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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
最終章. アダムとイヴ
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いつか夢見たオルガ・ブラウン

「別れは済んだかな?」


 ナハトの眼の前に、再びオルガ・ブラウンが現れた。


 瞬きした合間に突如人物が登場する、荒唐無稽な世界観に、ナハトはもう慣れていた。


「…………どうすりゃいいんだよ」


 ナハトはアルバとの対話の中で一方的に託されたモノを返還することはできなかった。『頼んだぞ』の内容が理解できただけで、翻すことはできなかった。あそこまで綺麗に去った男の背中を引き留める言葉を、ナハトは持っていなかったのだ。


残された空間に、人格は二つ。紀村ナハトとオルガ・ブラウン。


「私は君に弾丸を撃ってもらって、良かったと思っている」


 オルガは果てない天井を見上げながら、言った。


「……先生?」


「なぜなら、君には情報が足りていなかったから」


「…………」


「死ぬ決断をする前に、真実を知って欲しかった」


「だったらもっと早く、教えてくれれば良かったんじゃないですか?」


「間違えるなよ、ナハト。私は君が生み出したAIである<先生>ではない。君と対話する機会など、私には()()()()しかなかったのだよ」


「始まり……?」


 果たしていつのことだろうか。


 ナハトは考えてから、察した。


「人心核を俺が飲み込んだときですか?」


「そうだ。君はまだ、三歳だった。覚えていなくて当然だと──」


 オルガはナハトに指を差した。


「思うだろうが、そうではない。私が忘れさせたのだ」


「…………どういうことだ?」


「ナハト、君が人心核アダムを取り込んだ時、私は当時の君と会話したのだよ。今、ここで話しているように。まだ幼児の君は言葉も不自由だったが、こんな場所だ。言葉よりも直接考えを伝える方法もある」


 こんな風に──とオルガは指を振った。すると、白い空間の景色が変わった。そこに映し出されているのは三人の人物だった。白衣姿の科学者三人。


 若かりし頃のオルガ・ブラウンと、ルイス・キャルヴィン。そしてハワード・フィッシャーがいた。


 これはオルガの思い出なのだろう。ナハトが<マザー>に介入され、見ることができなかったオルガの生前の記憶。


「実体験を映像よりも鮮明に、音と匂いを合わせて、私は子供の君に教えたのだよ。そして──忘れさせた」


「え?」


「私がナハトに期待していたことは、一つだった。子供の頃から人心核を取り込み、自身の身体に馴染ませることだった。おかげで今、君は誰よりも人心核の扱いが上手い。イヴよりもはるかに安定している」


「私は三歳に君に思惑を話し、理解してもらった。そして忘れてもらうことにした。なぜなら記憶を持ったままだと、余りに速く成長し、ハワードに突き当たることが目に見えていたからだ。私のシュミレーションでは、記憶がある場合のほとんどのシナリオで君は八歳以内にハワードに殺されていた」


「…………!」


「かといって、何の祝福もなしに、人心核だけで生きるには対価が釣り合わない。私は君に計画に参加するよう強制した。見返りがなければ、取引ではないだろう」


「だから……」


「だから、私は君に超高度AI<オルガ・ブラウン>を作るよう助言した。三歳の君は承諾し、<先生>の完成をもって、記憶を失った」


「そう……だったのか」


「それが私たちの始まりだ。だから、18年経った今、久々の再会は素直に、喜ばしい」


 オルガはナハトの近くまで歩き、ナハトを見上げた。


「あの時の子供が……大きくなったものだ」


 冷徹な表情しか浮かべないと思っていた。悪魔のような科学者だと思っていた。人の心を理解できない欠陥品だと思っていた。そして自分も同じだと──思っていた。


「死ぬには情報が足りない。だから今、話そう。人心核に纏わる物語の真実を──」


 オルガは大仰に両手を広げた。





「オルガ・ブラウンは何故、人心核を作ったのか」





 そして、紀村ナハトの死へ歩む物語の閉幕が迫る。



         ◆


 

 私は生まれた時に既に言葉が理解できた。


 数学が理解できた。


 世界のあらゆる法則を身体に宿して生まれてきた。


 文字の読み書きは確認作業だった。数式の暗記は「私の考えはそう表現するのか」と既に理解したことの表現方法を学ぶものだった。


 科学には観察が必要だった。ただ、一度見た現象は、数式や法則にまで分解され、カオスは秩序へと変わった。


 経済と歴史には興味が湧いた。なぜなら初めて理解しづらいと思った内容だったからだ。


 経済は成長直線と景気周期、そしてレバレッジとクレジットが合わさった合成波であることは理解できた。しかし、このクレジットは人間の感情によるところが大きかった。


 歴史はただの事実の羅列だと初めは思ったが、それはドラマだった。ドラマは苦手だった。人間の感情が織りなす布だからだ。


 私はこの世に生まれついて、感情というものが何より大きな壁となった。


 理解できないことが許せなかった。


 理解できないことが魅力的だった。


 私は人の気持ちが理解できない。


 それでいい。いつか解き明かしてみせる。


 食べるように知識を貪るだけだった私に、生涯挑むに値する目標ができた。


 感情を理解するに辺り、嫌悪や苦手意識はとても単純なものだった。


 安全を脅かす存在が現れると人はそれを嫌悪する。単純な図式である。


 けれど、その逆、愛はどうしてもわからない。


 なぜ愛するのか?

 

 何をもって愛するのか?


 どうして愛し続けられるのか?


 なぜ、傷ついても裏切られても、人はまた愛することを止められないのか?


 理解できない。判らない。どう記述する。どんな法則だ。条件は。どこからどこまでが愛だ。振る舞いを知りたい。私が知らないことなど許さない。


 許さない。


 私は愛が知りたいのだ。



        ◆



「────!!」


 ナハトはオルガから見せられていたものから目を覚ました。


「今のは」


「私の生前の──願いみたいなものだ」


 今の記憶が、オルガの半生が、実体験として理屈抜きにナハトの意識に叩き込まれた。


 そしてオルガ・ブラウンを理解した。


「ああ、だからか。そうか、だから──貴方は! オルガ・ブラウンは人心核を作ったのか!」


 ナハトは声を荒げて泣いていた。あまりに純粋な願いだったはずなのに、どうしてここまで拗れてしまったのだろう。この小さな老人は──魔王のような大悪党は──ただ単純に。


 今思えば、手がかりはあった。


 オルガ・ブラウンを模した人心核アダムが、梶原奈義と六分儀学を戦わせた20年前の人体模倣研究所。あの時、オルガは「愛で人は強くなる。故に戦士として完成する」と言った。


 それはきっと不器用にも、愛の振る舞いを理解したかったのではないか。


 そして何よりも。






「人心核は、アダムとイヴ。(つがい)を成している」






「その通り」とオルガは言い、ナハトに続く記憶を見せた。



        ◆



 愛が知りたい。


 なぜ人が人を愛するのか、知りたい。


 惹かれ合う心の動きが知りたい。


 ハワードにはわからない。奴は出来損ないの読心能力者。


 完全な読心能力があれば知れるのか。


 否、結局は私が能力に目覚めなければ意味がない。


 他人の言葉では不純物が多すぎる。


 であるならば、作るしかない。


 人工の感情を生み出すしかない。


 私が愛を知るためだ。


 そこで私の苦悩を知るハワードが提案してきた。


『ぼくは人の心がわかります。一緒に作りましょう。人工の感情を』


 私は承諾した。


 基礎理論は私が、ハワードは人間との同調機構を考案した。


 ハワードはそこで「基本プログラム」というシステムを導入した。


 私はそれが計画のノイズだとわかっていながら、承諾した。この頃から、ハワードがいずれ裏切ることは予測がついていた。問題は早いは遅いかの違いだ。人心核開発段階で決別しては、私の願いも達成できない。


 私は、「基本プログラム」とそれを管理する<マザー>の導入を許可した。


 しかし、私は無策にハワードの思い通りにさせるつもりはなかった。


 


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 それは──。



        ◆



「<ラバーズ>」


 とオルガは言った。


「…………それは一体、どんな命令ですか?」


「簡単だよ。私は、人心核のアダムとイヴは愛し合うために作ったのだから」


「…………」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という単純なものだ」


「────!」


「心当たりはあるのではないか? ロサンゼルス基地から君は<マザー>の声が小さくなったと感じたはずだ」


「確かに……あの時、ヘレナはイヴを取り込んで──俺はヘレナを追っていた」


「そうだ。君がハワードに殺されたとき、本来であれば<マザー>の強制介入によって身体が動いただろうが、そうはならなかった。ただの警告だけだっただろう? あれは君がヘレナを求める旅の途中だったからだ」


「…………」


「さあ、理解できたか? 自身が生まれた意味を」


 ナハトは、オルガの話を聞いて。一つの疑問を覚えた。


「今、俺がヘレナを想う気持ちは、誰のものだ?」




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