偽り
スペードのエースが私をえぐる
クローバーのジャックは私を笑うわ
幻の世界 幻の人生
ソレでも私は生きている
ダイヤのキングを殺したのは私
私は女王 ハートのクイーン
そして偽りの死が私を包む
━━━ああ、世界は今日も死ぬのかしら
◇
とあるお宅のリビングでの出来事。
動物も植物も何もかもが眠ってしまった真夜中、深夜2時を時計の針が指し示す。
しんと静まりかえった夜の世界、ちょいと洒落た外装の小窓から、銀色に輝くお月様の柔らかな光がリビングに差し込んだ。
唄が聞こえる。柔らかく、情愛溢れるような心地よいテノールボイス。凛と澄んだ、透き通るようなソプラノボイスが、月の光に誘われたかのように合唱を始める。
太陽が沈み闇が降り立つ
人も草木も眠る時
銀色の月が目を覚ます
さあ、今宵も唄いましょ
真夜中は我らの時間
さあ、今宵も語りましょ
銀色の月に照らされて
我々は目を覚ます
「ふむ、素晴らしい。相変わらず月は美しいものだ。そうは思わないかね女王よ」
いつの間にか、黒を基調とした古風なシルクハットをかぶった長身の男がリビングの椅子に座っていた。
男は明らかにこの家の住人では無いのだが、特に気にする様子もなく、優雅に紅茶をすすっている。
「そうね、確かに綺麗な月。・・・それで、何の用かしら帽子屋」
女王と呼ばれた女性は、不思議そうに帽子屋のもとへ歩み寄る。
「つれないな、久しぶりに目覚めたんだ。せっかくだから君とお茶でも飲みたくてね」
帽子屋は、洒落たティーカップに紅茶を注ぐと女王に差し出した。
「全く、お茶がしたいなら三月兎でも呼べばいいじゃない。アイツなら喜んで来るでしょうに」
女王は呆れ顔でカップを受け取り、空いてる椅子に腰かけた。
「三月兎・・・か、うん悪くない。だけどね、今回は彼、目覚めて無いみたいだよ」
帽子屋の言葉に、女王は驚いたように呟いた。
「死んだの?」
「はは、縁起でもないことを言うものじゃないよ。三月兎は元気だ、ただ今回は目覚めなかった、それだけさ」
無言の空気が流れる。二人は何をするでもなく、ただ紅茶を啜りながら窓の外を眺めた。
かすかに濡れた桜色は女王の唇。何気なく開かれたそれは、透き通るようなソプラノボイスで唄を口ずさむ
世界の始まりはゼロ
私たちは世界を見定める
かつて人間だった私たちは
自身に呪いをかけた
そして時は凍結する
凍結した時の中で
私たちは眠る
銀色の光が
私たちの時を溶かすまで
女王の歌声を聞いていた帽子屋は、手にしていたティーカップをそっとテーブルにおいた。
「ふふ、では私も一曲失礼しよう」
ジャバウォックがやってくる
世界の終焉はその時に
我々は見定める
世界の終わりと始まりを
ジャバウォックはすぐそこさ
もうすぐ世界は終わるだろう
行儀よくお辞儀する帽子屋に、面白くなさそうに拍手をする女王。
「ありがとう。さて、そろそろ時間のようだよ女王。月の魔力は長時間もたない」
帽子屋は何も無い空間に手を伸ばす。
柔らかな光の粒子が溢れだし、金色の扉が現れた。
「行くよ女王、あんまりゆっくりしてると終焉の前に時間を使い果たして死んでしまう」
帽子屋は金色の扉を開いて中へ入った。
「はいはい、今行くわよ」
ため息をついて扉へ歩み寄る女王。ふと立ち止まり、そっと月を見上げる。
「確かに月は美しい。けどね、私は太陽のほうが好きなのよ」
そう呟いた女王の表情は、どこか泣いているように見えた。




