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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
三. 反撃開始
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ラグランジュ5

 人類二度目の宇宙戦争。万全を期した国連宙軍に立ち向かうは、臨界突破者、梶原ヘレナ。


 赤い機体に乗る超越者は未知の量子を纏い、既存兵器を圧倒していた。


 戦況が端的にフェンの端末に報告された。


「紀村ナハト。モニター室に行きましょう。戦いを見届けるのです」


「ああ……」


 ジョンソン・ガルシアが捕らえられた牢を後にする二人。ドアが閉まる時、一瞬振り返ったナハトは、拘束された男と目が合った。ドアが閉まるまでの僅かな時間で、瞳は何かを語るようにナハトを映した。




 モニター室には巨大な曲面のディスプレイに様々な数値が刻々と表示され、映像とグラフが氾濫するように重なっていた。


 明龍の技術者たちがデータを積み上げ、戦争の行方を予測していく。弾き出される数値の内、国連側の損耗率が上昇していく一方で、予測の誤差範囲も拡大していく様子がわかる。


 なにより、敵の映像が表示されない点が事態の異常性を表している。


「<神の代弁者(プロフェット)>か……」


 フェンは小さく呟いた。


 ノイマン博士が発見した新量子が、その戦術的価値を存分に発揮している様をナハトは見た。


 本来の戦術予測はデータリンクから殆どの情報を読み取り、戦いの趨勢を可視化する。最前線から受け取った生のデータは、なにより重要であり、兵站に基づいた予測はある意味で間接的な情報である。実際問題として、戦闘機によるドッグファイトが主流となる以上、戦士たちが敵と切り結ぶその瞬間瞬間が、最も信頼性のあるデータに他ならない。


 しかし重力偏極量子は、戦術予測から最前線の情報を奪い取った。データリンクを含めた通信妨害は、量子の強度が高まるほどに顕著になる。結果として、明龍の──否、直に戦っている国連の戦術予測でさえ、正確な情報を得られずに、誤差範囲を大きくしている。


 確かなのは、人心核イヴは未だ健在であり、国連は大きな損害を受けていること。


 だからそこ、紀村ナハトは焦っていた。


 <神の代弁者(プロフェット)>を使ってくること、それは地球よりも宇宙で性能を発揮する類のものであることは予測済みだ。


 それを踏まえてナハトは国連宙軍にチップを賭けたのだから。


 ここまで下準備をしたのだ。ハワードに敗北してからの半年間、オルガ・ブラウンの頭脳を引き継ぎ、電子世界の王者たる紀村ナハトがなにもしなかったはずがない。


──そろそろ気がついているころだ。


「<神の代弁者(プロフェット)>は全ての攻撃を防げるわけではない」


「……そう……なのですか?」


 フェンはナハトの言葉に驚きを隠せない。彼は狂信者たちから、それこそ妄信的に量子の完全性を説かれてきたのだから。


「レーザー攻撃は量子によって多少減衰はするが、完璧に防ぎきることはできない。機械的な衝撃を目的とした兵器は、乱重力場で届く前に分解すれば無力化できるが、高強度ガンマ線なら話は別だ。攻撃は通じるだろう」


「しかし……」


「通信妨害がある以上、超遠距離でレーザーを当てるのは不可能に近い。それこそ近くに寄った戦闘機がレーザー兵器を持っていない限りな。ただ、それだけのエネルギーを貯蔵する術がない。レーザー兵器はどうしても大型になる」


「ならば、どうすればアレを倒せると言うのですか?」


「簡単だ。なあ! そうだろ、国連宙軍!」


 ナハトは焦りから声を荒げた。ここが分水嶺だと、彼は直感していた。



        ◆



ICP(誘導結合プラズマ)レーザー、冷却中。次回照射まで9分25秒」


 国連宙軍の将校たちは、新量子の嵐に守られた異次元の敵に対して顔色を失くしていた。僅かな望みを託して放たれた光の柱はことごとく虚空に消えた。前線の戦闘機から送られてくるはずのデータが照準機に入力されていない。目視で狙える距離などでは到底ない。一か八かの攻撃がラッキーで当たるほどぬるい敵ではないのだ。


「打つ手はないのかね」


 ステーションで狼狽える彼らは皆、刺し違える覚悟こそあれ、効果的な手段が見つけられないでいた。確かに臆病者はいない。最前線で散っていく命たちに敬意を送ることしかできない自らが歯痒い思いだった。


 けれど──精神論だけではどうにもならない差が歴然としてある。


「現状、レーザー照射以外であの光の壁を突破することは難しいでしょう」福原の上司が、技術者としての見解を述べた。兵器開発の専門家はわずかな希望的観測すら述べることができないようだった。


 場の空気は、諦めと焦燥に包まれていた。


 為す術なく<SE-X>によって宇宙の闇に消されてしまう──、人類版図の架け橋、軌道エレベーター<ビーンストーク>は巨大なゴミと化すのだと──。




「仕方あるまい」


 考えている者はいなかった。


「待ってください!」福原は叫んだ。


 ただ、彼らは正攻法で勝つことを諦めたのだ。


 負ける気など毛頭ない。地球の秩序維持の元に、テロリストに膝を折ることなど思慮の外。始めから彼らは圧倒的な物量と火力でねじ伏せるつもりでしかなかったのだ。


 その絶対的な切り札が、かつては梶原奈義だったというだけのこと。梶原奈義が不在の今、国連宙軍は一人の臨界突破者から、より単純な殺戮兵器へと置き換えた。


「まだ、戦っている人がいます!」福原は将校の前に立ち、その選択は誤りだと伝えたかったが──。


 将校も使いたくない手であることは重々承知。福原を一瞥して、部下に「こいつを黙らせろ」と命じた。


 福原は、現実主義者(リアリスト)たちを前に、無力だった。ただ、人を死なせたくないという思い一つで戦闘機開発を行う彼は、絶望的な逆境に説得力のある反論を持ち合わせてはいなかった。


 故に、事態は急変する。


「作戦をプランDに移行。目視による照準により、<トライデント>を順次発射せよ」


 その号令に、ステーションにいる戦士たちは「自分が出撃していなくてよかった」と胸を撫でおろした。



        ◆



「来た! とうとう来た!」


 ナハトは叫んだ。フェンと共にモニター室にいたナハトは、待ちに待った瞬間を迎えていた。


 このために半年間もの間、裏工作を続けてきた。今、宇宙に、卑劣な少年が水をやり続けてきた、復讐の大輪が咲こうとしている。


 先ほどハワード・フィッシャーのクローンの一人であるジョンソン・ガルシアを前に、平静さを失っていたが、この展開の前にはどうでもいいことと割り切った。


 ジョンソン・ガルシアを殺すかどうかの議論は、後回しでいい。ナハトは狂気が混ざる笑顔で、モニター上の数値を眺める。


 20年前、人の心が分からない科学者がいた。彼は人間をチェスの駒のようにしか捉えることができず、合理主義を内包した悪逆非道に手を染めた。


 部下を理由も明かさずに突き放した。一人の少女の初恋に毒を盛った。人命すら間接的に奪ったこともあっただろう。


 その名はオルガ・ブラウン。天才的な頭脳を、自己の願望のみに使った非人間。


 ここにいる少年は、その穢れた魂を受け継いでいた。


「<トライデント>が発射された!」


「それは……まさか」


「国連はこの戦いで勝たねばならない! そして今は梶原奈義がいない! だったら頼るしかないだろうが! 前時代の暴力に!」


「核弾頭ですか?」


「そう、宇宙ステーションには50発の戦術核弾頭<トライデント>がある。戦闘機による白兵戦が効果を上げず、レーザー照射も当たらない。そしてたどり着くのは、爆弾だ。50発の<トライデント>は既に<SE-X> に放たれた!」


「イヴも死んでしまうのでは?」


「まあ、見ていろ。俺の計画に狂いはない」



        ◆



 宇宙ステーションから飛び出したミサイルは、槍のような形をしていた。噴射した熱量を推進力に、50発の殺意が群れを成して直進する。


 最前線の戦士たちはこれを知らない。通信が使えない以上、核ミサイルにより敵もろとも消し飛ばされることになろうとは、知る由もない。尊い勝利のために切り捨てられたとも理解できないまま、イヴとの戦闘を続ける優秀な戦士たち。


 レーザーによる攻撃は<神の代弁者>を消耗させると判明した以上、核の放射線は無敵の鎧を引きはがす特効薬となる。一機の戦闘機に向けられるには過剰すぎる大火力が、線を描いて獲物を追う


 しかし、ミサイルの群れの内、一つが軌道を変えた。


<弾道修正プログラム、作動>


 50発のミサイルから、一つが脇に逸れた。将校たちはその異常に気付いたが、この際気にしていられないと判断した。最前線の戦士たちを犠牲にした選択。人の命を天秤にかけた以上正気など保っていられない。もう、引き返すことはできないのだ。


 その余裕のなさに、ナハトはつけ込んだ。


 一つの核弾頭は、<SE-X>でない()()()()目掛けて推進している。


 行き先は──。





「ラグランジュ5。ハワードたちをそこに集めている」





 紀村ナハトはハワードを殺すため、そのクローンたちを核弾頭で吹き飛ばすことを選んだ。

 

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