狂信者たち
<神の代弁者>。人型に感応する重力偏極量子。それが人体模倣の真実だと、ノイマンは言う。
アーノルドは技術者ではない。彼はそれよりも別の言葉を聞き逃さなかった。
「<キューティー>?」
郵送便のメモにも記されていた固有名詞を思い出す。ノイマン博士のことをそう呼ぶのか、キューティーとは何かの称号や役職なのか、あるいは組織名なのか。アーノルドは聞き返すしかできなかった。ただ、その名前が重要であるという直感だけは働いた。
「ああ、我々は<キューティー>。オルガは私たちを狂信者の意味を込めて、そう名付けた」
「では、<キューティー>とは団体の名前なのですね」
「あるいは、思想で繋がった者たちを言う」
「要するに<キューティー>とは、その重力偏極量子<神の代弁者>の可能性に魅せられた科学者たちというわけですか」
「少し違うな」
「というと?」
「我々は単に新規量子を応用技術を開発したかったわけではないのだよ。可能性を信じたのではない。<神の代弁者>の存在が示唆した新しい宗教を信じたのだよ」
「宗教?」
「我々は科学者だ。偶然と必然を統計学によって見極める。だから新しい現象に出会えば、妥当性を考える。果たしてそんなことがあり得るのか、と」
「現実に<神の代弁者>はあるんでしょう?」
「そう、あるのだ、困ったことに。故に、その人型感応性重力偏極量子という直感に反する不自然な存在が、科学という我々が今まで信じてきた宗教を破壊したのだ!」
ノイマン博士の語気が強くなる。
「だけれど、オルガ・ブラウンはその存在を予想したのだろう?」
「人型に感応することまでは言わなかった。気づいていた? 気づいていながら言わなかった? それも有り得る。禁断の果実だよ。我々は<神の代弁者>さえ知らなければ、こんなに渇望することもなかったのに!」
「あなたたちは、どんな考えに至ったのですか……。<キューティー>の持つ……その……宗教観はどういったものなのです?」
「先ほど私が、何故神は人の型をしているか考えたことはあるか、と聞いたとき、君は逆だと言った。確かに逆なのだ。しかし、君はそれは人が神をそう描いたからだと続けた。そうではない。そうではないんだ」
ノイマンは一拍おいて、両腕を広げて言った。その表情は、人間が表現できる感情をどこか越えているような、笑顔だった。
「神は、いる」
「…………!?」
「人が神の型を真似て、生まれたのだ」
「何を言って…………」
「人体模倣とは、二次創作なのだ。神の模倣品たる我々が一次創作であり、さらにそれを真似た機械たち。人という型に力が宿るのは必然だ。それは神の型なのだから!」
アーノルドは強い目眩に襲われた。ヒューマテクニカ社の優秀な社員が、科学の園にいた人物があっさりと神秘に逃げた事実を、感覚を共有できない狂気を直視できなかった。なにを信じるかなど自由なはずなのに、アーノルドはそのふざけた幻想に怒りに似た感情を覚えていた。
「ふざけてる……!!」
「じゃあ説明しなさい! 胴に腕が二本、脚が二本、頭を乗せたその型に、神秘が宿るその理由を我々に説明しなさい! 幾何学に従うならば、戦闘機の合理的な型は球や三角になるはずなのに! 人の型が有用だと誰が予想できる?」
「……オルガ・ブラウン」
「だったら、彼が神か? それこそふざけている。あれは……人でもなければ神でもない! 愚者だ!」
「どうして、起源量子を発見した彼をそこまで言う? あなたたちの信仰はオルガ・ブラウンにこそ向けられるべきじゃないのですか?」
「あの人は、<神の代弁者>を予想しておきながら、それを大いなる目的に使おうとはしなかった。極めて個人的な願いのために利用した。
<神の代弁者>を発見したヒューマテクニカ社新事業開拓室のメンバーの内、
オルガ・ブラウンとハワード・フィッシャーはそれを<人心核>などという下らない発明に利用し、 他のメンバーは世界の真実を見出だすための信仰とした。
それら全てを知らされなかったルイス・キャルヴィン博士を除けば、我々はとうに狂っている」
「人心核…………?」
「聞いたことがないのか? あれはオルガ・ブラウンとハワード・フィッシャーの玩具だよ。それ以上でも以下でもない」
ノイマン博士は笑った。
「ただ、我々は<神の代弁者>の研究のため、オルガ・ブラウンの死後も、人心核を預かり、オルガ主任の遺言としてそれを東洋の見知らぬ幼児に埋め込んだ。それが最後の義理立てだと割りきって、だ」
「わけがわからない。なんですか、神だの人心核だのと…………!」
「簡単な話だ。かつてのヒューマテクニカ社新事業開拓室メンバーは、オルガ主任、ハワード・フィッシャー、ルイス・キャルヴィンを除く、全員が人体模倣の真実に魅せられ<キューティー>と名乗っている。それだけ知れればあとはいい」
「<キューティー>の目的は? それにあとはいい、とは」
そして、突如部屋の電気が消えた。ノイマン博士の顔が見えなくなる。アーノルドはとうに怪物の腹の中にいたのだ。
「──!!」
「我々の目的は、神の御業を拝むこと。<神の代弁者>の真の機能を目の当たりにすること。故に人体模倣も越える、神の模倣体を拝まなくてはならない」
──神体模倣。とノイマンは言った。
「神の模倣体?」
「この世界に<神の代弁者>を使いこなせる者がいる。それこそが───
臨界突破者だ。
我々の目的は臨界突破者同士の戦いを見ることなのだよ。それこそが神の存在証明だ」
「梶原奈義を──彼女を狙っているのか?!」
「それは違う。もっと頭を使いなさい。何故私が君を呼び出して、こんな話をしたと思う?」
「何?」
「我々はもう壊滅寸前だ。既に詰んでいる。ハワード・フィッシャーによる狂信者狩りが始まっているのだ。
わかるだろう? 独りで死ぬのは怖いから、誰かと一緒なら寂しくないんだ」
そして、廊下のガラスが割れた音がした。間髪入れずに扉ごと貫く銃声が部屋まで届いた。
アーノルドは飛び上がり、部屋の隅に身を隠す。複数の足音がする。あと五秒後には対面するであろう敵の群れ。
「<ドウターズ>。ハワードの兵隊だよ」
「…………っ!!」
アーノルドは胸にある小銃を取り出し、応戦する構えだ。ここは何階だったか。飛び降りても生きていられるか。月の重力ならば耐えられるか。複数の思考を同時に走らせても、敵は来る。
そして、部屋に給仕服を来た女子たちがライフルを抱えて突入してきた。これが敵。ハワードの兵隊たち。
四人の暗殺者はノイマン博士をあっさりと射殺した。
そして、脇にいたアーノルドと目が合う。不思議なことに四人とも同じ顔をしていた。
──ここまでか……。
アーノルドは発砲した。前面にいた一人の脳天を撃ち抜いたがあと三人、彼女らが銃口を向けたその時。
「目を閉じろ!!」
と、声がした。若い青年のそれ。
窓ガラスを砕き、外から何かが飛び込んできた。閃光弾だと直感したアーノルドは直ぐに顔を腕で覆い、目を閉じた。
炸裂する光が部屋を白く染め上げた後、目を開けるとアーノルドの前に一人の人物が立っていた。ドウターズ二人を既に殺害した技能は素人のそれではない。
「……君は?」
唖然とするアーノルドに彼は応えた。
「俺はアルバ。話は後だ」
深い夜、月面で戦いの第三幕が上がった。




