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旅人達のお話  作者: KINA
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2話 「商人と剣士」 本編


 陽もまだ明けない早朝、村へ続く街道を荷馬車が走る。

 

 

 "昨日は少し飲みすぎたな…"

 商人は御者台で反省をする。

 

 酒場で相席になった男と何故か肩を組みながら酒を飲んでいたのだ。

 お互い妻には頭が上がらない。子供は可愛い。そんな話で盛り上がった。

 

 

 "彼が教えてくれた北西の町もこの馬車があれば毛皮の仕入れに行けそうだ"

 そんなコトを考えながらもと来た町を目指しているが、酒が抜けない頭ではあっちフラフラこっちフラフラと荷馬車の歩みも心許ない。

 

 幸い急ぎの商いもなし、街道沿いなら獣も居ない。少し寝れば酒も抜けるだろうと商人は御者台から降りて手綱を引き、街道の横を流れる川辺りへ降りた。

 

 

 川は向こう岸へも渡れる浅さで流れも緩やかである。

 馬からハーネスを外し水を飲ませ、近くの木に手綱をしばりつけ。

 商人は荷馬車の古着の上にゴロンと寝転がった。

 

 

 

 「もし、もし、こんなところで寝ていると風邪をひいてしまうぞ。」

 

 

 そんな声と共に商人は肩を揺さぶられた。

 

 「あぁすみません つい昨日飲み過ぎてどうにも堪らず寝てしまいました。」

 慌てて起きる商人。

 

 

 見るといささか古風な鎧を纏った立派な剣士がそこにいた。

 

 

 「いくら良い天気でも川の側では身体が冷える。酒が抜けたのならそろそろ起きてはどうだ。」

 剣士はそう言うとヒゲを撫でながらニッコリ笑った。

 

 

 陽は頭の上に差し掛かろうとしていた。

 ずいぶん寝てしまったと商人は思って周りを見渡すと川辺はうっすらと霧が出ている。

 

 

 「剣士様、起こしていただきありがとうございます。」

 剣士に礼を言い急いで馬を荷馬車へ繋ぐ。急ぎはなくとも村を二つまわる予定だったのだ暗くなる前には家につきたい。

 

 「ところで沢山の服を持っているようだがお前は行商人なのか?」

 剣士は荷台を眺めつつ商人に問う。

 

 

 「へぇ 私はこの先の更に先の村に住む商人で、街まで古着と農具を仕入れに来ました。」

 と、商人は答えた。

 

 

 「なるほど、ではこの服は売り物なのだな?」

 剣士は更に問う。

 

 

 「へぇ まだ買い手は決まってませんが村々をまわって売るつもりでございます。」

 商人は答えた。

 

 

 「そうかそうか、ではお前がよければ近くにあるワシの村でその服を売ってもらえぬだろうか。いやなに、ワシには服を見る目はないが女子供は流行り廃りにうるさい。これだけあれば気に入った服も見つかるだろう。もちろん駄賃もはずもう。」

 

 

 商人は考えた。

 "幸いここは大きな街のすぐ近く、剣士様の村で服が売れたならまた戻って仕入れればいい。帰りは1日程遅くなるが商機を逃してなにが商人だ。"

 

 

 「ありがたいお言葉でございます剣士様。ここで会ったのもなにかの縁でございます。古着といえど仕立てはしっかりしておりますので、村の方々に喜ばれればと思います。」

 商人は答えた。

 

 

 「そうかそうか、こちらもありがたい。久しぶりに村の者達も喜ぶだろう。では支度が出来たらワシについてまいれ。なぁにそんなに遠くはない。」

 剣士は離れた場所に繋いでいた彼の馬へ歩み寄り颯爽とまたがり、ザブザブと川を渡り始めた。

 

 

 「この川は今の時期は浅い流れでな、こうして渡るのが一番の近道だ。案ずることはないその荷馬車でも十分通ることは出来ようぞ。」

 剣士の言葉を聞いて商人も荷馬車を川へ乗り入れた。

 

 

 

 二人は川を渡り、対岸へとたどり着く。

 「ここからは少し登り下りがあるが、その荷馬車なら問題なかろう。さぁついてまいれ。」

 対岸から見ると道があるのかと疑わしかったが、近寄ってみるとたしかに整備された小さな道が続いていた。これなら道を覚えて今後も懇意にさせてもらおうと商人は思った。

 

 

 

 小道や林の中も霧が出ている。さっきよりも濃くなっているようだ。

 商人は前を進む剣士の鎧を目印に手綱を振る。

 剣士は商人の話を聞きたがるので、村の話や子供の話をすると「なるほど、なるほど。」とニコニコしながら相づちを打つ。

 

 

 どれくらい進んだのだろうか、商人は頭上の陽を確認しようとしたが林の木々に隠れてよくわからない。霧は相変わらず濃さを増し、前を進む剣士の鎧だけが頼りであった。

 

 

 

 

 「さぁ着いたぞ。ずいぶん走らせしまったな。」

 突然剣士がそう声をかけてきた。

 

 

 慌てて荷馬車を止める商人。

 剣士の前を見ると今までの霧がウソのように晴れ、キレイに整備さた村の風景が目に入った。

 

 

 「ここがワシの村だ。このまま村の真ん中へ馬車を進めてくれ、ワシは家の者に声を掛けてくるとしよう。」

 剣士はヒゲを撫でながらニッコリ笑う。

 

 

 「わかりました剣士様。」

 商人は不思議に思いながらも荷馬車を村の中央、井戸の側まで進ませた。

 

 

 

 村は商人の村より小さいが家々の手入れは行き届いる。

 剣士様と同じように幾分古めかしい服を着けた村人達が家の中からこちらを眺めている。

 

 

 商人は古着をハンガーに吊るし、荷馬車の横に下げていく。

 そうして商売の準備が整った頃に剣士様が1人の女性を伴って戻ってきた。

 

 

 「商人よ、無理を聞き入れてくれてありがとう。これは私の妻だ。ワシのような粗忽者には勿体無い妻なので今日の服が良い贈り物になればいいと思っている。」

 そう言って剣士夫婦は揃って頭を下げる。これには商人も慌てた。

 

 

 「頭を上げてください剣士様、奥様。私は商売をしにきたのです。お客様が居るとなれば何処にでも駆けつける次第です。なにも特別なことはありません。お気に入りが有りましたらぜひお買い求めください。」

 

 

 「そうかそうか。」

 剣士と妻は揃って頭をあげてニコニコと笑う。

 

 と、剣士はひらりと荷馬車の上に立ち、村中に聞こえるような大きな声でこういった。

 

 「村の者よ聞いてくれ。街から服商人を連れてきた。日頃楽しみの少ない村ではあるが、今日は皆手を休めて買い物を楽しんでくれ。」

 

 

 すると村の家々から先ずは子供達が飛び出してくる。

 次に女性達。

 最後に男達だ。

 

 

 

 「さぁさぁ 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。昨日街で仕入れたばかりの服だ。古着だって馬鹿にしちゃいけないよ。作りもしっかり引っ張ってもほつれたりしない。なんてったって街一番のお店からまわしてもらった特別品さ。さぁさぁ 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

 

 商人はいつもの口上を声高らかに諳んじた。

 

 

 村の婦女子はそれぞれ気に入った服を購入しニコニコしながら家路へ帰る。

 

 

 男達はというと、一緒に積んであった農具の方に興味があったようで、これも売って欲しいとそれぞれ鍬や鎌を手にとった。

 

 

 「えぇ こちらも売り物でございます。出来たてホヤホヤ、街の鍛冶屋が腕によりをかけて作った品でございます。ただし少々値が張るものでございますのでもし古い農具が有りましたらそちらをを下取りさせていただければ勉強させていただきます。」

 

 

 すると家に戻って古い農具を持ってくる男達。

 これで良いかと商人に見せる。

 確かに古いが修繕すればまだまだ使える物ばかりだ。

 

 「えぇ 大丈夫です。これなら私も喜んで下取りさせていただきます。」

 

 

 男達も新しい農具を購入しニコニコしながら家路へついた。

 

 

 

 あっという間に荷馬車は空になった。

 剣士と奥方もそれぞれ気に入った服と鍬を買いニコニコしている。

 

 

 「商人よ、今日は良き日であった。村の者も皆喜んでいた。改めて礼を言わせて欲しい。」

 剣士は鍬を少し掲げてニッコリ笑う。

 

 

 「剣士様、私の方こそ礼を言わねばなりません。こんなに売れたのは初めてでございます。何卒これからも懇意にさせていただければ他の村々同様商いをさせていただきたいと思います。」

 商人はそういって頭を下げた。

 

 

 「うむ、ありがたい申し出、感謝する。しかし、ワシらはもう旅立たねばならぬようだ。」

 剣士はそう言ってニッコリ笑う。

 

 「お前のおかげで村の者が皆救われた。思い残すことはない。」

 「ワシは粗忽者で妻や村の者達に苦労をかけたが、最後にお前という救いを村に呼ぶことが出来た。」

 剣士はそう言って奥方の肩を抱き寄せる。

 

 

 「感謝する。」

 

 

 

 

 ふと、商人は荷馬車の上で目を覚ました。

 辺りを見渡すと先程までいた剣士の村ではなく、酔って眠ったあの川辺であった。

 陽はそろそろ頭上を過ぎようとしていた。

 

 

 荷馬車に積んであった古着は一着も見当たらない。

 新しい農具も一つも見当たらない。

 

 

 手元にあるのはずっしりと重たくなった商人の財布と、下取りした農具だった。

 黄金で出来ている以外はあの時下取りした古びた鍬と鎌が幾つも積んであった。

 

 

 

 

 

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