95話 初めての友達
「それで、ルーク殿の学生生活初日はいかがだったでござる?」
ルークの初登校が終わり、無事に《リーブラ》へと帰宅した俺達はとりあえず今日一日の情報交換を行う事になった。
今日はゲイルのみが別行動。Gランクハンターとして、簡単な依頼を一日中こなしていたという事らしい。
俺とアルカはルークが心配だったので、姿を消してずっと同行していた。なるべく手は出さないようにしていたが、自己紹介の際にちっともドアの陰から出ようとしないルークの尻を蹴飛ばしたりはした。……いい加減腹が立ったもんで。
当のルークは現在魔晶モードになってぐったりとしている。AIでも疲れるもんなんすね。
「まあ初日だからあんなもんだろう」
「という事は、特に波乱は無かったのでござるな」
まぁ予想通り美少年のルークが女生徒に囲まれると言う事件はあったが、これは想定内だ。ちなみに囲まれている間、ルークはずっとオドオドビクビクしっぱなしだった。
「今日は座学だけだったみたいだからな。明日以降は実技訓練なんかもやっていくみたいだ」
「それで、例の姫君についてはどうだっでござる?」
『情報に一致する人物は見つけました。こちらになりますね』
アルカの言葉でテーブルがモニターへと早変わりし、その画面に俺のバイザーを通して撮影されたフィリア姫の映像が映し出される。
やっている事は盗撮なので、少々罪悪感があるな。
「ふむ。彼女がフィリア姫でござるか」
映し出されたのは、隣の席の友人と仲良く語り合っている金髪ロングヘアーの美少女だった。
印象的にはハリウッド映画の子役と言うか、いかにもお嬢様風な子である。さすがに縦ロールのドリルヘアーではないが。
それにしても、こうして普通に友人と語り合っている様子は、歳相応の子供にしか見えないな。
「それで、ルーク殿を彼女に接近させるのでござるか?」
「いや、さすがにそこまでしようとかは考えないよ。もし、課外実習とかで外で動く事になった場合は一緒に行動した方が監視はし易いけどな……」
ちらりと魔晶モードのルークを見る。ふかふかクッションの上に鎮座されている様子は、占い師が大切にしている宝石か……という感じだ。ただ、それだけでぐったりとしているとうのが分かる。
こんなルークに「一緒のチームになってください」とか、ナンパまがいの台詞が言える筈も無い。それに、ルークは美少年だからな。下手に動いてお姫様がルークに恋をしたり……とかなると、これまた面倒になる。まあ、今日見た限りだと特に一目惚れしたとかいう兆候は無かったけども。
「ところで主」
「何?」
「ルーク殿ばかり構うと言うのも今は仕方ないので別にいいのでござるが、そろそろ拙者の方も手伝ってほしいのでざる」
「ああ、ハンターの方の仕事ね! ええと、じゃ明日はルークの方はアルカに任せてもいいかな」
確かに、魔獣退治の仕事はCランク以上のハンターが同行していないと、Gランクには受けられないんだったな。
俺がそう言うと、魔晶モードのルークがムクっと動き出した。
『ええー!? リーダーは着いてきてくれないの!?』
『なんですか、私一人では不満ですか?』
心底ガッカリしたようなルークの言葉に、アルカがムッとしたように言う。
『そういう事じゃないけど……リーダーの方が学校とか通っていた経験もあるし、心強いかなって……それに、ハンターとして同行するならお姉ちゃんでも良いんじゃない?』
いや、確かに学校には通算して10年以上通っていたけども……それって別に魔法の学校でもないしな。それに、今日の座学の授業を見て思った事だが、俺はこの世界の文字が読めん! よって、授業内容がさっぱり分からないのである。だから、見ているだけの授業は正直面白くなかった。だから、あれを毎日……というのは何気にしんどい。
「それを言うなら、主は拙者達よりもずっとハンターの経験があるでござるからな。やはり、主に同行してもらった方が心強いでござる」
いや、確かに俺のハンターランクはBランクだけども。ハンターとしてはまだ2ヶ月も経過していないペーペーなんすよ。
それに、まだこの国の地理とか理解していないから、上手い事動けないと思うよ。
『それを言うなら、私はケイと一番付き合いが長いのですよ。……だからと言って何だと言う話ですが』
本当にだから何なんだ。
そしてなんで俺の取り合いみたいになってんの? 大体、アンタら俺よりも凄い人達じゃんよ。こんな形だけの艦長が、一体何の役に立っていると言うんだか。
とりあえず不毛な話し合いが続いた後、明日はゲイルの依頼に同行する事になりました。
◆◆◆
『ケイ、事態に進展がありました』
翌日、ゲイルと共に魔獣退治を終わらせて帰宅した早々、アルカより深刻な表情で報告があった。
本日は、アルカがルークと共に登校していた筈。という事は……
「進展って、学校の方の?」
『口で説明するよりは、映像の方を録画していますので見て下さい』
ピピピとテーブルのモニタを操作し、ブゥンと画面に映像が映し出される。
アルカは魔晶モードとなってルークのアクセサリーに擬態していたらしい。そこから見た視点という事で、ドキュメント系番組の隠しカメラから見た映像のようだ。
一体何が起こったと言うのか……。
俺はドキドキしながら映像を確認した。
どうやら事件が起こったのは、室外での実習時間らしい。
校庭みたいな開けた場所で、クラス全員で得意とする魔法を披露する事となった。
一人ずつ前に出て、攻撃でも補助でも何でもいいので、勉強してきた成果を発表するという訳だ。
大半のクラスメイトは最もポピュラーである炎や氷の魔法を披露している。とは言え、しっかりと魔法そのものが形になっているのは片手で数えられるくらいだ。手をかざして火花が散るだけだったり、せっかく発現した氷が空中で溶けてしまう者が大半である。
魔術師とは言え、学生レベルだったらこんなもんなのね……と、現実を再認識した。
我らが護衛対象であるフィリア嬢も、ライター程度の火を発現させられるのが精一杯らしい。……兄貴の風魔法は結構な腕前だったから、この子も将来的には結構な使い手になりそうだとは思うんだけど……今は厳しいな。まあ、12歳だし、まだまだ時間はあるよ。
そして遂にルークの番となった。
『ど、どうしたらいいのかな……』
ルゥモードのままのルークが、ビクビクしながらアクセサリーに擬態しているアルカに尋ねる。
『心配せずとも、ルークの得意とするものを好きなように発現すればいいのですよ』
『す、好きなもの……か』
ルークの出番となり、女生徒の大半が期待の眼差しで見つめている。男衆も、魔法の実力はどんなものなのかと興味津々だ。
一応入学する表向きの理由は、魔法の才能があるというから、学校でしっかり学ばせてほしい……だからな。嫌でも期待値は上がっている。
そしてルークの発動させた魔法は……
『何ですか、これは』
『今度作ろうと思っている新型ゴゥレム』
ルークは土の魔法でもって、巨大なゴゥレムを作り出したのだった。
それは、明らかに他の生徒達とはレベルの違う魔法。同じように土魔法を披露する者も居たが、その者はせいぜい土をボコっとボール一個分程度の山を作り上げるくらいだ。
だというのに、ルークはこんなにも巨大で精巧な物を作り上げて見せた。クラスメイトや教師までもが唖然とそれを見上げている。
『え……え……僕、なんか悪い事した?』
全員がポカンとしている様子を見て、余計に怯えてしまうルーク。
『さぁ……私もよく分かりません。作り上げた物の造形が恐ろしかったのでしょうか』
アルカも何故今の状況になっているか理解できない様子だ。それを見て、俺は頭を抱えそうになった。考えが甘かった。この姉弟、加減ってもんが理解できてない。やっぱり俺が同行すべきだった。
せいぜい大人一人分の山を作り出すだけで、十分驚かせる事が出来ただろうに……。
ルークがとりあえず作り出したゴゥレム人形を土に戻すと、ようやくクラスメイト達も動き出した。全員、今見た物の情報整理をする為、教室へと戻っていくのだった。教師までも。
そりゃまぁ、せいぜいライターの火をつけられる程度のレベルの子達が、いきなりあのレベルの魔法を見せつけられたらショックであろうよ。
しかも、あれが本気という訳でも無く、ルークはその気になればもっと巨大な土の山を作り出せる事が可能なのだ。やっぱり、見た目はこんなで性格もアレだけど、コイツ等チートなんだと再認識したのだった。
違った意味でショックを受けたルークであったが、その背に向かって呼びかける声が一つ。
「あ、あの……ルーク君。ちょっといいかな」
振り返った先に立っていたのは、ちょっと小太りの眼鏡をかけた少年。確かクラスメイトの一人だったと思う。名前までは知らん。
何を言われるのかと緊張していたルークであるが、少年は紅潮した顔で尋ねてきた。
「い、今の格好良いのって……何?」
まさかの作り上げた土人形の話題。
『ぼ、僕が考えた戦闘用ロボット……だけど』
「ろ、ろぼっと? ロボットって何かな」
『ああ、この世界はロボットの概念ってまだ無いよね。……なんて言ったらいいかな、自動的に動く中身のない鎧……みたいなもんかな』
「う、動く鎧!? す、凄い……そんな発想無かったよ!! それにしても、アレ凄い格好良かったよ!!」
『そ、そう?』
格好良いと言われ、ルークの顔も笑顔になる。この学校生活で初めて見せる顔だった。
「名前とかあるのかな?」
『うーんと一応、《スコーピオ》って名付けているけど』
「ス、スコーピオ?」
『うん。砂漠専用のゴゥレムでね。多脚式でサソリみたいに砂の上でも自由に動けるんだよ。腕はアタッチメント式で、近接用と遠距離用に切り替え可能。そんでもって尻尾にはレーザーキャノンを装備! 尻尾はかなり自由に動かせるから、360度全て狙い撃ちできるんだ』
と、すっかりいつものルークモードとなり、ベラベラと語りだした。
好きな物の話題なら、ここまで普通に喋れるのかお前。
対して眼鏡少年も引く訳でも無く、食いついた。
「凄い、僕も実は考えているやつがあるんだ!」
と言って眼鏡少年がごそごそと鞄の中から他取り出したのは、一冊のノートだった。
そのノートには、色んな種類の鎧のデザインが描かれている。……鎧と言っても、パッと見実用的な物は見当たらず、どれも恰好が奇抜で一昔前のヒーローのようなデザインだ。
「それで、これが最新作のスコルピオマン!」
『おおー格好いいじゃん!』
ルークも食いついた。
いや、格好いいかな? 俺としてはご当地ヒーローみたいなデザインがイマイチなんだが、子供には受けがいいのかも。
「ぼ、ぼく……これを立体化するのが夢なんだ! だから……」
『だから?』
ガシッとルークの腕が掴まれる。そして眼鏡少年は鼻息荒くルークに顔を近づけ……
「ぼくにその魔法教えてください!!」
と、言い出した。
『え……マジで?』
「マジです!」
まさかの弟子入り志願。当然ルークは困惑し、アルカに助けを求める。
『ど、どうしよう……お姉ちゃん』
『……良いのではないですか?』
『い、良いの!?』
『お姫様の護衛は私とケイの方でやりますから、貴方は素直に学生生活をエンジョイなさい。それに、こんな機会無いですよ』
『そ、そんなぁ……』
ルークは改めて、眼鏡少年を見据える。
『あ、あの……き、君……』
「ラグオです! ラグオ・セガール……下級貴族の出ですが、一生懸命頑張ります!!」
『じゃあ、その……ラグオ君。僕、あんまり長い事このアカデミーに居られないんだけど……』
「それじゃ、その間に習得しないとだね! 僕、頑張るよ!!」
『いや……あの……その……じゃあ、それで……』
「お願いします!!」
と、ルークが押し切られる形で弟子入りが決まってしまった。その後、授業以外ではほぼ二人一緒に居る形になった。そのせいもあってか、今までルークを囲っていた女子連中も遠巻きに見ているしか出来なくなっている。
「ひょっとして、見せたかったのって、これか?」
『はい、ルークに初めての友達が出来ました!』
と、アルカが嬉しそうに言うのだった。
確かに、これは喜ばしい事である。
やっぱり、趣味の合う友人というのは学生生活では必要なんだな。俺も元の世界での友達とか思い出して、ちょっとしんみりしてしまった。
話の進みが遅くて申し訳ないです。
次話、フィリア姫と遂に接触。話自体もそれで動く予定でいます。




