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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
二. 愛と絆のハワード・フィッシャー
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六分儀学という男

 国連宙軍ロサンゼルス基地の上空に浮かぶ影。否、影すら映らぬ幻は神秘のベールを纏っているがゆえに不可視である。

 

 すでに基地を射程圏内に収めた座標を飛んでいる。


 蜃気楼を身にまとい赤い装甲を隠す機体は<フレズベルク>。人体模倣研究所に破滅をもたらした破滅の使者。次世代の戦争を担う具現体。<神の代弁者(プロフェット)>という未知の戦闘システムは、現存するあらゆる兵器をあざ笑うかのように圧倒的な性能を見せた。


 おそらく、同じく<神の代弁者(プロフェット)>を有する機体が現れぬ限り、宇宙はこの神鳥の独壇場となるだろう。


 それが今、ナハトとヘレナのいる基地の上方にいるという事実。それは紛れもなく10日前の戦火を再現することを意味していた。


 けれど先のテロとは事情が異なる。ここは国連宙軍基地だ。人体模倣研究所はあくまで研究機関であり、武力を中心とした組織ではない。一方、この場は正真正銘の戦争屋が集まる正義のセントラルベース。


 同調率90%を優に超える戦士たちは十や二十ではきかない。六分儀学を始めとする歴戦の猛者たちが、月面防衛戦線の最後の希望と相対する。


 この日、10日前の戦場すら生ぬるいと切って捨てるような戦いが勃発する。


 <フレズベルク>にとってはリベンジマッチだ。六分儀学から受けた損傷はすでに修復されているが、敗北した記録は今も残っている。


 不可視の機体はゆっくりと、迫撃砲を傾け、基地の格納庫に向かって発射した。



        ◆



 そのとき、堅牢な基地ごと揺るがす衝撃が走った。その場にいる誰もが異常事態を直感し、地震ではないとナハトだけが皆より一秒早くに理解した。


 なぜなら、十日前に味わった破滅の幕開けを身体が覚えていたから。突如として響く轟音は、内臓の奥まで刻まれている。


──これは攻撃だ。


 ナハトは一瞬暗転した視界を無視して大声をあげた。


「ヤツだ!」


 ナハトに関する会議中だった室内。まさしく「それどころではない」と将校たちは次の行動をとった。


 サンダース中将は低い声で言った。


『六分儀大佐は出撃準備を。その他の者は私と共に避難シェルターへ移動する』


 学は少しの迷いもなく「了解しました」と応えた矢先──。


『緊急事態発生。緊急事態発生。南南西から攻撃を受けています。戦士および整備兵は上官の指示を待たずに第一種戦闘配備。繰り返す──』


 組織としては最速の対応が成された。警告は基地全体に響き渡る。国連宙軍ロサンゼルス基地は、攻撃から三十秒で戦闘体制に移行したのだ。


 けれどそれが、最善であったとしても万全でないことは誰もが理解している。


 既に先手を取られている事実は無視できない。


 ここは戦場。


 誰かが必ず死ぬ。


────あ。


 六分儀学は警報が鳴り終わったと同時に、部屋から飛び出した。閉まりかける扉に視線を送るナハト。


────ヘレナは無事なのか……?


 ナハトの頭をその一点が支配した。人心核の基本プログラムに従うならば、ナハトはこの時誰よりも先んじて安全圏に逃げるべきだった。しかし、それをしない自分を俯瞰することはない。()()()()()()()()()()()()


「行かないと……」


 ナハトも咄嗟に、転びそうに絡まる脚を無理やり引きずって無様にも走り出した。


『貴様! どこへいくつもりだ!』『六分儀大佐! 止めろ』サンダース中将とバーンズ司令はナハトの奇行を見逃さなかった。しかし、時既に遅し。ナハトは振り返ることなく会議室を抜け出した。


「ヘレナ……!」


 わずか一分間の出来事。この選択がナハトの未来を決定付けることとなる。



        ◆



 ハワード・フィッシャーはヘレナを肩で担ぎながら歩いていた。彼女は意識を失っている。彼らの行く先は彼のみが知っていた。


「悲しいな」


 何故だか──ハワードは泣いていた。


 何が悲しいのか、質問すら憚られるほど男は大粒の涙を瞳に蓄えていた。それは近親者が他界した者が流す涙を思わせる、苦悶の表情だ。


 大切な誰かが消えて、まるで身体の一部が切り離されたような喪失をハワードは味わっていた。


「苦しい。楽になりたい。死にたくない。そうだろう。わかるとも」


 独り言は小さく一定の声量で呟かれる。悲しみにうちひしがれている男は、誰とも会話をしていない。そんな相手はこの廊下にはいない。


 けれどハワードは誰かに優しく声をかけるように、言葉を紡いだ。


「そうか、恋人がいたのか。夢があったのか。挫折の果てに無心で努力をしていたのか。それは無念だ。道半ばで死ぬには若い。ぼくも残念でならない」


 ハワードは、人の心が読めると言う。言葉や距離を飛び越えて、ハワードの周囲にいる人物は内情を読まれてしまう、らしい。


 だが、ハワードも()()()()()()、と。そう言うだろう。


 不本意で仕方がない。こんな力はほしくなかった。なぜならここは生存困難の戦場で、今際の絶叫すらハワードには直接届く。


 それはあたかも自分自身が、死や、それに相当する悲劇を追体験しているようだ。涙が出ない方がおかしい。


 ハワードに出来ることは、彼らの孤独を理解する、ただそれだけ。


 けれど彼は知っていた。


 それだけのことが孤独から救いだす唯一の手段だと。


 絶望の最中に、隣で「私はあなたをわかっています」と言われることが、孤独を払う最適解なのだ。


 ただ、呪わしくは──。


「同じ力を持っていながら、梶原奈義。君は人類のためにその力を使ってくれないと言うのだね」


 ハワード・フィッシャーは泣いていた。



        ◆


 六分儀学は戦士として優秀だが、部下を指導することは向いていない。むしろ禁止されていると言ってもいい。


 それほどに学の戦い方──操縦技能は他からかけ離れていた。参考にならないし、してはいけない。


 操縦補助機構(アシストシステム)を一切使わず、全てマニュアルで操縦することは勿論、驚くべきことだ。しかし、熟練の戦士ならば「その方がいい」と賛同する者も多少はいる。


 実際問題、現在の操縦補助機構では、複雑な操縦を要求される格闘に対応できていない。学の戦い方は理にかなっているという点で、見習うべきものがある。


 ただ、そうではないのだ。


 彼と普通の人間では見ているものが違う。


 六分儀学は天才ではない。梶原奈義にはなれない。学の力は──否、障害は後天的なものだ。


 


 

 学曰く、「戦闘機に乗ると、感情がなくなる」というのだ。



 

 情動というものがある。脳科学では、外的な刺激を受けて、それが身体的な反応として表出することを言う。情動の集合体を我々は感情と呼んでいる。


 痛いこと辛いことがあったら、涙を流し表情をしかめるのが人間だ。いくら我慢強くても身体が反応してしまう外的な入力を拒むことはできない。


 けれど学は──操縦席に座ると、余計なことを考えられなくなってしまうのだ。頭が冴えわたってしまう。集中してしまう。


 だから、戦闘機に乗った彼は欺瞞のない正真正銘、本心むき出しの六分儀学だ。


 難しい理屈や損得勘定は入り込まない丸裸の彼がいる。


 それはむしろ、獣に近い。


 自己欺瞞や迷いのない、鋼鉄の心臓は巨人の中で単調に律動する。 


 その脳障害は────15年前、オルガ・ブラウンが創った機体に乗ったことが原因だが、学はその機体の名前を思い出せない。


 

        ◆



『国軍機HFX-105〈スザク〉への搭乗を確認。パイロットID認証。システム起動します。操縦補助機構アシストシステム……『六分儀学』を開きます』


 学は既に戦闘機に乗り込んでいた。本来であればブリーフィングを行い、作戦を打ち合わせるだが、時間がない。操縦席の中で学は指示を聞いていた。


 オペレーターからは暫定的かつ一時的な作戦が伝えられた。


『現在第四格納庫は既に損害甚大。戦車による援護は受けれません。出撃可能な戦士数は貴官を含めて15名。最も早く出撃できるのは大佐、あなたです。他の戦士が出撃するまで持ちこたえてください』


 学は大きく息を吸い、ディスプレイを見つめた。密着する電子可塑性樹脂がやけに冷たい。頭は冴えている。


「無論、無力化してもいいんだよな」


『……許可します』


「了解」


『賊に理解させなさい。正義の砦を侵したツケは大きいと』


「ああ……」


 ハッチが開く。眼前に広がる黒い雲。推進剤の燃焼が蜃気楼を作り出している。


 発射機による加速は必要ない。敵はすぐ近くにいるのだ。学が駆る試作戦闘機<スザク>はゆっくりと宙に浮いた。20トンの巨体が浮上するためのエネルギーは凄まじい。数名の整備兵がガラス窓越しに見送る中、彼は戦場へと飛翔した。


「行くぞ、月面防衛戦線」


 開けた視界。厚く覆う雲には立ち上る硝煙が混ざっている。実にわかりやすい暴力の圏域がここに形成されていた。


 五年前、人類初の宇宙戦争が勃発した。地球国家同士の戦いではなく、月面と地球の小さな争いはごく短期間で終結した。学も当然出撃し、大きな戦果を挙げている。<静かの海戦争>がなければ今の階級に就いていないはず。それ程異例のペースで学は出世をした。


 彼の辿った道程は、あの戦争で屠った戦士たちの夥しい屍でできている。


 自責はない。目の前の敵を墜としたことに微塵の後悔もない。恨んでもらって構わない。学は聖人ではない。ただの人だ。


 ゆえに此度も変わらない。ただ、倒す。どんなに特別な兵器であろうと、未来の戦争の体現者であろうと、臆する理由にはならない。


 油断はない。そして一切の迷いもない。


「……不可視か……」


 学はすでに炎上している第四格納庫を見た。敵の姿は確認できない。空気と熱の揺らぎで輪郭が見える場合もあると報告を受けていたが、遠すぎた。


「データリンク障害? これが例の通信障害か」


 敵は必ず近くにいる。けれど、何処にいるかは判らない。なるほど確かに恐ろしい。


──手はある。


 学ぶは低空で、第四格納庫の方向へ移動した。敵は学に気づいているだろう。不意打ちを狙っているはずだ。敵は一対一で勝てない相手にこそ、真に強敵だと認める。すなわち学を倒すことで、脅威はなくなると考えている。


 少なくとも、それが学とナハトの共通見解だ。


 データリンクの電波状況が悪い。そして──システムが完全にアクセス不可となった。


「来たかっ!」


 学は一瞬にして前方向の前進を止め、直角に飛翔した。それとほぼ同時──学の機体があった地面が数発の弾丸によって抉られた。


 こちらが本命だ。そう言わんばかりに、学は上昇するその真下に爆雷を二発落とした。


 火炎と衝撃が爆散した地表。灼熱が散華する爆心を見下ろして学は、吠えた。


「見つけたぞ。<SE-X>!」


 倒すべき敵は熱により神秘のベールを剥がされた。赤い装甲が露わになる。ソレに感情があるかはわからない。けれど、怒りを推進剤に混ぜて点火したように、激しく敵機も舞い上がった。


 これは十日前に中断された戦いの続き──。



   

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