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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
零. 不合理なハービィ
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戦闘開始

 午後の演習で早速、彼女は戦闘機に乗り込んだ。


『国軍機HF-15〈ハミングバード〉への搭乗を確認。パイロットID認証。システム起動します。操縦補助機構(アシストシステム)……『梶原奈義』を開きます』

 

 コックピットの内部は、操縦者に密着した電子可塑性の樹脂アクチュエータで覆われており、関節の動きや筋肉の僅かな肥大を感じ取り、戦闘機と連動する仕組みだ。

 

 人が人らしく動くことを考えられた設計だ。パイロットは、普段自分の体を動かすように、戦闘機の関節を動かすことが求められる。その値が同調率としてディスプレイに表示される。

 

 人体の動きと、戦闘機の動き。その二つの繋がりが、人体(ヒューマン)模倣(ミメティクス)戦闘機の性能を飛躍的に向上させた。

 

 しかし――。


「ハッチ開いてください」


 彼女と彼の技術は、設計やシステムの予測を遥かに超えていた。


 人体模倣研究所の誇る最年少テストパイロットの二人は操縦補助機構(アシストシステム)を使いこなしているのではない。


 二人は操縦をすべて手動で行っている。すなわち、補助機構に『なんの補助も行わない』ことを命令しているのだ。

 

 この操縦法を編み出したのは六分儀学であったが、それを学以外で習得したパイロットは奈義だけである。二人は、自分以外の何にも委ねず、鋼鉄の巨人を操り振るう。

 

 重々しい音と共にハッチが開く。


 目の前のモニターから、太陽の光が映される。開けた視界。

 

 エンジンの誘導期のため推進剤を燃やす。


 煙が格納庫に立ち込める。


 唸る轟音。


 整備士たちは既にいない。猛る灼熱に戦闘機の足元は蜃気楼で揺らいでいた。 

 

 ハッチ横のランプが赤から緑に変わった。

 

 彼女の機体は固定カタパルトから初速を受け、飛翔した。


「行きます」と感情を込めずに言う彼女。


 身体にかかる加速度が、重力に抗う悲鳴のようだった。

 

 遠ざかる地上は見ない。空が映す青色だけを目指した。


 七秒で目標高度にたどり着いた。開けた視界。


 真下には広大な研究所敷地と、その周りに群を成す太陽光パネルがあった。

 

 奈義は、戦闘機は好きではなかったが、そこから見える景色は嫌いではなかった。空に出てしまえば、彼女を苛む『声』も、人工物も少ない。

 

 通信が入った。


『演習を開始します。無人エネミー機が演習場に三機います。その後、有人機一機がエネミーとして出現します。全てのエネミーを無力化してください。一五秒後に、演習を開始します』

 

 オペレーターの声は博士のものだった。


「了解しました」

 

 彼女の機体は、脱力したように飛行ユニットからの煙を止めた。


 重力に身を委ねる。


 落下する機体の姿勢制御は彼女の手で行う。


 補助機構は生きていない。


 機体の一挙手一投足が奈義の命令に従う。


 地上に接近する機体。頭から落下していたが、身体をよじるようにして、脚部を下にした。


 燃料の逆噴射を数回に分けて、地上に迫る。推進剤の消費は最小限に。

 

 すると、地上からの攻撃、十二ミリ砲弾――の模擬ペイント弾が四発、彼女に機体に向けられた。


 彼女はそれを、身体の重心移動で、推進剤を使わずに避けた。そのまま着地。


 ズシンと体全体に内蔵を揺さぶるような衝撃が走る。けれど、怯んでいる暇はない。戦闘機の心臓として操縦席に座っている以上、その程度の衝撃は些事でしかない。


 弾の発射位置を考えると、敵の居場所の検討がついた。


「一五秒後というのは嘘ね」

 

 奈義は冷たくつぶやいた。それぐらいのイレギュラーは彼女にとって不都合ですらない。ただ、早く演習を終わらせたいという思いが強くなった。

 

 二本の足で助走を付け、飛行ユニットから噴射する。


 自動姿勢制御が働かないため、自身の感覚に頼るしかない高速の世界。


 加速度が奈義の身体を拘束する。


 それでも奈義は自由だ。


 どこに力を入れる? 最も衝撃を吸収できる姿勢は? 多くの情報を感じるには?


 初めから知っている。


 戦闘機と学と出会ったときから、すべてを知ったのだ。


 この重量と加速度の極限で奈義だけがすべてを手に入れる。


 高速。

 

 伝達。


 判断。


 駆動。


 極限の機械運動は生身の体を操る精度へと肉薄する。同調率は九十を超えた。


 低空飛行で目標まで近づく。


 彼女の装備は、十二ミリペイント弾を装填した迫撃砲、超々合金ナイフ二丁、爆雷を模した閃光弾三個だ。

 

 奈義の年で、障害物の多い市街地を想定したこの演習場を低空飛行できるパイロットは世界を見ても少ない。

 

 ただ、彼女に誇りはない。

 

 技術を教えてくれた人は別にいる。奈義は彼と知り合えたことを誇りに思っていた。


 ビルを模したブロックを超えたところ、無人機が待ち伏せしていた。ペイント弾の雨が彼女の行く先を遮った。

 

 彼女にとって、無人機は遅く見えた。正面突破。遮られた行く手へ、奈義は構わず飛び出した。

 

 姿勢制御のみで、それらを交わす。

 

 彼女の機体は、わずかなインクの飛散だけ色づいて、直撃をすべて回避した。

 

 予測不能のマニューバ。推進剤を使わず、機械運動のみで攻撃を躱したのだ。

 

 そしてペイント弾も使うつもりはなかった。


 左腕に収納されている超々合金ナイフを取り出した。


 右手でそれを振りかざし、接近する。


 一瞬、推進剤を使った。


 時間を切り取ったように、無人機は奈義の手の届く範囲にいた。


 ナイフで無人機の頭部をなでた。

 

 少しの破壊もしない。


 整備員の仕事を増やすのは気が引けた。


 無人機は破壊されたという風に、力なく脱力し跪いた。


「あと、無人機ふたつね」

 

        ◆


「これが……梶原奈義?」


 その部屋は昼間を忘れたように暗く、モニターの放つ青い光のみを光源としていた。部屋にはルイス・キャルヴィン博士と、オルガ・ブラウンがいた。


「ご覧になるのは始めてですか?」


「ああ……」


 オルガはモニターを呆けたように見つめ、繰り広げられているアクロバットに釘付けになっていた。


 サブモニターには機体と操縦者の同調率が表示され、常に九十パーセント付近という高水準を保っている。


「これは……」


 実際の映像や同調率を始めとする各数値から、オルガは目が離せない。 


 吐息を含ませた言葉はうまく続かない。けれどルイスにはわかった。


 オルガの中で決定的な衝撃が走ったこと。それがどうしようもないほど不可逆で、取り返しのつかない類のものであったこと。


 彼の現在の仕事は、ヒューマテクニカ社、試作機〈ハービィ〉のテストパイロットを見定めるべく、梶原奈義の技量を見ることであった。


 オルガ・ブラウンはかつて科学者だった。材料科学で工学の博士号を、情報数学で理学の博士号を取得した堂々たる碩学であった。


 そして現在は、大企業の最高経営者だ。これまで培ってきたすべてを注いで生き残るマネーゲームの勝者として君臨している。


 しかし、だ。


 モニター越しに見る梶原奈義の動きは、オルガの肩書をもろともはぎ取って、生身にした。


 ただ目が離せない。


 一人の老人がつぶやいた。


「これは……恋だ」


「は?」


 モニターを凝視するオルガを観察していたルイスからでた率直に漏れた声だった。


「今、なんて?」


「私は……梶原奈義、彼女に恋をした」


「もう……彼女は素晴らしいパイロット……そういうことですよね」


――いちいち表現が比喩っぽくて反応に困る。難しく言えば綺麗な言い回しになるわけじゃない。

 

 呆れたルイスはオルガの反応を冗談として取り合わなかった。


「どうですか? 彼女に〈ハービィ〉を扱ってもらいますか?」


「え、ハービィ? ああ、そう。そうだな……」


 オルガは思い出したように思案する素振りを見せた。

 

 ルイスの観察眼がこの老人を理解しようと努める。


――梶原さんと、今回の仕事である〈ハービィ〉の試験を天秤に賭けた。その結果は本人に聞くまでもない。


「それを調べるために、彼女と話がしたい」


「いいですよ。演習は十六時には終わります。そのときにでも声をかけてみては? 私も同伴しましょうか?」


「いや、二人で話がしたい」


「……わかりました」


「彼女について、書類に書いてないことで、気になる特徴はあるかね」


 オルガは敵ではない。


 国の研究機関のルイスとヒューマテクニカの代表であるオルガの間に駆け引きは存在しても、利権や秩序に関係ない部分なら、共有するべき情報はあるとルイスは割り切った。


 だから、この時、彼女は、梶原奈義のことを話した。話してしまった。

 

 それが、何を意味するか、ルイスにはまだわからなかった。


「……梶原奈義、彼女はまだ十六歳です。幼い側面があります」


「ほう? 幼いとは」


「彼女は、テストパイロットの一人、六分儀学と戦うとき、操縦が安定しないことがあります。その不安定せいで演習に支障が出たり、事故が発生するわけではないし、彼女の基礎能力はそのゆらぎを埋め合わせるには十分すぎるので、別段、我々は気にしていないですけどね。ただ、欠点をわざわざ探そうと思えば、それくらいです」


「それはダメだ……」オルガはうつむいて言った。目元は窺えないが、口元は笑っていた。


「ダメとは?」


「彼女にそういう揺らぎは必要ない。そう、相性や作戦では覆せないほどの力を持てるはずなんだ……」


 うつむく彼の言葉はどこか独白めいていた。


「そんなこと、現代戦争ではありえません。十分は資源とタイミング、予想の上に戦いの勝敗が決まる。スポーツとは違います」


「いや? わからんよ。人型戦闘機はいまだ発展途上だ」


「どれくらい未来の話をしているのかによりますが、少なくとも向こう十年、人型戦闘機による集団戦の構図は変わらないでしょう。個人の戦闘力が勝敗を決めることはまず、ない」


 そもそも、一人の戦士にすべてを託すような戦い方を軍隊ができるはずがない。ましてはたった一人の少女に――。


 理屈が彼女の口から語られる。しかし、本心は梶原奈義を危うんでいるのか。


 どちらにしてもルイスは自覚的ではなかった。


――なにを私は当たり前のことを大先輩に説いているのか。


 けれど冗談を本気にとる痛い女と思われても構わない、と妙に強気なルイス。


「そもそも、梶原さんをどうするおつもりですか?」


「どうしだ、語気を強めて。もちろんテストパイロットだ。少し彼女と話がしたいな」


 オルガは顔をあげモニターに映る奈義の軌道と、はじき出される数値を舐め回すように眺めた、続けた。


「君のグループは最高級のパイロットに恵まれたな。彼女こそ、人体模倣における未来へのチケットだ。梶原奈義に迷いは必要ない」


「彼女と話してどうするのですか?」


「愛は人を強くするというしな」と独り言のようにオルガはつぶやいた。


「なに、黙って見ていろ。たかが少女一人の恋愛成就ごとき、――私が叶えてやろう」


        ◆


 奈義は、残り二機の無人機もナイフで無力化した後、今回の演習で相手をする有人機のパイロットを知った。


「六分儀くん……」

 

 演習中は敵機との通信は制限されている。敵戦闘機に乗るパイロットの顔を彼女は見られない。

 

 しかし、わかるのだ。

 

 機体の内側から発せられる『声』で、どうしようもなく、彼と感じてしまう。

 

 建物の屋上から、見下ろす機体は両手に迫撃砲を持っている。その背に太陽を背負い、逆光のシルエット。


 彼の乗る戦闘機は、奈義に向かって射撃してきた。

 

 飛行ユニットの噴射で奈義は高速移動をする。コックピット内の彼女は加速度に引きずられたが、目はモニターに映る彼をみていた。


『梶原! 今度こそ倒す!』


 彼の声はいつも偽りがなく、シンプルだ。


 彼は奈義のことを超えるべき目標と捉えている。


 それは戦闘機に乗っているときのみではない。


 彼は、今朝のタクシーの中でも、講義中でも、昼食の間ですら、彼女をそんな眼差しでみていた。

 

 偽りがない。

 

 それだけが、六分儀学の特性だった。


「学くん、私ね……、明日が楽しみなんだ」


 彼女は通信がオフラインなのを良いことに、独り言を口にする。


『ペイント弾で牽制。誘導してから、Dブロックまで追い込み、爆雷で撃破。接近戦は勝ち目がない』


 彼の思考は、彼女に流れてくる。筒抜けだ。これが彼女の強さの一つだ。


――相手の心が読める。


 それはこと対人戦では、無類のアドバンテージとなる。


「明日の朝、私のタクシーで一緒に来ようね」


 彼女の機体は誘導されるがまま、五時の方向へ後退、遮蔽物の影に隠れた。


 モニター上ではDブロックと表示される。彼はそこを決戦の地に選んだようだ。

 

 すると頭上から爆雷を模した閃光弾が投げ入れられる。


 彼は依然、ブロックの屋上にいた。

 

 奈義は爆雷を投げ入れられることを知っていた。


 迫撃砲で撃ち落とす。


 見上げた空には直視できない発光が瞬いた。


『読まれている!』


 そのまま、彼女は跳躍。


 飛行ユニットの最大噴射で、垂直に飛んだ。


 超々合金ナイフに持ち替えて、ブロックの屋上まで肉迫する。


 彼は迫撃砲で撃ち落とすも、彼女には当たらない。


 当たるはずもない。


 その軌道まで彼女は読み取っていた。

 

 敵意を向けられると、その『声』は読みやすくなる。


「ズルしてごめんね」

 

 屋上にたどり着いた彼女。


 飛行ユニットの噴射、接近して、彼の機体の頭部をナイフでなでた。

 

 その機体は魂が抜けたように、膝をついた。うなだれるように、頭部は下を向いた。無力化されたという証明だ。


『梶原さん、ご苦労様、帰投しなさい』

 

 奈義は、ルイスの命令に「了解」と小さく答えた後、彼を見やった。

 

 その心を聞かなくてもわかる。

 

 自分はひどいことをしていると、わかっていた。

 

 もともと戦闘機の操縦を教えてくれたのは彼だ。教え方が上手だった。


 かつては奈義は彼の弟子のようなものだった。


 だからこそ、奈義の技能の限界は師である六分儀学であり――それを超えることはできない。


 もし、彼女の技能が学と同等のそれまで成長を遂げているのなら、この圧倒的なまでの差は――。


 奈義の体質によるものに他ならない。


 彼女の勝利に誇りはない。


 彼女の強さに矜持はない。 


 それでも、弱いふりはできなかった。嘘をつくことはできなかった。

 

 だから、彼女は、ベターな選択をしているという言い訳を抱えたまま、彼を負かすのだ。


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