未来の始まり
始まります。「SFロボットバトル」でいいのでしょうか。心を込めて書きました。
ごゆるりとお楽しみください。
青空に雲一つない好天候。乾燥した空気は砂埃をわずかに舞い上げる。
アスファルトで舗装された地面、その広大な敷地には人工建造物が敷き詰められている。
その対比だろうか、人の手が届かない宙を悠々と飛ぶ一羽の鳥が、施設を見下ろしていた。
国立研究機関、人体模倣研究所。それは合衆国が定めた人体の真似事を、生命、材料、機械、情報のあらゆる分野で展開する総合研究所だ。
鳥は無関心に、はるか上空から俯瞰する。敷地の端にはこれもまた広大な一区画があった。
建造物が不精に立ち並ぶ広場に、二人の人物がいる。
鳥はあくまで他人事だ。彼らが人類最先端の頭脳の持ち主であることなど、知る由もない。
食べて、飛び、より多くを生きる。それが自然の理が敷くシンプルなルールである。
だから鳥は突然、自らの聖域に巨大な影が入り込んだことに不意を突かれた。
荒ぶる気流。
周囲は不可視の衝撃に包まれた。
何が起きたか理解するのに数舜を要した。
熱源は、悶える鳥のそのまた上。
見上げると、太陽を背負う巨大な影があった。
鳥は態勢を立て直し、その場を離れた。
自然の領分に突如飛び込んだのは、現世界の究極の人工物のひとつ。
人型戦闘機である。
◆
人体模倣、それはヒューマンミメティクスとも訳される、工学の一つの考え方である。
今から八十年前。戦争の主役は平たい三角形のような、いわゆる「飛行機」の型をした戦闘機だった。
対する現在、材料科学の発展とエネルギー革命、機械工学の目覚ましい進歩を経験した人類は、戦争の主役を「別の型」に変えた。
人型の戦闘機、それが現代のスタンダードだった。
導入当初は、「コミックの真似事」と疑いの目も強かったが、その戦果は絶大なものだった。
人の型は、陸、海、空で驚くべき対応力を発揮した。
なにより期待以上の誤算といえるのは、その形は「操縦者が人であるがゆえに、馴染んだ」という点だ。
科学者、工学者は人の型の有用性に気が付きだしていた。
そこから、工学は人体模倣の時代を迎える。
西暦2154年――現代のロボットは戦闘機に限らず、人間の真似がうまい。
◆
「やあ、久しぶり」
老人からの握手に、ルイス・キャルヴィン博士は応じた。彼女の白衣は屋外の風に遊ばれ、はためいている。
国立研究機関、人体模倣研究所の第三十三研究棟は人型戦闘機の開発を担っている。二人が踏みしめる地は戦闘機の演習場である。彼らの上空には一機の人型戦闘機が、低くけたたましい飛行音を上げている。
「ええ。最後に会ったのはいつでしたっけ」
微笑み、握手に応じたルイス。彼女の上には輝く太陽がある。この再会を祝福しているようだ。けれど、握った老人の手は降り注ぐ日差しとは反対に冷たかった。
ーー最後に別れた日から、五年。
彼女は質問していながら、既に答えを得ていた。忘れもしない。あの日の別れは自らの不義理に一因があると感じていたから。
だから、この再会で思うところは二つ。喜びが半分、あとの半分は言葉にしづらい後ろめたさだ。
「オルガ主任、すっかり老けましたね」
ルイスはまだ別れる前の関係を思い出しながら、努めて冗談ぽく言った。
「主任はよさないか、私はもう、君の上司ではない」
と老人は笑いながら、スーツの胸に付けた来客プレートを指差した。そこには『ヒューマテクニカ株式会社、CEO オルガ・ブラウン』と書かれていた。ヒューマテクニカ社は、世界の機械メーカーで、多くの分野でトップシェアを誇っている。
一方で、今のルイスにも過去とは異なる身分があった。
「お互い、随分と変わりましたね」
「君は、ここでプロジェクトのリーダーを務めているそうじゃないか。主任は君だ」
白衣のルイスとビジネススーツのオルガ。その違いが、彼らの行く道の差異に直結していた。彼女は研究者で、彼は経営者だった。
かつて彼女はヒューマテクニカ社で、オルガを主任とした研究グループに属していた。彼らは、五年前にのっぴきならない事情で、散り散りになった。
事情。
そう、彼らがもう二度と集まれないと覚悟した別れのきっかけ。それはリーダーであるオルガ・ブラウンが病に侵されたことである。
「よく、あれだけの病気から、快復できましたね。喜ばしいことです」
「まあ、積る話もある。……それに、仕事の話も」
そう言ってオルガは、上空を見上げた。次第に大きくなる騒音。戦闘機が推進剤を使って降下する際に聞こえる爆音。徐々に二人に覆いかぶさる影は巨大になる。先ほどまで、空を駆けていた戦闘機が、二人の近くに降り立った。挙動から、おそらく今は自動操縦だろう。
その姿は、今までの量産機をモデルとしながらもより鋭角を強調した造形をしていた。
白く、激しく、鋭い。それが彼女が抱いた第一印象。
ヒューマテクニカ社の最新試作機、〈ハービィ〉である。
◆
「新しい戦闘機の実装試験、というふうに聞いています」
第三十三研究棟の一室。演習場を覗ける画面が立ち並ぶモニター室。そこで、ルイスとオルガは 座り向かい合う。回転椅子の背もたれに身体を預け、足を組む。仕事の話こそ肩の力を抜くのは、オルガから教わった流儀である。
「そうだ、急な話で悪いとは思っている」
と挨拶程度に謝り、懐古を含めて続けた。
「どうやら君の中では私は死んだことになっていたらしい。驚くのも無理はない」
オルガは冗談を含ませて笑ったが、ルイスはその言葉に素直に肩を落とす。謝りたいのはこちらの方だと。
「すみません。でも……本当に良かった。私のできることなら、手伝わせてもらいます」
「そう言ってもらえると助かる」
――さて、とオルガは再び切り出す。
「わが社の試作機〈ハービィ〉の実装試験をこちらで依頼したい。機体の性能ゆえに、操縦者を選ぶ。誰でもいいわけではない」
「ええ、また随分と不思議な操縦ユニットを開発しましたね。それでウチのテストパイロットを借りたいということでしたね」
「ああ、なにせ癖が強すぎるのでな。ある程度若いほうがいい」
「若いテストパイロットなら……必然的に彼らになりますね。梶原奈義、六分儀学の二人ですね」
彼女と彼。この二人が人体模倣研究所のテストパイロットで最も若く、それで飛び切り優秀な二人だ。ルイスはやや自慢げに続けた。
「彼らは若い中で優秀というだけではありません。大人を含めた施設にいる全てのテストパイロットの中で最も優秀な二人です」
「それは結構。若くなければならないのは、操縦の大部分を脳で行うからに他ならない。それは先に渡してある資料に書いてある通りだ」
「ええ」
と、ルイスは返事をしたが、その仕組みまではわからない。どうして操縦システムがそうなったのか、どういう技術背景で作られた機体なのか、そこまでは説明されていない。
「子供の脳は感情的な働きをする偏桃体という脳領域が活発だ。ハービィの操縦システムは偏桃体の動きによるところが大きい」
「それで……若いほうがいいと」
「まあ、つまりだ」
オルガは締めくくるように言った。
「〈ハービィ〉は、人の心を読み取り行動する機体というわけだ」