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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
三. 反撃開始
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決戦の前に(3)

 アルバ・ニコライは、明龍のシャクルトン基地に向かったナハトと別行動をとっていた。


 <ラグランジュ5>の宇宙ステーション。コロニー建設技術の研究プラットホームとして機能する施設は、デブリ回収の役割も担っている。そのため、技術者ではない船外活動のスペシャリストたちもこぞって集まる。人類最前線のひとつである。


 しかし、先日、宣戦布告された宇宙戦争の煽りを受け、人はまばらになっている。


 産業の要ではあるが、人命より優先される開発などない。この先二週間で人はさらに減るだろう。運営に必要な一部の作業員と人型ロボットを残して、避難が進んでいる。


 一部の作業員。それは即席で雇われた派遣社員である場合が多い。宇宙の危険は、裏を返せば金になる。出稼ぎには持ってこいの職場である。


 ゆえに、非常時に関わらず、訪れる人間も少数いる。


「ここがあなたの新しい職場です。渡してあるIDカードと網膜認証で居住エリアに入れます」


 アルバは宇宙分野の人材派遣会社<ヒューマンリソース社>の制服を身に纏い、穏やかな表情で言った。


 しかし、本当は心臓の鼓動が速い。いつでも戦えるように、内ポケットに隠した武器を意識する。


──こいつはどっちだ?


「何から何まで済まないな」と中年の男性は応えた。


 握った移動ハンドルに誘導され通路を進む二人。男性は落ち着き無さそうに辺りを見ている。


 無重力に酔った様子はない。元々月にいたという男性。彼をL5ステーションに案内するのことがアルバの仕事だ。


 表向きは──。


「それにしても災難でしたね」


「ああ……」


 男は元々、月の地下資源掘削の仕事をしていた。重機の扱いや船外作業には長けていたが、突如会社はエネルギー関連の資格を有していない者に、掘削作業を任せない方針を打ち出した。以前からも資格保有者のみが就業できる法規はあったのだが、会社はそれに目をつむり続けていた。


 しかし、二月前、法規を守る姿勢をとった。国連からの圧力があったと噂されたが、男にはどうすることもできない。試験を受け、合格する以外に道はなかった。


 そして──()()()、数いる作業員の中で、男だけが試験をパスできなかった。


「核燃料取り扱いライセンスの試験は難しいというより、出題が特殊ですから。また受けなおして会社に戻るまでの辛抱ですよ」


 アルバは心にもない励ましをした。


 解雇され路頭に迷った男は、人材派遣会社に登録し、日銭を稼ぐため新たな職場を探した。


 それが、ここ、L5宇宙ステーションである。


 全て社会の仕組みの上の出来事であり、男にとっては身から出た錆だと言えよう。彼自身もそう納得し、受け入れた不幸だ。


──災難だったな。


 アルバの内心の正直な気持ちである。確かに、この男は運がない。


「ありがとうよ」そう言って、男は居住エリアへの扉をくぐった。


 手をひらひらさせて、扉が閉まるまで見送ったアルバ。彼の仕事はひと段落した。


「あと二人か」


 アルバは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、見送って引き返した。



        ◆



 スチュアート・ベイクウェル。54歳


 ジョニー・ホーキング。56歳


 オーガスタス・ブース。49歳


 トニー・イーガン。50歳


 ベネディクト・バーク。57歳


 ローリン・ベスト。48歳


 アルバは人材登録書と書かれたファイルを端末で開き、スクロールした。


 これまでL5宇宙ステーションに連れてきた男性たち。


 眺めるだけで嫌悪感を覚える面々だ。なにせ、全員同じ顔をしている。そして、──彼らは二十から三十年前に脳障害を経験し、幼少期の記憶がない。


 まさに、没個性的な面々と言える。六人の内、二人は地球から「何らかの理由」で失業し、宇宙に登ってきた。それ以外の四人も月面での仕事を奪われ、彷徨っていた。彼らはアルバに感謝しているだろう。


 アルバは、月に向かう小型艦の操縦席で、深く息を吐いた。


「あの中に本当にハワードがいるのか……?」


 ナハトの話によると、世界にはハワードと同じ顔をした男が八人いるらしい。クローン技術によって生み出されたソレらを一か所に集めて、まとめて始末することが目的らしい。


 たとえ、ナハトとアルバの工作により、職を失い宇宙ステーションに集める活動の中で、工作に気づき従わない男がいたとしたら、それがハワードであるという風に、本物をあぶり出す実験としてはアリだと、アルバも判断した。


 しかし、この半年の潜入で六人もの「ハワード・フィッシャー」が、のこのこと誘導されてしまっている状況。


 普段のアルバであったら、「ハワード候補」となる男とは電子連絡のみでやり取りをして、ステーションまで連れ込んだが、今回はリスクを冒して会うことにした。


 本物のハワードだった場合、アルバは戦闘になるはずだったが、結果は何も起こらず、ただ憎い怨敵と同じ顔を拝むだけに終わった。


「こんなまどろっこしい作戦……。どうして俺があいつの使い走りのように働かなきゃいけないんだよ……」


 暢気な文句であることは分かっていた。六人を収容してアルバの潜入は終わりである。これから月のシャクルトン基地に向かい、ナハトと合流する予定だ。


 アルバはハワード候補を集め、ナハトは弾丸を手に入れる。この役割分担で、先に仕事を終えたのはアルバだった。


 八人いる中で、残るは二人。彼らは現在地球にいることは分かっているが、連絡が付かない。


「ジョンソン・ガルシアとマーティン・ハーバードか……」


 ジョンソン・ガルシアは半年前に交通事故で妻を亡くし、ネット環境のない田舎へ帰省しているらしく、音信不通。そしてマーティン・ハーバードは、七か月前に性転換手術をした形跡があり、男性時代の映像しか残っていないため、追跡不可能。


 そしてなにより、月面防衛戦線の宣戦布告により、軌道エレベーターが封鎖された現在。残る二人を宇宙に登らせることができない。


 そのため、アルバの仕事はここで中断といった流れになる。


 もちろん八人中二人まで候補を絞ったのだから、成果はあった。ここからは彼らをどう始末するかという算段を組む必要がある。


 戦争が始まれば事態は一変するだろう。何が起こるかわからない。


 それまでに決着をつけなければ、アルバの大願は成就しない。


「待っていろ、ソフィア」


 アルバは最愛の妹の名を呼んだ。



        ◆



 ここは宇宙のどこか。小惑星を隠れ蓑にした軍事基地だ。格納庫に収まっている一つの機体。


 血のように赤く、バラのように鋭い。巨大な人間の剥製とも表現できる、関節が露出していない有機的な形状は、生命をテーマにしたアート作品のようだ。


 腰や腕は細く、重力環境では立っていられないであろう造形は、宇宙での活動を前提としているためである。そして耐衝撃性を排除した薄い装甲は、別の機能で防御を補う設計を示していた。


 鹿の角のように頭部から延びたセンサーは、量子という実体のない新兵器を制御するためにある。


 <神の代弁者(プロフェット)>の実装試験を兼ねた試作機<フレズベルク>は地球で大破した。ロサンゼルス基地で六分儀学との戦闘によってジャンクと化したプロトタイプ。


 今、格納庫に収まる機体は、試作機とは量子発生機構が異なっていた。マイクロマシンに頼らないそれは宇宙でこそ真価を発揮する。


 その荘厳な巨人の前に、パイロットスーツを着た少女が一人、立っている。


「続けましょう、我々の戦争を」


 言葉には、怨念と歓喜が混ざり合っていた。


 世界に圧迫され、弾き飛ばされ、蔑ろにされた月面の怨嗟が、少女一人の身体に詰まっているようだった。


 彼女の基本プログラムは、梶原奈義を倒すこと。


 月が敗北した五年前、終戦の撃鉄を起こした女神、梶原奈義。その絶対的強者を打倒することによって、月は真に地球からの独立を望める。


 しかし、そんな大義名分すら、怪物にはもはや分からなくなっていた。


 手段と目的が混ざり、ただそこにある暴力として存在する。「そう在れ」と定義付けられた彼ら、彼女たちは、誰を救いたかったかすらも思い出せない。


 始まりは月の悪環境を呪った。地球を恨んだ。


 そして、100人の仲間たちを大切にしようと決めた。


 今となっては、それらは全て一つになっている。


 人心核<イヴ>の内側で燃える炎は梶原奈義を倒せと叫ぶけれど、初志から離れた願望であることを指摘できる者はいなかった。





「紀村ナハト……」




 イヴは梶原ヘレナの唇でその名を呼んだ。


 自分は一体何者なのか、誰か教えてほしいと「彼ら」は思った。 


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