After the Goddess (2)
エルザ・ハーバードの月面ライブから一ヶ月前。
『で、俺にどうしろって?』
「どうにも怪しい動きが宇宙であるの」
『結論から言え。キャルヴィン』
「手伝って、主任」
『断る。お前と梶原奈義でなんとかしろ。俺は忙しい』
「そんなこと言って、エルザに夢中じゃない」
『私じゃない!』
「じゃあ、ナハトくん?」
『知るか。切るぞ。時間の無駄だ』
短いやり取りで通話は切られた。端末を前に「やれやれ」と言った表情のルイスがいる。少しからかい過ぎたかと少し反省をして、意識は別の事案に移る。端末に表示された戦闘機の機体を見つめている。
「どう見ても〈マシン〉よね」
昨日明龍から送られてきた画像。宇宙で観測衛星や望遠鏡が破壊されたり、行方不明になったりと、怪しい事件がここ数ヶ月続いている。一つ一つの規模は大きいため、単独犯とは考えづらいが、思い当たるテロ組織から声明はない。そして何より月面防衛戦線は既に滅んでいる。月の利権問題は解決しているわけではないが、月と地球の関係は良化しつつある。
その証拠に月の歌姫が地球でも絶大な人気を博している。彼らはこと文化において月と地球を切り離すことに成功していた。
だからこそ、この度の事件の心当たりがない。単なる泥棒か、反宇宙の自然団体か──それにしても行動が地味だ。ニュースで取り上げられてもいない。
ナハトはこの報告を受けてひとこと、『まるで、自分の力を確かめているみたいだな』と言った。
仮に「彼ら」とするが──「彼ら」が小さな宇宙建造物を攻撃して、その迎撃システムと戦うことを目的としていたら辻褄は合う。けれどその他にも尤もらしい仮説は多く立てられる。ナハトの予感を真に受ければ、「彼ら」は徐々に強くなる。自分の強さを自覚して、本当の願いのために動き出すかもしれない。
そして何より、驚いたのが──敵機の姿が、〈マシン〉に酷似していた点だ。
赤い恒星。臨界突破者のみが操れる人型感応重力偏極量子発生炉を搭載する超兵器。梶原ヘレナの専用機、だったもの。それに似ている。偶然ではない。明らかに似せる意思を感じる。
これがルイスに悪い予感を抱かせる。
月面防衛戦線の復活を彷彿とさせるこの事象。けれど──ナハトに焦りはない。
彼は自身の趣味にご執心だ。
ルイスはなんとなく、ナハトがこの件を「なめている」理由がわかった。
「ハワードの仕業ではないと思っているのね」
彼は既に死んでいる。この世にいない。けれどハワードのことだ、死んだ後も何か仕掛けを残していてもおかしくない。そんな議論には一度なった。
けれどナハトはある種の確信を持っているようだ。
『ハワードから一番遠いよ。こいつは』
相変わらず、見てきたように言う。ルイスはため息をついた。
◆
エルザ・ハーバードの月面ライブ当日。
八機のターミガンが隊列を成して、宇宙を進んでいた。元々ステルス性の高い機体であることに加え、電磁パルス弾を炸裂させることでレーダーを攪乱する作戦のようだ。けれど電磁パルス弾を使用したことで、索敵網の空白ができる。それがむしろ敵襲の明確な合図であることに、「彼ら」は気づいていない。
成長の過程であるとするなら、次はより高度な戦争を始めるだけである。
見つけ出して、殲滅する。その命令だけが「彼ら」を動かす基本原理。あの男もまた人心核へ強い適合を示し得た人物の一人である。アルバ・ニコライ、六分儀学に並ぶ狂気を背負っていた人物。だから、彼は「彼ら」となった。順当な運びである。なぜなら彼の想いは道半ば。
『目標を補足』
隊列の先頭に位置するターミガンが、太陽観測人工衛星を発見した。学術衛星であっても国連の所有物。最低限の武力は備わっていた。衛星はターミガンに向かって小銃を発砲した。ターミガンは姿勢制御だけでそれを回避した。
接近する。
『五十メートルまで接近可能。レーダー性能を分析。熱源センサーに対して奪取した八機は有効なステルス性を有することを確認。機動性試験に移る』
ターミガンの内の一機が、推進剤を燃焼させた。隊列から離れて宇宙を駆け抜けた。旋回、急ブレーキを繰り返し、衛星からの攻撃をひらりと避けている。
『試験終了。ヒューマテクニカ社第四世代戦闘機に匹敵する運動性を確認。実用試験に値する性能と判断』
目的は達成したと言わんばかりに、ターミガンは迫撃砲を衛星に向けた。こうして「彼ら」は試験と称した破壊行為を繰り替えしていた。これがこれまで十五回。
そして「彼ら」は初めて、作戦を阻まれることとなる。
銃を構えるターミガンの動きが止まった。次の瞬間。持っていた迫撃砲が破壊された。内側からバラバラに砕け散ったように、見えた。不可視の攻撃に八機のターミガンは辺りをカメラで補足した。レーダーは自身の電磁パルス弾で使えないからだ。
もっとも──それがなくても、通信機は機能しないだろうが。
『貴方たちね。最近うろちょろしている連中って』
「彼ら」の前に突如現れた極大の行き止まり。ここに八機のテロリストの運命が決定した。
気が付けば辺りは青い粒子に包まれていた。
人類守護者である怪人が現れた。
『臨界突破者──梶原奈義と認識』
『〈コンバーター〉に搭乗している』
『勝率0%』
『撤退可能性──算出』
「いくわよ」
コンバーターは手のひらをかざした。青い光が渦を巻く。
◆
『新曲いくよー!』
エルザの衣装はホログラムによって切り替わる。青い光がはじけて彼女の体に集まっていく。背に恒星を背負って逆光にたたずむ彼女は一度俯いた。そして、瞳に力を宿して顔を上げた。
すると青い光ははじけ飛び、彼女の衣装が露わになる。それは瑠璃色のドレスだった。ひらひらとたなびく帯は先端が青い炎で燃えている。スリットから脚が飛び出し、空間を蹴り上げてから、彼女は叫んだ。
『──Beyond your loneliness!』
彼女は今、確かに戦っていた。誰かの代わりに戦っていた。くじけた貴方のために、一人で負けた貴方のために──。
彼女は大量の汗を輝かせて、吠えている。やり方を間違えた貴方が、真に求めた純粋な願いのために。
これがやりたかったのでしょう? 父さん。
◆
梶原奈義の機体は宇宙を駆ける。光の柱が幾重にも連なり、テロリストを拘束していく。
奈義は今、月で叫ばれている思いを聞いていた。多くの人々がその歌に熱狂していた。
歌詞はありきたり、かもしれない。それでも奈義の機体はメロディーの運ばれて、戦っていた。
神の代弁者は、奈義の御心のままに空間を支配する。青い帯が、八機の敵を包み込む。
サビに入ると同時に、量子は束になり、ターミガンを拘束した。操縦席以外を切り刻み、握りつぶす。
そこで奈義は気が付いた。歌に集中して、敵機の声を聞いていない。
「無人機ね」
敵を理解した奈義は、手のひらをかざして振り下ろした。青い光の束に貫かれて、テロリストは消滅した。
消えゆくターミガンたちは、そのカメラに青い極星を捉えて、「彼ら」の母体に通信を送った。
『梶原奈義──臨界突破者との戦闘を記録』




