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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
三. 反撃開始
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幕間 ファラデー軍曹の最期

 軌道エレベーター<ビーンストーク>に駐在して十日目。戦争の準備に明け暮れるステーションは、昼夜問わず戦闘機の行き来きしていた。何せ宇宙にある戦闘機だけでなく、陸にあったものまで空へ持ち上げているのだ。実稼働試験を入念に行い、戦士とシステム、両者とも万全を期す必要がある。元々地球にいたファラデー軍曹は、機体の最終調整を兼ねた哨戒任務を行っていた。


『こちらアルテミス1、データリンクの戦況解析の自由度をあげる。各員はパラメーターの推移に注意せよ』


「了解」


 彼が配属された国連宙軍アルテミス小隊は、先の宇宙戦争を経験している猛者が揃っていた。そこに新しく入る新顔として、早く馴染まなくてはならない。戦争は直ぐそこまで迫っている。


 この急な人事からもわかるように、国連が今回の件にそそぐ戦力は凄まじいものがある。


 ステーションで盗み見た他の戦士たちの中には、梶原奈義に次ぐ伝説級の戦闘機乗りが何人もいる。


 月面防衛戦線との二度目の戦い。──前回の内容とは異なると、誰もが予想していた。


 半年前に立て続けに発生した三つのテロでは、全て特殊な機体が関わっている。


 国連はそれを<SE-X>と呼称。驚くべきことに、ほぼ単機でテロを実行した未知の兵器である。


 不可視、通信妨害、遠隔力場発生。フィクションめいた性能を有する新時代の戦闘機は、あたかも「戦争は戦士個人の力量で決まる」と言わんばかりの個人主義を体現していた。


 一部の専門家の予想によると、<SE-X>に乗る戦士は臨界突破を果たしているらしい。


「だったら……これから梶原奈義と戦うみたいなものか……」


 ファラデー軍曹は寒気がした。梶原奈義の尋常ならざる戦果を知っていたからだ。端的に言って、人間なら誰も勝てない。


──だが……。


『こちらアルテミス1。そのままデータリンクの自由度を最大まで上げろ。数値の安定を見てからデータリンクを切れ』


「了解」


『しばらくは会話ができなくなる。哨戒が終わったらまた会おう。それでは任務開始』


 隊長機が飛行ユニットを吹かせて、先行した。ステーションから離れる機体はどんどん小さくなっていく。


「さて、いくか」


 遠目に見る軌道エレベーターは雄大で、とても人工物には思えない、理屈抜きの畏怖を感じた。ステーションの周りには、別の哨戒班が任務を終えたようで、いくつかの戦闘機が帰投していく。すでにメンテナンスを終えた荷電粒子砲搭載の宇宙戦艦が今も収容されている。


 ここまでの準備が整ってる以上、もはや奇襲もなにもない。


 こちらは開戦の合図と同時に即応、終戦まで持ち込むだけの用意があった。


「武力だけで解決できる問題なのか……?」


 彼は圧倒的な武力でテロリストをねじ伏せることに疑問を抱いていた。確かに国連は負けないだろう。負わされた傷が違う。軍事衛星への不意打ちで、多くを失いすぎた。世界平和と報復を混同した各国は、つい一年前までの流行だった軍縮を叫ぶ世論も忘れている。


 月のテロリストは今度こそ滅ぶ。それは確定している。


 ファラデー軍曹の懸念は、月面防衛戦線が敗れ去ったとしても、奴らが月の支持を受ける以上は、同じことが慢性的に起こり続けるのではないか、というものだ。


 ある軍将校は言った。「息の根を止める」と。


 単純な話、梶原奈義級の敵が出てきたとしても、戦争で兵站の乏しい者は勝てない。技量は物量には勝てない。英雄は数に弱い。臨界突破者といえども──。


 月面防衛戦線の全滅。明確な方針である。彼は皮肉に笑った。


 そこでディスプレイにデータリンクの更新速度が落ちた警告が鳴った。


──?


『おい、ファラデー…そう……あ……な……』


「? 通信が不調だな」


『……───み…… ……   が……』


「こちらアルテミス6。通信状況が悪い。おい、聞こえているのか?」


『……デー! …………』


「なんだってんだ……全く」







『────逃げろ』






 そこで、ファラデー軍曹はデータリンクが完全に切断された機体から、宇宙を見た。あるのは大量の流れ星。否、すぐにそれは流星群などではないと気が付く。星々の煌めきにしては点滅している。赤い光の粒が散っていく花弁のように舞っている。遠い彼方にいる、太陽のように赤い機体を、彼は神だと錯覚した。


 あまりに美しい。赤い粒子は渦のように中心の人型を取り巻いている。米粒に見える遠距離でもわかる。光の密度が高いほどにこの世の常識が通じなくなると、彼は悟った。


『右腕部を損傷しました。損害甚大。帰投してください』


 彼が宇宙に舞う光点に目を奪われ、呆けている間に自機は損傷を受けていた。よく見ると右腕がない。


 切断されたわけではない。切り離された腕はどこにもない。怪物に丸飲みにされたように肘から先がなかった。


 彼は死ぬ。


 この宇宙では誰が支配者なのかを理解して、死ぬ。


 本来ならば泣き叫ぶのだろう。


 走馬灯のひとつでも脳裏をよぎるのだろう。


 愛する妻、娘、友人、恩師。彼の人生を支えた人々の顔が浮かぶのだろう。困難は数あれど、幸福な人生を歩んできたと振り返り、残した人への謝罪の言葉を零すのだ。


 けれど、彼は──そんな本来の死の形すら奪われた。


「美しい……」


 この怪物に出会うために生まれてきたと錯覚した。それほどに美しい。これまでの人生の全てをゴミにするような、価値観の改変が男の中で起こっていた。そう、彼はこの機体に殺されるために生まれてきたのだ。


「ああ、幸せだ。俺は……」


 赤い光は彼の機体にまとわりついた。手を伸ばす。彼は気づかない。もはや自身の戦闘機は操縦席以外存在せず、他の部位は残らず切り刻まれていることに。


 そして数秒後、操縦席すら霧散し、彼は宇宙で独り漂う形になる。紅玉の波に覆われながら──暴力的な美しさに目を奪われ、愛すべきささやかな日々すら忘れ、彼は幸せそうに──。


 身体ごと跡形もなく消失する。


 残滓のように漂う意志は、一つの誤りを訂正したいと思った。


──俺は間違っていた。


 月との戦争は武力だけでは解決しない。戦いではない対話が平和への道だと考えていた。


 しかし、それは自身の勝利を疑わぬ者の言い草だ。


 思い上がりである。


 子供の過ちを正す大人のような寛容さ。愚者を許す聖人のごとき在り方。


 なんと恥ずべき傲慢か。


 なぜ勝てると思った。この美しき怪物に──。


 欠伸の出るような平和論者の物言いなどせず、全力で立ち向かうべきだったのか。


 それも違う。


──()()()()()()()()()()()()。許しを乞うべきだった。



 そして、アルテミス小隊はファラデー軍曹を最後に全滅した。 



        ◆



『敵襲! 敵襲! 総員第一種戦闘配備! 繰り返す……』


 軌道エレベーターのステーションから50キロメートル遠方に突如出現した<SE-X>。月面防衛戦線からの攻撃だと判断するのに数秒もかからなかった。


 最新鋭の戦闘機は30機が警報から45秒で発艦。後を控える各種兵器も続々と戦闘態勢に入る。もはや月面をまとめて吹き飛ばせるほどの最高火力が宇宙に集結していた。


 格納庫は怒号が飛び交い、急ピッチで武装、換装が行われる。プロたちは自身の限界を超えて最速の仕事をしている。次々に飛び立っていく優秀な戦士たち。彼らは恐怖と、それに打ち勝つ勇気を持っている。


 決着の時である。


 もはや誰も止められない。規格外の戦争の火蓋は切られている。極寒の宇宙は、今確かに、灼熱の業火に燃えている。


 双方がお互いの敵意を認識し、面と向かって受けて立つ。


 いち早く出撃した最前線の戦士たちへ通信が入った。



『──作戦開始』

 

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