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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
最終章. アダムとイヴ
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どうしようもない馬鹿

 臨界突破は、戦士としての覚醒だ。人と道具の境界線が揺らいだ時、戦士と戦闘機の関係が、「同調率の定義」の外側へと拡張される。ひとつの超越である。


 世界で二人だけが到達した覚醒の形。


 そのようにして、非日常を体験することで人間の能力が花開くことがある。もちろん、良い意味でも、悪い意味でも──。


 そして、今日、太陽フレアから始まったこの戦いは、まさに非日常を煮詰めたような超越の繰り返しだった。誰かが壁を壊し、それに呼応するように別の誰かが超越を経験する。そんな極限の環境の中、戦いの最終局面は続いていく。


 ハワード・フィッシャーと人心核アダムの肉弾戦。


 水を差す者はいない。紀村ナハトの太陽フレア予測により、初めから部外者は排除されている。


 ぶつかり合う二人がいる小さな部屋は、赤熱した金属のピンボールのようだ。


 お互いがお互いに、存在を認め、混ざらない、両極端の関係性。


 人。道具。意味。理由。役割。孤独。共感。──人の心の境界線。


 様々な議論が繰り返され、それでも答えは出なかった。平行線は今、交わった。


 二人は存分に語り合うだろう。


 人類の命題に終止符を打つために。



        ◆



 両者が同時に繰り出した拳。始めの攻防を制したのは──。


「ブッ──!!」


 ハワードだった。


 ナハトの顔面にめり込む殺意の拳、目で追えなかったわけではない。身体が反応できなかったのだ。


 ハワードはにやりと笑った。ナハトがアルバの身体に慣れていないことを察したのか、早くも伏せ札を使った。腰に付けていた拳銃を取り出し、怯むナハトへ発砲。


 ナハトは身体をよじり、間一髪のところでそれを躱す。


「────!」ハワードはそれを見て驚いた。


 ナハトの、人心核アダムの力量を探るように、もう一発弾丸を放った。


 一発目を避けたのは偶然だった。二発目はナハトの右腹部をかすめた。服を切り裂き、血液が舞った。


「ハァ────!」ナハトは大きく息を吐いた。


──気合を入れろ。これが最期だ。


 身体に鞭を打つ。気合を入れる。諦めだけは悪い小悪党。動くのにこれ以上の性能はないというほど、完成度の高い肉体。使いきれなくとも、今は全力を出す。


 ナハトは姿勢を低くして、ハワードの懐に潜り込む。部屋の狭さも相まって、距離は近い。


「──!」ハワードは()()()()()()()ようだ。


 ナハトはそのまま蹴り上げ、ハワードの手から拳銃をはじいた。これまで一方的に蹂躙されてきた相手に一撃を食らわせた。恐怖はない。ナハトは慣れない格闘戦の流儀を、身体に刻まれた記憶を頼りに学んでいく。


 すると、瞬時に姿勢を整えたハワードの拳がナハトの腹部に飛び込んでくる。


 油断したのはナハトの方でもあった。二発目の弾で開いた傷を抉るように、拳はめり込み、ナハトに激痛をプレゼントした。


「──ぐっ!」


 ナハトはのけぞり、重心を浮かされたその隙に、ハワードの蹴りが肩に命中。壁の端まで吹き飛ばされた。


「いい動きだ。心も読めない。ただ──アルバ君には程遠い」


 ハワードは赤い目でナハトを見た。


 ナハトは起き上がり、息を整える。


──まだだ。


 戦えている。身体は動く。今まで打ちのめされた弱い少年の身体では、到達できない暴力のやり取りを演じることができている。


 闘志を燃やせ。送り出されたのだ。


 彼はこんなに弱くない。


「いくぞ」


 ナハトは静かに呟いた。


 もう一度、攻勢に出る。勢いよく飛び込んで、放つ掌底。腕で防御しようものなら、骨ごと砕ける攻撃力に、殺意を乗せる。


「人類は孤独だ」


 ハワードはそれを見切った。腕をつかみ、ナハトの速度を利用して、ぐりんと引き寄せ、ナハトを投げ飛ばした。地面に転がされたナハト。


 次の瞬間、ハワードの踵落としが振り下ろされる。ナハトはそれを転がり、躱した。地面を踏みつける音が部屋に響いた。


「誰かが癒さなければならない」


 ナハトは立ち上がるもハワードの攻撃に落ち着く時間がない。攻撃は疾く鋭い。老年の身体から繰り出される体術とは思えない。練り上げられた殺意の表現方法。男はそれを習得するだけの目的意識があった。こうして、邪魔者を殺してきたのだから。


「誰かって誰だ?」


 ハワードの問いは、誰に向けられたものでもなかった。


「誰ができる?」


 ナハトの頬に拳が入る。続く攻撃を避けるも、それも計算の内というように、脇腹に肘打ちが決まる。


 ナハトには口から垂れる血液をふき取る余裕はない。次々と繰り出される攻撃の前に、回避と防御で精一杯だった。


「どう、できる?」


 なおも止まらない暴力の嵐。一人の人間が受け止めるには、多すぎる暴力がナハトを襲う。アルバの身体でなければ、二か月前の拷問を再び繰り返していただろう。


「できないよ。だってやってこなかったんだから、誰も!」


 ハワードは怒りを込めた拳をナハトの鳩尾にめり込ませた。


「──カハッ!」


 口から唾液と血液が飛び出した。息が苦しい。まだ終われない。動け、身体。


 こんなものじゃない。


 まだ──まだ。


 ナハトは怪人を睨んだ。


「やってこなかったのは、できなかったからか?」


「なに?」ハワードは眉をひそめた。


「だれもやろうとしなかったのは──やる必要がなかったからじゃないのか?」


「──何がわかる。怪物」


「お前こそ、何を知っているんだ、怪人」


 ナハトは構えた。ハワードは不愉快そうにナハトを見つめている。


「人類の嘆きが聞こえないから、君はそんな暢気なことが言えるんだよ!」


「嘆きしか聞こえないから、お前はそんな馬鹿げたことを言っているんだよ!」


 ナハトは初めてハワードと会話が成立した気がした。


 目の前の男が、ひどくやつれた物乞いのように思えた。飢えと渇き。だから止まれなかったのだ。


 悪党ではない。善良な魂を持っているのだろう。ただ、周りと()()()がズレていた。


「そんなことを言えるのか、人形。このぼくに、人の心を説けるのか? お前の言っていることは理解できないんだよ。こんなに殺意を交えているのに!」


「それが普通なんだよ。理解できないことが当たり前なんだ」


「誰の受け売りだ?」


「誰だと思う?」


 ナハトは闘気をたぎらせる。


 誰がナハトをここまで導いたのだろう。


 どうやってここにたどり着いたのか。


 いろんな人がいた。


 ハリエットはナハトの罪を裁いた。


 福原はナハトと人を救う技術を作りたいと願った。


 アーノルドはナハトを人間と変わらないと言った。


 アーサーは自分で決めろとナハトの背中を押した。


 エマは嘘つきは嫌いだとナハトを窘めた。


 ルイスはナハトの気持ちの出自は、内側にあったことを教えてくれた。


 そして────ヘレナは、生きる意味を与えてくれた。


 誰の受け売りか。


 答えは「一人には絞れない。みんなだよ」が正しい。だが、ナハトは答えない。この怪人にはわからない。人の心はいつだって、共感を前提としていなかったのだから。


 理解できないことが当たり前だったから。


 いろんな人がいた。


 いろんな人と出会った。


 みんな違ったし、分かり合えたことなんて、本当はない。厳密には完全に理解し合えたことなんて、ない。絆と言うにはあまりにバラバラだった。


 人心核アダムは道具か、人か。誰かが決めてくれるわけではない。それでも二本の脚で立っていた。


 この旅で出会ったすべてが、ナハトの力になる。


 すべてが今に繋がっている。


 少年は送り出されたのだ。



        ◆



 「彼」はため息をついた。


 身体を操るナハトを見て、呆れているようだった。


 まるでなっていない。やられっぱなしで、何を恰好つけているのか。言うことだけはいつも尊大だ。実が伴っていないのはいつも変わらない。


 情けない。さっさと終わらせろと、戦いを眺めている。頬杖をつきながら、つまらない演劇を見ているようだった。


 怨敵が目の前にいるというのに、ナハトの戦いっぷりがあまりに下手くそだったために、興が冷めているようだった。元より別れを終えた身だ。「彼」の願いは既に散華している。主人格にならないことを選んだのだから、もう舞台に上がるべきではない。


 勝っても負けてもどうでもいい。


 ただ、アダムの精神世界にハワードが入ってきたら、喧嘩になるだろうな、とかそんな欠伸が出るようなことを考えていた。


 頑張るなら勝手にやれ。ナハトに送るメッセージはそれだけ。


 だと言うのに、せっかちな主人格は、大声を上げている。


「…………!」


 「彼」は耳を塞いだ。うるさい、うるさい。勝手にやれ。


「………………!」


 遠くから聞こえる、必死な声。およそ「お願い」をする態度ではない、命令口調なのはわかった。


「……バ…………! 助けろ!」


「うるせえなあ」


 うんざりした態度のまま、「彼」は立ち上がった。


「自分でなんとかしろよ……」ため息ばかりが出てしまう。どうしようもない主人格だ。


 啖呵を切ったと思ったら他人を当てにしているのは、平常運転か。


「お前は本当に馬鹿だな」


「誰が馬鹿だ!」


「身体の使い方なら教えてやる」


「ありがとう!」


「そんな言葉どこで覚えたんだよ……」頭を掻いた。調子が狂う。


 紀村ナハトは死んだり生きたり忙しい奴だった。挙句の果てには死んだ奴に話しかける始末。


 本当にどうしようもない馬鹿野郎だった。





「必ず勝てよ。任せたぞ」




 アルバは目を閉じた。ナハトにこれまで習得した体術の全てを情報として流し込む。隠された情報はもはやない。人心核アダムに蓄積されたすべてをナハトは使いこなすことができる。


 ただ、ナハトは想像以上に()鹿()だった。


 アルバは、自身の精神が浮き上がるのを感じた。


「え? ちょっと、何してんだ! お前!」


 何度別れを言えばいいのだろう。墓荒らしみたいな真似ばかりだ。


「任せたぞ、じゃねえ」


 ナハトはアルバを引き上げる。そう、これが紀村ナハトの()()だった。マザーが介入できない基本プログラムを持つ人格。さらには幼少期から人心核を宿している適合性。紀村ナハトは誰よりも人心核の扱いが上手かった。蓄積された人格を引き出し、扱いこなす能力。彼は独りではなにもできない小悪党だったが、()()()()()()()()。ハワードに言わせれば「絆」などではないその関係性。


 ナハトは我が物顔でアルバを表層に押し上げる。






「二人で勝つぞ! この戦い!」






 アルバは諦めたように、ナハトに連れ去られた。



        ◆



 どくん、とナハトの心臓が跳ねた。


 ハワードはナハトの様子が変わったことに気が付いた。


 息遣いが違う。面構えが違う。佇まいが違う。


 先ほどまでの偽物ではない、本物の肉体の持ち主が、そこにいるようだった。


 ナハトは目を開いた。


 人心核アダムの真の力が解放された。ここにいるのは、「心を読ませないアルバ・ニコライ」というハワードの天敵に他ならない。


「決着をつけよう。ハワード・フィッシャー」




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