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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
一. 紀村ナハトの生存戦略
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幕間 彼の現在

 梶原ヘレナが演習で大事故を起こした次の日。


 ロサンゼルス国連宙軍基地は緊張に包まれていた。


 かつてのロサンゼルス合衆国空軍基地は、各国の宇宙開拓時の結束によって国連宙軍の基地へと名義を変えていた。管理は合衆国によるままだが、予算が増えたため西太平洋の治安維持の責任は重くなったといっていいだろう。


 基地の士官室の一つに、大佐を名乗るには若すぎる青年がいた。


 革張りの椅子とガラスの机でモニターを眺める彼は、部屋の高級感に未だ慣れていなかった。


 彼は午前中に届いたメッセージを何度も読み返していた。


『軍事衛星〈マルス〉破壊の被害状況:死亡640名、行方不明者1500名。マルス事態の修復は実質不可能』


 メッセージを要約するとそのような内容だった。


 モニターを見つめる目は険しく、これから起きる混乱を憂いている。


 すると、部屋のドアモニターが「来客」の表示を点した。自動ドアが滑らかに開いた。


「六分儀大佐」


 制服姿の女性。眼鏡をかけている。


「君か、シェルベリ軍曹」


 エマ・シェルベリは六分儀学を補佐を担う下士官だ。親も軍属であり由緒正しい家柄のため、大佐の補佐を務めるという異例の人事だ。彼女はそれを光栄に思って──。


「それにしても君はいつ見てもエッチだな」


 ない。


「セクハラですね。訴えます。さようなら」


「待ちなさい。油断するとなんでも口に出てしまうんだ」


「私の前でも緊張感を保ってください」


「すまない」


 六分儀大佐は「正直」だと基地では噂になっている。エマはそんな大佐のお世話係として同情の眼を向けられている。社会不適合者とまでは言わないが、口を開くと残念なことには変わらない。


 よく大佐まで上り詰めたものだとつくづく思う。最もこの性格だから出世したとも言えるのが悔しいところではあるが。


 六分儀学は五年前の〈静かの海戦争〉での戦果を評価され、三十一歳という若さで大佐まで登り詰めている。その評価は、抜群に高い戦闘機の操縦技術だけでなく、現場からの支持が厚いことが背景にあるらしい。


 戦士曰く、六分儀学になら背中を預けられる、とのことだ。


 彼の愚直な言動が功を奏した例だろう。だからと言ってこのご時世、安直なセクハラがまかり通っていいはずもない。


 ため息を一つ、エマは聞いた。

 

「何を見ていらしたのですか?」


 エマは長机に持っていた端末を置いてソファに腰かけた 。


「マルスの被害状況の報告だ。君も知っている通り、惨憺たる有り様だ」


「テロから二週間経っていますが、月面防衛戦線の犯行声明もいまだありません。ですから……」


「そこだ」


 学は天井を見上げた。


「世界中の誰もが月面防衛戦線が犯行組織だと決めつけている。軍の中でもその前提に疑問を挟む者は少ない。しかし」


「彼らの仕業でないと?」


「まだわからない。けれどこのテロが月面防衛戦線によるものだとして……5年前の月面防衛戦線と現在とで、同じ組織だと思うのは違和感がある」


「静かの海戦争ですね」


「人類初の宇宙戦争だ。国連は必ず勝たなければならなかった。いや、本来は戦争になるはずすらなかったと言うのが正しい。月面防衛戦線はあくまでテロ組織だ。それが何故、国連が無視できないほど力をつけた?」


「内通者がいたと?」


「いたかもしれない。だが、それだけか?」


「言いたいことが見えません」


「待ってくれ、俺も考え中なんだ。今まとめる」


 学は三十秒ほど唸った後。


「可能性として、だが。本来戦争する力を持つはずがなかった月面防衛戦線に力を与えた者がいる。それでも国連軍には勝てるはずもない。では、その力を与えた者の目的はなんだ。俺は、


 静かの海戦争それ自体でなにか実験をしていたんじゃないか、と思っている」



────あの戦いは、全てがおかしかった。どうしてあの戦い以降、梶原が姿を消した?


 それが六分儀学の本音だった。学は梶原奈義の強さを世界一理解しているのは自分だと言い切れる。過去の学の目標で、あの戦争では、国連軍と明龍、同盟関係にあったのだ。


 学はかつて梶原奈義の友であり、敵にもなり、そして挑戦者と覇者という奇妙な絆を育んだ仲だった。


 あの時、あの宇宙でなにがあったのか。学は知らない。


「あの戦争の異常性を言うなら、併発して起きた事件がありましたね」


「どれのことだ? そんなものは……両手で足りないくらい多い」


「99人の子供たちの死体はご存知ですか?」


「99人の子供たち?」学はおうむ返しに応えた。


 つまるところ学が知らない事件だった。


「静かの海戦争直後に、「晴れの海」第三都市17居住区の一室、おそらく月面防衛戦線の隠れ家の一つだったと思われますが、そこで」


 エマは言うのも憚りそうになる事実を呪詛のように言った。


「99人の子供の……脳が繰りぬかれた死体が見つかったそうです」


「……!」


「皆、年は12歳から15歳と判別されています。これは戦時に頻繁に行われる虐殺とは全く異なり……国連軍が虐殺を行ったというよりも、猟奇的な連続殺人のようで」


「月面防衛戦線と関係あるかすらも断定できないのか?」


「ええ、ですから、私たちはまだ……あの時宇宙は狂っていたとしか言えません」


「……その子供たちの素性はわかっているのか」


「わかりません。月の出生率は依然高いまま、不衛生です。健全な子供であっても親が誰かわからない場合も多いです。ただ」


「なんだ」


「一部専門家からは……彼ら彼女らは、筋肉のつき方を見るに戦闘機パイロットである可能性が高いと言われています」


「月面防衛戦線の戦士だったというのか」


「確証はありません」


 戦闘機パイロットである以上、当時は国連軍の敵とみなされる。殺し方は許容されるものではないが、国連軍の戦う相手であったという事実。死に正当性が少しでも入り込んでしまった。もう変えようもないと過去の、遠い月面で起きた惨劇。


「悲しいな」


「ええ」


 そんな短いやり取りでこの話題は終わった。


 時刻はまもなく昼食時間になる午前中。エマは時計を見た。


「そろそろ、ヒューマテクニカ社の役員が来ますね」


「待ちなさい。この前の予定表ではCEOが訪問することになっていたはずだ」


「急遽予定が入ったらしいです。エグバートCEOは人体模倣研究所に視察しているそうですよ」


「エグバードさんにどんな予定か入ったのか聞いたのか?」


「本人があなたに言ってくれと。当てつけですかね」


「暇な人だ」


 かつての人体模倣研究所において最強になれなかった男、六分儀学は現在、国連軍大佐となっていた。


 

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