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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
二. 愛と絆のハワード・フィッシャー
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人にやさしく

 十数秒の内に次々と墜とされていく仲間たち。中には遺言にもならない悲鳴を通信に流す者もいた。戦う意志すら折られながら、それでも降伏が許されない。そんな殺戮が見知った空で行われている。


 皆、優秀な戦士だった。


 守りたい家族の顔を忘れまいと操縦席に写真を持ち込むような、臆病な内心を隠すのが上手い、普通の戦士だったのだ。


 六分儀学は、彼らと戦った事実を忘れない。


 背中を預けた過去を忘れない。なかったことになど、できるはずがない。


 今逃亡を計る敵の殲滅をもって弔いとする。学の脳内の血液はひどく冷たい。それでも心臓は激しく鼓動する。


 冷徹と熱血を──その純心に宿して、世界最強の戦士の代理を担う。


「行くぞ」


 六分儀学を乗せた<スザク>は空高く発射された。



        ◆



『私を満足させてよね』


「もちろんだ」


 イヴは納得した様子だったが、ハワードはあえて言葉をかけた。人心核の心は読めない。イヴとは言葉を交わすしかない。


「物わかりがいいね。いいのかい? 最後の相手はあの六分儀学だ。君を一度打ち倒した相手だ」


『意地悪ね。……いいのよ。私もう梶原奈義にしか興味ないもの』


「それはヘレナを補食したから?」


『うん。今少し戦ってみてわかっちゃったのよ。もう、私より強いひとなんか梶原奈義以外にいないって』


「だから、雑魚にかまっていられないと?」


『そういうこと』


「はははは。それは失礼。ずいぶんと大人になったね」


『ええ、人は成長するのよ』


 イヴはそう言うと、より飛行ユニットの出力を上げ、彼方へと飛びさって行った。


──人、か。


 ハワードは笑いが込み上げてきた。神経を逆撫でされたような不快感に笑うしかなかった。渇いた声で小さく呟いた。


「笑わせるな。人心核が人なわけがないだろう」


 怨嗟に燃える瞳に写るのは、目の前に迫り来る六分儀学などではない。紀村ナハトでも人心核イヴでもない。


 この状況の裏にちらつくオルガ・ブラウンである。


 人心核をなぜ生んだ。人の心の模倣、それ自体がひどく侮辱的に思えたハワードはどうにかして人心核を「道具」のまま利用しようと心に決めた。それがあの怪物に対する意趣返しになると思ったのだ。


「人体模倣などで、人々の心を癒せるものか」


──オルガ主任、それでもあなたは人体模倣を突き詰めた。人のカタチに、どれだけの意味がある。


 ハワード・フィッシャーは操縦席で、戦場にいない誰かと戦っているようだった。



        ◆



 六分儀学は戦闘機から80メートル下の炎上した第四格納庫を一瞥した。国連宙軍の内から食い破られた傷跡を確認すると、広大に広がる滑走路に墜ちた友軍機も目についた。


 命が失われるのはいつだって一瞬だ。祈る間すらなかったに違いない。けれど、学は彼らのために祈ることはしない。それをする前に倒すべき敵がいる。


「いくぞ」


 小さく呟き、彼の機体は遅れて逃亡を試みる戦闘機を睨み付けた。


 飛行ユニットの噴射は爆発的で、<スザク>はその場から消えたように加速度を得た。当然身体は操縦席に締め付けられる。ただ、それを惜しむ学ではない。自分の身体に配慮する正気など地上に置いてきた。彼はただ一人、戦場を駆ける獣だ。


 理性を振りほどき、敵に肉薄する姿は人らしいと感じるか、見る者に委ねられる。ただ操縦補助機構に頼らない彼は、六分儀学という剥き出しの人間だ。理性を人間の必要要素とするならば、彼は人間などでなくていい。


 ただ、殺す。獣の敵意は静かであれど、絶叫のように空に轟くだろう。


 決着の時。


 学は迫撃砲から敵性<ハミングバード>へ放つ。


 射撃は正確。軌道を予測してトリガーを引いた。


 しかし、敵は挨拶に応じるようにそれを避け、砲撃を返答とした。


 撃ち合う両者。流れ弾は地面をえぐり、建物を破壊する。


 そんな攻撃の応酬を経ながらも学は着実に敵へと接近していた。



        ◆



「そうか、ぼくが憎いか」


 ハワード・フィッシャーは迫りくる強敵に笑みを浮かべた。声が届く。澄み渡った殺意はハワードの芯を揺らす。そんな殺害対象としか見られない自分と、対峙する敵は誰よりも人間らしい。その絶叫こそが人間の証。心が確かにそ存在する、木偶ではない本物の人間が、何よりも愛おしい。


──そうだ、これだ。これなんだ。


 戦闘機同士の一対一の戦闘は、現代では()()発生しにくい。月での戦争では核弾頭による炸裂が有効であったから、戦闘機は残党狩りという側面が強かった。作戦を立て、陣形を守り、生存率を上げ、効率的に勝利する。


 だから、この場は得難い機会。ハワード・フィッシャーが人間と最も触れ合えると感じる「殺し合い」というコミュニケーションの形。


『お前を殺す』


 猛獣の雄たけびは、ハワードにのみ聞こえる。梶原奈義であったならどう解釈するだろうか。少なくとも男は、「人間が確かにここにいる」という安心感を感じていた。


 戦闘機の操縦そのものは決して専門ではない。彼は科学者だ。それでも生き延びてきたのは、人間の殺意を敏感に感じてきたからだ。


 そして六分儀学の「声量」は誰より大きく純度が高い。


 砲撃がハワードの機体を狙う。弾丸は殺意を纏い、軌道を明確に描いた。ハワードは手に取るように未来を予測して回避を選んだ。


 敵はおそらく近接格闘を前提とした最新鋭機。


 ハワードの予測を六分儀学の技巧が上回るか。そしてそれは両者が接近することで、学に天秤が傾く。接近戦は彼の世界。学自身もそれを理解している。より純粋に、より早く、敵を倒す。


 ハワードは窮地に追い込まれつつあった。



        ◆



 どうにも戦いにくいという違和感があった。だが、それを言葉にすることができない。気にするな、畳み掛けろ、殺せ。感覚はそう叫んでいる。


 戦闘機に乗るといつもそうだ。小さなことが気にならない。否、気にすることができない。頭は冴えている。血液は熱い。戦いに臨む気概は申し分ない。しかし、思考が言語化できない。


 それはあたかも、解像度が極めて高いレンズで白黒の景色を眺めているようだった。


 理解はできる。けれど感情が、機微が、意識が、「これだ」とはっきりしない。感覚と直感だけが先行する。きっと言葉を持たない獣のようなのだろう。


 理性を置き去りにして駆る巨人は、彼同様に無機質で似合っているとすら言えた。


 新型試作戦闘機<スザク>は、時代の流れを曲解したフルマニュアルの操縦機構。自動操縦に置き換えようとする現代のトレンドを無視した学のための機体。


 いくら戦果を挙げようと量産はされないだろう。


 それだけに、今、この戦場で、オンリーワンの性能を発揮することに躊躇はない。


 テロリストの射撃は学の進行方向を予想していたが、重心移動と飛行ユニットの制御によって回避はできる。距離を詰めるタイミングは攻撃を避けた後。高速で宙を駆ける二機は、気が付けば海岸線が見える地点まで移動していた。


 民家が立ち並ぶ地上。信号を待つ自動車の列。ランニングしていた足を止め空を見上げる人。


 学は漠然とした意識の中、民間人を守らなければと意識した。



        ◆


『ここはまずい。人がいる』


「ああ、同感だ。六分儀学」


 ハワードは学が意識したことを明確に言語化した。


 民間人を巻き込むのはハワード・フィッシャーの価値観に反する。彼はその能力故に、人が喘ぎ、死地に置かれることを良しとしない。人体模倣研究所の作戦は心が痛んだ。少なくない人数の死者が出た。あの事件の間、ハワードは断末魔を聞き続けていたのだ。


 人間が死ぬのは、苦手だ。これは生理的な問題である。助けてを真摯に訴える悲鳴に、彼は何より反応してしまう。


 アルバ・ニコライを殺さなかったのもそのせいだ。あの少年はハワードを憎んでいる。殺したいほど憎んでいる。いずれ作戦の邪魔になるだろう。けれど、手を下さなかったのはハワードは彼を理解していたからだ。


 ハワード・フィッシャーは優しい。誰よりも人類を憂いている。


 だからこそ、思うのだ。人類には救世主が必要で、孤独を癒す女神がいるべきだと──。


「海で戦おう。そちらも望むところだろう」


 小さく呟いたハワードは、推進剤を燃焼させて海岸へ向かった。砲身は学に向けつつも弾丸は打たない。あくまで駆け引きを続けたまま、戦場を変えることを提案した。


 学も当然追いかける。ここで攻撃はしない。二人は同意したように、海へと機体を飛ばした。



        ◆



 一人の少女が海岸線で犬を散歩させていた。


 太陽から降り注ぐ光は、大きな影を作らない。穏やかな波のさざめき。微風が潮の香りを運ぶ。


 ご機嫌に尻尾を振る愛犬は、少女の歩幅に合わせて歩いていた。そんないつも通りの光景。


 歩きながら彼女は、学校での成績が思いように伸びていないこと、友達の恋愛事情など本人にとっては重大な問題に心を砕いていた。そうすることで気持ちの整理がつく。


 日常の一ページ。誰ともすれ違わない心地いい孤独な時間。


 それに割って入るように、遠くから音がした。初めは航空機だろうかと予想したが、この近くに飛行場はない。あるとすれば国連軍の基地。


「戦闘機かしら……」


 犬もだんだんと大きくなる轟音を確かに感じているようで、地面を嗅いでいた鼻を持ち上げ、当たりを見まわしていた。


 音は身体の中心を揺らすほど大きくなり、ドップラー効果で高くなる。なにかが接近してくると思った。


「あ──」


 少女が空を見上げると、二機の戦闘機が彼女の視線を横切った。大きな影に一瞬包まれた少女。けたたましいほどの飛行音と巻き上がる風の乱流。


 彼女の穏やかな日常に突如として暴力の塊が顕現した。


 少女は、二機の戦いの終わりを見ることになる。


 この、世界の行く末ごと左右する決戦の観衆は少ない。


 けれど少女は、六分儀学とハワード・フィッシャーの戦いの特等席にいた。


 善悪もわからないまま、世界にとって何が正解なのか判断できない幼い心は、それでも──。


 この日のことを忘れることはなかった。



        ◆



 海での戦い。六分儀学は周りの損害に気を取られることがないと理解して、手加減をやめたようだった。惜しみなく迫撃砲を打ち、ハワードの進行方向に爆雷を投げた。炸裂する衝撃は、<静かの海>戦争を再現した縮図のようだった。月と地球の苛烈な歴史を体現するように、二人は戦っていた。


 卓越した操縦技術によって接近する学。それから逃げつつも反撃の機会を窺うハワード。


 だが、ここまで長引いた戦闘において、戦力差が如実に浮き彫りになろうとしていた。


 六分儀学の砲弾が、ハワードの機体の脚部を破壊した。まさに自力の差。戦士として生きてきた学の「これまで」がハワードの読心能力を上回りつつあった。


「本当に、君は強い」


 ハワードの額には大粒の汗が浮かんでいた。梶原奈義との闘いは戦闘機で行ったが、あれは「技能」を競うものではなかった。いうなれば読心能力の強度を競い、それにハワードは見事勝利した。


 描いた理想を押し付け、奈義の精神を汚染するまでに至った狂気。人類を真に救いたいという優しさが、極限の極限の極限の極限の──さらにその先の純度まで高められたハワード・フィッシャーという人間そのものをぶつけた勝利だったのだ。


 此度の戦闘は、「いかに戦闘機を上手く操れるか」という何の変哲もない戦士としての戦いに他ならない。


 そこで、六分儀学が負けるはずがない。


 彼はこの土俵で、梶原奈義と渡り合ってきたのだから。


 ゆえに、ここでハワードに求められることは──。


「覚悟が足りない! ぼくは覚悟が足りない! 本当に人類を癒したいのか!? 孤独を取り除くためなら何でもする! なんでもだ! そうやってきたんだ! 梶原奈義を、人類が手に入れるまで! 死ぬわけにはいかない!」


 誰に聞こえるわけでもない宣誓を、ハワードは強く詠う。


「ああ、だから足りない! ぼくは狂っているとも! 初めからぼくは狂っている! だから! 覚悟を! 覚悟を決めなくてはならない!






 六分儀学を()()覚悟を!」




 人の断末魔が嫌いだった。苦しむ人を救いたいと思った。孤独に嘆く人に依りそう誰かに成ろうとした。なぜなら、真の救世主がいないから。自分がなろうと決めたんだ。神の不在。あるいは神の無能。どうして苦しむ人を救えない。こんなにも人類は思い悩んでいるというのに、なぜ神は何もしない。遥か座より見下ろすばかりなのか。


 だったら、この身が救世主になろうと考えた。


 しかし、それは破綻するとすぐに気が付いた。自分はその器ではない。苦しみしか理解できない出来損ないの読心能力者。人類の理解者にはなれない。


 であるならば、真の女神が必要だ。


 それが、ハワード・フィッシャーの真実だ。


 人類を救うためならば、人ひとりの死は受け入れよう。多くの今際の際を読み取ったけれど、慣れはしない究極の孤独に耐えて見せよう。


 六分儀学の死を耐えて見せよう。


 ハワードは最後の切り札を切った。


 男が奪ったのは、国連宙軍機である。同じ友軍機である六分儀学へのチャンネルを繋ぐことは容易だった。


 ハワードは通信をオンにした。


「やあ、ぼくはハワード・フィッシャー」


『……!!!』


「月面防衛戦線の技術顧問」


『お前を……殺す……!!!』


 学からの返答は実にわかりやすい殺意が表現されていた。


 ハワードは学への毒薬を注入した。










「梶原奈義の戦闘データと戦ったそうだね。


 どうだった?


 かつて敗れた相手に復讐した気分は」






 その時、通信相手の内側でなにかが切れた。その爆発は通信越しでなくともハワードに届いた。





『貴様ァァァァアアアアアアアアア!!!!!』


 


 

 学の激高は、彼の戦術を一変させた。今まで距離を詰めるタイミングを調整していた彼は、愚直に、一直線にハワードの機体へ接近した。


 ハワードはそれを待っていた。


「ぼくを憎んだな?」


 そうなってしまえば、学の動きはかつてないほど読みやすい。策もなく突進してくる相手に、ハワードは迫撃砲を向けた。


「さようなら、六分儀学。英雄なき世界の最強の戦士よ」


 打ち放った弾丸は機体の腹を貫き、一秒も待たない間に、学の機体は姿勢を崩し、勢いのまま、海へと落下し──爆散した。


『あああああああぁぁぁぁぁあああああああ────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!』

 

 死。


 人間一人が死ぬ瞬間の心の声は、ハワードの耳に否応なく届く。


 破滅へ向かう人間の心は、死を理解した時に真の孤独と直面する。自身の終わりを受け入れられないと叫ぶ心は、駄々をこねる子供のようだ。いやだいやだいやだ、死にたくないと誰もが悲鳴を上げてしまう。


 六分儀学の断末魔を聞いて、ハワードは泣いていた。


「ごめん。ごめんよ。殺してしまって。本当に──」


 人類救世主の出来損ないは、殺した相手を弔う涙を持つ、心優しい異常者だった。




        ◆



 時は数分遡る。 


 アルバ・ニコライは目覚めた。


 格納庫の炎上は広がり、もはや瓦礫の山となった地獄の一角。彼は軋む身体を起こして、同じく打ちのめされた少年を見つけた。


 彼は紀村ナハト。


 銃創から流れた血で道を作りながら這いつくばって、空を見ながら泣いていた。


 ブツブツと何かを呟いていたがどうやら生きているようだ。


 二人は共にいたいと思える親愛なる誰かを失った共通項を有していた。


 そして、利害は一致していた。


 アルバはナハトの元に歩き、見下ろしながら、彼に問う。


「まだ、やれるか」


「……お前は」


「アルバ・ニコライだ。忘れたのか」


「覚えているよ。許さねえからな」


「それでもいい。だが今は──」


 アルバは、語気を強めて言い放った。


「ハワードを殺す」


「……!!」


「力を貸せ」


 ナハトは、うつむいてから目を閉じた。ヘレナの顔が浮かぶ。立ち上がらなければいけないと思った。


──本当は大嫌いだから。


──二度と助けに来ないで。


「俺は……ハワードを許さない」


 紀村ナハトは立ち上がる。アルバはそれに手を貸した。握りあった二人の手は熱い血潮が流れていた。



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