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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
零. 不合理なハービィ
10/134

臨界突破者

 一夜明けた演習場に奈義はいた。

 彼女が乗る機体は普段通りのHFー15ハミングバードである。よく整備された最新鋭機に乗る少女は淡白な瞳でディスプレイを見た。


〈演習項目:機体名guestの試験運転〉


〈あなたの任務は敵機に対して演習勝利判定を得ること〉

 

 奈義の演習内容はいつも変わらない。ただ、勝利せよ。その短い要求だけでここにいる科学者たちを満足させるのが梶原奈義だ。

 彼女の動きの観察こそが彼らの人体模倣へのアプローチ。究極の無人機の作成に他ならない。

 

 対する機体名は〈guest〉とある。すなわち研究所所有の機体ではない、外部施設から持ち込まれた人型戦闘機を意味している。そのこと自体別段珍しいことではない。


 ディスプレイに表示された内容は既に目を通してあったから、確認程度の数瞬で目を離す。

 

 正面にはまだ開いていないカタパルトの発射口の裏側がある。

 

 暗闇を見つめる奈義には、期待も興奮もない。純粋な操縦技術の結晶体として存在する。

 

――いくらでも私を調べればいい。私に戦わせればいい。


 誰も彼もが奈義に期待する。

 

 研究所の科学者たちは、戦士の検体として奈義に戦闘機の進化を託した。


 オルガ・ブラウンは、察しもつかない大きな理由で奈義に成長を促した。


 六分儀学は、挑むべき越えられぬ絶対強者としての役回りを奈義に当てた。


 そのどれもが的外れに思えてならない。


 ただ愛と真実に生きることがどれだけ難しいことか、奈義の能力が語っていた。


 読心体質と操縦技術。その二つはイコールに近い。その両者があるから、彼女は六分儀学に負けることがない。けれど、勝てども勝てども、学は奈義を強敵としか目を向けない。

 

 苦しくて身が裂けそうになる。やめてしまおうかと、父の墓標に語り掛ける日もあった。


 しかし、奈義は結局戦っている。


 奈義が戦う理由はそうするしかないからだ。研究所に身分を保証された彼女のできることは、戦闘機に乗ること。


 奈義の力に誇りはない。


 すなわち彼女の技術に魂は通っていない。


「ハッチ開いてください」


 発射口がゆっくりと開き、外界の光が視界に切り込む。それはさながら無骨な巨人にスポットライトが刺したようだ。

 

 機体の飛行ユニットから莫大な熱量が溢れ出す。鈍い響きが格納庫に響き渡った。水蒸気と粉塵が混ざった大気の中、発進許可の緑のランプが灯る。

 

 飛行ユニットから莫大な熱量が溢れ出す。

 

 ディスプレイが秒読みを始めた。


 熱と白煙の帳を抜け出し、奈義の戦闘機が今、射出された。


 疾走、天へ。


 彼女の身体を加速度が縛り付ける。それも慣れた感覚だ。奈義はこの時、この瞬間から対人戦不敗の戦士になる。

 

 地上を見下ろすと人体模倣研究所の全体、太陽光パネルが米粒ほどの小ささでばらまかれた田舎道。もう何百回と見たこの景色が、戦闘機に乗る唯一の楽しみだ。


 けれど、今日に限って、そんな奈義のささやかな時間を――敵意宿る弾丸が終わらせた。


「――!」 


 正確無比の射撃に間一髪で反応した。


 奈義は直ちに身体を捻り、姿勢制御に徹する。彼女の脇を空ぶったペイント弾は演習場の空へ舞い、いずれ落ちるだろう。その落下より早く彼女は攻撃の主を探す。

 

――どこ。どこの無人機?


 彼女は小さな違和感を抱いた。ただ、それは瞬時に言葉にならない。


 重力に逆らわず落ちる彼女の機体。今は戦場に刻まれる一秒の中でできる最大限をする。


 集中。


――あの弾道だと、隠れられる場所は八通り。私の着地までに四通りに絞れる。そこから、低空移動でに二通りに。


 どこから打っているのか。


 そこで彼女の違和感の正体が彼女だけに聞こえる『声』となって届いた。


『梶原奈義を倒したい』


――今のは!


 落下するまで二秒。彼女は現状を理解した。


 ここまでの攻防で不可解な点がある。それは初撃を交わした際に気づくべきであった。


 口にするとチープに聞こえるほど埒外さであるが――現状、人体模倣研究所の演習場において、梶原奈義に弾丸を当てることは不可能である。

 

 彼女の二つの能力、操縦技術と読心能力。


 まず一つに人体模倣研究所の発展途上の――奈義に言わせれば永遠に完成することのない――戦闘機無人操縦システムでは、梶原奈義に弾丸を当てることはできない。照準を合わせ、目標が移動することも計算に入れ、射撃する。それだけでは、常軌を逸した技能の相手には当たらない。掠ることさえないだろう。奈義や学をはじめとする人類トップクラスの操縦者から見ると、無人戦闘機は木偶に過ぎない。

 したがって、無人機からの弾丸は奈義には届かない。


 そしてもう一つ、有人機の攻撃は奈義に当たることはない。それは奈義の読心能力のためだ。人は敵意や害意を込めて攻撃する。思念は行動より速い。すなわち攻撃が届く前に、奈義へ攻撃の意志が伝わり、彼女はいち早く回避できる。その事前通知によって奈義は不可侵の立ち振る舞いができた。

 したがって、有人機からの弾丸もまた、奈義には届かない。


 そこで、違和感の正体が浮き彫りになる。

 

 先ほどの攻撃は奈義の意表を突くには十分であった。彼女が弾丸を避けられたのは、センスというより幸運に助けられたからだ。それほどの攻撃、無人機に成せるだろうか。


 その疑問に答えを出すように、あるいは更なる疑問を投げるように、彼の『声』が響いた。


『梶原奈義を倒したい』


 それは紛れもなく、六分儀学の声だ。奈義の愛しさをぶつけるべき相手だ。

 

 その悲鳴のようなうねりが彼女へ届く。自身の打倒を願う、地の底から這いよる祝詞。


 漠然とした敵意は膨れ上がり、声のする方向を見失わせるが、奈義の勘が戦闘機を走らせた。


「どうして声が聞こえないの!?」


 飛行ユニットを用いずにできる最高速を維持したまま、奈義は敵機に接近する。姿は依然として見えないが、伝わる声は大きくなる。


 奈義は、既に無視できない不安を口にした。


「どうして……はっきりと読み取れないのよ!」


 普段の六分儀学なら、聡明な思考で勝負所を判断し、緻密な戦略を常に立てている。数秒ごとに更新される戦況判断は適格で素早い。そしてそのすべては奈義へ伝わる。

 

 どんな作戦も、戦略も、不意打ちも、だまし討ちも、切り札も、伏せ札も、奈義は事前に察知することができた。

 

 それが対人戦不敗の戦士のからくりである。


 けれど今。


 間違いなく六分儀学から放たれた攻撃を、奈義は察知できずに、今もなおあやふやな勘をもって彼を探していた。これを異常事態と言わずして何と言う。


 これまで、学の発する純一無上の精神を奈義は感じ取ってきた。それが今、指向性を持たず、定まらない大きな思念として演習場を漂っている。


 その内容は彼にとって原始的で、純粋な気持ちで――奈義はそれをうんざりするほど聞いてきた。


『梶原奈義を倒したい』


 奈義はビルを模したブロックの一つ、その頂上に立つ戦闘機の影を見つけた。逆光は機体の輪郭をぼかすが、存在感は誤魔化しようがない。目を凝らすと、最新鋭機であるHF-15と同様のモデルであるが、細部が異なっている。より鋭角にとがっているが、風の抵抗を強く受けそうなデザインをしていた。


 剣呑な雰囲気を発する敵機<guest>をディスプレイ越しに見ると、詳しい識別名が表示された。


〈ハービィ〉


――オルガさんが持ち込んだ機体!


 次の瞬間、ハービィがペイント弾を発砲した。奈義の足元を狙う連射は、容赦なく色彩の飛沫をまき散らせた。避けるほかない。彼女は飛行ユニットの燃焼によって後退した。加速度に身体が縛り上げられる。声が聞こえない攻撃は、常に不意打ちだ。回避が間に合う刹那を掴むためには、急速移動に頼るしかない。燃料の消費を最小限に抑えてきた奈義は、これほど連続して飛行ユニットを行使したことはなかった。

 だから、この戦いは彼女が経験したことのない高速の世界に達する。


 ハービィは飛び降りる。推進剤の燃焼が帯のようにまとわりつき、奈義を射線に捉えるように飛行する。発砲はに手抜きはない。いつもの六分儀学の精度をそのまま、予告なしの暴威を振りまいた。奈義は逃げに専念するが、反撃を窺う。弾丸が、色彩が、その飛沫が、演習場を支配する。奈義はこれまで、戦いの勘と読心能力を分離できていなかったが、今はわかる。奈義は勝負のセンスだけで、この修羅場を生き延びている。飛行ユニットの加速は、図らずも不規則を強いられる。


 奈義はブロックの影に退避するも、ハービィの追跡は振り切れない。けれども、一瞬でも時間を稼げたなら、奈義の狙いは達成される。その刹那に、奈義は腰部の固定弁にあった突撃砲を手に取る。彼女の反撃が開始される。


――学くんの声が聞こえない理由はわからない。それでも私は手を抜きたくない。


 それは嘘になってしまうから。彼女は全力をもって彼と対峙すると決めていた。


 ゆえに、この場において彼女のやることは一つだ。


「私は、愛も真実も犠牲にしない! 相手が誰であろうと!」


 愛とは六分儀学へ捧げる恋慕であり、真実とは彼女の全力を示す。ここで、奈義は全身全霊で巨人を操る。


 奈義の突撃砲はハービィに向けられ、連射――正確な射撃は敵の速度変化によって翻弄される。しかし、その後がない奈義ではない。ひとつひとつ、相手の選択支を摘むように攻撃を重ねる。ただし、その狙いは敵の射撃を避けなければ達成することはできない。


 巨人の跳躍。足音が低く響く。発砲音や飛行ユニットからの燃焼音。騒々しい戦いの中、それでも奈義の内心は静寂そのものだった。学の声が聞こえない状況は、彼女の感覚を研ぎ澄ませた。


『梶原奈義を倒したい』


 それ以上のメッセージは学から送られない。だからこそ浮き彫りになる奈義の技能。相対する戦士も研究所における、いや、全世界における最強の一角。


 打ち、避け、さらに打ち、当たらず、当てられず。そんな攻防が数える限り三桁を超えた。さらに目に映らない駆け引きを含めるならば、数えきれないほどの膨大の鬩ぎ合いが繰り広げられていた。


 技能と技能。力と力。激突する二つの機体は残弾と推進剤を減らしながら、カラフルな暴力として顕現していた。


 それを遠目に眺める者がいるなら、言葉を失うだろう。機械同士の戦いであるにも関わらず、あまりに美しく、しなやかで、自然に思うかもしれない。これは二人でこそ演じられた人体模倣の臨界点だ。


 究極は、時に陳腐さを帯びる。だから、この人工物のハイエンドが織りなす戦いは、端的に表現して――人間のようだと、短く表現されるだろう。


「すごい! 学くん! でも私はまだやれる!」


 彼女は――奈義は笑っていた。


 なにがうれしいのだろう。なにが楽しいのだろう。戦闘機は好きじゃなかったはずなのに。自分の力が好きじゃなかったはずなのに。どうしてこんなに――心が躍るのだろう。


「私はきっと、この時を待っていた」


 全力を出したい。そんな自惚れた欲求不満がそもそもの動機だろうか。そう指摘されれば反論できないものの、どこかしっくりこない。


 人類最高峰の戦いの中で、奈義は暢気に思い当たる。


「そうか、私は全力を出して…………全力の君に負けたかったんだ」


 シンプルな回答に少女は、納得した。


 つぶやいた口角は小さく上がり、照れくさいような、それでも譲れないような。


 そんな内情を野暮に言い表してしまうなら――白馬の王子様を待つ、少女のような気持ちである。


        ◆


 モニター室で戦闘を見るオルガは、六分儀学とハービィの好相性に息を巻いていた。


「ハービィは、操縦者の考えを先に読み取り、それを元に正確な動きをする。つまり、あらゆる場面で『考えるより先に動く』ことができる。六分儀学は、梶原奈義に対する強烈なモチベーションがあった。しかし、自分の動きに満足していなかった。思考と動作のミスマッチ。それが彼の課題だったなら、ハービィはそれを解消する理想の肉体というわけだ」


 普段、学と戦闘機の同調率は平均八十パーセントであった。通常の戦士は五十パーセントを超えないため、それと比べても学は破格の戦士であるが、梶原奈義には及ばない。彼女の普段は九十パーセントを優に超える。


「六分儀学の同調率、九十二パーセント……」

 

 ハービィの性能は、秀才が神秘の天才に及ばない、その差を埋めた。努力では到達できない能力、神秘があるとしても知らぬならば、諦めきれずに努力を続ける。そのギャップを力にする機能がハービィは備わっていた。

 

 オルガはルイス・キャルヴィン博士の名義でログインした戦況分析システムで、現状の有利不利を算出した。

 

 計算が四秒で終わり、結果のグラフがモニターに七つ表示される。


「それでも、勝率は五割を超えないか」


 オルガは眉を潜めた。自らの作品が梶原奈義を超えられないという事実を突きつけられた。あとはもう、六分儀学の気持ち次第だ。文字通りの意味で――。


「まあいい。勝てないなら勝てないで。どちらに転んでも、私の勝ちは揺るがない」


 ルイス・キャルヴィンのいないモニター室で、老人が一人笑う。


「なあ、梶原奈義。彼は本気だ。君も本気になるといい」


 オルガ・ブラウンの狙いはひとつ。


 梶原奈義を来るべき決戦への最終兵器と成すこと。


 梶原奈義を人類史上最強の戦士とすること。


 だから、オルガは梶原奈義の青春をいち早く終わらせる。


 愛によって。

 

 そして――愛する者を人質に取られることによって。


        ◆


「オオォォォォオオオオオオ!!!」


 残弾も残りわずか、彩の地獄とした戦場に――未だ二機の人型戦闘機が宙を舞っていた。 

 

 気炎を帯びた雄たけびを上げた奈義に対して帰ってくる返答にも、強烈な思念が含まれる。


『梶原奈義を倒したい』


 すでに幾度も聞いた言葉が悲鳴のように、空間を震わせる。


 奈義の放った弾丸が、ハービィの軌道のわずか後を掠めた。その瞬時にハービィの攻撃が奈義へ向かう。どちらが追い、どちらが追われているのか、もはや判別不能。どちらに傾くかわからない天秤はわずかに震えている。両者の弾丸も尽き欠けている。この均衡も数秒後には壊れるだろう。そうなったとき、両者の反応は、両者にさえ予測できない領域に突入する。


 そして、遂にその時が訪れる。


 先に遠距離攻撃の手段を失ったのは――奈義だった。


〈残弾0〉と赤字で表示され奈義は後退を選ぶ。それをいち早く勘づき追撃を試みるハービィ。空中戦はその場で終わろうとしている。ハービィの一方的な射撃は奈義の機体を逃がそうとしない。


「はっ……はっ……」


 呼吸が速い。汗が止まらない。

  

 メインの攻撃手段を失った奈義。このまま畳み掛けられれば、こちらに限界が来る。進退窮まった袋小路で――奈義は笑っていた。


――私は負けない。負けたくない。それでも学くん、あなたに負かしてほしい。


 その気持ちだけで、奈義はまだ飛ぶことができた。


――初めて、学くんから戦闘機の操縦を教わったとき、私はどうにかなりそうで怖かったの。


 この時だけは、学にも読心能力があればいいのにと奈義は思った。この気持ちを、告白を、愛を、絆を、応援を、愛しい君へ、包み隠さず伝わればいいと。届いてしまえばいいと、願った。


――これは人間の領域を広げる恐ろしい機械。視点がそのままに体ごと大きくなったような感覚だった。君もきっと同じだよね。


 人型戦闘機は人型でなければならない。そうでなければ、人間が乗る意味がない。人型戦闘機の意味――ルイスに言わせれば――用途はそこにある。


 誰かに乗られなければ戦闘機は死んでしまう。だから、操縦者はその心臓だ。


 奈義も、学も――その他大勢のパイロットたちは、この無味簡素な先端技術の塊に、血を通わせる心臓となる。


 だから、最高の心臓を乗せた、この場の二つの機体は――なによりも人間らしい機体である。


――私は君に会えてよかった。 


 奈義はディスプレイを見る余裕はないが、そこには彼女の同調率が表示されている。


〈同調率93%〉 


 この模倣ばかりの世界で、真実を失わずに済んだのは、君のおかげ。


 感謝の念は、彼女の戦略を大きく変えた。


 逃げるのではなく、立ち向かう。それこそが全力。


 まだ、攻撃手段は残っている。彼女の機体は空中のアクロバットの中、超々合金ナイフを固定弁から取り出した。


 遠距離武器を持つ敵に、ナイフで特攻する愚を奈義は侵さずにはいられない。こうすることがもっとも自然に思えた。


「ハァァアアアアアアアアア!!!」


 ハービィが弾丸を当てるか、奈義がナイフを届かせるか。そのどちらかによってこの演習が幕を閉じる。


 その時、奈義はやけに世界がゆっくりに感じた。圧縮され、濃縮され、空気に重さを感じるほどに鋭敏な超感覚の中で――奈義は考えた。


〈同調率95%〉


 ずっと疑問だった。果たしてそれはどちらなのかと――。


 奈義の能力は二つ、六分儀学から学んだ戦闘技術と生来持ち合わせる読心能力。

 

 その二つによって奈義は施設最強、いや、世界最強の戦士に至っている。


 では、二つの能力が強さに与える比率はどれほどなのだろうか。


 どちらかをなくせば、それは明らかになる。


 そして、現在。心を読む力は封じられている。


――ああ、私は……。


 奈義は六分儀学から操縦技術を学んだ。では、奈義の純粋な操縦技術は六分儀学と同等である――と、奈義はこれまで結論付けてきた。


 だからこそ、これまで勝ってきたことを後ろめたく感じ、言い出せずにいた。


 これはズルだ。ルール違反だ。卑怯な約束破りだ。


 それでも向かってくる学。それが苦しくて痛くて、叫んでしまうほどの自己嫌悪を引き起こしていた。


 だから、この場は――ついてきた嘘の清算の機会に他ならない。


 そこで、最初の問に戻る。


 奈義の強さを支える能力は果たしてどちらなのか。


 操縦技術か、読心能力か。


 今、答えが出る。


〈同調率98%〉


 飛行ユニットは最大速にうねりを上げる。奈義はナイフを構えなおす。加速度、風の抵抗、ペイント弾による抵抗、そのすべてを制さなければならない。放たれた攻撃は一秒に五発。二発はけん制。後の三つを全力で避ける。体を捻り、減速を加速を繰り返し、刹那の駆け引きをものにする。


 あと三メートルほどの間隔。彼我の差はすでにない。ハービィは近接線ナイフを取り出そうとするが、既に遅い。奈義のナイフが――。


 ハービィに届く。


――――――――〈同調率103%〉 


 ◆

 

「バカな!」


 オルガは驚きを声に出さなければ、正気を保てそうになかった。


「ありえない! 同調率が百パーセントを超えるだと!!?」


 同調率。それは計算論的神経科学から発展したブレイン・マシン・インターフェースの性能を評価する指標となっていた。人は体を動かすとき、脳の命令が電気信号となり運動神経へ作用させる。そのときの狙った行動と実際にとった行動の一致率を同調率と定義している。

 すなわち、同調率が大きい場合、思い通りの行動ができるというわけである。

 それを人型戦闘機へ応用し、パイロットと戦闘機との親和性を表す数値として、現在では拡張されている。


 ここで留意するべきは、「完全に体を思い通りに動かせる状態」を同調率百パーセントと定義していることである。


 ではその先、同調率が百パーセントを超えた先はどう解釈する?


 その数値はなにを意味する?


「臨界突破者とでも言うのか……」


 同調率の限界突破。それはすなわち、普段生身の肉体を動かすよりも人型戦闘機を動かしているときのほうが、思い通りの動きができるという、従来の人体模倣研究ではありえない現象であった。 


 機械よりも人らしく、人よりも機械らしく。そうなってしまえば、二つの境目は曖昧だ。

 

「これが……梶原奈義……!!」


 両手をテーブルに付けうなだれる老人。自身の傑作〈ハービィ〉の敗北を前にして、オルガは――。


「ははははははは!!!」


 声を上げて笑った。


「素晴らしい!! どうだハワード!  私の勝ちだ! これが貴様の野望を打ち砕く英雄だ!」


 彼以外いないモニター室で歓喜を上げる。


「こうなれば、総仕上げだ! 今、窮地に立ち、愛を遂げろ。梶原奈義!」


 オルガは端末を手に取り、いくつかのタブを開き、あるバナーを表示させた。


〈演習プランの変更〉


 オルガはそれに触れた。

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