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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
三. 反撃開始
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エピローグ 悲しみの輪郭

 人心核イヴは、紀村ナハトへの殺意のまま明龍シャクルトン基地に向かい本来の任務を中断していた。

 

 月面防衛戦線と国連宙軍の戦争中、あらゆる攻撃を無力化し、戦闘力を見せつけ、完膚なきまでに敵の心を折ったのだ。今すぐ軌道エレベーターに戻り、破壊の限りを尽くすことで、イヴの戦いは終了する。


──はずだった。


 ましてや紀村ナハトの死を望んで駆け付けたのにも関わらず、その最期を見届けずにあの場を立ち去ったのはなぜか。


 人心核アダムの終わりを見届けず、さらに国連軍の殲滅にも向かわないイヴ。中途半端な立ち振る舞と自覚しながら、イヴは<マシン>の操縦席で膝を抱えていた。


「…………ううぅ」


 その怪物は泣いていた。


 どうして涙が出るのか。なぜ身が引き裂かれるほどの悲しみに、嗚咽を漏らすのか。


 その起源からして人間らしい弱さなど捨てた、偽物の魂ごときが泣いていいはずがない。

 

 ハワードなら紀村ナハトにそう言うはずだ。故に、この悲しみは怪人に悟られるわけにはいかない。


 誰かに見せていい弱さではないのだ。


 もとより基本プログラムは<強さの追求>。そこから弾丸を受け、<梶原奈義の打倒>と転じた。月のために、人体模倣の神になった世界最強の戦士の一柱が、わけもわからず泣いている。


「どうして? どうして悲しいの? ヘレナ?」


 ボロボロと溢れ出る雫が、操縦席を濡らす。


「ヘレナを縛るあいつはもういないの! 死んだのよ! 嬉しいことじゃない!」


 口にする言葉とは裏腹に、身体は全力で現実を拒否しているようだった。


 十分ほど経ち──。


 イヴはすすり泣く身体を押さえつけることを止めた。今は反応のままに、生理現象のままに、涙を流させておくべきだと判断した。


「いずれ忘れればいいのよ……。ロビィのときみたいに……」


 その涙は、大切な誰かに別れを告げるような、辛酸極まる悲しみの粒だった。


 けれど、その思いは言葉として現れない。


 主人格ではないヘレナの必死の抵抗が、その目から零れる熱い液体に表れてた。



        ◆



 アーサー・ガルシアの父親は、妻を亡くした半年後、一人息子を残して行方不明となった。


 何も告げることなく消えたジョンソン・ガルシア。ジョンソンの母は警察に捜索願を出したが、手掛かりすら掴めないまま月日が経っていった。


 妻の死により気が狂ってしまったと、田舎町で噂がたった。


 ジョンソンの責任感のなさを責める声があがる。そして、本当に気の毒なのは残された息子。そんな論法で井戸端会議が締められるという。


 実際、アーサーはたった独りになってしまった。


 しかし、噂のほとんどを彼は気にしなかった。自分が一番父を知っていると信じていたからだ。


 父親は決して理不尽な別れを望むような人ではなく、全くもってらしくないと、アーサーは感じた。


 最後に過ごした時間は、麦畑に囲まれた親戚の家での生活。


 父のいない半年間は、寂しいと感じるまで時間がかかったように思う。両親がいないアーサーは、悲しみよりも戸惑いが大きかった。「これはなんの冗談だ?」と現実から逃げていたように思う。


 ただ、考えた。


 悲しみを悲しみとして認めることを、父は教えてくれたのではないか。


 母の死に対して、一緒に黄昏を過ごした親子なのだ。あの時、父がいたから病室の夜を耐えられたと言っていい。


 だから、少年は父に裏切られたとは思わなかった。


「アーサー、本当にいいの?」


 アーサーの背中よりも大きなリュックを背負い、心配そうにしている祖母に、彼は笑った。


「うん、しばらく帰らない」


 父は今もどこかにいるという予感だけが、内側で燃えている。


「父さんを探すよ」


──きっとどこかにいるはずだから。


 また出会えたら理由を聞こう。辛いことも悲しいことも話してくれなくてもいい。思い出したくないことは思い出さなくていい。父の心を知りに行こう。その果てに理解できなくてもいいのだ。

 

 それでも、少年は父親に会いに行く。


 彼がそうしたいから、ただ一つのモチベーションが、強く強く心に燃える。


「会いたくなくてもいくからね、父さん」


 アーサー・ガルシアは旅に出た。



        ◆



 距離感が掴めないほどの暗闇。身体は宙に浮いているような、水面を漂うような──地面の気配を感じない空間に放り出されていた。


 光はない。


 身体の形すら、認識できない。


 だから直感として理解できた。


「俺は死んだのか……?」


 とても長く悪い夢を見ていた気がした。許せないことが起きて、なんとかしようとして、失敗した。それだけが確かだ。


 所詮は負ける定めにある。そう割りきれない質だからこそ、より大きな敗北を経験する。


 思えば、ずっと手を伸ばしているかのような、人生だった。


 触れたいのに届かない。


 そこで思う。


 結局、こんな終わりを遂げてまで、成し遂げたかったことは何だというのか。


 今は奇跡的に言葉がわかる。意味がわかる。


 だから、今はこの人生を締めくくるチャンスなのだ。この生を一冊の本に例えるなら、書き終えた今こそ帯を巻くに相応しい。


「俺は…………」 


 彼女にとって何者でいたかったのか。


「俺は…………っ!」


 死にたくないと叫んだ。


 まだ死ねないはずだった。


 彼女は泣いている。


 立ち上がらなければいけなかった。


 側にいて、涙を拭いてあげたかった。


「ああ、そうか。俺は……」




 死んだはずのその魂はここに甦る。





Have a good revenge! the end.


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