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旅人達のお話  作者: KINA
3/20

1話 本編


 商隊について大きな街へついた若者はしばら日雇いの仕事しながら

 武器や防具、旅に必要な道具を買って先ずは南を目指すことにした。

 街町で聞いた"海"というものを見たかったのだ。

 

 

 大きな街から2日程歩き、目の前には鬱蒼とした森が現れた。

 教えられた南へ道を進んでいたつもりだったが何処かで枝道へ入ってしまったのだろう、整備はされていない小さな道が森の奥へと続いている。

 道があるなら村もあるだろうと、若者は森に足を踏み入れた。

 

 

 森の中は思っていたより明るい。下草に足を取られることもなく歩く。

 しばらくすると村の入口を示す立て札が見えた。

 

 

 そこは廃村だった。

 

 草木が村の中にも生えている。家々の痛み具合を見るとかなり前に人はいなくなったようだ。

 若者は村の中へと進む。崩れた屋根や壁、一部が燃えて炭になっている家もあった。

 野党にやられたか、戦に巻き込まれたのかもしれない。

 

 

 若者が好奇心からある廃屋の扉を開けようとした時、背後から唸り声が聞こえた。

 廃村とはいえ既に森に沈んだ場所、獣がいてもおかしくない。

 

 若者は迂闊だったがすぐさまショートソードを抜きつつ扉から離れ、振り向く。

 そこには一匹のオオカミが全身の毛を逆立てて若者を睨んでいた。

 

 

 若者はアナグマや野犬と戦ったことはあるが、オオカミはめったに人里には近づかないので

 街の商人達の話でしか知らなかったが、野犬より大きな体と鋭い牙はオオカミに違いない。

 

 若者は正対しながらジリジリと移動し壁を背にする。

 「野生動物には背を向けるなよ。戦う時は壁を背にして正面から戦え。」

 夜番の先輩が教えてくれた心得だった。

 

 

 "廃屋の中に逃げ込むか?"

 若者がショートソードを構えつつ廃屋の扉に手を伸ばそうとした瞬間オオカミが襲いかかってきた。

 

 若者の伸ばした手を狙って噛み付こうとするオオカミ。

 すんでのところで身をかわし廃屋から離れるように転がり、村の中央へ移動する若者。

 一人と一匹は立ち位置を換えて正対する。

 

 

 "オオカミは集団で狩りをする。他にも潜んでいるかもしれない。"

 若者は周囲を警戒しつつ正面のオオカミにショートソードを向け、背負っていた鞄を盾代わりに構える。

 

 "グア"ァァァァ"

 唸り声と共に襲い来るオオカミ。

 

 

 「野犬の武器は牙だけだ。噛み付いたら他には攻撃できない。噛みつかせたまま地面や壁に押しつけちまえばこっちの勝ちだ。」

 若者は飛びかかってきたオオカミの口めがけて鞄を突き出す。

 鞄ごと喰い破らんと激しく噛みつくオオカミ。

 

 "いまだっ!!"

 

 オオカミの突進の勢いを後ろに流しつつ右手に構えたショートソードをオオカミの腹めがけて突き刺す。

 そのまま身体を左にねじりオオカミの頭を地面に押さえつけた。

 腹部に刺さったショートソードに体重をのせてさらに深く押しこむ。

 

 

 もがくオオカミだったが致命傷だ、しばらくするとバタついていた足が動かなくなった。

 若者は身体を起こし、ショートソードを抜き取った。血が飛び散る。初めて1人で獣を倒した。

 手が震えたがすぐに収まった。

 

 

 盾代わりの鞄を持ち上げ動かなくなったオオカミを見る。

 全身逆立った姿を見たときには大きく感じたが、倒れたその体はやせ細っており

 体力もなかったのかもしれない。

 

 

 "運が良かった。"

 若者は立ち上がり辺りを見渡すが、他にオオカミの気配はなかった。

 

 

 「ズ、ズル……」

 ショートソードについた血を振り払おうとしたその時、息絶えたはずのオオカミが立ち上がった。

 "しまった、まだ生きていた"

 仕留め残った自分の未熟さを呪いつつ再びショートソードを構える。

 

 

 立ち上がったオオカミはそんな若者を一瞥すると、そのまま若者が最初に調べようとした廃屋へヨタヨタと歩いていく。


 まだ血が滴り落ちる傷を負っても動ける野生の力に驚きつつも若者はオオカミから目を離さない。

 オオカミは廃屋の扉を押し開けて、中へ入っていった。

 

 

 静寂が辺りを包む。緊張を解いて一息つく若者。

 あの廃屋はオオカミのねぐらだったのだろう。そこへ侵入しようとした自分が悪かったのだ。

 若者はそんなコトを考えたがめぐり合わせが悪かったのだと思うことにした。

 

 

 廃村の井戸はまだ枯れていなかったが、長いこと淀んでいたのだろう飲むにはためらわれた。

 ショートソードについた血とついでに身体に飛びはねた血も洗い流した。

 その間オオカミの廃屋はひっそりとしていた。陽は徐々に傾いている。

 

 

 "もう死んだのかもしれない"

 若者はショートソードを構えつつ廃屋の扉を開けた。

 

 

 

 薄暗い、若者の故郷の家より小さな廃屋の中で、オオカミは死んでいた。

 傍らに人らしき亡骸が二つあった。その折り重なる小さな骸を守るようにオオカミは死んでいた。

 

 

 この村で何があったのかはわからない。

 小さな骸とオオカミの繋がりも若者にはわからない。

 ただ悲しかった。そんな自分の感情も若者にはわからなかった。

 

 

 

 若者は廃屋の裏に墓を掘った。

 血の匂いを嗅ぎつけて別の獣がやってくるかもしれないという問題もあったが、

 なにより若者はオオカミに墓を立ててやりたかった。

 

 

 小さな亡骸二つとオオカミを一緒に葬る。

 死者を尊ぶ祈りの言葉はわからないので、母親がよく聞かせてくれた子守唄を唄った。

 

 

 "ねむれ ねむれ 愛しき子らよ 夜の優しき袖に包まれて ねむれ ねむれ 愛しき子らよ"

 

 

 

 明くる日 若者は廃村を旅立った。

 道は森へ続いている。この先に村か町があることを願いつつ旅を続ける。

 

 

 

 

 

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