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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
一. 紀村ナハトの生存戦略
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戦いは情熱に乗せて

 人型戦闘機が技術の発展において、不自然な突発物だと指摘する声は今もある。


 確かに人型の有用性は証明された。工業用途、災害対応、そしてこと軍事に関して絶大な影響力があったことは誰も否定できない。


 しかし、だ。


 それを不気味だと言う声がある。彼らは一部の学者や企業、宗教法人、政治家であるが、決して数は多くないが、人体模倣に対して「ただ人の形にする」だけで解決する技術課題が多すぎる、と言うのである。


 確かに技術革新はいつだって突然起きるものだった。エネルギーや情報技術が一挙に世界を変えたことを人類は経験してきた。


 けれど人型に疑問を挟む専門家たちは、これまで起きてきたイノベーションと人体模倣が全くことなると主張している。

 

 曰く、「人型にするだけであらゆる問題が解決されることは、都合が良すぎる」というのだ。


 本来、技術は使われる場や用途によって形態が変わり、最適化される。


 人型ロボットが工業用途、災害対策、軍事で役に立つならば、それぞれの場でそれぞれの進化が起きるべきなのだ。


 ある一時を境に、人型ロボットが「すべて」の分野で同時に有用性を示したことは、明らかに不自然だと──。


「でも、技術革新のタイミングを操ることなんか、神にしかできない」


 この話は誰もが抱くそんな反論で終わってしまう。そしてそう言った同じ口で「そういえば、神も人型で描かれているな」と呟いたのは誰だったか──。


 それでも起きてしまった激流は止まらない。


 人体模倣は行き着く所、「臨界」まで向かうだろう。ヒューマテクニカ社がそれを加速させる。


 ヒューマテクニカ社は人体模倣の可能性に対する違和感を無視して、世界経済を巻き込んだ。そして、時代の勝者へと昇華した。


 世界屈指の超巨大企業体になった頃には、人型戦闘機の産業のほとんどを掌握する体制は完成していた。すなわち──。


 戦闘機の製造規格はすべてヒューマテクニカ一色に染まっていた。世界の戦闘機の9割9分は互換性を有する柔軟さを持ち、兵站はそれを前提とした考え方に変わった。


 人体模倣とヒューマテクニカ社が齎した変革は今、この場、人体模倣研究所で起きている小さな戦争の行方を左右することとなる。



        ◆


 梶原ヘレナと人心核イヴとの戦いで終始原因不明の通信障害がナハトと戦場を隔てていたが、突如として通信が復活した。


 けれど、聞こえてきた内容は決して聞き逃せる内容ではなかった。


「人心核……イヴだと?」


 会話から察するにヘレナは敵の姿は見えている。それも至近距離だ。敵──人心核イヴが迷彩を解いたと同時に通信が生き返る。敵の装備の新たな特性が明らかになった。


 そう冷静に分析する並列で、ナハトは混乱もしていた。


 自分以外の人心核。


 ナハトはオルガ・ブラウンの記憶を断片的に読み取った内容にはなかったものだ。おそらくオルガの晩年に関わることなのだろう。


 人心核はオルガ・ブラウンともう一人名前の知らない誰かが作ったはずなのだから。


 生前のオルガがイヴを知らないわけがない。ではそれが今、ナハトたちに立ちはだかるのはどういう理屈だ。人心核のもう一人の開発者が関わっているというのか。


「敵にも人心核を利用したオーバーテクノロジーがあるってわけか」


 人心核自体がオーバーテクノロジーそのものであるとも言える。現代のレベルにそぐわない、開発史の文脈を無視して現れた超技術。原理、仕組みや材料も全く想像が及ばないブラックボックスだ。


 イヴが使う迷彩性マイクロマシンその類だろう。


 人心核アダムを通じてオルガ・ブラウンの記憶の一部を読み取ったとしても、ナハトが知らないことは多い。


 そしてなにより、ナハトはヘレナのことを知らない。


「あいつ、敵と知り合いなのか?」


──親が犯罪者だって言っていたな……。


 ナハトにだってこの戦いがどう転ぶのか、完璧に読めるわけではない。それこそ、オルガ

ブラウンにならできたかもしれないが、今のナハトはオルガ・ブラウンの物語を追体験したに過ぎない。オルガそのものにはなれないし、<マザー>の妨害によって人心核アダムはまだ本調子ではないことは分かっていた。


 ヘレナが敵に寝返る可能性。敵に説得される危険性。どれもないとは言い切れない。


 信じるしかない。


 これまで人を信じてこなかった少年は、その「これまで」を取り戻すように梶原ヘレナを信じようとした。お前はそれができなかったから人を蔑ろにし続けてきたのだ、と後ろ指差す誰かが背中にいようとも、ナハトは今、ヘレナに託す以外に選択肢などない。前を向く以外に、道などないのだ。


「まだ、俺にできることがある」


 ナハトは制御盤に再び向かった。NM変換ユニットにつながるヘッドギアをかぶり、研究所のネットワークに接続した。


 情報によって戦いを支配する。


 ヘレナが戦う演習場の地図。研究所近辺の公安部隊の到着時間。ナハトが救難信号を送るべき相手。


 勝利の布石を揃えるために必要なこと。


 ナハトはそっと目を閉じた。



        ◆


 ヘレナは自らの攻撃が確実に敵機の装甲を抉り抜いた感触を覚えながら、走り去っていた。ヒットアンドアウェイ。戦術の基本に忠実に従った行動は、ヘレナを存命に導いた。振り向かずに走る方向は本来の目的地、第33研究棟だ。


 致命傷ではないかもしれない。けれど、窮鼠は猫を噛みうると証明できたことは何より大きい。こちらは有り合わせの武装。近距離ようのナイフしか持ちえない状態で放った一撃が、未知の兵装纏った怪物に届いた事実が、勝利の可能性を手繰り寄せると信じていた。


 敵はどうやらヘレナにご執心の様子だ。必ず追ってくるだろう。そこで更なる接近戦で決着をつけるプランはナハトから授かった戦略に他ならない。もちろん、代替案もあるがそちらは博打の要素が多分にある。


 ゆえに、ヘレナは決着はここでつけるべきだと確信する。チャンスは何度もない。今が最後と、言い聞かせる。二人で誓った生存戦略に裏切りたくないから、巨人は走る。


 そして──。


「ついた!」


 煙が天高く上る、その根元。大火災に見舞われた研究棟にたどり着いた。視界は狭い。火焔と煙幕は戦闘機の負担にもなる。望むべくは短期決戦。戦士の出来損ないは、勝機と絶望が入り混じる戦場に確かに立っていた。


 ヘレナは振り向く。


「来なさい! 相手になるよ!」


 ナハトからもらった策を勇気に変えてヘレナは吠えた。


 すると。


『それは、我々も嬉しいよ』


 死神の声は冷たく、澄んでいた。熱せられた大気に、迷彩性マイクロマシンは剥がされて、通信はよりクリアになったようだ。しかし、その声は──。


「冗談でしょ……」


 敵が未だ健在であることを証明するかのように、歓喜が込められていた。


 深紅の機体は、ヘレナが突き刺した超々合金ナイフを手で弄んで、悠然と浮いていた。


 目視で見える。今なら見える。モニターに鮮明に映る「奴」は全くの無傷だった。損傷一つない綺麗な赤色は今も炎に照らされ、煌々と輝いている。それはあたかも神話の戦いを終わらせるために現れた審判者のようだった。


 抵抗を許さない絶対的な力で、ヘレナの駆る矮小な量産機を見下ろしていた。


『我々はあなたがほしい』


「……」


『最悪、肉体はいらないわ。魂だけ置いて行ってくれれば』


「はは……無理」


『それを決めるのはあなたじゃない』


 イヴはヘレナから謎の技術で防いだナイフを、持ち主の元へ投げた。


 それを振り下ろす瞬間からヘレナは迎撃の構えを取る。すなわちもう一本のナイフ。これでヘレナの持てる武装はすべて出し尽くしたことになるが、この刹那にそんな心配をする余裕はない。


 投擲された一閃を見てから避けることは不可能。構えたナイフは最終手段だ。勘だけで、弾ける速度ではない。だから、ヘレナは再び走り出す。


 しかし、それは逃亡を意味しない。ここが勝負時だと決めていた。


 ステップでナイフを交わす。ヘレナは背後でそれが地面を砕く音を聞いた。しかし、瞳は空中にいるイヴに向ける。


──こいつは私と「会話」したがっている。空を飛ぶにしても近づいてくるはずだ。


 それがヘレナの読み。ナイフ投擲の前行動から動き出したヘレナ。先手が取れるかは、跳躍の速さにかかっている。瞬間でバネを縮ませ、解き放つ。バレーボールのスパイクのように、しなる機体は最後のナイフを空へとつき投げた。


「はぁぁああああああああ!!!」


『────……っ!!』


 




 しかし、強者は不意打ちが通じないから強者なのだと、主張するように──。


 イヴはナイフを躱した。そして、急降下。ヘレナが着地したその瞬間には隣にいる。機動力の差は言葉で表すより歴然で、ご都合主義を認めない敵の実力だけが、ヘレナの心を折ろうとする。


 その数舜はやけにゆっくりだった。もう武装はない。勝てない。ナハトは怒るかな──。そんな言葉がよぎるだけの、走馬灯にもならないくだらない思考。


『そういう強かなところ、大好きよっ!!!!』


 イヴはヘレナの機体に触れようとした。


「あっきらめるかぁあああああああ!!」


 ヘレナはモーガンがイヴに殺される所を見ていた。イヴの機体が捕まえた戦闘機はその制御ができなくなる。ヘレナを捉えるのに最適最高の技術だ。だから、触れられたときがヘレナの最後。


 最後を認めないヘレナの意地が、ここで再燃した。


 諦めは悪い。誰に似たのか、言うまでもない。かつてこの演習場で戦った少女の影が、ヘレナの背中を押した。泣きながら好きな男の子の名を叫んだだけの強くて弱い女の子。


 子供が駄々をこねるように、ヘレナは敗北を受け入れない。


 ヘレナは着地したと同時に、屈むように地面に手を付ける。逆立ちの要領で接近したイヴに蹴りを入れた。


『っつ』


 イヴは両手で防御した。その攻防はあたかも生身の肉体で織りなされる武芸のようだった。同調率の高い者同士が限られた武装で戦うと人間臭くなる。これも一つの人体模倣の発露だった。


 イヴも反撃を忘れない。逆立ちで立っている。ヘレナの腰部に向けて膝蹴りを打ち込んだ。


「っくぅぅっ!!!!」


 出力と強度が違う。ヘレナの機体はそのまま、吹き飛んだ。生身の肉体に車が突撃してきたような衝撃で、ヘレナは宙を舞って飛んでいく。腰部のアクチュエータが損傷している可能性がある。


 演習場のブロックの間を縫って吹き飛んだヘレナの機体を、イヴは炎の中で見送った。


 赤い機体に傷は一つもない。ゆらゆらと揺れる火の粉が地獄の主は誰か、証明しているようだ。


『さあ、ヘレナ。愛しのヘレナ。一緒に行きましょう』


 

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