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第九話 「博打」


【?????】


「――――おい、こいつで最後か」

「はい、座長。彼以外の殺害、及び当該施設の制圧が完了しました」


 鈞天の星力マナ研究所「菊花きっか」にて、事態は静かに進行していた。その最奥部、研究所内の一切のデータを預かる中央制御室には元々の静寂など形も残ってはおらず、今や無法者たちによって占拠されていた。

 カシュ、という音を立てて扉が閉まる。それと同時に、座長、と呼ばれた一際大柄な男は部下の女から視線を転じ、部屋の奥に設えられた巨大なモニター群と操作デバイスのほうを振り向いた。次いでその手前で腰を抜かす男を鋭い目つきで射貫けば、その男は敵意を宿す瞳に僅かに怯えを覗かせた。

 男の身なりは、いかにも研究員というものだった。地味なスーツ、羽織った白衣に、「時嗣優羽ときつぐ・ゆう」と書かれたネームプレート。顔立ちはどちらかといえば柔和で、細身の体とあいまってどこか中性的な印象を与える。荒事とはとことん無縁そうだが、実際星力研究の最前線ともいうべきこの研究所の一角を担っていたのだからそれも当然だ。

 そして今聡明さをうかがわせるその瞳は、己の身に現在進行形で及んでいる危機への恐怖で歪んでいるものの、知性と理性だけは失うことなく毅然として座長の瞳を見返していた。

 そういう気骨のある人間は、嫌いではない。座長――――盗賊座「末矧うらはぎ」の長は思うものの、しかし銃把を握る手は自然とその頭部へと狙いを定める。おそらくは世界滅亡の瀬戸際に立つ人類の至宝たりうるべきその脳髄を、引き金一つで無残に散らせることさえできるように。

「聞いたな? お前が最後の研究員だ。ここを生きて出られるか、今すぐ死体になるかはお前のこれからの言動にかかっている。月並みだが――――死にたくなければ、立場を弁えるんだな」

 モニターの放つ光に照らされ、銃口がぎらりと獰猛に笑う。空恐ろしさを湛える黒い虚空に、優羽はこの上ない恐怖を覚えながらも、しかし意を決したように口を開く。

 極度の緊張に乾いた舌を必死に湿らせ、頭の中で生き残る術を猛然と考え続けながら。

「お、……お前たちは、ここの仕組みを知らないんじゃないか?」

「下手な交渉などするだけ無駄だぞ。聞こえなかったか? この研究所は既に制圧した、と」


「違う。お前たちが狙っている――――そう、『星力式伽農砲<鳴神なるかみ>』のほうの“仕組み”だ」


 座長の表情が、僅かにぴくりと動いた。

 突き付けられた銃口は微動だにしない。だが優羽は内心で「かかった」とほくそ笑んだ。

「……いいだろう。話してみろ」

 優羽は震える恐怖の下で確信していた。彼らは知らないのだ。優羽たち「菊花」の研究員が日夜進めていた研究内容が、いかに危険なものであるかを。そしてその危険性ゆえに、優羽たち研究員の生命さえ賭した防護プロテクトがかけられていることを。

 それは大きな「好機チャンス」になり得る。おそらくは既に“外”――――この研究所の上層部にあたる区議会は、この非常事態に気付いていることだろう。そしてこの鈞天の区長は有能だ、研究所占拠の報を聞いてすぐさま不埒な輩を駆逐する計画を練り始めているに違いない――――検討される中には、当然唯一の生き残りである自分の命を犠牲にする策だって含まれていることだろう。

 しかしそれでは駄目なのだ。この研究所を奪還し、運用次第では瀕死の地球程度あっさりと止めを刺してしまえる<鳴神>を死守するためには、まず何よりも時嗣優羽の命を守り切る必要があった。

「(俺でないといけない、そういうわけじゃなかった……けど、本当にコイツらが他の研究員たちを皆殺しにしたのなら)」

 想像が過る。昨日まで共に研究を進めていた人たちが無残にも生命を奪われた姿を、優れた知性と優れた人格の持ち主たちが物言わぬ肉塊となっている姿を。

 幸か不幸か現場を直接見たわけではない優羽にとって、それらはしょせん妄想だ。しかし目の前に突き付けられ、未だ硝煙を僅かに漂わせている冷たい銃口が、それらが決して座長らの虚言ではないということをありありと思い知らせてくる。

 自分は戦わなければならない。武力ではなく、知性で以て。例え研究員の端くれだったとして、優羽にはたった一人生き残った者として戦う義務があった。

「なんだ、言わないのか。なら殺しても構わねえな」

 ちり、と空気がひりつく。座長は苛立たしげにそう呟き、ついにトリガーに指をかける。

 引き金が引かれる、その時だった。


「俺を殺せば、研究内容諸共この研究所は爆発する。データを抜くどころか、俺もお前たちもまとめてお陀仏だ。――――それでもいいなら、殺してみなよ」

 挑発するかのように吐き出された言葉は、いっぱいまで張り詰めた糸を弾いたように波紋をもたらした。


 試したければ、試せば良い。嘘だと思うのは勝手だが――――全てが吹き飛ぶその瞬間に、後悔するのはお前たちだぞ、と。

 挑戦さえ叩きつけるかのようなその視線に、座長はふっとトリガーにかけた指を緩めた。依然として銃口だけはぶれることはない、だが嘘か本当か確かめようがない言葉に踊らされ、易々と引き金を引くような愚鈍な男ではなかった。

「――――信じてやる。どちらにせよデータを抜く人間は必要だ。お前が、お前の手でデータを抜け研究員。もしやらなければ、死んだ方がマシという目に遭わせてやる」

 殺してと泣き叫んでも、絶対に殺してはやらねえよ。

 そう言って薄暗く笑む座長に対し、優羽もまた決然とした目で真っ直ぐに見返した。そしてその裏で、努めて冷静さを保ちながら計算をし続ける。

 数多ある防護を解くのに手間取っているふりをして稼げる時間は――――せいぜいが、五時間程度。引き延ばしに引き延ばすとて、全くやらなければそれはそれで殺されるだろう。ゆえに少しずつでも、「やっている」という姿勢は見せる必要がある。

 完全に<鳴神>が「末矧」の手に渡る前に、外の人間たちが研究所を制圧しきれば優羽の勝ち。

 稼いだ時間も空しく<鳴神>の全データが渡ってしまう、もしくは今突き付けられている銃口から弾が吐き出されてしまえば、優羽の負け。


 己が全てを尽くしたとて、それだけでは解決しない。だが尽くすものを尽くさねば、外の人間が介入する余地すら作ってやることはできない。

 この狭い研究所内で、こうして人知れず戦いの火蓋は切られた――――。




 第九話 了

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