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第五話 「外界/一ツ目」


【月雲霞】


「わぁ……!」

 開け放した窓から勢いよく海風が吹き込み、あたしのサイドテールを大きく揺らした。低く唸るエンジンの音が耳朶で響き、視線を前方に転じればフロントガラスの向こう側に空とコンクリートの対比が眩しく映った。

 蒼く青くどこまでも澄み渡る空と対照的に、崩れた道路や建物はただただ灰色だった。視界の端に映る海は、吹きつける風にさざめいてはきらきらと陽光を反射する。

 すう、と深く息を吸い込む。街中の熱気に溢れたそれとは異なり、あたしの肺を満たす大気は朝靄を食むように冷たく、しかし吐き出す度に半端にこびりついた眠気が攫われていくように清涼だった。

「霞、あんま開けっ放しにしてんなよ。寒ぃし」

「たっくん軟弱~、その筋肉はなんのためにあるの?」

「少なくとも自家発電するためじゃねーよ……」

 ぶつくさと返しつつも、あたしは静かに車の窓を閉めた。流れ込む冷たい空気が遮断され、耳元で唸っていた風の音もぱたりと消えた。

 現在、あたしたち三人に環さん、改めヒータさんを加えた四人は車で昊天と鈞天を結ぶ道路を走っている。運転手は意外なことにたっくんで、その理由を詩音に尋ねたところ「こいつは近距離しか戦えないから」ということだった。なるほど、確かに車に乗っていては大剣は振り回せないし、遠距離に強い詩音の手をわざわざハンドルで塞がせる利点はない。

「そろそろ流星晶メテオライトの範囲を抜けるな……拓海、速度上げろ。仮宿ベースまで一気に抜ける」

「うっす」

 流星晶メテオライト――――それは各都市の生命線と同義の巨大な結晶のことだ。各都市に据えられたそれは、人工的に作られた星力マナの凝縮体であり、周囲に星喰を寄せ付けないという効果を持つ。もちろん遠ざかれば遠ざかるほどその効果は落ちる上、昨日港で遭遇したあの「はぐれ」のようにすり抜けてくる個体もいるようだから防衛が不要というわけではないのだろうが、少なくともこれ抜きで星喰が九割方を埋め尽くした地球上を人間が生きていくことはできない。

 たっくんがアクセルを踏み込む。背を衝くような加速が車体を包み、周りの風景がより勢いをあげて流れていく。あたしはその光景をよりつぶさに見ようと目を凝らした。

 昊天の外は瓦礫に溢れていた。そもそも現在地上にある都市の全てが、ほぼ全壊に近い状態の旧日本の都市の上に建てられたものである。旧都市の復興を進める前に新都市の造営を優先させたせいで、都市を一歩出ればそこは瓦礫の山、というのが現在の状況だった。

 そんな各都市を陸路でつないでいるのが旧高速道路であり、それらもかろうじて維持しているという状況らしい、というところまでが学のないあたしの知識の最大限で。

「ねえねえ、仮宿ってなあに?」

 後部座席から身を乗り出して(きちんとシートベルトはしている)尋ねれば、助手席の詩音に手で「大人しくしてろ」と抑えられつつ、

「陸路の途中に設けられてる、一時的な宿泊場所だよ。宿泊つってもしょせんは仮の宿、どちらかというと廃ビルや旧地下鉄を利用した野営地といった方が正しい」

「今日はそこで一泊? ていうか昊天から鈞天まで、陸路だとどれくらいかかるの?」

「大体二日。天候が荒れてなければの話だけどな。無理をすれば一日でも走破できなくもないが、正直それは利点よりも弱点の方が多い」

 弱点、と言われ首を傾げる。しかし詩音は言葉を継ぐことはなく、あろうことか銃を片手に窓から大きく身を乗り出した。代わりにあたしの疑問に答えたのは隣に座っているヒータさんで、

「霞も星喰は見たことあるんだろ? なら、夕方、日が落ちた後にあれがどう見えると思う?」

 少し考え。

「……、見えない?」

「その通り。アイツらの核である胸と、あとせいぜいが見えて目みてェな器官が僅かに光るだけで、光源がなくなっちまうとほとんど視認することは不可能になる。そうなるとアタシら人間は光を焚くしかなくなるわけだが、それはそれでアイツらにとっちゃいい的なのサ。だから一番いいのは、『夜になる前に隠れる』ことなんだヨ。仮宿はそのための隠れ家ってワケ」

 なるほど、得心いった。一日で走破できるところをあえて二日かけるというのはもちろん体力的・燃料的な問題もあろうが、それよりも安全を優先するため。夕暮れになる前に仮宿に辿り着き、身を潜めて星喰の奇襲を防ぎ、翌朝に発つ。それが地上で暮らす人々の常識なのだろう。

 また新たに知識を付け加えていると、詩音が風にも紛れ込まない明瞭な声で告げて曰く、

「前方十時方向に一匹。こっちに気付いてはいない――――いや、今気付いたな、気付かれた。速度維持、接敵まで五秒」

 一方的に言い終え、束の間沈黙だけがあたしたちを包む。張り詰めた糸のような無言は、ちょうどぴったり五秒で破られる。

 刹那過る星喰の巨体、


 ――――たぁんッ!


 高らかに銃声が響く。たった一発――――されどその一発で、間近にまで迫っていた星喰は心臓部を撃ち抜かれ、瞬く間に灰と化した。その灰が風に吹き飛ばされる前に、詩音は無造作に手を突っ込み、何か塊のようなものを掴んで助手席へと戻った。

「南條、やるねェ……引き寄せて一発で仕留めるなんざ、よほどの度胸がなきゃやんないよ。ちゃっかり隕石片ダストマターまで回収してるしサ」

「まあ、できることだからな。やらない理由がない。元々二人だったところにまた新しく一人加わったところだから、金になるものは少しでもほしいんだよ」

 狙撃手としての自信を覗かせつつ、しかしそれが過信ではなく至極当然の如く様になっていると感じるのは、詩音自身の確かな腕を見たからだろう。と思いつつ、隕石片について尋ねる。答えるのは、ヒータさん。

「流星晶が人工のものなら、隕石片は天然のものってトコかね。どちらも本質としては星力の結晶体だが、違うのは隕石片が星喰の心臓部から生成されるって点」

「星力の塊だから、需要があるってこと?」

 彼女は頷く。焚火の炎のような瞳を瞬かせつつ、ヒータさんは人差し指を立てて言葉を続ける。

星術アストロマギアを使うためには星力が必要だ。だがそれを人の身で直接扱うのは負担が大きすぎる……ゆえに緩衝材・伝達媒介として流星晶、あるいは隕石片が使われるンだ。つっても隕石片は星喰から生じたものってんであんまり相性は良くなくて、技術者的には肯定しづらいんだけどネ……そうでなくとも、燃料としての需要はそこかしこにある。だから高値で売れる」

「ああ、星喰殺しのひとってどうやって生活してるのかなあって思ってたけど、そういうことだったんだね」

 いくら腕の良い星喰殺しであっても、星喰退治や今回の護衛といった仕事のような依頼だけで食い繋いでいくのは至難の業だろう。そういった依頼が常に転がっているというのもあまり考えにくい。そこにプラスして加算されるのが、星喰を倒すことで得られる副産物――――つまり隕石片を売ったそのお金というわけだ。

 星力は至るところで欲しがられる。星喰に旧時代の兵器が通用しないことが明らかである以上、まず防衛のための武装。都市を維持するための数多の機関。生活基盤。旧時代における石油よろしく、最早星力はあたしたち人間を支える重要な資源となっている。都市全体が星力によって空間を維持されている玉兎なぞその最たる例だ。

 もう人類は、星力なしでは生きていくことさえままならない。星喰殺しは、そんな街や人を守る防人であると同時に、維持・研究・発展の全てに必要な資源の担い手なのだろう。生命を賭す必要がある分、その見返りは大きく、だからこそそういう商売が成り立つ。

 彼らが――――神業とも見紛うほどの手捌きで銃を扱う青年と、動じることなく車体を乗りこなし時には大剣を振るう青年の二人が、どうしてそんな、まるで賭博師ギャンブラーのような商売で生きているのかは――――わからないけども。

 尋ねるのは流石に憚られた。ひ弱な小娘に過ぎないあたしとは違い、働き盛りの青年である二人ならば、命を賭けるような危ない橋を渡らずとも生活していくことは可能だろう。しかしそれでもあえてしない理由、危険を選ぶ理由、選ばざるを得ない理由、そのいずれかが必ずあるはずだった。あたしの『世界が見たいから』というような、夢想的で幻想的で理想的なそれを追いかけるような、あやふやなものではなく――――もっと劇的で、衝撃的で、決定的な何かが、きっと。

 気にならないといえば嘘になる。あたしやたっくんとそう年も変わらなそうな詩音が、どうしてそこまで優れた射撃技術を持つに至ったのか。あたしと一つしか変わらず、もしかすればまだ親の庇護下にいたとしてもおかしくはないたっくんが、自分でお金を稼いで生活せねばならないのか。

 そしてその二人が、どういった経緯で出会い、二人組コンビを組むに至ったのか。だがそれらは決して好奇心で踏み込んで良い領域ではない――――そう直感した。

 だから口を噤んだ。きっといつか聞けることもあろう、ないかもわからないが――――それでも、彼らが悪い人間ではないというのは、分かっているのだから。

 それだけで、今は十分だった。


 瓦礫の山が過ぎ去る。広がっている海が宝石のように青く輝いて、そしてやがて仮宿へと辿り着くのだった。




 第五話 了

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