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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
三. 反撃開始
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反撃開始(2)

 絶望の閃光が宇宙を覆っている。泣き叫ぶ暇もなく消し飛ぶ優秀な戦士。亡骸すら粉々に飛び散り、数多の極小デブリを生んだ。


 そのただ中に、赤い女神がいた。次々に炸裂する核弾頭は、神秘の防壁を剥がすことを命令されていたために、拡大した乱重力場めがけて、速度を上げる。


 電磁波のパルスが太陽風のように、ステーションまで届いた。<神の代弁者(プロフェット)>と放射線の鬩ぎ合いにより、通信機器はとうに機能を停止した。


「負けるかァァァアア!!」


 <マシン>の内側で上げた咆哮。同調率のオーバーフローが、赤い鎧をより強固に変えていく。臨界突破は戦闘機と戦士の境界を揺るがす現象だ。人心核イヴは自身の身体を<マシン>そのものだと錯覚している。


 あるのは怒り。仲間を狙った紀村ナハトの攻撃がなにより許せない。


 故に、イヴは一つの後悔を抱いていた。


「──────っ!」


 推進力を高める。防壁は前へ、意識は手放すな。届かなければならない。止めなくはならない。逸れた核ミサイルを追わなければならないのだ。


 次々と着弾する<トライデント>を無視して、進路を変えないイヴ。血液が沸騰しそうなほど熱く、額からは大粒の汗が飛ぶ。それはまさに、放たれた嚆矢のようだった。その疾走を遮るには、旧世代の大量殺戮兵器では荷が勝ちすぎていると、イヴは証明する。


 正義を語るつもりなどない。元々テロリストだ。


 ただ、月が自由になるために──誰にも負けないように、梶原奈義にも勝てるように、──イヴはハワードという共犯者を守ることを選んだ。


 これまで24発のミサイルが炸裂し、25発を振り切った。


 ラグランジュ5に向かう<トライデント>が見えてきた。


 乱重力によって破壊するにはもう少し近づく必要がある。ギリギリの出力限界を超えて超えて超えて──なお膨れ上がる紅炎は、落とすべきターゲットを捉えている。


 まさに二つの流れ星が並走している。音速すら超えた。視界が歪むほどの超速度の世界で、イヴと<トライデント>は相対速度ゼロの関係に到達。本来加速度に弱い月面民(ルナリアン)では、間違えなく耐えられない領域に、イヴは代表して足を踏み入れた。


 極限の世界。イヴは鼻血を出しながら、前方にあるミサイルを睨み付けた。


「────逃が………す………かっ!」


 手を伸ばす。


──強くなりたいと思った。あまりに月は弱かったから。


 誰の悲しみか、誰の怒りかわからない。それもそのはず、月の歴史そのものが宿っているのだから。「生前の自分の模倣」? 「生存」? 「妹の救済」?


 どれも小さい。下らない。祈りの格が違う。総量が違う。基本プログラムとして刻んだ渇望は、月の守護者として誰にも負けない戦士となること。いつか梶原奈義と敵対したときに、打倒できるだけの強さを──。


 ただ──強さを!


「はぁぁぁああああ!!!!!」


 イヴは泣いていた。苦しいからでも、負けそうだからでもない。嬉しかったからだ。混濁していた意識が、この絶体絶命の窮地で束ねられた気がしたからだ。


 伸ばした手に宿る<神の代弁者(プロフェット)>。


 赤い光が刃のように形取られる。腕を振り、一閃。


「これでどうだ……!」


挿絵(By みてみん)


 切断されたミサイル。そして、核エネルギーが炸裂した。視界は膨大な光に包まれた。かつてないほどの近距離で暴威を振るう絶望の光。


 イヴは前方に防壁を集中させた。


 決死の出力で、さらに限界をひとつ打ち破る。目から血の滴が落ちる。荒れ狂う放射線の突風に負けないだけのエネルギーを。同調率を。意思を。人ならざる怪物は、人でも道具でもない、なにかになった。


 しかし、不出来で曖昧な中間体ではない。少なくともソレは、完成という概念に近づいたに違いない。


 <神の代弁者>は放射線の方向を変化させるが、その作用と共に消滅する。膨大な量子の相克。その輝きはあたかも恒星。エネルギーそのものと言って差し支えない刹那的な太陽。


 そして──。


 核の閃光が、赤い花弁を散らすように爆ぜた。



        ◆


 国連宙軍の将校たちは、不退転の覚悟で<トライデント>の発射に踏み切ったが、その後の<SE-X>の挙動は不可解なものだった。


 否、<SE-X>だけではない。<トライデント>そのものも想定していた弾道と異なっていた。


 この一連の攻防が、誰の意図したものなのか、何も目的にしているのか。察していた者は階級に関わらず皆無。ただ確かなことは、<トライデント>は敵に着弾したこと。


 多くの犠牲を払って、選んだ苦渋の選択だった。将校たちは、永遠に最前線の戦士たちから責められるだろう。夢枕に寝首を掻かれることを良しとする覚悟。一人の名前も忘れることは許されない。


 敬意しか、今は送れない。謝罪を述べる資格などないのだから。


 ともかく、<SE-X>は多くの<トライデント>をその身に受けながら移動し、()()()()()()()()()()()に向かって共に爆発。レーダー不良が続き、まだ<SE-X>の破壊は確認できていないが、将校たちは後味の悪い安堵を抱いていた。


 今後のメディアへの発表。戦士たちの遺族への説明、保証。月でのテロ対策。そして──未知の量子兵器の分析、解明。


 残された仕事の量には眩暈がした。ただ、現実が淡々と続いていく。




────そう、現実である。


「レーダー不良が、解消されません! 目視により、赤い光は健在!」


 一人の士官の声に、その場にいた誰もが耳を疑った。


「馬鹿な……」


 それ以外の言葉が出ない。驚きは絶望へと変わる。選択は間違っていたのだ。では、犬死を遂げた死体は一体いくつになる。


 <SE-X>は未だ赤い光の渦を纏っている。合計25発の核弾頭を受け止めてなお、傷のない玉体。膝を折るな、諦めるなと言える者など誰一人としていない。


 一人の将校が小便を漏らした。涙を流して席から逃げ出した士官がいた。集団的なパニックが広がりだそうとしていたその時、<SE-X>はゆっくりと旋回し、飛行ユニットを噴射させた。


 行き先は、──月面。


 超高速で眼前を通り過ぎた流れ星は「お前たちは後だ」と言っているようだった。


 国連宙軍の将校たちは、ただ「生かされた」という事実を前に、無力感よりも生き永らえた喜びに涙していた。



        ◆



「紀村ナハト、紀村ナハト、紀村ナハト、紀村ナハト…………!!」


 怒りに震えるイヴは、呪いを込めるようにその名を連呼した。


 駆る戦闘機に破損はないが、イヴ自身が多大なダメージを負っている。しかし、会って清算しなければならない。


 思いを伝えねばならない。


 そう、イヴは後悔をしていたのだ。


「あの時、どうして殺しておかなかったんだ……」


 ロサンゼルス基地で、イヴは<母殺し(マザー・ファッカー)>を撃ち込まれ、梶原ヘレナと同期したばかりだったため、安定化を計る目的で、あえて殺さなかった。


 その選択が招いた<トライデント>の弾道修正。国連宙軍の後ろにいた蛆虫を根絶やしにする他ない。


 今度こそ、再起不能になるまで叩き潰す。


 幸いシャクルトン基地には既に<ドウターズ>が潜入している。


 イヴは会って、殺さなければならない。


 紀村ナハトを復活の可能性を残さず、終わらせなければならない。


 

        ◆



「逃げなきゃ……」


 ナハトの作戦は失敗した。モニター室で見ていた戦況は、ナハトの想像をいくつも覆した。まず、<トライデント>をもってしても、<神の代弁者(プロフェット)>を剥がし切ることができなかった想定外。そして、ハワード候補たちを狙ったミサイルの破壊。


 全てを完遂してなお無傷の<SE-X>。


 あらゆる予想外が、ナハトの計画を木っ端みじんにした。


 おそらくイヴはこちらに向かっている。確かに今は弾丸を持っているが、このままイヴに狙われては一方的に殺されるだけ。


 少なくとも、月のどこかに隠れなければ──。


 そんなナハトの狼狽に追い打ちをかけるように、シャクルトン基地のアラートが鳴った。


──!


『侵入者。侵入者。隔壁を作動させます。各員は避難してください。繰り返します……』



  

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