もありがとう!」

 「僕も僕も!」

 

 

 リンリン リリリン

 

 

 いつの間にか祭り囃子の音色も途絶えていたが、人々はニッコリ笑っている。

 

 "さようなら娘さん。今日の糧をありがとう。"

 

 

 

 リンリン リリリン。

 

 

 

 リンリン リリリン。

 

 

 

 羊飼いの娘は大きく伸びをして目を覚ます。

 ベンチの上に開いたままの本が風に吹かれてパラパラとめくれている。

 

 陽は傾き、もうしばらくすると山頂に隠れてしまう頃だった。

 

 

 楽しいお祭りの夢を見ていた。

 花火が上がり、人々は歌い踊り、みんな楽しんでいた。

 

 大男が空を飛んでいくなんてなかなか見られるものではない。

 あんなにおしゃべりしたり笑ったのは久しぶりだ。

 

 

 

 ふと見ると食べかけのサンドイッチにアリが群がっている。

 まるで先程まで娘が楽しんでいたお祭りのように、アリ達がサンドイッチを囲んでいた。

 

 

 「ぐぅぅ。」

 

 羊飼いの娘はサンドイッチをそのままにして、帰り支度をする。

 羊達を追いながら、晩ごはんには間に合うように家路についた。

 

 

 

 

 

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