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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
After the Goddess
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After the Goddess (3)

 地球、小笠原諸島。ルイスは部屋で、宇宙にいる梶原奈義と通信した。


『博士、敵を倒したわ。帰還します』


「ええ、お疲れ様」


『敵は無人機だったわ』


「やっぱり──そう」


『思い当たる節があるの?』


「主任に聞いてみます」


『でも、あの男は今、エルザのライブで忙しいのよね?』


「ふふ、無碍にはされないわ」


『博士なら口説けるものね』


 そういって、通信は切れた。数分後に明龍から奈義の戦闘データが送られてきた。


 無人のターミガンが八機。データが示すのは梶原奈義の圧倒的な戦闘能力。けれど注意深く観察すると、敵機の不審な動きが目立った。攻撃が散漫で、まとまりがない。八機いるのにも関わらず連携が全くとれていない。射撃は正確無比。けれど手数は少ない。量子の防壁で奈義を傷つけることすらできないのは確かだが、もっと必死に抵抗してもよさそうである。勝てないことは承知している様子。けれど逃亡する様子もない。


「…………」


 データの採取。


 なるほど、紀村ナハトの予測が現実味を帯びてくる。


 すると、梶原奈義の情報を得たと考えられる。けれど、それだけで奈義の対策を立てられるものだろうか。知っているというだけで臨界突破者は崩せない。数やエネルギーの真っ向勝負では梶原奈義は倒せない。せめて同等の臨界突破者がその先の超越を経て、かつ奈義が不調でなければ、戦いになることすらない。


 よって対策を立てることを無駄だと判断して、諦めてくれると嬉しいが、敵の温度感がわからない。未だ「彼ら」の輪郭がつかめないルイスは、腕を組んでため息をついた。


 こちらの戦力は圧倒的。一般的な兵器であれば梶原奈義がいる。特殊な精神性の怪人が相手となっても六分儀学が投入される。確かに、ナハトに焦りはない。負ける要素がない。


 戦況を判断する最後のピース。敵の情報が圧倒的に欠けていた。



        ◆



 紀村ナハトは月にいた。


 月の歌姫、エルザ・ハーバードのライブ会場の地下室。彼はヘッドセットを被りながら、椅子に座り、目を閉じている。盤上の駒を動かすように、状況を進める彼の口角はわずかに上がる。


 ライブは最高潮の盛り上がりを見せている。


 ナハトの内側で、二人の影が呟いた。


『ああ…………きれいだ』


『ほう…………面白い』


 紀村ナハトとしてはコンサートに協力するのは、どちらでも良かったが、アルバ・ニコライの反応が面白かったから、半分は嫌がらせのつもりで引き受けた。


 もう半分はヘレナに頼まれたから。どちらにせよ、彼自身の意思はあまり介在していなかった。


 ナハトの内側にいるアルバ・ニコライは初めは全力で反対していた。ナハトはその様子が可笑しくて提案を受けた。


 しかし、当日の準備が進んでいく内に、アルバは心変わりしていった。何やら感動している様子で、しまいには涙を流して応援している始末。元々変な男ではあったが、今回ばかりは見境がないと、ナハトはため息をついた。


 その点、オルガ・ブラウンは冷静だ。ルイスにからかわれた際にはムキになったが、全くの無関心というわけではない。曰く、愛を知る材料になればとのこと。


 いずれにせよ、ナハトの内側は相変わらず纏まりというものがない。


 それでもまあ、いいか。そうナハトはライブの演出を切り替えた。


 エルザ・ハーバードは鮮烈なステージ演出で会場を沸かせていた。幾重にも重ねたホログラム。近くで見ても質感が現実に近い仕上がり。造形プログラマーたちの心血が注がれている。エルザの希望もあって、なるべく現実に近い解像度が求められた。


 しかし、ライブは二時間、ホログラムが動き続けなければならない。決められた動きではなく、エルザのアドリブや会場の雰囲気に合わせて、適宜ホログラムも形を変える。結局行きついた問題は、ハードウェアのスペック不足だった。


 頭を抱えるスタッフたちと、こだわりを捨てきれない演者たち。ヘレナはそんな状況でエルザから相談を受けた。


 世界最高のコンピュータなら知っているとヘレナは答えた。協力するだけの縁はある。アルバをからかういい機会だとナハトは承諾した。だから今──。


 この時、紀村ナハトは、エルザ・ハーバードのライヴ演出を制御するコンピュータとなっていた。



        ◆



『私は戦争が嫌いだ』


 男は死んだ。死んだはずだった。にもかかわらず、彼の意思だけは命令となって生き続けている。


 彼らしさはもうない。生前の彼なら簡単に気づく命令の矛盾について、今となっては訂正することができない。本来であれば戦いを止めるための力だったはずだ。


 彼の情熱はただのテキストとして数多の機械を操っている。その命令は、彼が最後に望んだことだった。


『月面防衛戦線を滅ぼせ』


 「彼ら」は一つのコンピューターウィルスだった。兵器に感染することで、月面防衛戦線が宣戦布告したあの日、仕組まれた男の亡霊。


 ハワードに対する憎しみを、狂信者たちの無念を火にくべて燃え上がる、代替案のない正義。


 世界に平和を。


 争いのない世界の実現のため。


 月面防衛戦線を殲滅する。


 月面防衛戦線が隠れ家にしていた衛星擬態基地の格納庫から一機の戦闘機が発射シーケンスに入る。。


 それは〈マシン〉と同一の機体。臨界突破者のみが操れる戦闘機。「彼ら」は生身の人間を持たない兵団であるから、この機体を操るのはまた、ひとつの可能性。


『梶原奈義の戦闘記録をインストール』


 〈マシン〉のヘッドカメラが光った。炉心が動く。偽物の女神がここに誕生する。


『同調率────0%』


 機動する〈マシン〉の背中から赤い量子の翼。平和を願う歪んだ力が羽化を果たした。梶原奈義の力を模倣して──準備は整った。


『〈マシン〉。出撃します』


 明龍のリーダー、奉盛妍(フェン・シェンイェン)はハワードに殺された。


 彼はハワードの狂信者狩りが始まったとき、自身の死期を悟っていた。


 死んだ後に作動するコンピューターウィルスを端末に仕込んでいた。


 ウィルスは〈ピース〉という捻りのない名前だったが、フェンの生涯が込められた大切な名前だった。


 〈ピース〉はフェンの死を共に作動した。初めは小さなドローンで月面防衛戦線を探していたが、見つからない。だから、〈ピース〉は戦闘機に感染して、敵を探すことにした。


 しかし、残念なことに、成長速度が遅かった。〈ピース〉が十分な探索能力を獲得するより前に、ハワード・フィッシャーは死んだ。


 〈ピース〉は標的を失った。意味を失った。それでも動き続ける。世界の敵を殺すために。


 ウィルスの成長を感染拡大とするならば、その速度は等比級数的だ。百人の感染者が出る一秒前の感染者数は五十人であるという、感覚を人間は抱けない。ゆえに〈ピース〉の成長はここ数日で爆発的に進んだ。特に梶原奈義との戦闘が起爆剤となった。


 元々月面防衛戦線が使って基地に、〈マシン〉が格納されていたところを発見。操ろうにも人型感応重力偏極量子発生炉は起動せず、ただの戦闘機としてしか操ることができなかった。そんなとき、〈ピース〉は梶原奈義に出会った。


 量子の使い方を学んだ彼らは、ついにこの機体を動かすことができる。


 狙いはもちろん、月面防衛戦線の殲滅。復讐の続き。平和への願い。


 既にいなくなった敵を探して、偽物の女神が出撃した。



        ◆



 〈ピース〉により感染された軍事衛星は、かつての第二次月面戦争から学んだ手段をとった。フェンは紀村ナハトの作戦を知っていた。ハワードのクローンを全滅させるための手段は悪逆非道であり、まともな人間が思いついてはいけないものだった。


 核弾頭、〈トライデント〉が放たれる。


 二年にわたりせっせと盗み続けたパーツを組み合わせ、作った一発の殺意。月面防衛戦線の生き残りを皆殺しにするために作られた決戦兵器は、月面を目指す。


 〈マシン〉の復活と〈トライデント〉。それらは、かつて月面防衛戦線との戦争の総決算のようだった。


 目標は、エルザ・ハーバードのコンサート会場だった。多くの人々がいる場所に落とされる平和への願いは、致命的な矛盾を含んでいようと止まれない。フェンは初めに望んだのだ。奴らを殺せと。


 〈ピース〉はそれに忠実に従うのみ。


 エルザ・ハーバードの殺害のため、最悪の一手が打たれた。

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