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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
三. 反撃開始
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戦争の行方

 ハワードは梶原ヘレナもといイヴに宣戦布告をさせた。


 そして、一ヶ月という期間を自ら設けながら、反故にする卑劣を実行させた。


 ハワードの大願に関わる理由があった。


 その男は梶原奈義を手に入れたい。どんな手段を使っても再会し、「対話」したいと考えている。


 梶原奈義は人類秩序の最終兵器。英雄の枷を嵌められた正義の味方。だからこそ、五年前の戦争は彼女の鉄槌によって終結に至ったのだ。


 梶原奈義が正義を気取るなら──。


 逆説として、悪があるところに彼女は現れる。


 月面防衛戦線は、月が国家でない以上、テロリストでしかない。にもかかわらず、月での支持が厚いのは、なべて義賊のようだったからに他ならない。


 月の民が望む結果を、暴力による超法規の手段で生み出すダークヒーローたち。それが本来の月面防衛戦線の認識だ。


 しかし、今回の戦争では月面防衛戦線は約束を破った。


 一ヶ月という期間を説明もなく縮め、神のごとき超戦力を叩きつけてきた。


 これは紛れもなく悪である。


 つまるところ、ハワードは自身の願いのために、月面防衛戦線を犠牲にしたのだ。


 <静かの海戦争>での月面防衛戦線はハワードや絆の戦士たち以外にも多くの人員がいた。月の環境を呪ったごく一般的な人々だ。少し勇気があっただけの人々だ。


 彼らは戦争で死亡したか、逮捕されたか、正確な数はわからないが、少なくとも──かつての月面防衛戦線には大義があった。


 ハワードはその積み上げてきた大義を捨てて、梶原奈義の召喚を試みた。月の嘆きなど、特段思い入れもない。ハワードにとってはよくある悲劇にすぎない。ああ、そうだな、悲しいな──と共感しつつ、視点が大きすぎて噛み合わない。


 なにせその男は、人類の救済を心の底から信じているのだ。とても正気ではいられない。


 だから彼の選択には迷いがない。心苦しくとも涙を流して引き金を引く。


 そして、梶原奈義を表舞台に上げるために、彼女に似合う最強の敵を用意した。


──早く来てくれ。


 願う心は、片思いに胸焦がす、少年のようですらあった。



        ◆ 



 データリンクが使用できない戦場で不可視の攻撃を避ける戦士たちはまさに神業の域に達している。

 

 飛行ユニットの噴射を小刻みにして軌道を読まれにくくする工夫を実地で行える者などそうはいない。圧倒的な性能を誇る強敵に立ち向かうためにはまず落とされないことが不可欠だ。攻撃は全て蒸発、無力化され、なす術なしと思われた絶望の中でも確かな勝機を見出だそうとする精神には、驚嘆しかない。


 <SE-X>の乱重力場は赤い発光を伴うのが唯一の救いだった。


 光の密度が高い空間で敵の攻撃が発生していることは、現在生き残っている戦士たちの共通認識。


 破滅の恒星を周回するように、35機の戦闘機が舞っている。


 放たれた弾丸が敵にたどり着く前に消し飛ぶ様は、悪夢でも見ているようではあるが、諦めた者など一人もいない。


 通信が使えない以上、孤軍奮闘を35機は強いられている。


 それでも彼らは、生き延び、勝機を窺っている。


 勝利のカギは、観察すること。攻撃が通る条件を見極めるために試行錯誤し、あらゆる角度から発砲が繰り出される。


 <SE-X>が腕を一振すると、一機また一機と引き裂かれていく。


 超高速の戦場では誰が死んだのかなど判別できない。ただ、今は自分は生きている。それだけが頼りだった。


 百を超えるトライアンドエラーを繰り返し、導き出された傾向は、意識していない方向からの銃撃は無力化されるまでに猶予があること。結局は敵にたどり着く前に弾は蒸発するが、深く進むことができるようだ。


 そこにヒントがある。


 しかし、その答えに行き着くまでに多くの戦士の魂が散華した。


 残された者たちは、瞬きも許されぬ殺戮の宇宙で、いつ終わらぬとも知れない戦いに身を置き続けている。集中力が切れた者がまた一人、空の藻屑と化した。


 立ち向かう戦士たちを、羽虫のようだと敵は思うだろう。


 けれど、確かに彼らは、紛れもなく地球を背負った英雄だった。


 梶原奈義に任せてきたツケを払えと、運命に責められたとしても、膝を折ることなど許されない。


 ここに真の英雄はいない。


 名もなき戦士たちがいる。諦めず、臨界突破者に挑む者たちがいる。彼らが戦う姿こそ、戦争の士気を支えているのだ。


 そこで戦況は些かの変化を見せた。


 ステーション付近の味方母艦からレーザー照射の援護がきた。<SE-X>の周りにいた戦士たちの戦闘機は一斉にアラートを鳴らした。


 レーザー兵器による攻撃に巻き込まれるのを避けるべく、一時的に距離を取る。


 すると、敵は飛行ユニットを吹かして、レーザーを避けた。300メートルもの太さを有する熱線は、虚空に消えた。しかし、戦士たちはそれを見逃さなかった。


 そう、あらゆる攻撃を乱重力場によって無力化した敵が、初めて攻撃を回避したのである。


 ここで勝機が生まれた。


 戦いは続く。



        ◆



 時は一時間ほど遡る。


 紀村ナハトは突発的な怒りに支配されていた。


「フェン! こいつを殺せ! 今すぐにだ!」


 拘束具で縛られ、口にはマスクを嵌められている男。ナハトはその容姿を二度と忘れない。まさしく、彼を完膚なきまでに打ちのめしたハワード・フィッシャーのそれである。


 ナハトはハワードを八人中六人をひとつの場所に集めた。


 集める過程で抵抗されるなら、そいつがハワードだと判明するし、なにより短期間で六人もの殺人を個別に行う時間がなかった。隠蔽工作自体は無理なくできるが、時間はかかる。実働はアルバ一人となるため、マンパワーの調整は非常にシビアな問題だった。


 したがってナハトはハワード本人たちに集まってもらう手段を選んだ。


 まとめて始末するために。


 そして収集したハワード候補たちは柔順にアルバの指示に従ったところから、ハワードでない確率が高い。


 すると、フェンが独自に捕えた男は二分の一でハワードということになる。


 明龍の基地内で拘束具を付けられた状態では、隠蔽工作もクソもない。元々警察より力のある組織だ。


 だからナハトは叫んだ。


「今すぐに殺さないと大変なことになる!」


 冷静さを欠いたナハトの様子にフェンは淡々と応えた。


「待って下さい。この男がハワードなら我々は勝利したことになる。捕えたあとは尋問するだけです」


「悠長だ」


「私は彼から聞かねばならないことがあります。<神の代弁者>の制御方法、そして──」


 ナハトは息が詰まった。それならオルガ・ブラウンである自分がいる、と代替案を示そうにも、ナハトは現在オルガの記憶を全て引き出せない。


「とりわけ、あの男はクローン技術に長けています。それを聞き出すために生かしておく必要があります」


──もちろん貴方からも話を聞く必要がありますがね、とフェンは付け足した。


「クローン……?」


「そう、明龍としてもクローン技術は非常に魅力的です。ハワードも考えたことでしょう。例えば、臨界突破者の量産が可能かもしれない……」


「そんなことのために……」


「ただ私は楽観的ではありません。この男がハワードでない確率の方が高い。八人いる内の一人に過ぎないのですから」


「十分に楽観的だよ! あんたは! ハワードであるなら……」


「それならそれで我々の勝ちだと言ったでしょう?」


 そこでフェンの端末がけたたましく鳴った。


 ポケットから取り出し、画面を一瞥すると彼は言った。 


「戦争が始まりました。イヴが軌道エレベーター周辺に出現したそうです」


「……!」


 ナハトは今夜、決定的になにかが動き出すことを予感した。

 

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