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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
After the Goddess
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After the Goddess

 太陽系に一つの岩石が漂っていた。小惑星を真似た天体だが、その実情は大きく違う。自然法則に従って形成された宇宙の塵を装ったそれは、よく観察すると入り口があった。


『月面防衛戦線の基地を発見』


 漂う岩石に近づく一機の戦闘機があった。岩石に偽装した人工建造物の入口に接近。そこは戦闘機の出撃ドックだった。軍事目的で作られた衛星であることは明白。けれど今は機能していないようで、戦闘機はその何の妨害もなく、侵入した。


 戦闘機出撃ドックは広く、中には八機のターミガンが格納されていた。


 侵入した戦闘機はドックの壁にアンカーを打ち込み固定。背負ったユニットを切り離した。それは分裂変形して、三機のドローンとなった。それぞれが壁に接着し、滑走する。ドローンの内、二機は格納されている戦闘機の方向へ近づくと、多関節アームを伸ばして、コントロールパネルにケーブルを繋いだ。


 残る一機のドローンのこの衛星擬態基地の内部を探索するべく、別方向へ進んでいく。


 数分後、ドローンはある部屋を見つけた。


 そこには、ガラス張りの棺桶が陳列されていた。驚くべきことに、その一つ一つに人間が入っているのだ。しかし、ドローンに驚愕はない。感情を表現する機能は搭載されていなかった。探索ドローンにとってそれは無駄な機能だからだ。


『ハワード・フィッシャーが製造していたクローンと推定』


 カプセルにはすべて同じ顔の少女が入っていた。彼女たちは眠っているのか、死んでいるのか判別はつかないが、ドローンにとって重要ではなかった。


 ドローンは格納されていた機関銃を出した。銃口は速やかにカプセルに向き、発砲した。激しい光とガラスが砕ける音。水平に銃を動かして、部屋の設備を破壊していく。少女たちは意識がないまま殺戮されていった。悲鳴のない死のみが部屋に広がった。空間に漂う血液は無重力化でいたずらに拡散していく。


 一通り射撃が終わった後、ドローンは再び探索を開始した。


 すると部屋の隅に、先ほどは死角となって発見できなかったカプセルを見つけた。


 破壊しようと銃口を向けたが、ドローンは一つの異常を認識した。カプセルは少し開き、中に少女は入っていなかったのである。


 ドローンは攻撃を中止し、入念に部屋を探索したが、生きている人間は誰もいなかった。


 

        ◆


 

 光はない。宇宙の闇を彷彿とさせる暗黒が、人々に沈黙を強いる。あるのはこれから起きる嵐への予感。日常を破壊するパワーが解放される瞬間を今か今かと待ち続ける。燻った感情は今にも弾けてしまいそうだった。静寂は冷たい孤独を現すにあらず。隣にいる誰かの息遣いが、自身がここにいることを証明してくれる。汗がにじむ。まだ何も始まっていないけれど、確かにこの場所にたどり着いた。あとは解き放つだけ。


 スモークが地面から立ち上る。一つのライトが弱く光った。


 遠くのステージの一点に輝く梯子が下りる。そして、次の瞬間。


『みんな、ありがとう』と万感の声が、人々の耳を撫でた。


 そうだ、これだ。これを待っていた。毛穴が異常な反応を示し、身体の芯を握りこまれたような、取返しのつかない感覚が襲う。もう戻れない。息をすることすら忘れ、その数秒を皆、黙って待った。


 そして次の瞬間。激しい光が、レーザーが、火花が、熱狂と共に炸裂した。


 地面から飛び出した一人の女性。激しいドラムロールが空間を殴りつける。スポットライトは彼女を照らし大きな影を壁に映し出す。その瞬間、多くの人は救われた。全身が歓喜に喘ぐのがわかる。


 ギターが皮膚を切り裂くように鳴り響く。駆け抜ける一つの風は、彼女の在り方のようだった。


『最初はこの曲!』


 何度も耳になじませた既知のメロディーは、全く別の、激しい波のようだった。常識や退屈をチェーンソーでズタズタにするかのごとく、望んでいた破壊がここにはじけ飛ぶ。


 振り落とされずについてきて。そう彼女はウィンクした。光の粒が立ち上り、人々の感動が銀河のように集まっていく。


 前奏で人々は既に殴りつけられたような様子だったが、彼女はここで倒れるような惰弱は許さない。まだ始まったばかり。彼女は歌いだした。


『──────』


 本能として求めていたものが、過剰供給されている。透き通る淡い声が、会場の誰もを黙らせた。まさに独壇場。ここにあるすべては、彼女のためにあった。


 まさに女神のよう。


 彼女のステージは誰も取り残しはしない。孤独を消すことはできないけれど、一瞬の夢のように多く人は悲しみを超えた。


 月出身の歌姫、エルザ・ハーバードはその歌声を宇宙に響かせた。



        ◆



 月面防衛戦線との戦争の二年後、梶原ヘレナはその歌声を聞いていた。


 やっとここまで来た。輝くステージで縦横無尽に駆け回るエルザを遠くから眺める彼女は、喜びを噛みしめていた。友情というには少し事情が込み入っているけれど、梶原ヘレナは歌姫に親愛の視線を送る。


 簡単な道ではなかった。何より呪いは強かった。彼女たちを縛る鎖は、錆びついていたが、それでも自由の翼を拘束するには十分だった。憎しみであったり、嫉妬であったり、様々な思いがエルザを抑えつけただろう。境遇は似ていた。


 目覚めたエルザはまず、ヘレナの伴侶を殺そうとした。


 それが不可能かつ無駄だとわかった彼女は、生みの親を探した。


 見つかるはずもない。けれど別の可能性に出会った。それがエルザを変えた。


 そしてエルザは歌姫の才能を見出された。ヘレナの伴侶は「当たり前だ」と得意げに言っていたが、別の誰かかもしれない。


 ともかく、ヘレナはエルザの成長をずっと見てきたから、この瞬間は涙が出るほど嬉しいことだった。


 それは仮にも、彼女のもう一人の親が真摯に望んだ景色だったから。孤独を救うと真摯に宣ったハワードという男は、やり方を間違えた。


 そう、これはハワード・フィッシャーという男がいかに馬鹿で愚鈍で、取り返しのつかない愚者であるかを示す物語。


 女神に至れなかったその後を描いた、後日談。


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